腹巻猫です。劇場『北極百貨店のコンシェルジュさん』を観ました。イマドキの日本のアニメっぽくない小粋な作品でした。絵作りがヨーロッパの絵本みたいで、観ていて気持ちがいい。ストーリーも、昔の、笑わせてちょっとホロっとさせる劇場作品みたいで後味がいい。実際ホロっとしてしまいました。
派手なアクションもないし、美少女が活躍するわけでもないけれど、心に残るものがある。大切にしたいなと思わせる作品です。もう上映終了している劇場も多いようですが、たくさんの人に観てほしいです。
『北極百貨店のコンシェルジュさん』は2023年10月に公開された劇場アニメ。西村ツチカによる同名マンガを、監督・板津匡覧、アニメーション制作・Production I.Gのスタッフで映像化した。
従業員は人間だが、お客はすべて動物という不思議な「北極百貨店」。そこで新人コンシェルジュとして働き始めた秋乃は、慣れない接客にとまどったり、気持ちが先走ったりして失敗続き。しかし、先輩のコンシェルジュやフロアマネージャーに見守られて、少しずつ成長していく。今日も北極百貨店には、大切なプレゼントやお気に入りの品を探す動物たちがやってくる。
ユニークな設定の物語である。北極百貨店を訪れる動物は人間と同じように話をするし、その中には「絶滅種」と呼ばれる、地球上からすでに絶滅した動物もいる。いったいどういうからくりになっているのか、SFファンとしては説明を求めたいところだが、そういう作品ではないのだろう。筆者も、メルヘン、もしくは一種の寓話として楽しんだ。
童話を思わせる設定の作品だから、音楽もアコースティックなサウンドのほんわかとしたものが似合いそうだ。ところが、作品を観たら、シンセサウンドを中心にしたビートの効いた曲が多い。これは意外だった。
音楽を担当したのは、音楽プロデューサー、DJ、トラックメーカーとして活躍し、多くのアーティストに楽曲を提供しているtofubeats。2018年に映画「寝ても覚めても」の音楽を担当しているが、劇場アニメの音楽を手がけるのは本作が初めてである。
tofubeatsの参加は板津監督の希望だったという。監督が以前からtofubeatsが好きで聴いていたことから、本作の音楽を担当してもらうことになった。板津監督はインタビューで、「電子音楽のもつ、現代的であるけどちょっと懐かしいような印象がほしいと思った」と語っている。
実はtofubeatsと原作者の西村ツチカとは高校生の頃からの知り合い。監督はそのことを知らずに音楽を依頼したというから面白い。
板津監督が希望したとおり、本作の音楽はシンセサイザーを使ったテクノ風の曲がメインになっている。現代的なテクノではなく、少しレトロな、懐かしい感じのテクノだ。北極百貨店という現実離れした空間に、テクノサウンドが不思議となじんでいる。たぶん、舞台が牧歌的な空間ではなく、百貨店という近代的な商業施設だからだろう。メルヘンではあるけれど、現代と通底する物語であるから、電子音楽が違和感なく聴こえる。そして、テクノの音が持つクールな響きが、洗練された、小粋な印象につながっている。もし、全編生楽器の音楽だったら、もっと古風な印象になったのではないか。
本作のサウンドトラック・アルバムは、「映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』Original Soundtrack」のタイトルで2023年10月20日にアニプレックスから発売された。CDと配信の2形態である。
収録曲は以下のとおり。
- 北極百貨店のテーマ
- Gift(メインテーマ)
- エルルのテーマ
- 秋乃のテーマ(真剣)
- 北極百貨店のテーマ(春)
- クジャクたちのワルツ
- 全力疾走
- 求められること
- 秋乃のテーマ(一歩ずつ)
- ピメントスとひよこ豆のジュをあしらって
- この曲線の美しさ!
- 給仕長より
- ワルツよりおだやかに
- 背中を押せない
- ウーリーのテーマ
- サプライズ大作戦
- 北極百貨店のテーマ(秋)
- 秋乃のテーマ(お客様は神様)
- 厄介なお客様
- 絶滅種と人間
- クリスマス
- 秋乃のテーマ(悩み)
- 百貨店の思い出
- JOY TO THE WORLD
- 背中を押してくれる場所
- 飛べ!エルル
- 北極百貨店のテーマ(冬)
- Good King Wenceslas 【BONUS TRACK】
- 先輩コンシェルジュさん
- 秋乃のテーマ(背中を押したい)
最後に収録された2曲のボーナストラックは未使用曲。トラック1〜28には、本編使用曲が使用順に収録されている。
CDのブックレットにはtofubeatsによる全曲解説を掲載。それを読めば、各曲の作曲意図や聴きどころがわかる。気になる方はぜひCDを買って読んでいただきたい。
以下、筆者の心に残った曲を紹介していこう。
1曲目の「北極百貨店のテーマ」は冒頭のプロローグに流れる曲。北極百貨店のCMソングである。観終わったあと、つい口ずさんでしまいたくなる曲だ。
本作のメインテーマは2曲目に収録された「Gift」という曲なのだが、映画音楽としては「北極百貨店のテーマ」のほうがメインと言ってよい。劇中にこの曲の変奏がたびたび登場するからだ。「北極百貨店のテーマ(春)」(トラック5)、「北極百貨店のテーマ(秋)」(トラック17)、「北極百貨店のテーマ(冬)」(トラック27)などである。それぞれ、シーンに合わせたアレンジがされているのがいい。終盤に流れる「北極百貨店のテーマ(冬)」は、のちに登場する「ウーリーのテーマ」と「北極百貨店のテーマ」を合体させたもので、感動的な曲に仕上がっている。
「Gift(メインテーマ)」(トラック2)はtofubeatsの作曲による主題歌「Gift」のインストゥルメンタル版。歌入りは別売でサントラには収録されていない。インストゥルメンタルはメインタイトルから流れるが、ここでは控え目な印象だ。
「北極百貨店のテーマ」と同様に本編でたびたび流れるのが主人公・秋乃のテーマ。「秋乃のテーマ(真剣)」(トラック4)、「秋乃のテーマ(一歩ずつ)」(トラック9)、「秋乃のテーマ(お客様は神様)」(トラック18)、「秋乃のテーマ(悩み)」(トラック22)と4曲のバリエーションが作られている。曲調はリズム主体のテクノ。tofubeatsのコメントによれば、「シンキングタイムみたいなテイストが秋乃かなと思って」こういう曲にしたのだそうだ。「考える秋乃のテーマ」といった趣で、メロディで主張しないところが本作の音楽らしい。
北極百貨店に現れる個性的な動物たちに付けられた曲も印象深い。
まず、「エルルのテーマ」(トラック3)。エルルは北極百貨店内をいつも歩いている謎のペンギン。どうやら客ではなく、北極百貨店の重要人物(動物)らしい。そのテーマは、シンセサイザーによるエキゾチックな舞曲みたいな曲。初登場時の、少しコミカルで謎めいた雰囲気が表現されていて楽しい。
「クジャクたちのワルツ」(トラック6)は、店内で求愛行動を始める孔雀カップルの曲。宝塚歌劇風のゴージャスな音楽は、いっぱいに広がった孔雀の羽根の華麗なイメージだ。
「ウーリーのテーマ」(トラック15)は、tofubeatsが「個人的に一番好き」とコメントしている曲。ウーリーは絶滅したケナガマンモス。造形作家であり、北極百貨店内に作品が展示されている。そのテーマ曲は、キラキラした音を使った浮遊感のあるサウンドで奏でられる。ウーリーの芸術性を表現したのだそうだ。
本作を観て心に残るシーンのひとつが、「絶滅種と人間」(トラック20)が流れる場面だと思う。なぜ北極百貨店に絶滅した動物が客として訪れ、人間がおもてなしをしているのか。そんな疑問への回答がエルルの口から語られる。この曲は「北極百貨店のテーマ」の変奏のひとつ。聴いていると、絶滅した動物への哀悼や人間の罪深さへの嘆きなど、さまざまな感情が呼び起こされる。しかし重くはなく、シンセサイザーの音色は未来に向かってすべきことを問いかけているようだ。本作の隠されたテーマを表現した曲とも言えるだろう。
トラック24「JOY TO THE WORLD」とトラック28「Good King Wenceslas」は、クリスマスを迎える北極百貨店内のBGM。「JOY TO THE WORLD」は「もろびとこぞりて」の曲名で有名な讃美歌。「Good King Wenceslas(ウェンセスラスはよい王様)」は古いクリスマス・キャロルである。どちらも、うたたね歌菜がオーケストラ曲にアレンジしている。本編の音楽がテクノなので、オーケストラサウンドが聞こえてくるのは特別感があってよかった。特に「Good King Wenceslas」は本編のラストを飾る曲。最後に思い切り盛り上げて終わる音楽設計がうまい。
作品はこのあとエピローグになり、プロローグに使われた「北極百貨店のテーマ」がもう一度流れる。エンディングは主題歌「Gift」の歌入り。主題歌とサントラを両方入手すれば、プレイリストを作って本作の曲順を再現することも可能だ。
この作品、クリスマス頃に公開したほうがよかったのではないかなと思う。そのほうがクリスマスの音楽が生きるし、気分も盛り上がるだろう。
作品の中でくり返し描かれるのは、大切な人へ贈り物を届けたいという想いである。tofubeatsらによる音楽も、劇場作品への、そして作品を観に来た観客への贈り物=ギフトだ。サウンドトラックを聴けば、ギフトをもらったときの温かい気持ちがよみがえる。その気持ちを、また誰かに渡したくなる。
映画「北極百貨店のコンシェルジュさん」Original Soundtrack
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