COLUMN

第281回 不穏なアクセント 〜牧場の少女カトリ〜

 腹巻猫です。5月29日にSOUNDTRACK PUBレーベルよりCD「冬木透 アニメ音楽の世界 牧場の少女カトリ」が発売されます。TVアニメ『牧場の少女カトリ』の初の完全版音楽集です。今回は、その内容と聴きどころを紹介します。


 1984年に放送されたTVアニメ『牧場の少女カトリ』は、日本アニメーション制作の「世界名作劇場」シリーズ第10作。同シリーズで『ペリーヌ物語』『トム・ソーヤ—の冒険』などを手がけた、脚本・宮崎晃、監督・斎藤博のコンビによる作品である。
 舞台は1910年代のフィンランド。9歳になる少女カトリは、ドイツに出稼ぎに出た母の帰りを待ちながら、祖父母とともに暮らしていた。しかし、第一次世界大戦が始まってから、母からの連絡は途絶え、家の暮らしも厳しくなっていった。カトリは家計を助けるために、ひとりで働きに出る決心をする。ライッコラ屋敷の家畜番として雇われたカトリは、さまざまな経験や出逢いを重ねながら、将来への夢を育んでいく。
 原作はフィンランドの作家、アウニ・ヌオリワーラが1936年に発表した小説。日本ではあまり知られていない作品だし、格別ドラマティックな展開があるわけでもない。アニメ化にあたり、スタッフは舞台を原作より現代に近い時代に変更し、キャラクター設定をふくらませるなどして、視聴者が興味を持ちやすい内容にアレンジしている。特にカトリが類型的な「働きものの少女」に収まらない、夢見がちで気の強い一面を持ったキャラクターに描かれているのがいい。それがユーモアにつながり、本作の魅力になっている。

 音楽は「ウルトラセブン」「ミラーマン」などの特撮ドラマ音楽で知られる作曲家・冬木透が担当した。
 冬木透がアニメ作品の音楽を手がけるのは、『恐竜探検隊ボーンフリー』(1976)、『ザ☆ウルトラマン』(1979)、『太陽の牙ダグラム』(1981)に続いて4作目だった。冬木透といえばSFヒーローものの印象が強いので、「世界名作劇場」への参加は意外に思われるかもしれない。が、もともと冬木は多彩なドラマ音楽で活躍した作曲家。ホームドラマや探偵ドラマ、時代劇、朝の連続テレビ小説(「鳩子の海」)なども担当している。『牧場の少女カトリ』への参加も、実写ドラマの延長と考えれば意外ではない。
 本作の音楽の大きな特徴は、フィンランドの作曲家、ジャン・シベリウスの作品が劇中音楽に取り入れられていることである。
 特にシベリウスの代表作である交響詩「フィンランディア」の中に登場する「フィンランディア賛歌」と呼ばれるメロディが、本作のメインテーマ的な位置づけになっている。このメロディが楽器編成やテンポやリズムを変えてアレンジされ、さまざまな場面に使用されているのだ。
 本作では、交響詩「フィンランディア」以外にも、シベリウスのいくつかの作品をアレンジして劇中に使用している。クラシック音楽を劇中に使用する演出は珍しくないが、本作ではTVシリーズの溜め録りの音楽としてシベリウスの曲をアレンジして使っているのがユニークな点である。溜め録り音楽の場合は、劇中で必要になりそうな、さまざまな心情、情景、シチュエーションに合った曲をあらかじめ用意しておく必要がある。そこで冬木透は、「淋しいカトリ」や「夕暮れの情景」といったシーンに合いそうな曲をシベリウスの作品の中から探し、それを劇中で使いやすい1分から1分半くらいの長さに編曲するという手間をかけている。映像音楽の経験が豊富な冬木透であれば、選曲・編曲するより一から作曲したほうが早いと思うが、それだけの手間をかけても、スタッフはシベリウスの音楽がほしかったのだろう。
 なぜ、このような音楽作りが行われたのか? 冬木透に取材してみたが、冬木自身も詳しい事情はわからないということだった。冬木に音楽の依頼が来たときには、シベリウスの作品を使用すること、なかでも「フィンランディア賛歌」のメロディを使うことは、すでに決まっていたという。交響詩「フィンランディア」以外のシベリウスの作品の選曲はすべて冬木にまかされた。本作の依頼が来たのがぎりぎりのタイミングだったので時間の余裕がなく、大変だったと冬木はふり返っている。
 筆者の想像だが、フィンランドという、子どもたちにとってあまりなじみのない土地が舞台になる作品なので、作品世界を象徴するメロディやサウンドがほしいと考えて、スタッフはシベリウスの作品を使おうと考えたのだと思う。「フィンランディア賛歌」のメロディはシンプルで親しみやすく、子どもにも覚えやすい。このメロディが流れてきたら、TVを観ていなくても「カトリの曲だ」とすぐにわかる。メインテーマとしては最適だ。また、海外への番組販売を考えたときにも、シベリウスの音楽は世界共通の音楽的アイコンになる。
 結果として、シベリウスの音楽の使用は、よかった面とよくなかった面があったと思う。よかった面は、音楽によって視聴者にフィンランドの風土や歴史を感じさせることができたこと。これは映像だけでは難しいことだろう。よくなかった面は、音楽の表現の幅が狭くなってしまったこと。本作の音楽には冬木透のオリジナル音楽もあるのだが、それもシベリウスの作品と違和感がないように書かれている。冬木透の個性は抑え気味なのである。そうはいっても、冬木透ならではのサウンドがそこここに現れていて、冬木透ファンにとっては、それが本作の音楽を聴く楽しみになっている。
 『牧場の少女カトリ』は長らく音楽の復刻が待たれた作品だった。放送当時、キャニオンレコードから本作の音楽集アルバム(LPレコード)が発売されていたが、30年以上CD化の機会に恵まれず、2019年に日本コロムビアより発売された10枚組CD-BOX「ウルトラ・マエストロ 冬木透 音楽選集」にて、初めてBGM20曲がCD化された。しかし、それも本作の音楽の一部にすぎず、『牧場の少女カトリ』ファン、冬木透ファンのあいだでは、完全版音楽集の発売が熱望されていた。
 5月29日に発売される「冬木透 アニメ音楽の世界 牧場の少女カトリ」は、『牧場の少女カトリ』の初の完全版音楽集である。構成・解説は筆者が担当した。
 CD2枚組で、ディスク1は放送当時発売された音楽集アルバムをオリジナルのままの構成で復刻。主題歌とBGMをステレオ音源で収録した。ディスク2は本編で使用されたオリジナルBGMを完全収録。主題歌のTVサイズも収録した。ディスク2は全曲モノラル音源である。
 詳しい収録内容は下記を参照。
https://www.soundtrack-lab.co.jp/products/cd/STLC056.html

 本アルバムの聴きどころを紹介しよう。
 ディスク1は、上述のとおり「ウルトラ・マエストロ 冬木透 音楽選集」で大半の楽曲がCD化されている。しかし、同商品は10枚組セットだったために、「カトリだけのために買うのはちょっと……」と躊躇した人もいたと思う。今回のCD化ではポニーキャニオンからマスター音源を取り寄せ、新たにマスタリングを行った。曲間(曲と曲のあいだの無音部分)の長さもレコードと同じにしてあるので、続けて再生していただければ、アナログ盤の演奏を再現できる。収録曲の中では、本作のために録音された交響詩「フィンランディア」が初CD化である。また、ボーナストラックとして主題歌2曲のオリジナル・カラオケを、コーラスあり、なしの2タイプ収録した。主題歌のアレンジは『エヴァンゲリオン』シリーズでおなじみの鷺巣詩郎。鷺巣詩郎ファンにも聴いてほしい音源だ。
 ディスク2に収録したBGM音源は全曲初商品化。約80曲を50トラックに構成した。「全曲初商品化」と書いたが、楽曲としては、ディスク1に収録したBGMとディスク2に収録したBGMは重複がある。重複した曲はミックスが異なるだけで、演奏は同じである。観賞用のステレオ音源と本編ダビング用のモノラル音源の聴感の違いを比べてみるのも(マニアックだが)興味深いと思う。
 以下はすべてディスク2から。
 トラック3「夜明け」は今回初収録となった曲。第1話冒頭の夜明けのシーンに流れていたフルートとストリングスによる「フィンランディア賛歌」のアレンジである。後半はオーボエによる変奏になる。
 先に書いたように「フィンランディア賛歌」は本作のメインテーマであり、そのアレンジも10曲以上作られている。印象的なものとしては、ホルンの温かい音色で奏でられる「あこがれ」(トラック31)、ハープが爪弾く「トゥルクへの旅立ち」(トラック42)、弦のピチカートが3拍子で奏でる「故郷へ」(トラック51)などがある。「故郷へ」は最終話のラストシーンに流れていた曲だ。
 トラック8「アベルはともだち」は、カトリの愛犬アベルのシーンによく使われた曲。シベリウス作曲の組曲「レンミンカイネン」の1曲「レンミンカイネンとサーリの乙女」に登場するメロディをアレンジした曲である。テンポの異なる2曲を1トラックに編集した。音楽集LPにはテンポのゆったりした1曲目が「ともだちアデル」のタイトルで収録されている。「アデル」はカトリの劇中に登場しない名前で、おそらく「アベル」の誤記(もしくは初期設定の名前?)と思われるが、一度商品になったタイトルなので、そのまま掲載した。ディスク2のほうはあらためて「アベル」をタイトルにした次第。
 トラック37「白鳥のように」も初収録。シベリウス作曲の組曲「カレリア」の1曲「バラード」をアレンジした曲である。女医ソフィアと出会ったカトリは、自分も勉強すれば医者になれるだろうかと考える。しかし、それは今のカトリの境遇では到底かなわない夢だった。童話「みにくいアヒルの子」を読みながら、カトリは自分が白鳥になりたかったのだと気がつき、涙する。カトリの切ない想いを描写する曲である。同じ原曲をアレンジした「雪景色」という曲が音楽集LPに収録されていたが、「白鳥のように」はそれとは異なるアレンジ。個人的に「こちらのアレンジも聴きたいなあ」と思っていたので、今回収録できてうれしかった。
 このアルバムでは、冬木透のオリジナル曲もたっぷり収録することができた。本作の音楽はこれまで、その全貌が明らかでなかったために、「ほぼすべてがシベリウスの楽曲のアレンジ」と思われていた節がある。たしかに劇中に流れる音楽はシベリウスの曲のアレンジが多く、その印象が強いのだが、実は約80曲のうち半数は冬木透のオリジナル曲なのである。ただ、冬木はシベリウス風の旋律や響きを意識して作曲し、ときには曲の中にシベリウスの曲のモチーフを忍ばせているため、劇中では冬木透の曲とシベリウスの楽曲が溶け合い、混然となっている。
 初収録となった曲では、「カトリと母」(トラック5)、「やすらぎ」(トラック15)、「胸に秘めた悲しみ」(トラック19)、「望郷」(トラック27)、「春のおとずれ」(トラック28)、「いじわるな人」(トラック46)などが冬木透のオリジナル曲である。ただ、筆者が気づいていないだけで、実はシベリウスの曲のアレンジという可能性もあるので、お気づきの方はご一報ください。
 冬木透ファンにぜひ聴いていただきたいのが、場面転換や映像にアクセント(強弱)を加えるために使われる「ブリッジ」と呼ばれる短い曲である。本作では20曲ほど作られている。その大半が冬木透によるオリジナル曲なのだが、これが実に冬木透らしくてしびれるのだ。
 本作のブリッジ音楽には、なぜか不穏な曲調のものが多い。「怪しい影」(トラック22)、「助けてくれた人」(トラック29)、「暗い予感」(トラック39)などを聴いていると、SFサスペンスドラマを観ているような気分になる。劇中では、牛が崖から落ちそうになったり、羊が狼にねらわれたり、泥棒が暗躍したりといった緊迫したシーンがあり、こうした曲は主にそういう場面に使われている。だが、それだけでなく、カトリがふと不安を感じたり、ちょっとした異変に気づいたりするシーンにも不穏なブリッジ音楽が使われていて、それが独特の雰囲気をかもしだしている。カトリは劇中でしょっちゅうトラブルに巻き込まれているような印象があるのだが、それはこの音楽のせいかもしれない、と思うのだ。

 なお、本アルバムは諸般の事情により、アニメのキャラクターやタイトルロゴなどを使用しないで制作している。代わりに、解説書にはフィンランドの実景写真を掲載した。フィンランドの風景と、その中で働くカトリの姿を想像しながら、音楽をお楽しみいただきたい。

冬木透 アニメ音楽の世界 牧場の少女カトリ
Amazon