COLUMN

第199回 マイ・フェア・レディのように 〜雲のように 風のように〜

 腹巻猫です。3月スタートの東映スーパー戦隊シリーズ最新作「機界戦隊ゼンカイジャー」の音楽に渡辺宙明先生の登板が決定(大石憲一郎氏と共作)。95歳で連続TVシリーズの音楽を手がけるのはギネス級と話題です。久しぶりに胸躍るニュースでした。放映が楽しみです。


 アニメ化30周年を記念して『雲のように 風のように』のHDリマスター版ブルーレイが1月20日に発売された。同時に、Amazon Prime Video、dアニメストア等の動画配信サービスで映像配信も開始。さらに、サウンドトラック・アルバムの音楽配信も始まっている。サントラCDは放送当時発売されて以来、長らく入手困難になっていたので、うれしいニュースだ。
 今回は、この『雲のように 風のように』の音楽を取り上げよう。

 『雲のように 風のように』は1990年3月に放映された単発TVアニメ作品。第1回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した酒見賢一の小説「後宮小説」を原作に、総監督を鳥海永行、アニメーション制作をスタジオぴえろ(現・ぴえろ)が担当してアニメ化された。
 原作は、中国風の国・素乾を舞台にした架空歴史ファンタジー。ファンタジーといっても、魔法が使われたり、龍などの空想上の生き物が登場したりすることはない。ありえたかもしれない架空の国の歴史をファンタジーとして楽しむユニークなタイプの作品である。
 原作によれば1607年のこと。素乾国の皇帝が急死し、宮廷は新皇帝のために新たな後宮の宮女を募集する。地方に生まれ育った少女・銀河は「三食昼寝付き」で学問もできるという条件に惹かれて、それに応募。都に上り、宮女を育成する女大学での研修を経て、ついに正妃に選ばれる。いっぽう、新皇帝の即位をめぐって宮中では陰謀がめぐらされ、地方では反乱ののろしが上がっていた。銀河もその動乱に巻き込まれていく。
 女大学の寮に入った銀河のルームメイトの少女たちや、女大学の先生、退屈しのぎに反乱を起こす男たち、陰謀をめぐらす先代皇帝の皇太后ら、個性的なキャラクターが生き生きと描かれているのが魅力。中国風の衣装や美術など、アニメならではのビジュアルも見どころだ。
 音楽は丸谷晴彦が担当した。
 現在参照できるプロフィールによれば、丸谷晴彦は1971年、バークリー音楽院作曲科入学のため渡米。1974年、米国音楽家組合に加盟後、主にR&B、映画音楽、CM音楽等の作曲・編曲活動を行う。1985年に帰国し、TVドラマ、劇場作品、アニメーション、ゲーム、CM、ミュージカル等の音楽の作曲・編曲に携わっている。
 映像音楽作品に、実写劇場作品「宇宙からの帰還」(1985)、「花のズッコケ児童会長」(1991)、「微笑みを抱きしめて」(1996)、「グッバイエレジー」(2016)、TVドラマ「女監察医 室生亜季子」シリーズ、「警部補 佃次郎」シリーズ、「小京都ミステリー」シリーズ、「千利休 〜春を待つ雪間草のごとく〜」(1990)など。アニメでは、OVA『GREED』(1985)、TVアニメ『フランダースの犬 ぼくのパトラッシュ』(1992)などの音楽を手がけている。
 『雲のように 風のように』の音楽は、全編、映像に合わせたフィルムスコアリングで作られている。
 中国風の作品であれば、音楽も中国風のメロディや中国の楽器を使用したものになりそうだが、本作の場合は違う。銀河がルームメイトのタミューン(玉遥樹)と対面する場面で中国風の曲が流れたり(サントラ・アルバム未収録)、一部、胡弓(もしくは胡弓風の弦?)の音色を使用した曲があったりするが、基本的には、欧米映画音楽風のサウンドで統一されている。ある意味、本作の音楽のユニークなところだ。
 音楽は大きく分けると、銀河と宮女たちの日常を描く音楽、宮廷の陰謀を描くスリリングな音楽、反乱軍と朝廷軍の戦いを描くダイナミックな音楽の3種類。物語が進むにつれて、これらの要素が入り乱れ、絡み合う。さらに場面に応じた情景描写曲や心情描写曲が加わる。銀河にはテーマモティーフが与えられ、そのメロディが随所に使用されている。オーソドックスなハリウッド映画音楽的な手法だ。本作は、バークリー音楽院で学んだ丸谷晴彦の本領が発揮された作品とも言えるだろう。

 本作のサウンドトラック・アルバムは1991年3月にバップから発売された。収録曲は以下のとおり。

  1. オープニングテーマ 後宮
  2. 皇帝崩御〜さまざまな女人群像〜琴皇太后の陰謀
  3. 銀河のテーマ〜銀河父娘
  4. 宦官真野の行列(緒陀県から都へ)〜銀河と宦官真野
  5. 渾沌と平勝(義侠団)〜都への行進〜馬上の渾沌と平勝〜銀河と平勝〜義侠団
  6. 荘重な都、壮大な王宮
  7. タルト〜タルト婆ア〜双槐樹との出会い
  8. 世沙明〜娥舎〜江葉
  9. 女大学〜セト・カクート先生
  10. 銀河と玉遥樹の秘密
  11. 琴皇太后の策略
  12. 銀河追放?〜双槐樹との再会
  13. 双槐樹の危機
  14. 幻影達の夢〜幻影達と渾沌の野望
  15. 挙兵反乱
  16. 銀正妃誕生〜銀正妃の不安
  17. 皇帝陛下と対面〜皇帝陛下の悲しみ
  18. 反乱軍、破竹の進撃
  19. 琴皇太后の死
  20. 後宮の戦い〜玉遥樹死す
  21. 停戦交渉〜素乾国の使者、錦正妃
  22. 渾沌との再会
  23. 双槐樹との最期〜別離〜皇帝の死
  24. 宮女達の開放〜終戦
  25. テーマソング 雲のように風のように(歌:佐野量子)

 CD版の最後に収録された主題歌「雲のように風のように」は配信版では割愛されている。
 全曲収録ではないが、主要な曲を劇中使用順に収録した構成。劇場作品や単発テレビ作品のサントラ盤は、発売日を公開・放映に間に合わせるために中途半端な内容になってしまうことがあるが、本アルバムの発売は放映から1年後。そのおかげか、ラストシーンの曲までしっかり収録されているのがうれしい。
 曲名も使用場面をストレートに表現したもので、本編を観ていれば、どのシーンの曲か見当がつく。複数曲を1トラックにまとめている場合も、使用場面を「〜」でつないで表記しているのでわかりやすい。サントラCDのブックレットには曲解説が掲載されていないが、曲名を見れば解説は不要である。
 難を言えば、曲名に登場する「混沌」「世沙明(セシャーミン)」「幻影達(イリューダ)」「双槐樹(コリューン)」などがキャラクターの名前であることが本編を観ていないとわかりづらいこと。が、これはサントラ・アルバムの罪ではない。
 1曲目の「オープニングテーマ 後宮」は本編冒頭からメインタイトルが出るまでの曲。朽ち果てた建物が並ぶ都の廃墟が映し出されたあと、曲調が転じて、繁栄していた過去の都の情景に変わる。本作が歴史ファンタジーであることをアニメならではの表現で伝える印象深い導入の曲である。
 トラック2「皇帝崩御〜さまざまな女人群像〜琴皇太后の陰謀」は皇帝崩御にともなう宮中の混乱と陰謀を描くサスペンスタッチの曲。
 トラック3「銀河のテーマ〜銀河父娘」が本作の主人公・銀河のテーマである。クラリネットがメロディを奏でる明るくユーモラスな曲で、天真爛漫な銀河のキャラクターをうまく表現している。後半は星空の下で銀河と父親が語らう場面のリリカルなピアノのメロディの曲。優雅でロマンティックな曲調は、60年代のハリウッド映画音楽を思わせる。
 本作の音楽の中では、筆者は、銀河の曲と女大学での宮女たちの日常を描く曲が気に入っている。上記の「銀河のテーマ〜銀河父娘」をはじめ、銀河とルームメイトとの出会いを描く「世沙明〜娥舎〜江葉」(トラック8)や「銀河追放?〜双槐樹との再会」(トラック12)、銀河が正妃に選ばれた場面の「銀正妃誕生〜銀正妃の不安」(トラック16)などである。いずれもシンフォニック・ジャズ、もしくはシンフォニック・ポップス風のサウンドで書かれていて、本作の音楽全体の中でも特異な個性を放っている。
 筆者は、このシンフォニック・ジャズ的な音楽から、1964年に公開されたオードリー・ヘップバーン主演の「マイ・フェア・レディ」を連想した。地方から都に出てきて宮女の研修を受け、新皇帝の正妃となる銀河のシンデレラ・ストーリーが「マイ・フェア・レディ」に重なるのだ。「マイ・フェア・レディ」の音楽は同名舞台ミュージカルの音楽をジャズ・ピアニストでもあるアンドレ・プレビンが編曲した。60年代ハリウッド映画を象徴する、ジャジーでロマンティックなサウンドの音楽である。深読みだとは思うが、銀河の音楽は「マイ・フェア・レディ」へのオマージュかも……。そんなことを想像しながら音楽を聴くのも楽しい。
 反乱軍の進撃と戦いを描く「挙兵反乱」(トラック15)、「反乱軍、破竹の進撃」(トラック18)、「後宮の戦い〜玉遥樹死す」(トラック20)などは、ダイナミックでありつつもユーモラスなタッチを交えて書かれている。もともと「退屈しのぎ」に起こされた反乱であることを反映しての描写だろう。銀河が反乱軍の中に乗り込んでいく場面の「停戦交渉〜素乾国の使者、錦正妃」(トラック21)も同様である。
 ほかに本作の音楽の聴きどころと言えるのが、銀河と新皇帝との愛と別離を描く「皇帝陛下と対面〜皇帝陛下の悲しみ」(トラック17)と「双槐樹との最期〜別離〜皇帝の死」(トラック23)だ。いずれも銀河と新皇帝の真情が描かれる場面の音楽で、全編の中でも際立ってシリアスで繊細な曲調で書かれている。「皇帝陛下と対面〜皇帝陛下の悲しみ」では終盤の胡弓(?)のもの悲しい調べが胸を打つ。「双槐樹との最期〜別離〜皇帝の死」は、弦とピアノ、オーボエなどが奏でる切ないメロディが2人の万感の想いを伝える。本作のドラマを支えて深く心に残る音楽である。
 トラック24「宮女達の開放〜終戦」は物語を締めくくる曲。銀河と宮女たちが宮殿を去っていく場面の曲と、登場人物たちのその後が語られるエピローグの曲のメドレーになっている。終盤に現れる哀愁を帯びた主題は悠久の時の流れとその中で生きる人々の想いを感じさせる。実はこのメロディは、1曲目の「オープニングテーマ 後宮」と同じ主題。映像も、冒頭と同じ都の廃墟が映し出されて終わる。秀逸な音楽設計と演出だ。
 このあと、銀河役の声優も務めた佐野量子が歌う主題歌「雲のように風のように」(作詞・真名杏樹、作曲・釘崎哲朗、編曲・山川恵津子)が流れてエンディングとなる。アイドルポップス風のなかなかの名曲だ。この曲が配信版アルバムに含まれないのは、原盤の権利元が異なるためだろう(CDでは「協力:BGMビクター株式会社」のクレジット入りで収録)。この歌、ベスト盤やコンピレーション盤にもなかなか収録されず、現在入手困難になっているのが残念。この機会に配信でいいから再発してもらいたいものだ。
 ともあれ、サウンドトラック・アルバムが30年ぶりに手軽に聴けるようになったのはよろこばしい。ぜひ、映像とともにお楽しみいただきたい。

 さて、こうなると次は、本作と同じく日本ファンタジーノベル大賞入選作を原作にしたアニメ『満ちてくる時のむこうに』(1991)の映像とサウンドトラックの再発に期待したいところ。こちらの音楽は佐藤允彦。まだまだ、お宝は眠っている。

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