腹巻猫です。4月29日に国立代々木競技場で「東京伴祭 -TOKYO SOUNDTRACK FESTIVAL- 2023」が開催されました。林ゆうきさんが立ち上げた、アニメの劇伴だけを演奏する音楽フェスティバルです。昨年京都で「京伴祭 -KYOTO SOUND TRACK FESTIVAL-」が開催され、無観客・配信のみの公演ながら、大いに注目を集めました。今回は東京に会場を移し、有観客での初の公演。会場にはアニメファンやサントラファンが集まり、大いに盛り上がったようです。
「ようです」と書いたのは、実は筆者は当日会場に行けなかったからです。早くからチケットを取って楽しみにしていたのに、開催数日前から38度の熱が出てダウンし、当日も外出できるまでには快復せず、涙を呑みました。しかし後日、チケット購入者が観られる動画配信のサービスがあり、自宅で公演の映像を観ることができました。配信万歳。今回は、このフェスで出会った音楽について書いてみます。
この20年ほどのあいだに、アニメの劇伴を演奏するコンサートは珍しくなくなってきた。人気のある作品や作曲家にフォーカスしたコンサートがたびたび開催されている。
しかし、さまざまな作品、作曲家の音楽が聴ける、劇伴に特化した音楽フェスは珍しい。きっかけは、ロックやジャズで行われているような音楽フェスティバルがアニメ劇伴でできないか、という発想だったという。その企画が作曲家の発案で立ち上がり、実現したところが「京伴祭」「東京伴祭」のユニークなところである。劇伴の作曲家が自ら作品を発信していく時代になった——。そう実感させてくれるイベントだ。
さて、「東京伴祭 2023」に参加した劇伴作曲家は、林ゆうき、高梨康治、宮崎誠、小畑貴裕の4人。各作曲家が40分〜1時間ほどの持ち時間で自作を演奏する構成で、休憩時間を含めると4時間を超える長いフェスになった。
ミュージシャンは、キーボード、ギター、ベース、ドラムスにストリングス、ホーンセクションなどを加えた、サウンドトラック録音と同様の編成。実際に録音に参加したメンバーも多く、サントラと同じ音が聴けるのもうれしいところだ。
トップバッターは宮崎誠。『ONE PUNCH MAN』と『SPY×FAMILY』からアクション系の軽快な曲を中心に演奏。エレキギターがうなるロックサウンドの『ONE PUNCH MAN』とウッドベースがジャジーな『SPY×FAMILY』の対比もよかった。
2人目は高梨康治。『FAIRY TAIL』と『NARUTO疾風伝』を中心にした選曲。ケルトメタルの『FAIRY TAIL』と和ロックの『NARUTO』という、こちらもサウンドの違いが楽しめる構成。スピード感のある熱いナンバーで盛り上がった。
3人目は小畑貴裕。開催直前に参加が決まった関係で出演時間は短く、『約束のネバーランド』と『ニンジャラ』から1曲ずつの演奏。『約束のネバーランド』はメインテーマに「イザベラの唄」を組み合わせた、「約ネバ」ファンにはたまらないアレンジを聴かせてくれた。
トリは林ゆうき。前半は『ガンダムビルドファイターズ』『シャーマンキング』『からくりサーカス』などから1曲ずつ、後半は『ハイキュー!!』と『ぼくのヒーローアカデミア』から3曲ずつというバラエティに富んだ内容。上映される映像とのマッチングにもこだわり、観客にめいっぱい楽しんでもらおうという意欲が伝わるステージだった。
それぞれ代表作をしっかり聴かせるのはもちろん、「隠し玉」とも呼べる意外な作品が混じっていたのが印象に残った。
高梨康治は、現在シーズン2が放送中の『東京ミュウミュウにゅ〜【ハート】』からメインテーマ「地球の未来にご奉仕するにゃん【ハート】」を演奏。サントラ盤は6月に発売予定だから、このフェスが先行お披露目である(昨年開催された高梨康治のライブ「CureMetalNite2022」でも演奏されていたからライブ初演ではないけれど)。この曲、コーラスに主役声優が参加しているのがポイントで、今回のステージでも桃宮いちご役の天麻ゆうきがサプライズで出演してキュートなコーラスを聴かせてくれた。作品とサントラ盤のよい宣伝になったのではないか。
小畑貴裕が演奏した『ニンジャラ』は不勉強にして観たことがなかった。テレビ東京系で2022年から放送されている、ゲーム原作のTVアニメである。演奏されたのは「Final Battle」というスリリングなビッグバンドの曲。サントラは配信のみでアルバム2タイトルが発売されていた(「Final Battle」はVol.2に収録)。
こういう、知らなかった作品との出会いがあるのが、ライブやコンサートの醍醐味。多彩な作曲家、作品の音楽が聴けるフェスならではの楽しさだ。
フェスで演奏された曲は、アップテンポのノリのよいナンバーが多い。ライブやコンサートではそういう曲が盛り上がるので、選曲もそういう傾向になりがちだ。
しかし、林ゆうきが演奏した1曲目はしっとりした情感豊かな曲だった。今風に言えば「エモい」曲で、意表をつかれた。
それが『君は放課後インソムニア』のメインテーマ「君は放課後インソムニア」だったのである。
『君は放課後インソムニア』は2023年4月から放送されているTVアニメ。石川県の高校を舞台に、不眠症に悩む高校生・中見丸太と曲伊咲が、校舎の屋上にある天文台で出会い、ふたりだけの天文部員として活動を始める物語だ。
筆者はこの作品も観ていなかった。今さらながら配信で第1話から最新話までを追いかけて観た(配信万歳)。昨年(2022年)『よふかしのうた』という、やはり不眠に悩む中学生が主人公のTVアニメが放送されていたが、本作はその『よふかしのうた』から吸血鬼要素を除いたような印象である(お話はだいぶ違うが)。本作は「部活もの」でもあり、格別天文に興味のなかった主人公が、なりゆきで天文部員になってしまう展開が面白い。
4月スタートの作品なのでサウンドトラックはまだ発売されていないだろうと思ったら、4月19日にCDと配信でリリースされていたので驚いた。さっそくCDを入手した。気になった音楽がすぐに買えるのがネット時代のいいところだ。まんまと乗せられた気もするが、これも出会いである。
林ゆうきが手がけたアニメ作品には、スポーツものや冒険もの、SFアクションものが多く、躍動感のある音楽にファンが多い。いっぽうで、林ゆうきは劇場作品やTVドラマなどの実写作品で、繊細な心情描写に重点を置いた青春もの、恋愛ものもけっこう手がけている。『君は放課後インソムニア』は、青春もの・恋愛もの寄りの林ゆうきが楽しめるアニメ作品である。
本作のサウンドトラック・アルバムは「君は放課後インソムニア オリジナル。サウンドトラック」のタイトルでポニーキャニオンからリリースされた。全49曲収録。CDは2枚組になっている。収録曲は下記を参照。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BX41M43S
発売時期が早いためだろう。曲順や曲名は劇中の使用場面にこだわらず、イメージアルバム的にまとめられている。これはこれで、楽曲を純粋に聴くことができるよさがある。「この曲がどんな場面で使われるのだろう」と思いながら放送を観る楽しみもある。
サントラを聴いて感じたのは、「不眠症」と「天体(宇宙)」を意識したサウンドになっているということ。ピアノやシンセのキラキラした音色を使い、深いエコー(リバーブ)やディレイをかけて浮遊感のあるサウンドに仕上げた空間系の曲が多い。「空間系」とは「空間の広がりを感じさせる」くらいの意味である。眠りと覚醒のあいだでゆらゆらする不安定な心情と星空の幻想的な情景を空間系のサウンドで表現しているのだろう。
それに対し、リズムを主体にした軽快な曲、ユーモラスな曲もけっこう作られている。こちらは学校生活や明るい日常の場面で流れることが多い。リズム系の曲を「昼の音楽」、空間系の曲を「夜の音楽」と呼ぶこともできる。昼と夜が音楽的に対比されており、しかも夜の音楽ほうが主役になっているのが、本作の音楽の特徴だ。
第1話で使用された楽曲を中心にサントラを聴いてみよう。
第1話の冒頭、眠れない中見丸太の描写に流れた曲が「能登星」(ディスク2のトラック1)。しっとりとしたピアノソロによる、夜の雰囲気の1曲。このメロディは、メインテーマ「君は放課後インソムニア」にも登場する。本作の音楽の核となるモティーフである。
続く学校生活の場面では、「夜ふかしなやつら」(ディスク1のトラック4)、「了解チョップ」(同じくトラック10)といったリズム系の曲やユーモラスな曲が活躍。「明るい高校生活」というイメージで、その明るさについていけない丸太の孤独感を強調している。
丸太が「どうしておれだけが変なんだろう?」と悩む場面に流れる曲は「半分だけの音」(ディスク2のトラック16)。ゆらめくシンセの音とアコースティックギターの音を組み合わせた空間系の曲である。ふわふわしたサウンドが丸太の気持ちを表現する。
丸太が校舎の屋上にある今は使われていない天文台に入り、その居心地のよさに感動したあと、思いがけなく曲伊咲と出会う場面。アコースティックギターとフルート、シンセなどが奏でる「朝が来る」(ディスク1のトラック3)が聴こえてくる。空間系の夜の音楽からさわやかな朝の音楽へと移行していく、展開のある曲である。
伊咲が不眠に悩んでいることを丸太に打ち明けるシーンでは、アコースティックギターとピアノ、シンセなどによる「今日の空は二度とない」(ディスク2のトラック14)が流れて、ふたりの気持ちの触れ合いを描写する。深い残響音が言葉にできない心情を表現する、リリカルな空間系の曲だ。
そのあと、天文台の中で語らううちにふたりが寄りそって眠ってしまう場面には、シンセと女声スキャットが幻想的に響きあう曲「星のじゅうたん」(ディスク1のトラック22)が選曲されている。プラネタリウムで流れていそうな、本作らしい空間系の曲のひとつである。スペーシィなサウンドがふたりにおとずれた「眠り」の幸福感を描写して、こちらも夢を見ているような気持ちにさせられる。
ふたりが天文台を出たあとは、リズム系の日常曲「活動準備!」(ディスク1のトラック8)、猫のツーちゃんのユーモラスなテーマ「ツーちゃん」(ディスク2のトラック5)が流れ、ふたたび昼の世界が描かれる。
第1話の終盤、伊咲が丸太に「夜のおたのしみ会を発足します」と宣言する場面。いよいよ満を持してメインテーマ「君は放課後インソムニア」(ディスク1のトラック1)が流れる。アコースティックギター、ピアノ、シンセ、ストリングス、女声スキャットなどによる、空間系のサウンドと青春アニメらしいさわやかさが合体した楽曲だ。「眠れないことを悩むより、楽しめばいいじゃない」と言われているみたいで、心が洗われる。
丸太と伊咲が夜の町を散歩するシーンには、軽快な「おもしろくしよう!」(ディスク2のトラック6)。夜のシーンなのにリズム系の「昼の音楽」が流れる選曲の妙が味わえる。夜こそふたりの「日常」であることが伝わってくる音楽演出だ。
第1話のラストは、ふたりが夜空を見上げて、伊咲が「こんな景色が見れるなら、眠れないのも悪くないね」とつぶやく場面。シンセとピアノ、ストリングスなどによるファンタジックな曲が感動的なシーンを彩る。曲名は伊咲のセリフと同じ「こんな景色が見れるなら、眠れないのも悪く無いね。」(ディスク1のトラック24)。夜の世界と星の世界の奥深さを感じさせる、神秘的な空間系の曲だ。
CDアルバムのディスク1の最後も、この曲で締めくくられている(厳密にはそのあとにアイキャッチ曲が収録されているが)。音楽だけ聴いても心地よいが、本編の映像を思い浮かべながら聴くと、なんとも切なく、温かく、輝く星の海に浮かんでいるような、複雑な気分になる。同じような曲調であっても、「ヒーリングミュージック」と呼ばれるジャンルの曲を聴いてもこういう気分にはならない。映像や物語と一体となることで心をゆさぶる、劇伴というジャンルの不思議である。
「東京伴祭 2023」で林ゆうきが『君は放課後インソムニア』の曲を取り上げてくれて、本当によかった。このフェスで曲を聴かなければ、もしかしたらこの作品を観ることも、サントラを聴くこともなかったかもしれない。同じような出会いが、「東京伴祭 2023」に集まった人たちにもあればいいなと思う。
林ゆうきは、この劇伴フェスに参加する作曲家をもっと増やし、海外からも観客が集まってくるような大きなフェスに育てたいと考えているそうだ。筆者も今後の公演が楽しみだし、こんどこそ会場で演奏を聴きたいと思っている。
そして、フェスではアップテンポのノリのよい曲ばかりでなく、『君は放課後インソムニア』のようなしっとりした癒やし系の曲も演奏する機会を設けてほしいなと思う。熱い曲でガンガンと盛り上がるステージがあるいっぽうで、別のステージではゆったりとした曲が演奏されて、気分を休めている人や夢見心地になっている人がいる。そんなフェスになるといいなと思うのだ。
君は放課後インソムニア オリジナル・サウンドトラック
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