腹巻猫です。12月14日(日)に東京・阿佐ヶ谷ロフトAで「高梨康治トークライブPart2」を開催します。『NARUTO 疾風伝』や「プリキュア」シリーズ、『美少女戦士セーラームーンCrystal』などの音楽を手がける作曲家・高梨康治の1年ぶり2回目のトークライブ。前売券はe+で発売中です! 詳細は下記リンクから。
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/28990
「スタジオジブリ 高畑勲 サントラBOX」なるCD10枚組セットが12月3日に徳間ジャパンから発売される。タイトルに「スタジオジブリ」とついているからジブリ作品のサントラだけを集めたBOXかと思ったら、内容を見てびっくり。
この連載で紹介した劇場版『じゃりン子チエ』のサウンドトラック(初CD化!)が含まれているではないか。ほかにも過去にCDになっているものの現在入手困難な『パンダコパンダ』『太陽の王子ホルスの大冒険』が、さらに特典ディスクとして「かぐや姫の物語 和楽器曲」が入っている。高額商品だが、これは買うしか……というサントラファン泣かせの商品である。
今回はこのBOXに含まれている『太陽の王子ホルスの大冒険』の音楽を紹介してみたい。
『太陽の王子ホルスの大冒険』は1968年に公開された東映動画(現・東映アニメーション)制作の長編アニメ映画。高畑勲の初監督作品である。北欧風の世界を舞台に少年ホルスが村人と団結して悪魔グルンワルドに立ち向かう物語。グルンワルドの妹ヒルダの存在が物語に複雑な陰影を与えている。
制作は困難続きで完成までに3年の歳月を要した上、興行成績もよくなかった。しかし、アニメファンの間では名作として語り継がれ、現代は古典的傑作の1本に数えられていることはご存知のとおり。
ちなみに筆者は公開当時は劇場で観てなくて、たしか高校生のときに地元の大学の学園祭で上映されると聞き、アニメファンの友人たちと一緒に出かけて初めて観た記憶がある。
そのとき強く印象に残ったのが劇中の歌の場面だった。ことにヒルダが竪琴を弾きながら歌う歌の数々。「『ホルス』といえばヒルダの歌」と言いたくなるくらい強烈に記憶に刻み込まれている。
音楽は現代音楽の作曲家・間宮芳生(まみや・みちお)が担当した。
間宮芳生は北海道旭川市出身。作曲を池内友次郎に師事。東京音楽学校(=現在の東京藝術大学)作曲科卒業後、林光、外山雄三とともに「山羊の会」を結成。純音楽作品の発表を続けるかたわら、映像音楽の仕事を多く手がけている。
映像音楽作品に劇場作品「橋のない川」(1969)、TVドラマ「龍馬がゆく」(1968)、「婉という女」(1971)などがあるほか、「鳥獣戯画」(1962)、「日本万国博」(1971)をはじめとするドキュメンタリー作品・記録映画の音楽を多数担当している。アニメの代表作はというと、やはりこの『太陽の王子ホルスの大冒険』だろう。
間宮芳生は民族音楽に傾倒した作曲家である。ハンガリーの作曲家バルトークに触発され、民族音楽研究にも力を入れた。『ホルスの大冒険』の音楽にも民族音楽の香りを聴くことができる。
高畑監督は「当時は珍しかったルネサンスや東欧民族音楽風の音楽を前提に」に間宮芳生に音楽を依頼したという。間宮はこれに応えて、村人たちの歌や踊りを「(ゲルマン系の)ヨーロッパのやや古風な農民音楽のスタイル」で、ヒルダがうたう歌は「ラテン的なルネサンス風音楽のスタイル」で書いたそうだ。
サウンドトラック盤は公開当時はリリースされず、1996年に発売された10枚組CD-BOX「東映動画創立40周年企画 東映動画長編アニメ音楽大全集」の一巻(DISC7)として初めて劇中音楽が商品化された。
収録内容は以下のとおり。
- オープニング:岩男モーグ登場
- 主題歌「ホルスの唄」
- 父の死、そして冒険の旅へ
- ひとりの命、みんなの命
- お化けカマスを倒せ
- 挿入歌「収穫の唄」
- 村人たちの踊り
- 悪魔グルンワルド〜銀色狼の襲撃
- 挿入歌「ヒルダの唄」〜水辺の出会い
- 挿入歌「ヒルダの子守唄」
- ひとりぼっちのヒルダ
- ピリアの花嫁衣裳
- 挿入歌「婚礼の唄」
- 災厄の影
- 挿入歌「子供の唄」
- わたしは悪魔の妹
- 裏切りのヒルダ
- 迷いの森のホルス
- 太陽の剣を手に
- ヒルダのめざめ
- 氷のマンモスとの戦い
- 力をあわせて
- エンディング:よみがえる緑の大地
- ボーナス・トラック
構成は中島紳介。ストーリーの流れにそって劇中音楽と主題歌・挿入歌が収録されている。ボーナス・トラックにはカラオケや「ヒルダの唄」の別バージョン等を収録。
本作は子どものものと思われていた「まんが映画」に大人向けのテーマや演出を持ち込んだ作品と言われている。その意気込みは音楽演出にも表れている。
音楽演出がまるで大人向け劇場作品のそれなのだ。『タイタンの戦い』や『ロード・オブ・ザ・リング』などのようなスペクタクル映画風音楽を期待すると裏切られる。
たとえば、冒頭でホルスが狼の群れと死闘を繰り広げるシーン。ここにはいっさい音楽がついていない。ホルスが追い詰められ、岩男モーグと出会う場面でようやく音楽が流れ始める(「オープニング:岩男モーグ登場」)。
また序盤の見せ場のひとつ、ホルスがお化けカマスを退治するシーンも、緊迫感を描写する音楽(「お化けカマスを倒せ」)が流れるだけで、高揚感をあおる活劇風音楽はつけられていない。
映像で語れる場面は映像に語らせ、音楽が必要な場面にのみ効果的な音楽をつける。まさに大人向けの音楽演出である。
かわりに、村人たちの生活を活写する場面や、ヒルダの心情を描く場面では音楽が重要な役割をになっている。
村人総出で川を上ってきた魚を獲る場面の「収穫の唄」、続く「村人たちの踊り」、村人の婚礼の場面で歌われる「婚礼の唄」。素朴で明るい音楽で生活の中のよろこびやハレの日の高揚感を表現している。
いっぽうのヒルダの音楽は繊細で複雑だ。
ヒルダが歌う「ヒルダの唄」「ヒルダの子守唄」「ヒルダの悲しみの唄」。歌唱はヒルダ役の市原悦子ではなく増田瞳実による吹き替えだが違和感はない。増田瞳実の感情を抑えた声と歌い方も手伝って、明るいとも物悲しいともつかない、妖しさも含んだふしぎな歌に聴こえる。村人の心をまどわす悪魔の誘いの歌であり、善悪の間で引き裂かれるヒルダの心情を表す歌である。
筆者のお気に入りはヒルダがホルスと初めて出会ったときにブランコに乗って歌う「ヒルヒルヒル ヒルル リリリルル」というスキャット風のフレーズが入る歌。このメロディは観た後もずっと耳に残っていた。悪魔の妹にちょっと魅入られたのかもしれない。
オーケストラによる音楽もまたヒルダの微妙な心理を描写している。「わたしは悪魔の妹」「裏切りのヒルダ」「ヒルダのめざめ」などでは、ヒルダの歌のメロディを引用しながら、不安な曲調と抒情的な曲調を対照的に配置することでヒルダのゆれうごく心理を表現している。
森康二によるヒルダの作画はそれだけでうっとりしてしまうくらいみごとなものだが、間宮芳生の音楽が加わることで、さらに微細な感情と悲劇性が表現されているのだ。
現代の大作娯楽映画に慣れた目で見ると、本作の音楽の使い方は実にストイックである。現代の制作現場だったら、「もっと音楽を派手に鳴らせ」とか「もっと感情をあおるような曲を」とか言われるのではないか。ヒルダの歌もポピュラーソングとして通用するようなキラキラしたキャラクターソングになってしまうかもしれない。
けれども、やたら音楽が鳴らなくても、ヒットソングのような歌を持ち込まなくても、じゅうぶんに感動的になるし、音楽も印象深いものになることをこの作品は教えてくれる。音楽と映像がお互いを信頼しあっていたからこそ生まれた名サウンドトラックである。
間宮芳生は本作のあと、3作の高畑勲作品に参加している。『セロ弾きのゴーシュ』(1982)、「柳川掘割物語」(1987)、『火垂るの墓』(1988)である。特に『セロ弾きのゴーシュ』は音楽が重要な役割を果たす作品。高畑勲にとっても、間宮芳生はとりわけ信頼のおける作曲家なのだろう。それだけにCD-BOXに『セロ弾きのゴーシュ』「柳川掘割物語」からの収録がないのが惜しまれる。
間宮芳生の音楽をもっと知りたい人には、映画音楽作品集「間宮芳生の世界」がお奨め。『ホルスの大冒険』『火垂るの墓』の音楽も収められているほか、大塚康生が監督した『草原の子テングリ』(1977)の音楽も収録されている。アニメ音楽ファンも見逃せないアルバムなのだ。すでに生産終了しているが中古盤などで見かけたらぜひ聴いていただきたい。
※参考:「東映動画創立40周年企画 東映動画長編アニメ音楽大全集」解説書
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