列島が猛暑に襲われる中、8月23日~27日にかけて広島で2年ぶりに国際アニメーションフェスティバルが開かれた。場所は変わらず、中区にあるアステールプラザ。今回で17回目となる、30年以上の歴史を誇るインディペンデント・アニメーションを中心とする映画祭だ。アニメスタイルではこれまでもこのイベントの模様を定点観測のようにお伝えしてきた。今回も簡単なレポートをお届けしよう。
特に近年は、新千歳国際アニメーション映画祭や東京アニメアワードなど、国際色豊かなアニメーションのイベントが、国内でいくつも立ち上がってきており、広島国際アニメーションフェスティバル(以下ヒロシマ)の位置づけが改めて問われていると感じる。レポートを通じ、今後について考えを巡らせてもらえたら幸いだ。
知らない方のために改めて説明しておくと、ヒロシマはひとつの建物の中にある大小3つのホールを使い、複数のプログラムが同時に進行するという、比較的コンパクトな映画祭だ。日中は特集上映といくつかのセミナー、夜はグランプリを競うコンペティションが公開上映の形で催される。
今回の目玉は大規模なエストニア特集。実に30プログラム以上がエストニア作品のために組まれた。エストニアはバルト海を臨むいわゆるバルト三国のひとつで、今年共和国建国100年を迎える。かつてはソビエト連邦に属しており、そのころから、アニメーション制作の大きな拠点を抱えていた。多言語・多民族の小国家ゆえ、文化政策に力を入れているという背景もあり、現在もアニメーション制作は隆盛。特にコンペティションの審査員も務めたプリート・パルンの存在は大きく、教育者としても力を発揮している。
特にヌク・フィルムは立体アニメーションの一大拠点であり、今回のヒロシマでも『リサ・リモーネ・アンド・マロック・オレンジ』(2013)、『キャプテン・モーテンとクモの女王』(2018)とストップ・モーションの長編が2作も上映された。現在はデジタル化の浸透によって、むしろ立体アニメーションの制作が質量とも充実しつつある、とは『ニャッキ』で知られる伊藤有壱・藝大教授の言葉だが、ロシアの長編『ホフマニアダ』(2018)も合わせ、各地でより長く、より緻密に、より大がかりなものが作られるようになっていることが実感できた。
エストニア特集以外で目を惹いたのは、アカデミー賞短編『岸辺のふたり』やスタジオジブリの製作が話題となった『レッドタートル』で知られるマイケル・デュドク・ドゥヴィット監督の特集上映。亡くなった高畑勲の思い出などをトークで披露し、質疑応答の席上では、新作短編を構想中であることを明らかにした。会場でサインを求めるファンに丁寧に対応していたのも印象に残った。
映画祭の華ともいうべきコンペティションでは、最も応募の多い日本と3番目に多い韓国から、コンペに残った作品がないという点が、一部で物議を醸した。正確を期すと、日本以外の出身監督による日本制作作品、日本人監督による他国制作作品、韓国出身作家の他国制作作品などが残っている。公平性の現れと言われればそれまでだが、映画祭にはお祭りという側面もある。会場に足を運ぶ観客のことも考えれば、開催国(圏)の作品に対しては(サッカーのワールドカップがそうであるように)何らかのアドバンテージがあってもいい。
一方で、人材が流動化している現れであり、特に腕を磨きたい学生たちはよりよい環境に留学し制作するのが当たり前で、出身国・制作国にこだわることはない、という意見も聞いた。実際、韓国出身、中国出身で欧米を拠点に制作している作家が何人も登壇、流動化の時代を印象づけた。残った作品を眺める限りだが、個人的にはメッセージ性の重視の欧州の作品群に比べ、東アジア圏の作家は自身の問題を取り上げたミニマムな作品が多い。その点がコンペでは不利に働くようにも感じられた。コンペのあるべき姿については、各映画祭でも対応が分かれる。広島がどのような態度で臨むのか、今後を見守りたい。
驚いたのは、数々アニメでプロデューサーとして活躍する丸山正雄が国際審査委員長に着いたことだ。丸山がこうしたインディペンデント中心の映画祭で審査委員を務めるのは珍しい。聞いたところでは、フェスティバルディレクターの木下小夜子とは虫プロ時代の同期だとか。そういう関係もあってのことなのだろう。
グランプリに選ばれたのはルーマニアのセルジウ・ネグリチ監督『ザ ブリスフル アクシデンタル デス』(The Blissful Accidental Death)。ある美術家の劇的な生涯を追うという作品で、ペーパークラフトの立体アニメーションに見える3DCGの作品。トレイラーだけでも、その凝った映像作りがわかるだろう。
「愛と平和」をうたうヒロシマ賞はハンガリーのユディト・ヴンデル監督の『ボンド』(Bond)。デザイン性の高いキャラクターと官能的な描写を両立させたところが見事。
またデビュー賞がフランスのロマン・ガルシア監督他による卒業制作『シロッコ』(Sirocco)に、木下蓮三賞がフランスのロレン・ブライバン監督『ジ オゥガー』、観客賞がベルギーのブリット・ラース監督『キャサリン』(Catherine)に贈られている。
マニヴァルド
オーガー
個人的には、シンティス・ルンドグレン監督の、とぼけた動物キャラクターでひきこもり問題を描いた(?)『マニヴァルド』(Manivald)。皮肉の効いた映像で観客を大いに沸かせたホセ・ナバーロ監督他の『ワルドの夢』(Waldo’s Dream)、重厚なタッチで寒村の暮らしを描ききった『オーガー』(AUGUR)を上げておきたい。
イベント全体を通じて感じたのは、先にも触れた立体アニメーションの隆盛、学生作品のしめるウエイトがますます増大していること、そして拠点と人材の流動化だ。これは世界的にアニメーションの高等教育での充実ぶりを示しているとともに、その後、活躍し続けることの難しさも現している。何らかのバックアップが必要だろう。ヒロシマは、各国映画祭のように作家のショーケース、商談の場としてはあまり機能していない。今後の対応を願いたい。
今回は7月に西日本を襲った大規模水害の傷痕がまだ残る中での開催であり、開会式では亡くなられた被災者への追悼の時間が設けられた。人出が心なしか少ないように見えたのも、水害と無縁ではないだろう。大変な中、開催を成し遂げたスタッフの方々の労をねぎらって筆を置きたい(B)。