SPECIAL

西村義明プロデューサー インタビュー
第4回 おとぎ話の衣をまとったリアルな人間の物語

── 高畑さんは、とあるインタビューで「最初の脚本は3時間ぶんのボリュームがあった」とおっしゃっていましたが……。

西村 3時間半ですね。

── 3時間半ですか。その内容は大体、完成版にも凝縮されているんですか。

西村 うん、入っていると思いますね。183ページを138ページにしたんですけど、どうやって削ったのかは思い出せないです(笑)。

── 姫の空白の3年間は、最初から描くつもりはなかった?

西村 というと?

── 何もしなかった3年間があるじゃないですか。

西村 ああ、あれは最初から描きようがなかったし、描くつもりもなかったというか……企画書を作っていたときは、あそこを描くか描かないかという話もありましたけどね。

── あと、コンテのアップ日を見ると、最後のパートを描き終わったあとに飛翔シーンのコンテが描かれてますよね。飛翔シーンは終盤にとりかかったんですか。

西村 あれは、CGシーンでVコンテみたいなものを作りながらやっていたので、時間がかかったんです。だから、コンテ自体の完成は遅いんだけど、着手したのは早いですから。アップ日の2年前ぐらいからやってますからね。

── そうなんですか。

西村 あの飛翔シーンは、作っているうちにシーンの意図も変わっているんです。脚本とコンテの内容を照らし合わせていただくと分かるんですけど、脚本ではあそこで姫が地球で得られなかった幸せを享受するために、捨丸と地球の四季や、いろんな人の営みを見ていくという飛翔シーンだったんですよ。

── ああ、そういうことだったんですね。

西村 で、高畑さんが「ここは主観だ」と言ったんです。「そういう描写をうまくやってる作品ってありますか」と尋ねられたので、実写映画ですけど『海を飛ぶ夢』というのがあります、と。それで、その映画の飛翔シーンを観てもらったら「そうそう、こういう感じでブワーッと行く感じなんですよ」と。

── ほうほう。

西村 で、アニメで主観カメラということは、CGですよね。CGを使った主観カメラの飛翔シーンって言ったら、田辺さんの手には負えない。田辺さんはCGやらないから「マルチでいい」とか思っているだろう、と。

── 背景との組み合わせで。

西村 そう。でも、高畑さんがやりたいのは、マルチで作れる映像ではなかったですから。だったら、CGを使って、こういう淡彩のスタイルでもうまく画面を作っていける人は誰かと言ったら、もう百瀬さんしかいないんじゃないか。それで、かなり早い段階で百瀬さんに頼みに行ったんです。百瀬さんは、あまりやりたがっていませんでしたが(笑)。

── 高畑さんが「主観カメラで」って言うのは珍しいですね。わりと宮崎さんが作るような「主観的アニメーション」の逆をいこうとする方じゃないですか。

西村 うーん、主観カメラを使ってはいますけど、主観的に捉えるかどうか、というのは分からないですね。

── ああ、なるほど。

西村 高畑さんは「主観と客観」というのを、よく違う言い方で「思い入れと思いやり」とおっしゃいますよね。観客がキャラクターに同化して、その人物になりきって映画を観ていく『千と千尋の神隠し』みたいなタイプの作品と、高畑さんみたいに「姫はこう思ってるんだろうなあ」と観客が察しながら観ていくタイプがある。最後の飛翔シーンは、姫がついに地球に生きている幸せを全身で感じるわけだから、それは観客にも姫に同化して喜びを感じてほしい。それで言うと「思い入れ」を促す主観的シーンかもしれないんですけど、映画全体が主観でできあがってるわけではないと思います。

── 宮崎さんも、別にすべてを主観で作るわけじゃないですもんね(笑)。

西村 うん。『かぐや姫の物語』って、月の人間だった姫が地球に生まれ直して、自分たち地球人と同じ存在になるわけですよね。その人間が再度、地球というものを評価するわけだから、そこはお客さんにも同じように地球を再評価してほしい、という思惑があった。脚本にはそういう意図が書いてあったんですよ。最終的には、違う意味になりましたけどね。

── どんなふうに変わったんですか。

西村 地球の四季とか、地球の素晴らしさを享受する場面にはなってないですよね。あれは、捨丸との愛の結実を描いた場面ですよね。捨丸は、人の営みとか日常のささやかな幸福といったものを象徴しているキャラクターだと思うんですけど、その彼と再会した、喜びと幸せの表現じゃないですか。

── むしろ逃避行のような。

西村 で、なぜあそこで飛ぶかと言ったら、それはもう……性の象徴でしょうね。男性と女性の、結びつきの象徴でしょうから。

── 高畑さんも「あれは性の象徴だ」とおっしゃっていたんですか。

西村 いや、本人は明言しないです。僕は言いましたけどね。「これ、そうですよね?」って聞いたら、「まあ、そういうふうに捉えることもできるでしょうね」って(笑)。でも、明らかにあれはそういうことですよね。

── グッとくるシーンでしたよ。

西村 うん。画も、音楽も、どんどん上昇していくじゃないですか。上に上に、高まって高まって、最後はバーンと落ちる。明らかにメタファーですよ、あれは。

── そういう意味でも、宮崎さんが描く飛翔シーンとは違いますよね。

西村 うん。カメラの位置も違うんじゃないんですかね。やっぱり、どこか客観的だと思いますよ。

── あと、細かいことなんですけど、ラストカットが、コンテと本編では違いますよね。

西村 月ですか?

── ええ。月面に赤ん坊だった頃の姫が出てきて、映画が終わる。あれはコンテになかったですけど、どの段階で足したんですか。

西村 あれはもう、最後の最後ですね。まん丸なお月さまでは終われない、画面が映えない。なんか打つ手はないかな? と言ってましたね。

── 高畑さんが?

西村 うん。1ヶ月ぐらい、ずっと悩んでました。要は、最後に月の画が出るだけだと、物語が締めくくれないんですよ。何かが最後に必要だと思ったんでしょうね。そういうとき、高畑さんって得意技じゃないですけど、何か現実を脅かすような映画にしたい。

── 分かります。

西村 現実との地続きであってほしい。例えば、キャラクターがこちらを向くというのが、いちばん分かりやすいと思うんですけど。

── 『平成狸合戦ぽんぽこ』のラストとか。

西村 『おもひでぽろぽろ』も、タエ子がこちらを見て終わるじゃないですか。『火垂るの墓』もそうだし。それはお客さんに対する問いかけですよね。今回のラストシーンに映る赤ん坊が、いったい何を問いかけてるのかというのは、おそらく作り手である高畑さん自身も分からない部分があると思うんですけどね。

── あれは分からなかったですねえ。

西村 でも、何か問われている感じはするじゃないですか。

── じゃあ、観る側がいろいろ考えればいいことなんですね。

西村 それを意図した結末なんじゃないかな、と思うんですよ。

── あと、かぐや姫がふるさとの山を模した箱庭を作るじゃないですか。あれも、きっと何か現代的な意味合いがあるんですよね。

西村 企画会議では、あれはインターネットだと話していましたね。

── インターネット!? そんなに露骨な喩えなんですか(笑)。

西村 いや、バーチャルな世界ってことですよね。要は、自分のなかで現状に対して何か思うところがあって、にもかかわらず一歩踏み出すことがなかなかできない時代になっちゃっている。

── はい、はい。

西村 苦しいことも悲しいことも人生で、そこで踏み出さなかったら何も経験できないだろうと。でも、先々のことを考えて、何もしない。何もしない代わりに自分が安心できる場所を作って、そこにずっといる。かぐや姫にとっての安息の地は山だったけれども、山に戻ってみたら誰もいなかった。それで、坪庭に自分の理想的なアジールを作ったんですよ。個人の聖域というか、逃げ場を。そこで、媼という優しい理解者が傍らにいる空間で、なんらかの幸せを得ようとしてみたんですね。まあ、厳しい言い方をすると、逃げたんです。引きこもったんですよ、バーチャルな空間に。

── なるほど。

西村 シーン15で、翁が「迎えなど追い払えばいい」と言ってバーッと立ち去ったあと、姫が「ごめんなさい。お父様」と言うシーンがありますけど、あの台詞には続きがあったんですよ。「たとえどなたかのものになって、辛く悲しい人生を歩んだとしても、それもまた生きるということなのに」って。

── そのセリフがあると作り手の意図がはっきりしますね。

西村 あまりにも直接すぎて削ったんですけどね、高畑さん。

── この作品の捉え方として、ある1人の若い女性が、男性から物扱いされることにショックを受けて、反発しているうちに婚期を逃す、みたいな類型を描いているようにも見えますよね。それは想定してるんですか?

西村 う~ん、婚期っていう視点で観ちゃうと違いますね。結婚というのは、この映画のなかで言えば、あくまで小道具ですよね。それが物語の本質ではなく、求婚譚を通して見えてくるものが本質なわけで。女性の婚期というものを物語の中心に据えているとは思わないです。
 ただ、女性を物として扱う男性への痛烈な批判は含まれてるでしょうね。いまの社会でも、多分そうなんじゃないんですか。男性ってやっぱり支配欲もあるし、権威主義だし、そういうことに対する批判は確実にある。それはこの映画に含まれた普遍的なテーマのひとつだし、女性観客の多くはそう感じてくれているらしいですから。多分、男性からすると観ていて居心地悪いでしょうね。出てくる男は、どいつもこいつもろくでなしですから。翁だって、悪気がないとはいえ、結果的には姫を追いつめたわけだから。

── あの愚かなところがいいですよ。

西村 うん。だから、みんな人間っぽいんですよね。捨丸もそうだし、求婚者たちもそうだし。ヒーロー、ヒロイン像を描いてないんです。だから、ファンタジーの枠組みをまとってますけど、やっぱりこれはリアルなお話なんですよ。

●『かぐや姫の物語』公式サイト
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