『タイガーマスク』の第7、第8クールでは、虎の穴との戦いと並行するかたちで、ちびっこハウスの個々の子供にスポットが当てられる。
具体的なエピソードとしては以下の6本だ。
第83話「幸せはいつ訪れる」
第84話「勝利への誓い」
第87話「虎狩り計画」
第89話「ヨシ坊の幸福」
第93話「今日のいのちを」
第100話「明日を切り開け」
第4クール末から第5クールにかけての第50話「此の子等へも愛を」、第54話「新しい仲間」、第55話「煤煙の中の太陽」、第64話「幸せの鐘が鳴るまで」の4本では、直人が不幸な境遇にいる人達と出会い、そのドラマを通して「直人は、そして、人間は不幸な境遇の人達に対して何ができるのか」が描かれた。
そして、上記の6本では次の段階として、新たなテーマに迫っていく。それは「みなしごはどのように生きるべきか」ということであり、それは「大人がみなしごに対して何ができるのか」ということでもある。そして、このテーマはみなしごだけのことで終わるわけではない。
第50話、第54話、第55話、第64話はインパクトのあるモチーフを選んだこともあり、『タイガーマスク』の中でも特別なエピソードになっているはずだ。それに対して、上記の6本はお馴染みのちびっこハウスが舞台になっているということもあり、特別なエピソードという印象は薄い。むしろ、『タイガーマスク』の中でも地味な内容であるかもしれない。6本の中にはのんびりとした調子の話、日々の中の小さな事件に触れただけの話もある。
ではあるが、この6本が作り手がドラマやテーマについて真摯に取り組んだエピソード群であることも間違いない。子供が自分が親に捨てられた存在であることに向き合うこと、仲間が裕福な家にもらわれていくことに対する嫉妬など、切実な部分に斬り込んでもいる。それも注目してもらいたいポイントだ。
個々のエピソードを観ていこう。
今回は第83話「幸せはいつ訪れる」(脚本/柴田夏余、美術/福本智雄、作画監督/高倉建夫、演出/新田義方)に触れる。第83話は6本の中でも重要なエピソードだ。この話ではミクロにスポットが当たる。脚本はミクロが初めて登場した第54話「新しい仲間」を執筆した柴田夏余である。
ルリ子がデパートに買い物に行くことになり、ミクロとチャッピーがお伴として付いて行き、そこで偶然にもミクロが親戚の高田夫妻と再会する。高田夫妻はミクロの母親が亡くなった後、ミクロを探していたらしい。早速、ミクロは高田夫妻に引き取られることになる。高田家は裕福なようであり、夫人は上品で優しそうだ。そのことで嫉妬したチャッピーは、ミクロに対して意地悪なことを言い、そして、自分の感情を抑えることができず、若月先生とルリ子の前で涙を流す。
直人はルリ子に同行し、その日のミクロやハウスの子供達の様子を間近で見ていた。ホテルに戻った直人は考える。みなしごの幸せとは何なのだろうか。親戚に引き取られることが幸せだったとしても、それを全てのみなしごに与えることはできないのだ。
翌日、ミクロはちびっこハウスから高田家に引き取られた。これから、ミクロは高田家のテレビでタイガーマスクの試合を観戦することになるのだろう。試合の直前、タイガーの姿になった直人のセリフが洒落ている。「さあ行くぞ、ミクロ。君の新しいブラウン管の中へ。いつまでも俺のファンでいてくれよ」。ミクロが観てくれているテレビ画面の中で活躍してみせるという意味だ。
試合ではタイガーがドン・レオ・モラレスを圧勝。ハウスでは健太達はテレビで声援を送っていたが、いつの間にかそこにミクロが紛れ込んでいた。高田家ではプロレスを下品なものとし、子供達に観せなかった。それに臍を曲げたミクロは一人で帰ってきてしまったのだ。ルリ子が説得しても、ミクロは高田家に帰ろうとはしない。
ルリ子はタイガーマスクに電話をし、ミクロを説得することを依頼する。ここの展開は唐突に思えるが、第54話「新しい仲間」でミクロのことでタイガーに相談にのってもらったことを踏まえての展開なのだろう。第83話は物語はしっかりしているが、個々の描写に関して分かりづらいところがある。このあたりが脚本でどう書かれてるのか、機会があったら確認してみたい。
タイガーはミクロと一緒にブランコに乗り、彼女と話をする。タイガーは言うのだった。君が自分のファンでいてくれることは嬉しい。ではあるが「もしも、俺を忘れることで、新しい家に馴染めるんなら、そのほうがなお嬉しいと思うよ」と。ミクロはタイガーの言った言葉を、新しい家に慣れるように一生懸命に努力しろという意味だと理解し、やってみると答えるのだった。このエピソードの終盤では、これからミクロが高田家に溶け込み、上手くやっていけるであろうことが示される。
第83話は直人の物語としても重要である。重要なのは彼が「自分の幸福のために、タイガーマスクのファンをやめる必要があるかもしれない」とミクロに言ったことである。新しい環境で生きていくには自分が変わらなくてはいけない。直人がミクロの幸せを考えるなら、タイガーのファンをやめたほうがよいのだと言ってやるべきだ。理屈ではそうだ。しかし、ここまでの物語の流れを振り返ってほしい。
直人は第64話「幸せの鐘が鳴るまで」までのエピソードで自分の無力を痛感し、一人で全ての恵まれない子供を幸せにすることはできないことを悟り、皆が他人のことを考えるようになることを信じて、自分ができることをやっていくことを決意した。彼ができることとは、タイガーマスクとしてリングの上で活躍し、全国の子供達に勇気を与えて行くことであるはずだ。それをやり抜こうとしている直人が、ファンに対して「自分のファンをやめるべきかもしれない」と言わなくてはいけないのだ。しかも、ついさっき「いつまでも俺のファンでいてくれよ」と言ったミクロに対してだ。
後述するように、最終的にミクロは高田家でもタイガーの試合を観ることができるようになるのだが、それにしても皮肉な話だ。直人はタイガーマスクとして、マットの上で戦って子供に夢を与え続けることも許されないかもしれないのだ。そして、6本のエピソードの最後には、子供達のために何かをしてやりたいと思い続けてきた直人が「子供のために何もしない」という選択をすることになる。
第83話における、ミクロ以外の子供達についても触れておこう。上で記したようにチャッピーはミクロが裕福な家にもらわれていくことに嫉妬して涙まで流した。高田夫妻がミクロを迎えに来る際に、夫妻の息子である太郎が一緒にやってくる。太郎は自分の家が金持ちであることを鼻にかけた嫌なやつであり、これからミクロの兄となる。健太と洋子はあんなやつがお兄さんで大丈夫だろうかと心配する。そして、ガボテンとヨシ坊は高田夫人の姿を見て、優しそうな女性であることを確認して安心する。ガボテンとヨシ坊は親に捨てられた子供である。だから、ミクロの新しい親が子供を捨てたりする大人ではないかが気になったのだろう。ミクロがもらわれていくことについて、子供達の嫉妬、心配、安心を描いているわけだ。
ルリ子の買い物にミクロとチャッピーが付いて行くまでの過程では、ハウスの子供達にとってはお供でデパートに行くことが楽しみであり、付いていったとしても何かを買ってもらえるわけではないということが描写される。第83話からの6本では様々なかたちで、みなしごが描かれるが、特にこの第83話は描写が濃密だ。
第83話は第54話「新しい仲間」と対になるエピソードである。第54話で直人はミクロに対して何もできなかったが、第83話ではタイガーの姿でミクロの背中を押してやることができた。第54話ではルリ子がミクロに寄り添うことで彼女を立ち直らせたが、第83話のルリ子はお金も自由になる時間もない自分は、ミクロがハウスから巣立って行くのに対して服を丁寧に洗ってやることしかできないと言って、悲しげな表情を見せる。
第54話「新しい仲間」では過保護で育てられたミクロが、愛らしいけれど、世間に馴染むのが難しい子供として描かれた。それが第83話では甘え上手であり、幸福を享受することに長けた子供として扱われている。ミクロはこれから兄となる太郎の、金持ちを鼻にかけた態度も気にならないようだ。高田夫妻に服を買ってもらったミクロは、高田家の犬について「可愛いでしょ」と言い、その次に「あたしも可愛いでしょ」と言ってポーズをとる。
第83話の終盤に、自動車の中でのミクロと高田のやりとりがある。高田が運転をし、ミクロは助手席に座っている。ミクロは高田の顔を見て「この人、おじさんじゃなくて、パパなのね」と想う。ミクロが「パパ……」と呼びかけると、高田はそうだ、これからは自分がパパだと返し、これからはタイガーマスクの試合を観てもいいとミクロに伝える。そして、ミクロは「ありがとう、パパ」と言って、高田に抱きつく。上で書いた「高田家に溶け込み、上手くやっていけるであろうことが示される」とはこの部分のことだ。ミクロは新しい家に慣れるため、一生懸命にやってみると言った。車中での高田とのやりとりで、それを実行したということなのだろう。甘え上手のミクロにとっては少し気持ちを切り換えるくらいのことで、一生懸命というほど、大袈裟なことではなかったのかもしれない。
ミクロの甘え上手は、過保護に育てられた彼女のポジティブな面なのだろう。過保護に育てられたから、ミクロは幸せをつかむことができるかもしれない。それが第83話で描かれた。ガボテンとヨシ坊が親に捨てられた子供であるために、ミクロの新しい親がどんな人物だったのかが気になったのもそうだが、キャラクターに対する踏み込みの深さに驚かされる。
●第13回 第93話「今日のいのちを」 に続く
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