●2014年12月7日(日曜)
3ヶ月ごとの定例になっているトークイベント「ここまで調べた『この世界の片隅に』」ももう5回目になった。
開場は12時、開演13時の予定なのだが、物販とかも含めて準備があるので、午前10時にスタジオでスタッフが集合して現地入り。
5回目といいつつ、大阪でもやっているし、広島の映画祭やアメリカのオタコンのワークショップでも同じようなことをやっているので、話し手として同じことの繰り返しにならないためにも、そろそろ「今回はこの話」というテーマを設けてやっていきたくなってきている。
『マイマイ新子』の上映イベントの頃から、冒頭でお客さんにたずねてみることにしているのだが、
「今回初めてご覧になる方?」
と今回もきいてみたら、来場者全体の数割の方が手を挙げた。少しずつだけど着実に広まってるんだなあ、と実感しつつ、次の質問。
「これまでに呉にいったことのある方?」
これは実は、今回は『この世界の片隅に』の舞台である広島県呉市を昔の写真などを元にバーチャルツアーします、というテーマをオープンにしてあったからなのだが、ちょっと驚いたことに客席の半分くらいの方が手を挙げられた。意外にも、といっては失礼かもしれないが、呉は全国的に見てもポピュラーな土地であり続けているのかもしれない。
バーチャルツアー。誰の目で見て道をたどって行くのがいいだろうか。主人公の夫の姉の径子さんにしようかな、という気持ちも直前まで会ったのだけれど、今回はストレートに主人公本人にしてしまった。
すずさんが嫁に来る前にいた広島市のあたりの話はこのイベントの第1回から何度も触れているので、その嫁入りの途次、広島から汽車に乗ったすずさん一家が呉に着くあたりから話を始めた。
この道中の経路については、原作の第2回「19年2月」の扉絵に一枚絵で示されている。
すずさんが子どもの頃中島本町までお使つかいにいったときにはまだ線路が敷かれていなかった広電に、けれど線路はまだ江波まで延びていないので舟入本町電停から乗って、横川駅のところで降りる。この「よこがわえき」電停が時期ごとに移動したり名前が変わったりして意外とめんどくさいポイントなのだという話をして、そこから乗る国鉄の鉄道の話はほかの機会にもしているので、呉駅に到着して汽車を降りたところから。
駅を出ると最初にすずさんは何を見るでしょうか。はい、この二葉土産物店です。こうのさんは双葉社の出版物にマンガを描いておられた時期には盛んに「ふたば」の名がつくお店を出しておられた。『夕凪の街』では「ふたば洋品店」だし、『この世界の片隅に』ではりんさんのいる「二葉館」なのだが、この呉駅前にほんとうに二葉屋さんがあったことには何かめぐり合わせみたいなものを感じる。その二葉土産物店から通りに沿って並ぶ5軒先までの店構えをこんなふうに突き止めました、と写真を披露。
このイベントのお客さんには呉市の昭和14年の地図をあらかじめ入場時に配ってある。昭和14年の地図には、呉駅を降りた目の前から路面電車に乗り換えられるように書かれているのだが、戦時中は駅前から三丁目筋までの電車の短い線路は撤去されていた。資源的な貧しさを理由にはじめてしまった戦争の最中には、こんなレールの鉄材ですら回収されてしまい、文明的な「便利」が奪われてしまうのだった。
さて、三丁目筋からは電車に乗ることができる。けれど、この電車に乗っても、すずさんは婚家にはたどり着けない。そのことを地図で示してみせた。
じゃあ、どうするのか。原作のすずさんたちは駅前からバスに乗って「たつかわ」のバス停を目指している。
バスの路線を調べると、蔵本通から辰川通にかけて運行する辰川線というバス路線が昭和5年10月の開業で存在していたことがわかる。この路線は今も存在する。ところが、なのだが、この路線はどうも戦時中は休止していたらしいことが書かれていた。休止の理由は、戦時になってガソリンの配給統制からバスが代用燃料の木炭車に変わると、辰川通の坂道を登れなくなった、ということであるらしい。代わりに乗ることができるバス路線を探すと、今西循環線(これも今もある。コースは少し違う)が使える。これで辰川通の入口までいって、そこからは徒歩になる。
というところで、原作のページを見返すと、辰川通の坂道を息を切らして歩いて登って来るすずさん一家が描かれている。こういう部分、こうのさんの原作は史実と照らし合わせても、矛盾するところが少ない。
そうやって歩いてたどり着いた休止中の元バス停の付近には何軒かの商店があった。これはこうのさんからもあらかたを聞いていたし、地元の方からもうかがっていた。すずさんは少し離れたところにある婚家からこの付近まで買い物だとか、配給の物資を受け取りに来ていたのだった。ほぼ300メートル四方くらいが、嫁入り後のすずさんの世界なのだった。
19年8月、すずさんは珍しく下の町まで買い出しに出かけて帰り道迷子になる。すずさんが出かけた先はこのあたり。その後、我に返って自分が迷子になっているのを発見するのはこのあたり。そうした位置関係を地図の上で示してみる。すずさんは家から1キロちょっといったくらいのところで迷子になっていた。その距離はもうすずさんが日常を送る限られたエリアの外だったからだ。
1キロと数百メートル出かけるのがもう、すずさんにとっての冒険の旅になってしまうのだった。
そういうことをトークのお客さんたちに想像してもらう。
もっと物語の終わり近く、すずさんは近所の刈谷さんといっしょに海の水を汲みに音戸のほうまで出かけている。お客さんたちにも、その地理的な位置関係と距離、さらにアップダウンを思い描いてもらう。直線距離で片道8キロ半以上。途中にはちょっとした峠越えまである。
この旅を終えたときすずさんが口にしたセリフがこれです、と原作の1コマを眺めてもらった。セリフの意味合いを実感していただけただろうか。
実際の土地を、しかも当時の風景の写真を多く眺めながらたどってみると、そこを歩いていたはずのすずさんがまるで実在した人みたいに思えてくる。
呉での「探検隊」でもそういう感想をいただいたが、今回の東京新宿のトークイベントのお客さんにもそう思っていただけたのだとしたら、ありがたい。
お客さんの中に、ご親族が前回のこのコラムで書いた三ツ蔵の左手の屋敷の塀を覚えておられる、という方があり、こんな感じだったという丁寧なメモをいただいた。
また別のお客さんは、ご親戚の方が昭和8年のヨーヨーブーム当時にヨーヨーを作っていた方もおられた、当時のヨーヨーの実際を少しうかがうことができたので、作画をちょっとだけ直してみた。
片道だけのトークイベントじゃないのがありがたい。
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