もう一度「エースコンバット」にはお世話になる。
その頃は、次回作の企画が何も動かず膠着状態に入ってしまった4℃を引き上げて、自宅で仕事をしていた時期だった。そこへ、ナムコから電話をもらった。また「AC04」のときのような幕間映像をひっそり作るのだったら楽しいな、などと思いつつ電話に出てみると、少し勝手が変わっているようだった。
今度の幕間映像は3DCGで作る。その演出も映像制作もナムコ社内でやりたい。片渕さんにお願いしたいのは——
それは、ゲーム全体のシナリオの作成だった。ストーリーの根本を組むところからそれは始まるのだが、ゲームの中でのストーリーの進行はほぼ台詞で表現されることになる。必要に応じて、ムービーで展開するパートも作れることは作れる。だが、全長何時間になるのかわからない、その膨大な時間で展開される物語をつむぎだすのは、台詞表現に相当部分を担わせることになる。
新しいゲーム「エースコンバット5」では、ゲームをプレイする人はゲーム中に登場する戦闘機の一パイロットとなる。彼には編隊僚機がいて、絶えず無線で話しかけてくる。あるいは、僚機同士が会話したり、基地だとかほかの編隊と話し合う声が無線の声として聞こえてくる。その流れの中で物語を形作ってゆく。そういうことなのだった。
要領がわからない。ゲームがどう作られるのかわからないのに、こちらの勝手でストーリーを書き進めてゆくわけにもいかない。
横浜のナムコへ、初段のすり合わせに出かけることにした。考証面で力になってくれるだろう、友人の艦船研究家・大塚好古氏にも同行してもらうことにした。
海を見下ろして眺望のよいナムコの会議室で、話を聞く。敵がいて味方がいて、その中間に主人公たちがいる。
「島?」
頭に浮かんだことをそのまま口に出してみる。ハワイと日本の真ん中に浮かぶミッドウェー島が思い浮かんだので、ミッドウェー環礁の中の島の名前を取って、「サンド島」ということにしてみる。最初の打ち合わせの会議室のその場でふと口にしてしまったことが、そのまま固定化されてゆく。
最初は戦争は起こっておらず、たまたま取材に来ていたカメラマンがこの島の周辺で起こる戦争の勃発を目にしてしまう。機密保持のため、そのまま島に幽閉され、搭乗員たちの仲間内にはいってゆく。というあたりはナムコ側から出てきた粗筋だったと思う。その先も大まかにイメージされているものがすでに存在しているところだけはうかがった。
構成といおうか、起こすべき出来事の大まかな配置を決めなければならない。何面になるゲームなのか、この時点ではまだ定まっていない。それぞれの面で行われるゲームには、様々なバリエーションがつくはずなのだけれど、その配置も、どうバリエーションを作るのかもまだふわふわしている。
家に帰り、とりあえずの構成表をエクセルで作り、今回はディレクターに回ったナムコの河野さんにメールで送る。
それは、このあと何度も何度も改訂を繰り返される構成表の一番最初のものであったし、河野さんへのメールは最終的には、こちらから送ったものだけで685通に及ぶことになる。
繰り返しになるが、「エースコンバット5」のゲームとしてのミソは、ロールプレイングゲーム的に道連れとなってくれる編隊僚機が存在していることだ。そのキャラクターを作らなければならない。これに対して、河野さんたちから指定を受けたのはひとつだけ。このゲームのシリーズに共通して必ず出てくる「ケイ・ナガセ」という名の女性パイロットを配置してほしい、ということだけだった。
主人公であるゲームのプレイヤーは、導入部では何も知っていないほうがよい、というのが河野さんのポリシーだ。ゲームする人自身が知らないことを、その分身であるゲーム内の主人公が知っているようでは興を削ぐ。これは正しいと思う。
だとすれば、主人公たちは辺境の訓練空域に置かれた練習生だ。
構成表の確定を待たず、書けるところから書いてゆく。冒頭、取材に訪れたカメラマンを後席に乗せたままいきなり始まる空戦。前席で操縦桿を握るのは超ベテランの編隊長。酸いも甘いもかみ分けていてほしいし、かといって中央を大きく離れた島で、ひな鳥たちの面倒を見ているわけなので、はっきりいって出世コースから外れた人物だ。彼のことは「万年大尉」と置く。
若侍を束ねたベテランの武士ということでは、黒澤明「椿三十郎」みたいな感じがする。なので、この万年大尉には、自分の頭の中では三船敏郎演ずる三十郎の口調で喋ってもらうことにする。
ついでに、「椿三十郎」の若侍の中で1人クセのあった青大将・田中邦衛も作りたい。ただし、こいつは頭の中で田中邦衛的に喋ってもらっては困る。もうちょっとB級なアメリカ映画の翻訳っぽい感じに喋らせることにする。
紅一点のナガセは、たぶん相当に腕の立つ戦闘機乗りになっていってくれなくては面白くなく、「AC04」の「黄色の4」の若い頃みたいな感じであり、感性的な「考えるより感じろ」タイプ。つまり、口数が少ないのだろう。
そんな感じで口調からキャラクターを作ってゆく。彼らと自分とははこの先に密度感たっぷりの関係になってゆく。