腹巻猫です。4月期に放送されたTVアニメで楽しみにしていたのが『私の百合はお仕事です!』でした。何の予備知識もなく、キラキラでコミカルな作品なのかと思って観始めたら、緊張感ただよう展開に意表をつかれました。でも最終回はほんわかしていてよかった。観ようと思った理由のひとつが、音楽を大橋恵さんが担当していたことでした。
『私の百合はお仕事です!』は、未幡による同名マンガを原作に、2023年4月から6月まで放映されたTVアニメ作品。
完璧な外面(そとづら)を作ることで誰からも愛される自分を演じてきた女子高生・白木陽芽(ひめ)。ある日、小柄な女性・舞とぶつかってけがをさせてしまい、彼女の代わりにカフェ「リーベ女学園」で働くことになる。リーベ女学園はお嬢様学校をイメージしたカフェで、店員は学園の制服を身にまとい、生徒を演じているのだ。得意の外面を生かしてリーベ女学園で働き始めた陽芽だが、慣れない学園のしきたりや生徒(店員)たちの表と裏の顔の違いにとまどうことになる。
見どころは、リーベ女学園の表と裏で進行する二重構造のドラマ。本心の探り合い、葛藤、すれ違い。キラキラでコミカルどころか、心理サスペンスのような展開にドキドキして、毎週目が離せなかった。
この感じ、デジャビュがあるなあと思ったら、出崎統監督のアニメ『おにいさまへ…』だった。女子高を舞台にした少女たちの愛と友情のドラマという点が共通している。しかし、『おにいさまへ…』はリアルに女子校が舞台なのに対し、こちらは、カフェの客の前で女学校の生徒を演じているというのが大きな違い。演じている役柄でもドラマがあり、素顔でもドラマがある。その二重性、演劇性が、本作の大きな特徴になっている。
演出面では、心情の揺れを画で見せるよりも、会話やモノローグで表現する場面が多い作品だった。オーディオドラマとしても聴けるのではないかと思うくらい。そのぶん大切になってくるのが音楽だ。
音楽を担当した大橋恵は、自身も中学・高校と女子校で過ごした経験から、女子校を外から見たイメージがリーベ女学園で、実際の女子校の中の様子がカフェのバックヤードに近いなとイメージしたという(サウンドトラック・アルバム解説書のコメントより)。
そして、きらびやかなリーベ女学園の世界と現実の世界とのメリハリをつけるために、それぞれの世界で流れる音楽にも違いをつけるようにした。リーベ女学園のパートの曲は、ストリングスを中心にした、きらびやかな曲調に。バックヤードや現実の学校のシーン、回想シーンなどでは会話劇が中心になってくるので、きれいなメロディを意識しつつも、楽器編成はシンプルに、会話に寄り添えるような曲調で。結果、ふたつの世界の対比が明瞭になり、演劇性が際立つことになった。
現実パートの音楽は、ほのぼのとした曲もあるが、悲しみや苦悩を表現する曲も多い。そういった曲でも、必要以上に深刻にならず、品のよい繊細なタッチで書かれている。クラシカルという言葉がぴったりだ。それが、本作全体の印象をソフトで麗しいものにしている。もしかしたら、もっとシリアスでどろどろした世界観を期待していたファンには物足りなかったかもしれないが、TVアニメという媒体を考えれば、これでよかったと思うのだ。
大橋恵は、『機動戦士ガンダム MS IGLOO』や『トランスフォーマー ギャラクシーフォース』、東映スーパー戦隊シリーズなど、アクション系の作品での活躍が記憶に残る作曲家。筆者もいくつかのサントラ・アルバムで構成やインタビューを担当した。大橋恵が手がけた作品の中には、『クプ〜!! まめゴマ!』『夢色パティシエール』といったメルヘン系、少女マンガ系の作品もあるし、近年は『おかあさんといっしょ』への楽曲提供もしているから、ほんわかした作品やリリカルな作品がないわけではない。しかし、本作ほど華麗な世界観の作品は珍しい。『私の百合はお仕事です!』は、大橋恵がクラシカルでキラキラした音楽の技法をフルに発揮して挑んだ意欲作である。
本作のサウンドトラック・アルバムは「TVアニメ『私の百合はお仕事です!』オリジナルサウンドトラック」のタイトルで2023年6月7日に日本コロムビアから発売された。
収録曲は以下のとおり。
- 秘密【ハート】Melody(TVサイズ)(歌:小倉唯)
- かわいらしい天使
- 再会
- ようこそリーベ女学園へ
- わたしは白鷺陽芽☆
- 困ったなぁ
- ピンチ!
- いつもの風景
- 焦るっ
- ごきげんよう
- 負けませんわ
- 訳がわからない…
- 冷たい空気
- 不穏
- 陽芽と美月
- わたしたち友達ね!
- 不安な気持ち
- しあわせな時間
- 暗い思い出
- 本当のこと
- 切ない想い
- 答えが見えない
- 陽芽ちゃん、どうして?
- あなたが好き
- 一触即発
- 悲しい過去
- いらだち
- あたふたあたふた
- 感激です!
- 夢が覚めても(TVサイズ)(歌:白鷺陽芽(CV:小倉唯)&綾小路美月(CV:上坂すみれ)
1曲目にオープニング主題歌、ラストにエンディング主題歌を配し、あいだにBGMを収録したオーソドックスな構成。BGMは全曲収録でなく、「この曲も入れてほしかったなあ」と思う曲もあるが、印象に残る楽曲はほぼ網羅されている。
大橋恵のコメントにあるように、音楽はリーベ女学園の曲と現実世界の曲とに大別される。それぞれの音楽性の違いにも注目しながら聴くと興味深いだろう。
トラック2「かわいらしい天使」は、第1話で陽芽の紹介シーンに流れる曲。同級生から「天使」と呼ばれる陽芽の愛らしい姿が、バイオリン、ピアノ、フルートによる優雅な曲調で表現される。
トラック3「再会」は、陽芽がリーベ女学園で「きれいなお姉様」風の生徒・美月と出会う場面に流れた曲。陽芽は気づいていないが、美月は陽芽と古い因縁のある少女だった。陽芽の目に写った美月のたたずまいを表現する、ゆったりとしたピアノソロの曲である。
トラック4「ようこそリーベ女学園へ」はチェンバロとストリングスが奏でる華麗なワルツの曲。リーベ女学園のテーマだ。クラシカルな曲調でお嬢様学校の世界観が表現されている。
ここまでが、いわば物語の導入部。
トラック5「わたしは白鷺陽芽☆」は軽快ではつらつとした陽芽のテーマ。クラシカルではあるが、ポップス的な香りもある。それが、リーベ女学園の空気に染まりきっていない陽芽のキャラクターに通じて楽しい。
トラック8「いつもの風景」もポップクラシック風の軽快な曲。カフェのシーンにも日常シーンにも使われていた。リーベ女学園の世界と日常の世界の両方にまたがる曲と言えるだろう。
トラック6「困ったなぁ」、トラック7「ピンチ!」、トラック9「焦るっ」は、日常シーンでよく使われたコミカルな曲。物語序盤のシチュエーションコメディ的な場面で効果を発揮していた。トラック28の「あたふたあたふた」も同じカテゴリの曲だ。こういう曲が含まれていることで、作品としても、アルバムとしても、世界観に広がりが出る。
トラック10「ごきげんよう」は平和なカフェの描写でおなじみの曲。優雅で楽しげな曲調は宮廷のサロンの音楽みたいだ。
次のトラック11「負けませんわ」は一転して、チェンバロや弦楽器によるバロック風の曲。メガネをかけたリーベ女学園の上級生・純加のシーンによく流れている。緊張感のある曲調が何か起こりそうな不穏な空気をかもしだす。リーベ女学園のドラマに不可欠の曲である。
次のトラックからは、繊細な心情描写曲が続く。不安や悲しみを表現するトラック12「訳がわからない…」、トラック13「冷たい空気」、トラック14「不穏」、トラック17「不安な気持ち」、トラック19「暗い思い出」などなど。シンプルな編成で心情を的確に表現する大橋恵の手腕が冴える。会話劇のじゃまをしない「会話に寄り添えるような曲調」というコンセプトが十二分に反映された楽曲群である。
ところで、TVアニメ『私の百合はお仕事です!』は、陽芽と美月の物語を描く前半(第1話〜第6話)と、果乃子と純加の物語を描く後半(第7話〜第11話)のふたつのパートに大きく分けることができる(第12話はいわばエピローグ)。どちらの物語も、友情と葛藤とほのかな恋愛感情がテーマになっている。
このサウンドトラック・アルバムも、前半は陽芽と美月の物語、後半は果乃子と純加の物語をイメージした構成になっているようだ。もちろん前半と後半で共通に使用された曲も多いから、アルバムを通してひとつの物語ととらえることもできる。が、前半・後半に分かれた構成として聴くこともできる。
というのも、ちょうど折り返し点にあたるトラック15に「陽芽と美月」という曲が置かれており、これが第6話のラスト近く、陽芽と美月の重要なシーンで流れた曲だからだ。
そして、トラック16「わたしたち友達ね!」は、第9話の果乃子の回想の中で、陽芽が同級生から果乃子をかばう場面に流れた曲。いわば果乃子と陽芽の友情のテーマであり、後半の始まりの曲にふさわしい。
以降、曲は果乃子の陽芽への想いと果乃子が覚える不安を交互に描写するような順に並べられている。アルバムの前半とは、また違った雰囲気である。
アルバム後半で特に印象深い曲のひとつが、トラック20の「本当のこと」。ピアノとストリングスが不安とも期待ともとれる中間色の心情を描いていく。曲の後半は希望に満ちた明るい雰囲気に転じ、しっとりと心にしみる曲調でコーダを迎える。第6話の陽芽と美月の心が通じるシーン、第11話の純加が果乃子の秘密を共有しようとするシーンなど、ドラマのクライマックスとなる場面に流れて感動を盛り上げていた。
次のトラック21「切ない想い」も印象的な、筆者のお気に入りの曲である。ピアノソロが奏でるメロディーは、曲名通り、切なく美しい。陽芽と美月の物語でも、果乃子と純加の物語でも、まさに切ない想いを描写するシーンに流れていた。シンプルなのに、いや、シンプルだからこそ、心に残る。本作の音楽の名曲のひとつである。
トラック22「答えが見えない」以降も、主に後半の物語で使用された楽曲が続く。つらい曲調が並ぶが、トラック24「あなたが好き」だけは幸せなイメージの曲だ。ピアノとバイオリン、オーボエなどが奏でるやさしいメロディーが、果乃子の陽芽への純粋な気持ちを表現する。劇中での果乃子の行動はちょっと危なげに見えるのだが、この曲を聴くと果乃子を応援したくなる。
BGMパートの最後に置かれたトラック29「感激です!」は、ハープのイントロからバイオリンとストリングスのメロディに展開する曲。しみじみとした曲調は、衝突や葛藤を乗り越えたリーベ女学園の平和な情景を描いているようだ。劇中では第11話のラストシーン、カフェの人気投票で一位(ブルーメ・デア・リーベ)に選ばれた純加が、「1年間仲よくしていきましょう」と挨拶をする場面で流れている。アルバムの締めくくりとしても最適な選曲だろう。
聴き終えて、「ドキドキもしたけれど、最後は幸せに終わってよかったなあ」と思えるアルバムだ。なにより、音もメロディも耳にやさしいのがいい。大橋恵には、少女マンガ系のジャンルでもっと仕事をしてほしいなあ。「百合は私のお仕事です!」……いや、「少女ものは私のお仕事です!」と言えるくらいに。
TVアニメ「私の百合はお仕事です!」オリジナルサウンドトラック
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