COLUMN

第95回 絵コンテ

 これまでに絵コンテをどれくらい切ってきたのだろうか。
 ずっと昔、まだ絵コンテなんか任されるには早すぎる時期だった『名探偵ホームズ』の頃、
 「そのうちコンテも切らせてやる」
 という宮崎さんの言葉にその気になってしまって、自分の机に絵コンテ用紙をもってきて、勝手に切り始めてしまったことがあった。練習のつもりでもあったし、できあがることがあったとして、それまでには相当の時間もかかってしまうだろうと思ったので、シリーズ構成上でかなり先の話数ということにこれまた勝手に決めてしまった。
 『名探偵ホームズ』があのまま進んでいたら、シリーズ後半ではモリアーティ教授がベーカー街221Bのとなりに引っ越してくることになっていたので、いきなり隣に住んでいるモリアーティから描き始めたりしてしまった。
 「おっかないことやってんな」
 と、宮崎さんに呆れられ、
 「練習です、練習。いたずらみたいなもの」
 と言い訳したが、そこは21歳の若気の至り、あわよくばという気持ちだってないではなかった。
 『みどりの風船』というエピソードだった。
 ベーカー街に風船が飛んできて、しぼんで落ちる。その風船には助けを求める手紙がくくりつけられていた。だが、どこから飛ばされたのかわからない。救助にも行けない。
 ホームズは風向きを調べ、風船からガスが抜けて落ち始める時間を測るために、大量の風船を買ってきて部屋の中に放つ。あとはソファーでじっと寝ている。
 やがて風船の発進地の方角と距離がわかって、ホームズとワトソンが駈けつける。海賊に占拠された離島の灯台守の一家を助け出す。
 絵コンテは「ソファーでじっと寝ている」のあたりまで描いたが、宮崎さんからは「まだ早かったな」といわれてしまい、自分でもしどろもどろな感じになってしまっていたのが十分自覚されていたので、それ以上そんなには進まなかった。ただ、帰ったあとの机を覗き込んだらしい原画の二木真希子さんから、「風船のシーンはやってみたいな」といってもらえたのが唯一の救いだった。
 この頃は、脚本にはほとんど頼らないで、絵コンテ用紙の上でぶっつけにストーリーの展開を作り上げながらやっていた。そういうものだと思っていた。
 その後、大塚康生さんと机を並べるようになると、『じゃりン子チエ』の頃の話をよく聞かせてもらうことになった。
 「パクさんは、『チエ』の原作がどんなふうにできてるか調べて、キャラが真正面か真横ばっかりだっていうの」
 『じゃりン子チエ』の絵コンテは、高畑さんが口で喋るのを聞いて、大塚さんが絵を描きならべていき、最後に高畑さんがト書きと台詞を書きこみ、秒数を入れ、コンティニュイティの上で足らないカットがあると感じたときにはちょっとだけ描き足したりしていた。そのときに、大塚さんは、人物を真正面からとらえたアングル、真横からとらえたアングルを多用するようにあらかじめ高畑さんから念を押されていたということだった。
 『じゃりン子チエ』は、絵コンテ用紙上で一からお話を組み立ててゆくようなやり方とは正反対で、内容も台詞回しも原作のものがあらかじめ確認されていて、できるだけそのまま踏襲した表現になるような方針で作られていた。
 その後、仕事として大量に絵コンテを切りまくることになるのだが、途中まではまったく「ホームズ流」のままやっていた。

 そうしたコンテの切り方の流れが、あきらかに変化したのは『ちびまる子ちゃん』の絵コンテをするようになってからだった。『ちびまる子』もまた、原作をにらみすえた芝山努さんの方針で、「人物を真正面か真横からとらえたアングルだけ」で作られていた。それから、自分がかかわっていた期間中は、原作者のさくらももこさんが全話の脚本を書いていた。さくらさんの脚本は「話術」そのもので、生半可にいじることはできない。ここで、原作を尊重して「アングルも極力変えない」というコンテの切り方を、もうひとつの手段として手に入れることができたように思う。『ちびまる子ちゃん』はもっとも多く絵コンテを切った自分の仕事になった。
 そのうちに仕事のほとんどがマンガ原作のものばかりになってきて、制作から、
 「実力が足らなくてあまりレイアウト能力のない原画マンばかりで編制しなくちゃならないので、できるだけ原作のコマのコピーで絵コンテを組み立ててもらえないでしょうか?」
 という泣きが入るようにまでなってしまう。原作の絵をそのままなぞってレイアウトにしなくては完成させられない、というのだった。
 そうした情けなさ過ぎる実情はさて置く。
 さらには、原作そのままでなければお客から文句が来るという風潮にもなってしまうのだが、それについてもさて置かせてもらう。
 「原作や脚本はアニメーションを作るにあたっての土台なのであり、じゅうぶんに考えて改変していかなくてはならない」と、まさに『空飛ぶゆうれい船』などでそれを実践した池田宏さんから大学で習ったのから始まって、その後、もっと別な高畑さんなどの原作に対するアプローチの方法論に触れ、いろいろ考えた末にこうの史代さんのマンガ『この世界の片隅に』のアニメーション化に挑むようになっている。
 絵コンテはだいぶ前に大筋で完成していたのだが、全体の長さをもっと詰めるべきだ、という意見ももらっていた。たしかに結構長いのだが、内容的にはこれ以上は短くできない。原作『この世界の片隅に』を愛好している人に顔向けが立たなくなってしまうことは避けたい。
 そうした心境の中で、もうこれ以上手を入れられない、という段階まできたので、双葉社のほうにコンテを送ってみた。絵コンテはこうのさんにも回された。原作を描いたご本人に何をいわれてしまうのだろうか。
 スタジオにFAXが送られてきた。メールを使わないこうのさんとのやりとりは、ほとんどいつもFAXだ。
 「絵コンテ拝見しました。おおお……こ、これは」
 以下の文面は省略するのだけれど、「泣ける」「ボロ泣き」といっていただいたのは意外だった。原作にもっとも思い入れがあるはずの描いたご本人からの言葉として、これ以上はない。
 とりあえずは安堵感。
 とにかく尺が長い。
 予算の獲得その他で動いて下さっている方々もある。そこでも、絵コンテに対して「これは実現するべきだ」と思っていただけたことが原動力になっている。

 その絵コンテから3コマだけ抜き出して、コースターにしてしまいました。
 9月28日(日)阿佐ヶ谷ロフトAでの第90回アニメスタイルイベント「1300日の記録特別編 ここまで調べた『この世界の片隅に』」で、おかわりをしてくださった方に進呈しようと思っています。

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