COLUMN

第257回 音に世界が宿る 〜THE FIRST SLAM DUNK〜

 腹巻猫です。6月3日に東京国際フォーラムBホールで開催された「松本零士先生お別れの会」に参加し、献花してきました。宇宙をイメージした祭壇、写真パネル展示、アニメ音楽の生演奏などで、松本零士先生を偲ぶ会でした。ちょうど会場に入ったときに『さよなら銀河鉄道999』の主題歌「SAYONARA」を演奏していて、かなりぐっときました。いつかまた、遠く時の輪の接するところで。


 劇場アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』のオリジナル・サウンドトラック・アルバムが5月31日にリリースされた。
 その情報をつかんでなくて、リリースされたあとに知って驚いた。劇場版が公開されたのが昨年12月。サントラ盤はもう出ないか、映像ソフトに同梱かなあ、と思っていたからだ。
 サントラアルバムはメディアミックスによる劇場作品の宣伝グッズという一面もあるため、公開から半年を経てのリリースは珍しい。Blu-ray等の発売に合わせて出す例はあるが、本アルバムは単独での発売。もしかしたら、Blu-rayと合わせて発売する予定があったものの、まだ絶賛公開中だからBlu-rayは先送りになり、サントラのみ発売されたという可能性もある。なんにしろ、快挙である。劇場版が大ヒットしているからこそだろう。

 そしてこのサントラ、めちゃめちゃ売れてる。この原稿を書いている6月6日現在、Amazonの売れ筋ランキングで、サウンドトラック(ミュージック)部門1位、キッズアニメ・テレビ音楽部門1位、アニメ音楽部門1位を記録。ミュージック全体でも8位。商品ページには「過去1週間で3000点以上購入されました」と表示される(この表示は出たり出なかったりする)。近年は初回プレスが3桁(数百枚)というサントラCDも珍しくないのに、1週間で3000枚とは驚異だ。これはAmazonのみの数字で、ほかのショップの売り上げや配信版も含めると、実際に売れてる数は数倍になるだろう。
 それだけ、このサウンドトラックを待っていた人がいたということ。サントラが売れない時代と言われるが、やはり作品の人気と音楽の人気次第なのだ。
 劇場アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』は、井上雄彦のバスケットボールマンガ『SLAM DUNK』を、原作者自身の監督・脚本でアニメ化した作品。アニメーション制作は東映アニメーションとダンデライオンアニメーションスタジオが担当した。
 『SLAM DUNK』は90年代に東映アニメーションの制作でTVアニメが放映されていた。今回はまったく新しい構想によるアニメ化。原作の絵がそのまま動いているような映像、臨場感あふれるバスケットボールの試合描写など、細部までこだわりぬいた表現と演出に圧倒される。
 実は筆者はTVアニメ版をほとんど観ていない。ストーリーもよく知らなかった。が、本作は劇場で観てたちまち引き込まれた。昨年観た『DRAGON BALL超 SUPER HERO』に次ぐ衝撃だった。
 衝撃を受けたのは映像だけではない。音もすごい。セリフ、効果音、音楽ぜんぶを含めた音響がすばらしいのだ。音のよい劇場で観ると、バスケットコートの中に立っているような気分になる。
 音楽の量は、劇場アニメとしては控え目である。音楽に頼らず、セリフと効果音だけで演出している場面が多い。たとえば、少年リョータが海岸の洞穴で兄ソータの遺品を手にし、兄のバスケットへの想いを引き継ぐ場面。音楽は一切流れない。そのぶん、音楽が流れたときの印象が際立つ。その音楽も、メロディより音の響きやリズムを重視したサウンド志向のものになっている。

 音楽を担当したのは、J-POPのアレンジャー、プロデューサーとして活躍する武部聡志と本作の主題歌を手がけたロックバンド10-FEETのTAKUMA。主に心情描写の曲を武部聡志が、試合シーンの曲をTAKUMA(10-FEET)が担当している。
 井上監督から「のびのびやってください」と言われた武部聡志は、デモを作ってはどんどん送り、それを試しに画にはめてもらって違和感を修正する形で音楽作りを進めていった。「物語に入り込めるようメロディが主張する音楽ではなく、コードやピアノの響きがメインになる音作りを心がけました」と武部はコメントしている。
 ピアノの響きを効果的に使うよう意識し、レコーディングも音響演出の笠松広司らとともに、シーンにあった音色になるよう試行錯誤を重ねた。武部が担当した曲は、ピアノやギターの繊細な音色が印象的で、音の響きだけで心情が伝わってくる。
 いっぽうのTAKUMA(10-FEET)は、「劇伴の経験がない分、先入観なしでやれたのが結果的に良かったんかな」と語る。パンクロックっぽい曲からEDM的な曲まで大量のデモをまず作って、監督と相談しながら方向性を探っていった。井上監督と何度か話すうちに、監督と自分の中で「劇中で鳴っている音」がシンクロしていく感覚があり、そこをどう一致させるかを考えたという。
 そうやって作り上げた劇中曲が以下の5曲。
「暁の砂時計」
「Alert of oz」
「Slash Snake」
「BLIZZARD GUNNER」
「Double crutch ZERO」
 いずれもギターサウンドとロックのリズムが印象的なナンバーで、劇伴というより独立した楽曲として聴くことができる。劇中では曲をシーンにあわせて編集する形で使用されている。
 この5曲は劇場版主題歌「第ゼロ感」とともに、2022年12月発売の10-FEETのアルバム「コリンズ」に収録された(完全生産限定盤と通常盤Bタイプのみ)。「コリンズ」には本編では使われなかったけれど『THE FIRST SLAM DUNK』にインスパイアされた楽曲も収録されている。そのため、「THE FIRST SLAM DUNK オリジナル・サウンドトラック」が発売されるまで、アルバム「コリンズ」がサウンドトラック・アルバムの役割も果たしていた。先にリリースされたオープニング主題歌「LOVE ROCKETS」とエンディング主題歌「第ゼロ感」に、「コリンズ」に収録された劇中曲5曲を加えれば、サントラ盤と呼んでもおかしくないプレイリストを作ることができる。筆者が「単独のサントラ・アルバムはもう出ないかも」と思っていた背景には、そういう事情もあった。
 でも、やはり劇場版に魅せられたファンとしては、武部聡志の楽曲も聴きたいし、10-FEETの曲も劇中で使用されたバージョンで聴きたい。
 満を持してリリースされた「THE FIRST SLAM DUNK オリジナル・サウンドトラック」は、そんな願望を満たしてくれるものだった。すべての楽曲が劇中に流れたとおりの形で収録されたのである。発売元はユニバーサルミュージック。収録曲は以下のとおり。

  1. Moving Logo
  2. LOVE ROCKETS(Movie Ver.)(歌:The Birthday)
  3. 拮抗(from 暁の砂時計)
  4. ソータの部屋
  5. ゾーンプレス(from Alert of oz)
  6. 新しいコート
  7. プレス突破(from 暁の砂時計)
  8. 最強選手(from Slash Snake)
  9. 勝てないチーム
  10. 4POINTS
  11. O.R.(from Slash Snake)
  12. 叶えられている願い
  13. 俺の名前を言ってみろ
  14. リングしか見えない(from Double crutch ZERO)
  15. 霧中
  16. 帰郷
  17. 再起(from BLIZZARD GUNNER)
  18. 前夜
  19. スーパーエース(from Alert of oz)
  20. 布石(from 暁の砂時計)
  21. 湘北(from BLIZZARD GUNNER)
  22. 最強山王(from Slash Snake)
  23. 母上様
  24. いけ!(from Double crutch ZERO)
  25. バスケ人生
  26. 栄光の時
  27. 死守(from Double crutch ZERO)
  28. 勝利
  29. 第ゼロ感(Movie Ver.)(歌:10-FEET)

 本編に流れた曲を使用順に収録した理想的な構成。
 劇場版を観た方には各曲の細かい紹介は不要だろう。サントラを聴けば、劇場の興奮がよみがえる。逆に未見の方には細かく紹介しないほうが親切というもの。早く観て、観ればサントラが聴きたくなるから、と言いたい。

 以下、聴きどころにポイントを絞って紹介しよう。

 1曲目「Moving Logo」はアルバムの中でもユニークなトラック。本編が始まる前、配給や制作会社のロゴマークが表示されるバックに流れる音だ。音楽配信サイトで確認すると、著作者は「THE FIRST SLAM DUNK Film Partners」の名義になっている。音楽として作られたものではなく、効果音扱いなのかもしれない。サントラとしては入ってなくても差し支えないが、劇場版の雰囲気を追体験するにはあったほうがいい。サントラ制作者のこだわりが感じられるトラックである。
 オープニング主題歌に続くトラック3「拮抗(from 暁の砂時計)」は、冒頭の試合場面から流れる曲。本編の情景が浮かんでぞくぞくする。「最初からクライマックス」みたいに気分が上がる。
 このトラックをはじめ、曲名のあとに「from XXX」とカッコ書きがついているのは、10-FEETによる劇中曲をもとにしたトラックである。「XXX」が原曲名。ひとつの曲が編集を変えてさまざまな場面に使われている。
 アルバム「コリンズ」に収録された原曲と聞き比べてみると、シーンに合わせて巧みな編集が行われていることがわかる。サウンドトラックにも「Music Editor」としてクレジットされている音響演出の笠松広司の仕事だろう。笠松はセリフ、効果音、音楽を含めた音響制作全体を担当した、本作のサウンドデザイナーである。音楽の映像とのみごとなマッチングは、笠松広司の手腕によるところが大きい。本アルバムを聴くときに注目してほしいポイントのひとつだ。
 10-FEETの曲は、試合シーンに流れるアップテンポのナンバーもよいが、ロックバラード風のトラック17「再起」やトラック21「湘北」もぐっとくる。「再起」はこの原稿の前半で紹介したリョータの洞穴のシーンの直後に流れる曲。「湘北」は湘北チームが反撃に向けて気持ちを切り替えるシーンに流れた曲である。
 曲名のあとにカッコ書きのないトラックは武部聡志の曲。トラック4「ソータの部屋」のピアノとチェロの繊細な響きが胸にしみる。激しいロックサウンドのあとだけに、静かな音色が鮮烈に聴こえる。
 トラック6「新しいコート」、トラック9「勝てないチーム」、トラック12「叶えられている願い」などは、いずれもピアノやギターの響きで、言葉や絵で表現しきれない心情を伝えるナンバー。武部が語った「メロディが主張する音楽ではなく、コードやピアノの響きがメインになる音作り」とはこういうことだったのか、と曲を聴いて納得する。
 ストリングスが入ったトラック25「バスケ人生」はアルバム全体の中でも雰囲気の違う曲。試合中、関係者席に突っ込んで倒れた桜木花道が、自分とバスケットとの関わりを回想するシーンに流れるメロディアスな曲だ。花道が復活するシーンのトラック26「栄光の時」とセットで聴きたい。
 トラック28「勝利」は、10-FEETの曲を武部聡志がアレンジしたナンバー。ここまで武部の曲と10-FEETの曲はほとんど対照的なサウンドで作られていたが、ここに来て両者の音楽性が合体したのである。最高のカタルシスが味わえるシーンだけに、この共作はうれしい。このアイデアは武部からの提案だったそうだ。

 サウンドトラックは劇場版を追体験することができるアイテムである。音楽を聴いていると、脳内で本編が再生される。しかし、本作の場合はそれだけでは満足できず、もう一度劇場版を観たくなる。脳内の再現より、劇場版そのものを体験したいと思うのだ。
 さらに、サントラを聴いていると、10-FEETの楽曲の原曲が収録されたアルバム「コリンズ」も聴きたくなる。10-FEETのアルバムは、劇場版とはまた異なる、音楽による『THE FIRST SLAM DUNK』の世界を表現していると思うからだ。
 そんなふうに考えるのは、本作の音楽が、物語よりも作品世界そのものを「音」で表現しようとしているためだろう。音に世界が宿る。音響へのこだわりから生まれた、これまでにない『SLAM DUNK』を体験させてくれるサウンドトラック・アルバムである。

THE FIRST SLAM DUNK オリジナルサウンドトラック
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