私事で恐縮だが、ついにロードバイクを購入してしまった。約3年間クロスバイクに乗り続け、1日50kmを超えるルートでもこの愛機だけを供としてきた。しかし来月から通勤距離が大幅に延びることになり、いよいよクロスの限界を感じてきたのだ。両方に乗ってみて感じたことは、スピードの差もさることながら、長時間乗った際の疲労度の違いがある。同じスピードを維持する場合でも、ロードの方が楽なのだ。
さて、僕は「1日50kmを超えるルート」と書いた。これは本格的な自転車乗りからすると「とても長距離とは言えない」と笑われてしまうかもしれない。なにしろ、ロングライドのイベントは200kmを超えるものが多いのだ。そんな「距離感が壊れてしまった人たち」を描いた漫画が、先ごろアニメ化が発表された「ろんぐらいだぁす!」である。キャッチコピーは「ゆるふわ系? 自転車漫画♪」で、確かに可愛らしい女子ばかり出てくる作品ではある。しかしその走行ルートは、ヤビツ峠アタック、100kmナイトライド、センチュリーライド160kmなど本格的なものばかり。アニメ版でもそのあたりのハードなところが描かれるだろうから、今から楽しみで仕方がない。
さて今回は、7月15日にリリースされた『血界戦線』のサントラについて取り上げてみたい。アニメ本編は最終話の放映が遅れており、残念ながらこの原稿の執筆時点ではストーリーが完結していない。しかしBGMは力作揃いであり、サントラはAmazonのアニメ部門で1位、オリコンの週間CDアルバムランキング(7月25日付)で6位という好発進。個人的にも、今年発表されたサントラの中でもトップクラスの内容だと感じている。
CDは2枚組で計40曲、106分を収録している。BUMP OF CHICKENによるオープニング主題歌「Hello,world!」はTVサイズで収録、エンディング主題歌「シュガーソングとビターステップ」は収録されていない。ディスク1はインストのBGMを、ディスク2は歌ものを中心にまとめた構成だ。また、歌ものはそのほとんどが英語詞となっている。
音楽を担当した岩崎大整は、これまで「SR サイタマノラッパー」「モテキ」「カノジョは嘘を愛しすぎてる」「ジョーカー・ゲーム」など、映画音楽のフィールドを中心に活躍してきた作曲家で、「モテキ」では第35回日本アカデミー賞の優秀音楽賞を受賞している。アニメファンには『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の併映である「巨神兵東京に現わる」の音楽担当して知られているだろうか。日本大学では芸術学部映画学科を卒業しており、脚本を学ぶなど劇場作品との関わりの深い人物。これまでの経歴を見ても、TVアニメのBGMへの起用を意外と感じた人もいるだろう。
『血界戦線』サントラの作風を一言でいうなら、なんでもありのごった煮だ。クラシック、ジャズ、ソウル、ロック、ヒップホップなど様々なジャンルを総動員し、歌ものもたっぷりと収録している。ニューヨーク、東京、ボストン、テルアビブの4ヶ所で制作され、生楽器をふんだんに使ったサウンドは多国籍でワールドワイドな響き。恐らくは菅野よう子の『カウボーイ ビバップ』のように、海外のアニメファンにも幅広く受け入れられるサウンドなのではないか。
各楽曲について見ていこう。まずはディスク1から。
1曲目「Theme of Blood Blockade Battlefront」は番組全体のテーマ曲で、第1話アバンタイトルから使用されたもの。重厚なオーケストラサウンドと勇壮な楽曲展開はスケール感たっぷりで、物語世界への期待を抱かせるに十分だ。トランペット4名、トロンボーン4名(バス含む)、ホルン4名からなる、分厚い金管の響きを楽しんでほしい。
第1話で続いて流れるのが2曲目「Footloose/Run for Cover/Footloose」で、こちらは一転してビッグバンドによるジャズ。物語の舞台が「ヘルサレムズ・ロット」なる異界と化したニューヨークということで、場所にもぴったりと見合ったサウンドだろう。こちらもトランペット4名、サックスセクション5名、トロンボーン(バス含む)4名という贅沢な編成だ。
3曲目「Sidewinder」は、ポップスのリズムセクションにホーンとストリングスを加えたフュージョン風のナンバー。疾走感あるリズムにトランペット&サックスのコンビネーションが、ブレッカー・ブラザーズのように都会的かつエネルギッシュな魅力を生み出している。バトルシーンのクライマックスにぴったりで、作品を大いに盛り上げた楽曲のひとつ。
4曲目「Libra」は物語の主要キャラクターが所属する「秘密結社ライブラ」のテーマ曲だ。打ち込みと低音弦を中心とした重厚なサウンドが、秘密結社らしいミステリアスなムードを醸し出している。6曲目「Snap out」は、第2話で主人公・レオを捜索するシーンにて使用。こちらもフュージョン風で、アップテンポのリズムに切れ味鋭いブラスが爽快感抜群だ。
20曲目「Traffic Man」は、第2話でレオがピザを奪われるコミカルなシーンで使用。まるでモーターヘッドのようなパンク色の強いロックナンバーだ。ボーカルレスの編成のため、まるで「近所の兄ちゃんたちがバンド練習をしている」ようにも聞こえる。実際、ニューヨークでは街中でこういう音が漏れ聞こえることが多いのではないか、と想像力を刺激されるナンバーだ。
ディスク2は先述したとおりボーカルナンバー中心の構成だ。1曲目「Catch Me If You Can」はストレートなジャズナンバーで、第2話のバトルシーンなどに使用された。二宮愛の色っぽい歌声と、コンボ編成のサウンドはアダルトなムード満点。バトルシーンの音楽と言えば、もっぱらロック、テクノ、クラシックが多いところを、ジャズでしかも歌ものというのは珍しい。バトルにスタイリッシュな印象を与えることで、アニメ『血界戦線』の独自性を表現している楽曲だ。二宮愛は他に4曲目「On My Own」、15曲目「White Gloves」のボーカルを担当しているほか、6曲分の作詞も手がけるなど本盤への貢献度が高い。
その「On My Own」も二宮愛のボーカル曲で、ジャズコンボ編成であるところも同じ。ピアノとウッドベースの美しい響きと、二宮愛の歌唱力をたっぷりと楽しめるバラードナンバーだ。第6話でレオとネジの、微笑ましくも切ない交流のエピソードを飾ったことが印象深い。
10曲目「It’s Magic」はR&Bサウンドに乗せて、ヘブライ語の歌詞が歌われるという珍しい趣向。イスラエル録音の成果が出た1曲と言えるだろう。アフリカ色の強い12曲目「Epi femen dife a」と併せて、物語の舞台「ヘルサレムズ・ロット」の異世界と混交したごった煮感をよく表現している。英語詞の楽曲やジャズナンバーばかりだと、視聴者に現実のニューヨークやアメリカの印象を与えてしまう可能性があるため、このような楽曲が必要だったのだろうと想像している。
15曲目「White Gloves」は、ピアノとボーカルを中心としたシンプルで叙情的なバラード。第11話のホワイトとブラック(アニメオリジナルキャラクター)の過去にまつわるエピソードで、たっぷりとフィーチャーされていた。
以上のように、多ジャンルにわたる幅広くもハイクオリティな楽曲が揃ったのが、アニメ『血界戦線』のサントラだ。特にジャズ路線の各曲はどれも印象的であり、作中でも重要なシーンに使われている。サントラを購入したファンの多くは、これらのサウンドに惹かれたのではないだろうか。ジャズ系楽曲の充実度については、かつてジャズギタリストを目指していたという、岩崎大整のバックグラウンドが影響しているのかもしれない。また、ニューヨークとボストンで録音を行い、現地のミュージシャンを起用できたこともプラスになったのだろう。
またこれは余談だが、アニメ本編中にはエリック・サティの「ジムノペティ」、モーツァルトの「魔笛」、ベートーベンの「交響曲第9番」など、既存の楽曲もあちこちに使用されている。第2話のアバンタイトルで流れた「この素晴らしきビヨンド」のように、フリー音源から借用した楽曲もあるとのこと。当然ながら、これらの音源はサントラに収録されていない。アニメ『血界戦線』の使用楽曲すべてを分析するなら、それこそ本1冊が書けそうなくらいのボリュームが必要だろう。それだけ、音楽がふんだんに使われ、音楽が重要な意味を持った作品なのだ。(和田穣)
TVアニメ 血界戦線 オリジナル・サウンドトラック(音楽:岩崎大整)
THCA-60055/3,564円/東宝
発売中
Amazon