腹巻猫です。『宇宙海賊キャプテンハーロック』『聖闘士星矢』等の音楽で活躍された横山菁児先生が7月8日に亡くなりました。2014年に広島のご自宅にうかがってお話を聞いたのが、お会いした最後になりました。残念です。心より哀悼の意を表します。
2003年に東映スーパー戦隊シリーズ『爆竜戦隊アバレンジャー』の音楽を羽田健太郎が担当したとき、4人の作曲家からなる作曲家チーム「ヘルシー・ウィングス」を編成して共同で作曲にあたった。そのとき、東京音楽大学出身の若手作曲家3人をチームメンバーに抜擢している。1人は前回紹介した山下康介。もう1人は『侍戦隊シンケンジャー』や『魔法つかいプリキュア!』などで活躍する高木洋(本連載の第58回で紹介)。3人目が大橋恵である。 今回は大橋恵が手がけた『機動戦士ガンダム MS IGLOO』の音楽を紹介したい。
『機動戦士ガンダム MS IGLOO』は2004年から2006年にかけて発表されたサンライズ制作のフルCGアニメ作品。1話30分のフォーマットで作られたミニシリーズである。2004年に第1期「1年戦争秘録」全3話がバンダイミュージアムで限定上映され、2006年に第2期「黙示録0079」全3話がOVAとして発売された。2008年には続編『機動戦士ガンダム MS IGLOO 2 重力戦線』全3話がOVAとして発売されている。
『機動戦士ガンダム』(1979)と同じ1年戦争の時代を背景に、新兵器開発に携わるジオン公国の軍人たちを描いた異色の作品だ。「ガンダム」のタイトルがついているのにガンダムは1カットしか登場しない。戦争の前線ではなく、兵器開発の現場に焦点を当てた発想がうまい。ジオン公国側に立って描かれるドラマも新鮮で、観ているとついジオンに肩入れしてしまう。
各話で描かれる兵器は、歴史の表舞台には登場しない試作機や大量生産が見送られた失敗作ばかり。技術者とテストパイロットを中心に描かれる、苦い挫折と報いのない闘いの物語なのだ。今西隆志監督は本作を「挫折する『プロジェクトX』」と表現したそうだが、むしろ、松本零士の「戦場まんがシリーズ」のような味わいがある。
本作の音楽を手がけたのは大橋恵。1975年生まれの女性作曲家である。
大橋恵は広島県呉市出身。実家はレコード店。レコードは試聴ができるので、子供の頃から音楽は聴き放題だった。エレクトーンを学び、中学生時代から自分で曲をアレンジするようになる。作曲家を志して東京音楽大学に進学。東京音大で映像音楽の作曲家をめざす学生は作曲指揮専攻の「映画放送音楽コース」を選ぶことが多いが、大橋は「芸術音楽コース」を選択。池辺晋一郎に師事した。もともと映画音楽に興味があったが、高校時代の恩師から「純音楽を学んでおいたほうが勉強になる」とアドバイスされたためだという。とはいえ池辺信一郎も映画音楽をたくさん手がけているので、映画音楽の考え方や現場も教えてもらうことができた。
大橋の師匠にあたる作曲家がもう1人いる。『GS美神』『機動戦士ガンダムSEED』『仮面ライダー電王』などの音楽で知られる佐橋俊彦である。エレクトーンの先生が佐橋俊彦と知り合いで、その縁で佐橋のアシスタントを5年ほど務めた。池辺信一郎と佐橋俊彦。映像音楽の最高の師のもとで学んだことが大橋恵の財産になった。
その大橋が初めて単独で1本の作品を手がけたのが『機動戦士ガンダム MS IGLOO』である。いわゆる「本格的デビュー作」。しかし、デビュー作にありがちなぎこちなさや硬さはみじんもない。もう第1作から傑作。歴代ガンダム音楽の伝統を継ぐ、堂々たるスコアを書いている。
大橋恵の作風を評する言葉でよく聞くのが「男性以上に男らしい」というフレーズ。豪快でダイナミックなオーケストレーションに誰もが驚く。筆者も『MS IGLOO』の音楽を聴いたとき、サントラファンのツボをつく音づくりに一発で魅せられてしまった。
しかし、その感触はやはり男性作曲家のものとは微妙に違う。宝塚歌劇の男役が発する、女性が演じる男性ならではの凛々しさ、清々しさのようなものが、大橋恵の音楽にはあると思うのだ。
『機動戦士ガンダム MS IGLOO』のサウンドトラック・アルバムは、公開時に19曲入りのものがバンダイミュージアムで限定販売されていた。2005年4月に、31曲入りの拡大盤がビクターエンタテインメントより発売され、全国で買えるようになった。2008年には「重力戦線」用の追加録音を収録したサウンドトラックも発売。「重力戦線」のサントラは通常版と特装盤の2種類があり、特装盤には1作目のサントラが同梱されている。これから買おうという方は、「重力戦線」特装盤がだんぜんお得である。
今回は、31曲入りの「機動戦士ガンダム MS IGLOO ORIGINAL SOUNDTRACK」から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。
- 「603」 のボレロ
- 新月の中
- 宇宙の進軍
- 輔(かまち) 其ノ弐
- 堅忍不抜
- 激突警報
- ターニングポイント
- 進出ス!
- まだか?
- 降ろし方始め!
- 舫解ケ
- Z.w.P.A
- 哀しみの鉄槌
- 死守セヨ!
- 機動戦
- 失探
- 決戦兵器
- 感度かすかに
- 上陸の夢
- 重い夕陽
- 柵越えのメリーさん
- 遭遇
- オン タイム
- 蜃気楼
- ある技術士官
- 続航セヨ
- 「帰航ヲ祝ス」
- 記載事項なし
- 流星
- 半旗たなびく
- 時空(そら)のたもと 〜 Full Ver.-MS IGLOO 主題歌-(歌:Taja)
本アルバムの初回盤は、透明プラケースではなく、モスグリーン(ザク・カラー)の不透明のプラケース入り。ケースの表面には黄色いジオンのマーク。裏面は劇中の一場面を捉えたCGイラストのステッカーが貼られている(もしかしたらこっちが表なのだろうか)。曲目は帯に表記。ジオン軍の兵器の装甲をイメージしたような凝ったパッケージである。
曲名のつけ方もユニークだ。「進出ス!」などの電信文風表記や「降ろし方始め!」などの命令形のタイトル。曲名だけで場面が目に浮かぶようなインパクトがある。
トラック1「「603」 のボレロ」は本作のメインテーマ。「603」とは新兵器の試験を任務とするジオン軍の部隊、603技術試験部隊のこと。物語はこの603部隊を中心に展開する。
曲調はボレロ。「ラテン民族的なスピリットを表現したい」という今西監督のリクエストに応えたものだ。ベースとスネアドラムのリズムの上に金管と弦のメロディ。勇壮さよりも静かな決意や悲壮感を感じさせる曲調である。
ガンダムの歴史上でジオン軍が連邦軍に敗れることは決まっている。しかし、音楽は敗戦に向かっていく暗さよりも逆境の中で努力する人間の姿を描こうとしたという。ひとつの目標に向けて力を尽くす人間の意地が伝わってくるような胸にしみるテーマだ。
トラック2「新月の中」は弦楽器を中心にした不安な曲。第1期第1話「大蛇はルウムに消えた」のアバンタイトルで宇宙空間に603部隊の試験支援艦ヨーツンヘイムが登場する場面に流れている。
トラック3「宇宙の進軍」はジオン軍の快進撃を表現するかのような明るいマーチ。
続くトラック4は「輔 (かまち) 其ノ弐」と題された弦楽器による沈痛な曲。1曲前のマーチと対照的で、期待とは異なる戦場の現実を突き付けられたような哀感がただよう。
トラック5「堅忍不抜」では重いリズムと上下動する弦に重なる金管群のメロディが苦しい闘いを描写する。リズムとカウンターメロディの使い方がうまい。第1期第1話のクライマックスで使用された印象深い曲だ。
トラック6「激突警報」は、緊迫した状況を描写する短いサスペンス曲。第1期第2話「遠吠えは落日に染まった」で地上に降りた603部隊が連邦軍と遭遇する場面に流れている。
トラック7「ターニングポイント」はメインテーマのアレンジ曲。第1期第1話でジオン艦隊と連邦艦隊が交戦する場面に流れた。悲壮感を帯びた曲調が兵士たちの勇壮さとともに戦争の虚しさを描き出す。大橋恵の持ち味が発揮された秀逸な曲だ。
次のトラック8「進出ス!」は、第2期第1話「ジャブロー上空に海原を見た」のクライマックスなどで使用された燃える曲。打ち込みを交えたスタイルながら、流麗なメロディと緊迫したリズムで宇宙世紀時代の接近戦を鮮やかに描き出す。ここでも、勇壮さだけでなく哀しみの感触が胸に刺さる。
後続の楽曲も聴きごたえがある。ピアノの淡々としたリズムが焦燥感をあおるトラック9「まだか?」、モビルタンク・ヒルドルブと連邦軍との死闘場面に使用されたトラック14「死守セヨ!」、モビルスーツ・ヅダの決死の宇宙戦シーンに流れたトラック15「機動戦」、哀感を帯びた美しいメロディのトラック18「感度かすかに」など。劇中のニュース映画のBGMなどを挟んでメリハリをつけた構成も巧みで、飽きずに聴けるアルバムになっている。
アルバムの白眉はラスト前に置かれたトラック30「半旗たなびく」。毎回のエピローグで、603部隊のオリヴァー・マイ中尉が技術試験観測の結果を報告書にまとめる場面に流れた曲だ。試験結果は失敗だったり、テストパイロットの死を伴っていたりと、いつも苦い余韻を残す。メインテーマの哀しみを湛えた変奏がオリヴァーの気持ちを代弁している。本作を象徴する曲である。最後に主題歌「時空のたもと」で締めくくる流れもいい。
『機動戦士ガンダム MS IGLOO』の音楽は、戦場の人間ドラマにフォーカスした音楽である。愁いを帯びたメロディが兵士たちの苦悩を、緊迫した曲調が激戦の中の感情の高ぶりを表現する。情感とスケール感は、そうそうたる作曲家が手がけた歴代ガンダム音楽と比べてもひけをとらない。
本作で実力を認められた大橋恵は、TVアニメ『うた∽かた』(2004)、『トランスフォーマー ギャラクシーフォース』(2005)、『ザ・サード 蒼い瞳の少女』(2006)、『BLUE DRAGON』(2007)などを立て続けに担当。スーパー戦隊シリーズでも『炎神戦隊ゴーオンジャー』(2008)、『特命戦隊ゴーバスターズ』(2011)を担当して“凱旋帰国”を果たした。ほかにも『夢色パティシエール』(2009)、『ドラゴンコレクション』(2014)などの作品がある。
アクションものを多く手がけ、ダイナミックな作風が注目される大橋恵だが、自身は『うた∽かた』のような日常性のある作品のほうが書きやすいそうだ。女性らしい目線と男性的カッコよさをあわせ持った、凛々しくたおやかな音楽が大橋恵作品の魅力。もっともっと活躍し、評価されてほしい作家である。
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