腹巻猫です。7月11日から始まったTVアニメ『KJファイル』が予想の斜め上をいく面白さでした。アニメといっても、いわゆるゲキメーション(切り紙アニメ)。劇画風の絵でオリジナル怪獣を紹介する1回5分のミニ番組です。ゲキメーション自体は『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』や「妖怪シェアハウス」などに使われていて、いまやそんなに珍しくないのですが、本編中に怪獣のテーマソングが流れてきて、あっけにとられました。毎回、怪獣の特徴を歌で紹介する番組らしい。60年代のソノシートみたいな雰囲気があり、クセになりそうです。
今回紹介するのは、6月から公開中の劇場アニメ『DRAGON BALL超 スーパーヒーロー』の音楽。というのも、けっこう軽い気持ちでこの作品を観に行って衝撃を受けたからだ。
正直に告白すると、筆者は『DRAGON BALL』の劇場版をそんなに観ていない。シリーズ自体、熱心に追いかけているとは言えない(ファンのみなさん、ごめんなさい)。なので、最近の劇場版も観ていなかった。
本作を観に行った動機は、佐藤直紀が音楽を担当しているからだった。
佐藤直紀がDRAGON BALLシリーズの音楽を手がけるのは本作が初めてである。
かつてはプリキュアシリーズの音楽も手がけたことがある佐藤直紀だが、近年は、実写劇場作品を中心に活躍し、本作のような(一応)子ども向けアニメ作品の音楽は手がけていない。
そんな佐藤直紀が『DRAGON BALL』の音楽を担当する。どんな音楽を書いてくれるのか? がぜん興味がわいた。
実際に観て……、セルルック(手描き風)3DCGアニメーションを駆使した映像に圧倒された。声優陣の演技もすばらしかった。そして、音楽に感動した。みごとに「映画音楽」になっていた。
『DRAGON BALL超 スーパーヒーロー』は2022年6月11日に公開された東映アニメーション制作の劇場アニメである。鳥山明の人気漫画「DRAGON BALL」を原作とするアニメシリーズの最新作だ。
かつて孫悟空たちの活躍で壊滅した悪の組織「レッドリボン軍」がひそかに復活し、新たな計略を進めていた。天才科学者Dr.ヘドを仲間に引き入れ、悟空たちに匹敵する力を持つ人造人間を誕生させたのだ。その動きを察知したピッコロはレッドリボン軍の基地に潜入。悟空の息子・悟飯とともに悪の陰謀を阻止しようとする。
本作、「アベンジャーズ」に代表されるマーベル作品をけっこう意識している印象がある。全体の雰囲気や物語の組み立て、キャラクターの描き方など。しかし、真似しているとは思わない。マーベル作品をお手本に、世界に通用するエンターテインメントを作ろうという意欲が伝わってくるのだ。
音楽も同様である。世界をターゲットにした娯楽映画音楽の王道をねらった感がある。
『DRAGON BALL』は世界中の幅広い年代層にファンを持つ作品だ。実験的な音楽やこれまでの印象をがらっと変えるような変化球の音楽はふさわしくない。
サントラ盤のライナーノーツで、佐藤直紀は「今回の挑戦は直球ストライクをどれだけ速く投げられるか。」と語っている。
本編自体が剛速球を思わせるパワフルな作品。音楽も直球勝負になった。
アニメ音楽としての直球というより、映画音楽としての直球である。佐藤直紀が数々の映画音楽で蓄積してきた経験と技法が、本作に生かされている。
音楽の中心になるのは、「スーパーヒーローのテーマ」とでも呼ぶべきメインテーマ。このモチーフがさまざまにアレンジされて、主にバトルシーンに使用されている。
ほかには、レッドリボン軍のテーマやDr.ヘドのテーマ、人造人間ガンマのテーマらしきものが聴ける。が、キャラクターが登場すれば、そのテーマが流れる、といったライトモチーフ的な使い方ではない。全体としてはキャラクターよりも状況に音楽を当てていく手法が採られている。
唸ったのは、音楽の入れ方の巧みさである。
こういうタイプの作品では、全編に隙間なく音楽を入れてしまうケースが多い。本作はそうではなく、音楽が入るタイミングと曲の長さを絶妙に設定し、最大限の効果を上げようとしている。音楽自体も、曲の途中で編成を変えたり、アレンジに変化を加えたりして、メリハリを効かせている。
結果、セリフや効果音と音楽が重なっても音楽が耳に残るし、「ここぞ」というところで音楽が流れることで観客の気持ちがぐっとドラマの中に入っていく。これが「映画音楽らしい」と思うところだ。
また、やたらに音楽で盛り上げようとせず、映像や芝居だけで感情移入できる場面は音楽を控えめにしている。「映像でわかるところは音楽で説明しない」という実写的な演出なのだ。
そういう音楽なので、子どもが楽しめる作品ではあるけれど、大人っぽい雰囲気がただよう。「マーベル作品っぽいなぁ」と感じる理由のひとつだ。
本作のサウンドトラック・アルバムは6月8日に「映画『DRAGON BALL超 スーパーヒーロー』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで日本コロムビアから発売された。
収録曲は以下のとおり。
- アバンタイトル
- Dr.ヘド
- ヒーローの出番
- ピッコロとパン
- 人造人間ガンマ
- レッドリボン軍
- ビルス星の庭
- ビルスとチライ
- 神龍
- 忠告
- 悟飯vsガンマ
- 覚醒
- 悪の組織?
- オレンジの光
- マゼンタの暴走
- 最悪、起動
- ガンマ2号の決意
- 怪光線
- 覚悟
- 死闘
- クライマックス
- 明日へ
- スーパーヒーロー
完全収録盤ではない。佐藤直紀の証言によれば、発注された音楽の箇所は約30。音楽アルバムとしてのまとまりを考えて、23曲を厳選したのだろう。
トラック1「アバンタイトル」は冒頭、これまでのあらすじがナレーションで語られる場面に流れる曲。観客を惹きつけるために派手な音楽で始めてもよさそうだが、抑えた曲調で静かに始まる。なかなか渋い。
トラック2「Dr.ヘド」は序盤で、刑務所から出てきたDr.ヘドがレッドリボン軍に誘拐される場面の曲。現代のスパイ映画音楽のような、クールで緊張感のある曲。これがDr.ヘドのテーマとも受け取れるが、どちらかといえばシーンに合わせた音楽なのだろう。
次の「ヒーローの出番」は、Dr.ヘドがレッドリボン軍にそそのかされて人造人間を造る気になる場面の曲。緊迫した曲調で危険なたくらみが表現される。この場合の「ヒーロー」はレッドリボン軍から見たヒーロー=人造人間のことである。
開幕から渋めの曲が続いて、筆者は「ずっとこういうスタイルでいくのかな。それはそれですごいな」と思っていた。
雰囲気が変わるのは、トラック5「人造人間ガンマ」。人造人間ガンマ2号がピッコロを襲撃し、激しい戦闘になる場面の曲だ。音楽はストリングスを生かした危機描写からダイナミックな曲調に展開。途中、勇壮なメロディが挿入される。人造人間ガンマのテーマである。
トラック6の「レッドリボン軍」はピッコロがレッドリボン軍の基地に潜入する場面に流れるミリタリー調のレッドリボン軍のテーマ。アバンタイトルのあとに一度、同じモチーフの曲が流れるのだが、サントラでは割愛されている。ここで敵の全貌が明らかになる、という物語の展開に合わせた構成だろう。
「スーパーヒーローのテーマ」が本格的に登場するのは、トラック11の「悟飯vsガンマ」。娘のパンを誘拐された悟飯がレッドリボン軍の基地に乗り込み、ガンマ1号と激しい戦いになる場面の曲である。
このモチーフ(「スーパーヒーローのテーマ」)も本編ではもっと前に聴くことができる。ピルス星で悟空とベジータが模範試合をする場面、サントラでいえばトラック8「ビルスとチライ」の次のシーンに、同じモチーフを使った曲が流れるのだ。劇場でその場面の音楽を聴いたとき、「うわあ」と血がたぎるような気持ちになったことを思い出す。渋めの大人っぽい音楽で通すのかと思っていたら、剛速球のヒーロー音楽が聴けて胸がいっぱいになった。ヒーローアニメの音楽はこうでなくては。
サウンドトラックでは本編よりさらに引っ張って、アルバム全体の約半分のところで「スーパーヒーローのテーマ」が登場する。これは悟飯が覚醒する場面の感動をサントラでも再現するためだろう。映像のないサウンドトラックならではの演出である。
以降は戦いに次ぐ戦いの連続。一気呵成にドラマが展開する。音楽も、トラック12「覚醒」、トラック13「悪の組織?」と「スーパーヒーローのテーマ」のモチーフを使った曲が続く。
トラック15「マゼンタの暴走」とトラック16「最悪、起動」はピンチ描写の曲。トラック17「ガンマ2号の決意」で、「人造人間ガンマ」で登場したガンマのテーマがふたたび現れる。敵のテーマとしてはカッコいい曲調だったのが、このシーンで生きてくる。
トラック19「覚悟」からトラック21「クライマックス」までが、本作のクライマックスの音楽。絶体絶命のピンチから戦いの決着までに流れる曲だ。思い切り感情をゆさぶり、盛り上げる音楽になりそうなところだが、ここでは悟飯やピッコロの心情に寄り添う、静かな緊張感に満ちた曲を付けている。渋い。「こうくるか!」という感じ。音楽だけではその真価が伝わりづらいが、映像と一体となったときの効果は絶大である。
戦い終わったあとの平和を描写するトラック22「明日へ」を挟んで、エンドクレジットの音楽、トラック23「スーパーヒーロー」になる。
実はこの作品でいちばん驚き、感動したのが、エンドクレジット(エンディング)の曲だった。
劇場アニメのエンディングといえば、いや、アニメだけでなく、昨今の日本の劇場作品のエンディングといえば主題歌が流れるのがあたりまえである。
ところが、本作のエンディングに主題歌は流れない。エンディングのみならず、劇中にもテーマソングや挿入歌が流れる場面はない。本作は、日本の劇場アニメとしては異例の「歌の流れない作品」なのである。
主題歌の代わりにエンディングを飾るのは、佐藤直紀が作曲したメインテーマだ。「スーパーヒーローのテーマ」のさまざまな変奏がメドレーとなって流れる。本編をプレイバックするように。この演出もマーベル作品っぽい。
思い切った演出である。音楽に対する信頼がなければ、できないことだ。そして、佐藤直紀の音楽はみごとにそれに応えている。本家マーベル作品のアラン・シルヴェストリやマイケル・ジアッキーノの音楽にもぜんぜん負けていない。直球ストライクへの挑戦は、世界に届く剛速球となって実を結んだのだ。
『DRAGON BALL超 スーパーヒーロー』はパワフルで野心的な作品である。映像もすごいし、音楽もすごい。「世界で戦える作品」だと思う。ぜひ劇場で、映像と音楽のパワーを体験してほしい。
映画『DRAGON BALL超 スーパーヒーロー』オリジナル・サウンドトラック
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