COLUMN

第114回 転換点

 ある友人にこういわれてしまった。
 「片渕さんのアニメは他のどれにも似ていなくて」
 それ自体がひとつのジャンルなのだといってもよい、と。
 「だから、それがなくなったら日本のアニメが一種類減ってしまいます」
 アニメという世界にも多様性が必要なのだ、と。
 ずいぶんと買いかぶられてしまっているのかもしれないが、「他のどれにも似ていなくて」ということには、そうかもしれないという自覚がある。同じであってはつまらないとも思う。
 それゆえに、ふつうに敷かれたレールの上は歩めない。
 いきなり映画館にかけたりはできない。こういう映画があるのだけれど、とまず誰かに観てもらうことから始めなくてはならない。その人たちに満足してもらい、黙っていられないような気持ちになってもらい、いいふらしてもらい、その声に動かされた別のどなたかが観てくれて、いつかそんな映画があるのだということが広く知られる日を迎えなくてはならない。
 前に作った『マイマイ新子と千年の魔法』という映画がそうだった。防府で行った野外上映に1000名のお客さんが来て、各地からのファンの人たちもはるばる足を運んで観にきている、という状況にこの映画が至ったとき、次の作品を作ることを決め、それがたどる道のりも決まった。
 まず最初にある部分だけでも作る。それをお客さんに観てもらう。もっと観たいという声が高まったとき、映画はその先を作れるようになり、やがて完成した映画が、限られた映画館でだけ上映されるようになる。そこで徐々にでも映画に触れる人が増えてくれれば、その先のことは決まっていってくれるだろう。『この世界の片隅に』はそんなふうに作ろうと僕とプロデューサーの丸山さんの間でイメージしていたのだが、そう思っていたら、「ひょっとしたらもっと普通の道をたどっても形にすることは可能なのだろう」という声も聞こえてきた。
 普通であってよい、といわれるのは、なかなか逆らいがたいことだ。
 けれど、そうした声に身をゆだねていると、「やっぱりこの映画は特別なのかもね」といわれることになってしまい、元へ戻ってゆく。そうしたことが何度か繰り返されるうち、いつしか時間も経ってしまった。
 すでに、現状で全体の1割までは作画打合せを済ませて、原画の作業を進めている。限られた人数で行う原画の作業はどんどん進行中なのだ。ここまででもそれなりのものを費やしてきている。
 ただ、そこから先、動画、仕上、美術、撮影の段階に入ると、携わる人の数が飛躍的に増えて、すなわちお金が要るようになる。どのタイミングでその先に進むかを決断するのか、ちょっとした踏ん切りが必要になってくる。いったん一線を越えてしまえば、固定的に抱えるスタッフとともに、ずっと走り続けるしかなくなるのだから。

 ところで、冒頭の広島中島本町シークエンスを作るために、この原爆で姿を消してしまった町でかつて暮らしていた方々にひとかたならずお世話になってきている。店の形はどうだったのか、どんなたたずまいだったのか、どんな特徴があったのか。建物はどんな色だったのか。レイアウトを描いては広島に送って、ここは違うという指摘を送り返してもらい、修正を重ねてきた。
 昨年「この場面だけでも完成映像にして広島に持ってきてもらえないだろうか」といわれた。旧・中島本町住民の方々もさすがに80歳を越えてきて、まだ皆さん元気に上映会場に足を運んでこられる今のうちに、懐かしい町の映像を見てもらえるとよいだろうから、と。レイアウトと原画までならばそれも可能なのだが、その先に進むにはまだ時期が実っていなかったために、完成映像を持参することが適わなかった。
 そうしているうちに、大正屋呉服店や大津屋モスリン堂のことを教えてくださった方のおひとりの訃報が届いた。
 時間はもはやないのだということを悟らざるをえなかった。

 この春から『この世界の片隅に』の制作班は、これまでの小スタッフで地味に進める体制から、全力体制に切り替えることにした。製作資金が全額確保されるのを待っておられず、先へ進まなければならない。
 そうしたこともあって、クラウドファウンディングを行うことにした。
 すでにいったんは映像化されている40カットあまりからその4分の1程度を、3月8日(日)のイベント「ここまで調べた『この世界の片隅に』6」に来場された百数十名の前で披露した。
 このクラウドファウンディングでは、まず、どれだけ多くの人に参加してもらえるのかということが大事なような気がしている。これだけたくさんの方々から期待されている映画なのだと示すことができれば、今この瞬間必要な中島本町シーンを作り上げるために役立った上で、さらにこの先を左右する大いなる追い風にもなるに違いない。
 クラウドファンディングは、以下のところでスタートしている。
 https://www.makuake.com/project/konosekai/

 こういうことであっても、楽しんでもらえるようにしたい。
 そう思っていたら、こうの史代さんが、
 「じゃあ、そのクラウドファンディングに参加した人には、すずさんから手紙が届く、っていうのはどうでしょうか?」
 と、いってくださった。
 「わたしの労力で何とかなるのなら」とも。
 単行本が出て以来、久しぶりにこうの史代さんの手で描き出されるすずさんに接することができるようになるのだ。

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