腹巻猫です。11月11日からNHK総合でアニメ『地球外少年少女』の放映が始まりました。劇場公開とNetflixでの配信はありましたが、地上波での放映は初。この機会に多くの人に観てもらいたいです。
『地球外少年少女』は2022年1月に公開された全6話のアニメ作品。Netflixで世界独占配信され、日本では全6話を前編・後編の2本にまとめたものが劇場上映された。
TVアニメ『電脳コイル』(2007)を手がけた磯光雄の原作・脚本・監督によるオリジナルアニメである。アニメーション制作は、この作品のために設立されたProduction +h(プロダクション・プラスエイチ)が担当した。
舞台は2045年。日本製宇宙ステーション「あんしん」に地球からシャトルに乗った3人の子どもたちが宇宙旅行にやってくる。「あんしん」には月で生まれた14歳の少年・相模登矢と同じく月生まれの14歳の少女・七瀬・Б・心葉がいた。登矢と心葉の脳には史上最高のAI「セブン」が設計したインプラントが埋め込まれているのだが、インプラントには隠れた欠陥があり、登矢はそれを直すためにハッキングをくり返しているのだった。登矢と心葉が地球の子どもたちを迎えた日、「あんしん」に彗星のかけらが衝突。宇宙ステーション内に取り残された子どもたちは、生き延びるための奮闘を始める。
宇宙で事故にみまわれた少年少女たちのサバイバル……とくれば、「スペースキャンプ」(1986)やTVアニメ『銀河漂流バイファム』(1983)といった作品が思い出される。『地球外少年少女』では、磯光雄監督らしい細部までこだわった設定と描写で、最新の知見に基づいた宇宙の冒険が描かれる。全6話の前半は、ユーモアをまじえたハラハラドキドキの展開が見どころだ。が、しだいに物語はAIの進化、人類の未来といった本格SF的なテーマに切り込んでいく。その先は……これからご覧になる方のために伏せておこう。
筆者は公開時に劇場で観た。そのあとNetflixでも観た。一度観ただけでは消化しきれないくらい内容の濃い作品なのだ。といっても、難しいわけではない。ジュブナイルSF風の味わいも楽しく、面白くて一気に観てしまう。観たあとで、「あれはどういうことだったのか?」ともう一度観たくなる作品である。
音楽は石塚玲依が担当。東京音楽大学作曲指揮専攻芸術音楽コースを卒業後、現代音楽、映像音楽、アニメやアーティストへの楽曲提供などで幅広く活躍している作編曲家である。アニメ音楽(劇伴)では、TVアニメ 『プリパラ[39話以降]』(2015)、『KING OF PRISM -Shiny Seven Stars-』(2019)、『カッコウの許嫁』(2022)、『あやかしトライアングル』(2023)などを手がけている。
磯光雄はサウンドトラックCDの解説書で、石塚玲依の音楽について「現代音楽をベースとする石塚さんの楽曲の最初の印象はちょっと虚無的な、大人っぽい曲が多く、ジュブナイルのBGMとしてはあまり一致しなかったので、何度も細かくしつこく直しをお願いした」とコメントしている。
いっぽうの石塚玲依は、同じくサントラの解説書で「2年以上にわたり磯監督をはじめとしたスタッフの方とスタジオに定期的に赴いては綿密な打ち合わせを幾度も重ねてきました」と語り、「今回の音楽は間違いなく僕1人だったらなし得なかっただろうという世界にあふれています」と結ぶ。
監督と作曲家、2人のディスカッションが生んだ音楽である。
楽器編成は34人の弦楽器にフルート、オーボエ、クラリネットが各1人、ホルンが3本、トランペット2本、トロンボーン2本、ピアノ、エレキギター、それにシンセサイザー。生楽器がたっぷり入っているが、音楽はシンセサウンドの印象が強い。特にシンセで作った(と思われる)マリンバ風の音。明快なメロディを持たないリズム的なフレーズが多く使われている。
音楽を作るにあたって磯光雄監督が示したキーワードが「スマホ的音楽」だった。宇宙にスマホがある時代にふさわしい音楽ということだ。
本編を観ていると、聞こえてくる音が音楽なのか効果音(SE)なのか、区別がつかないことがある。宇宙ステーション「あんしん」内で聞こえる環境音、計器の音やアラーム音、通信機の着信音、機器を操作する音など、そうした音と音楽とが混じって聞こえる。
一般に映像音楽は効果音とぶつからないように作ることが多い。劇中で鳴っている音が効果音か音楽か区別がつかないと、観客も混乱するからだ。けれども、本作の場合はあえて両者にサウンド的な違いをつけていないようである。
それはなぜか。筆者なりに考えてみた。
管楽器や弦楽器、打楽器といった昔ながらの楽器の音は自然界に存在する音の延長線上にある。木管や金管の音は風の音や動物の鳴き声に似ているし、弦楽器は葉ずれの音や波の音のように聞こえる。打楽器は木や石に何かが当たって鳴る音である。都会にいても、自然の音は身近にある。
しかし、宇宙ではどうか。宇宙空間は真空で音はないし、宇宙ステーション内にも人工的に作られた風しか吹かない。身の回りにあるのは計器の音である。宇宙で育った子どもたちにとって、機械が作り出す音は生まれたときから身近にある自然の音なのではないか。磯光雄監督が求めた「スマホ的音楽」は、宇宙生まれの子どもたちの日常の音楽なのである。筆者は、本作の音楽のコンセプトをそんなふうに受け止めた。
本作のサウンドトラック・アルバムは「地球外少年少女 オリジナルサウンドトラック」のタイトルで2022年1月26日にエイベックス・ピクチャーズから発売された。配信でも聴くことができる。収録曲は以下のとおり。
- たゆたう宇宙
- 明ける空
- 地球
- 未来の記憶
- 日常と重力
- あんしんアトモスフィア
- あれれれれれ
- AQUA SEQUENCE
- RANDOM SEQUENCE
- ユーモアのスイングバイ
- すれ違い、物思い
- あんしん音頭
- あんしんくん
- 緊迫と屈折
- 肯定的な歩み
- いくつかの問題点
- 出発と彗星の飛来
- HIGHER VELOCITY
- SYSTEM DOWN
- ACCESS&CONTROL
- CRISIS FREQUENCY
- COUNTDOWN TEMPO
- 暗闇と危機の干渉
- 脅威のクラスター
- UNLIMITED ORBIT
- FORCED TERMINATION
- 憂いの薄明
- 七瀬・Б・心葉 “ensemble”
- 七瀬・Б・心葉 “piano”
- WHALE SEQUENCE
- セカンド・セブン
- Sパターン
- ルナティック
- どこでもない場所の中間
- 誰にもわからない未来
- はじまりの時代
- Oarana(Short Size)(歌:春猿火)
- Oarana(歌:春猿火)
BGM(劇伴)36曲に主題歌「Oarana」のショートサイズとフルサイズを収録。
公式サイトには「BGMを完全収録」とある。本編では一部の楽器の音を抜いた別バージョンが使われているケースがしばしばあり、「この曲サントラに入ってないなあ」と思うと、それはだいたい別バージョンなのだった。
CDの解説書には石塚玲依による全曲解説を掲載。音楽について詳しく知りたい方はぜひCDを購入して読んでいただきたい。
全6話の作品であれば全編映像に合わせて音楽を作ってもおかしくない。が、本作ではフィルムスコアリングと溜め録りを組み合わせたハイブリッド方式が採用されている。純粋なフィルムスコアリングの楽曲が数曲。溜め録りの曲も多くは具体的なシーンを想定して書かれた曲だ。
1曲目の「たゆたう宇宙」は第1話でメインタイトルが出るシーンの曲。地球の子どもたちを乗せたシャトルが宇宙ステーション「あんしん」に近づく。「あんしん」の中にいる登矢。浮遊感のあるサウンドに着信音のような音が挿入される。タイトルロゴが出るタイミングで雰囲気が変わり、シンセの音が宇宙的な広がりを聴かせる。監督が求めた「スマホ的音楽」の回答のひとつなのだろう。最終話のエピローグでこの曲がもう一度流れる。
2曲目の「明ける空」は第3話のラストシーンで使用。シンセと弦と木管が奏でるスペーシィな楽曲である。石塚玲依の解説によれば13/4拍子という特殊な拍子を使っているとのこと。重力を意識させないフワフワした感じを出すために変拍子を採用したそうだ。
3曲目「地球」は第1話で地球から来た姉弟・美衣奈と博士が「あんしん」の窓から地球を間近に見て感動するシーンに流れた曲。40秒と短い曲だが木管と弦のアンサンブルが地球の美しさ、瑞々しさを表現している。この曲は生楽器主体のシンフォニックなサウンドで作られていて、1曲目、2曲目とは印象が異なる。「スマホ的音楽」とは別に「宇宙の要素はシンフォニックなサウンドで表現したい」という監督の希望に沿った曲である。
4曲目「未来の記憶」は第1話の冒頭、登矢の見る夢のシーンに流れていた曲。これもシンフォニックサウンドによる曲で、不安の中に希望の光が差してくるような独特の曲調。第5話ではこの曲の編成の薄いバージョンが使われている。
ここまで紹介してわかるとおり、アルバムの曲順は劇中使用順ではなく、『地球外少年少女』という作品を音楽で表現するコンセプトアルバム的な構成になっている。
以下、気になる曲を紹介していこう。
本作の音楽の特徴のひとつがマリンバ、もしくはマリンバ風のパーカッシブな音を使った曲が多いこと。「日常と重力」(トラック6)、「あんしんアトモスフィア」(トラック7)といった日常系の楽曲では、マリンバが少しユーモラスなテイストで使われている。
「あれれれれれ」(トラック7)も同系統の曲だが、こちらはピアノと木管を主体にしたアコースティックなサウンド。インドの民族楽器ウドゥも用いられている。民族楽器を加えることで、どこの国の音楽とも判別できないサウンドになった。宇宙の描写に民族楽器を使う例はアニメ『ΠΛΑΝΗΤΕΣ[プラネテス]』でもあり(こちらは邦楽器を使用)、意外と相性がいいのである。
シンセ主体の「RANDOM SEQUENCE」(トラック9)も日常シーンを想定した同じ系統の曲。シンセで一定のフレーズがランダムに繰り返されるように設定し、バックのリズムもランダムに生成されている。実に現代的で実験的。こういう曲が日常曲として用意されているのが本作の面白いところである。
「ユーモアのスイングバイ」(トラック10)はシンセのパーカッシブな音とピアノなどを組み合わせた、のんびり系の日常曲。第3話くらいまでは、こういう曲が流れる場面が多い。
第1話の終盤で宇宙ステーション「あんしん」にトラブルが発生し、緊迫した状況になる。緊張感が高まる場面や危機をはらんだスリリングな場面に使われたのが、「HIGHER VELOCITY」(トラック18)以降の英語タイトルの楽曲群だった。
アルバムでは、「HIGHER VELOCITY」「SYSTEM DOWN」「ACCESS&CONTROL」「CRISIS FREQUENCY」「COUNTDOWN TEMPO」とサスペンス系の曲が続く。シンセのパーカッシブな音に弦や木管、ピアノなどがからみ、メロディよりもリズムやサウンドで不安感や緊迫感を表現する曲になっている。緊張感と同時に、どこか軽やかさもあるのが特徴である。
同じサスペンス系の曲でも「出発と彗星の飛来」(トラック17)はストレートな映画音楽風。第3話で登矢たちがステーションの外に出て活動を始める場面のためにフィルムスコアリングで作られた。ほかにも第2話や第4話で使用されている。弦楽器のフレーズがじわじわと緊迫感を盛り上げ、金管とパーカッションが加わって危機感をあおる。手に汗にぎるような状況をオーケストラが描写していく。ここぞという場面にシンフォニックな音楽が流れる効果は抜群で、聴きごたえがある1曲だ。
トラック28の「七瀬・Б・心葉 “ensemble”」は、本作のヒロイン、七瀬・Б・心葉のテーマ。心葉の少し神秘的で儚いイメージがストリングスとフルートで表現される。第1話の心葉登場シーンから使われている曲である。
その変奏である「七瀬・Б・心葉 “piano”」(トラック29)は、物語終盤の心葉の場面のために用意されたが、そのシーンでは使われなかった。代わりに最終話のラストでこの曲の冒頭部分が流れる。ぜひ、耳を澄ませて観ていただきたい。
トラック31以降に収録された楽曲は、いずれも第4話以降の展開に向けて用意された曲である。前半で多用されるパーカッシブな楽曲とはがらりと雰囲気が変わっている。
「セカンド・セブン」(トラック31)と「ルナティック」(トラック33)はAIの進化をテーマにした曲。ゆったりとしたメロディがオーケストラによるシンフォニックなサウンドで奏でられる。この曲調にたどりつくまでにそうとうな苦心があったことが解説書で語られている。「Sパターン」(トラック32)もAIがらみの曲だが、こちらはシンセとオーケストラが奏でるミニマルミュージックだ。
トラック34「どこでもない場所の中間」は第6話(最終話)で登矢とAIが対話をするシーンに使用された曲。「未来の記憶」(トラック4)や「セカンド・セブン」と共通する雰囲気がある。「どこでもない場所の中間」とはAIのセリフに出てくる言葉だ。最終話ではこの曲がいくつかのシーンで使用されている。本作のテーマに結びつく重要な曲のひとつと言えるだろう。
「誰にもわからない未来」(トラック35)は最終話のクライマックスとなる登矢と心葉のシーンで使われた。劇場上映に合わせてBSフジで放送された特番「メイキングオブ『地球外少年少女』後編」に、この曲について打ち合わせするシーンが映っている。「スマホ的音楽を作るときは理詰めで考える部分があったが、最後(の曲)は感情の勝負になりました」という石塚玲依の言葉が印象深い。本作の音楽の中でもとりわけ美しいメロディを持つ曲である。
続いて流れたのが「はじまりの時代」(トラック36)。大団円の曲である。正統派の映画音楽を思わせるスケールの大きな曲だ。スマホ的音楽からスタートし、この曲に着地する振り幅の広さが『地球外少年少女』の魅力を象徴している。
2045年の宇宙時代の子どもたちはどんな音楽を聴いているだろう。スマホ的な音楽に囲まれているかもしれないし、昔ながらの生楽器の音楽も残っているかもしれない。『地球外少年少女』のために石塚玲依が作り上げた音楽は、宇宙の日常に流れる音楽を先取りした、ちょっと未来の音楽なのだと思う。
地球外少年少女 オリジナルサウンドトラック
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