8月17日より公開がスタートした「劇場版NHKスペシャル 世界初撮影!深海の超巨大イカ」を観てきた。今年1月にTV放送されて大いに話題となった番組の劇場版で、番組本編の内容はTV版と同様ながら、制作スタッフへのインタビューを含んだメイキング映像を追加している。見どころはもちろん、金属光沢を放つダイオウイカを劇場の大スクリーンでじっくりと眺められるところ。驚いたのが、元々はTV用に撮影された映像が、一般的な劇場作品と比べても遜色のない精細度であったことだ。現行のHDTV規格の持つ底力を思い知った次第である(さすがに劇場スクリーンとはアスペクト比が異なるため、左右が切れたかたちにはなっていたが)。今後も本作のように、良質なドキュメンタリー番組を劇場にかける試みは続けていってもらいたいものだ。
なお本作とその続編である「深海シリーズ」のサントラが6月26日にリリースされている。久石譲の手になる、雄大な海の広がりを想起させるオーケストラサウンドがたっぷりと詰まった1枚。興味のある方はチェックしてみていただきたい。
NHKスペシャル 深海の巨大生物 オリジナル・クラウズサウンドトラック
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さて、前回の記事では『ガッチャマンクラウズ』の主題歌を取り上げたのだが、8月28日に同作のサウンドトラック盤が発売になったので、こちらも紹介したい。
24曲を収録した73分の内容で、OP主題歌「Crowds」のTVサイズを収録。ED主題歌「INNOCENT NOTE」については、TVサイズとフルサイズの両方を収録という太っ腹な仕様。それでいて価格は2500円とやや安めなのが嬉しい。作品を観た人なら気になったであろう「Gotchaman – In the name of Love」「Un beau l?opard violet(麗しき紫の豹)」「Ziel der Hydra(ヒュドラの標的)」といった挿入歌も、もちろんしっかりと収録されている。
音楽担当は岩崎琢。彼にとって昨年の『ヨルムンガンド』『ジョジョの奇妙な冒険[第2部]』に続く作品となる。これまで岩崎は泣けるストリングス満載の『るろうに剣心 —明治剣客浪漫譚— 追憶編』、スパイ映画風の『R.O.D -THE TV-』、オンド・マルトノを用いた牧歌的な『びんちょうタン』、声楽とヒップホップを大胆に融合させた『天元突破グレンラガン』、ヴォカリーズをフィーチャーした『刀語』と、常に新機軸を打ち出してきた。アニメ劇伴の限界や固定概念を打ち破ってきた作家だけに、本作への期待も高まるというもの。
では『ガッチャマンクラウズ』の音楽性はと言えば、基本的にはこれまでの岩崎サウンドの集大成であるのだが、今回もまたそこにいくつかの新風が吹き込まれている。サントラ収録曲の一部を紹介してみたい。
まずは1曲目の「Gotchaman〜In the name of Love」。4つ打ちのシンプルなリズムにゴスペル風のコーラス、派手なストリングスのパッセージを組み合わせたスタイルは、まさしく1970年代のディスコミュージックを思わせる。具体的にはコーラスパートにドナ・サマー、ストリングスパートにヴィレッジ・ピープルからの影響が見てとれるのだ。しかしながら、そこにソリッドなビートとうねるシンセベースを加え、さらには中間部でラップが入るなど、現代的なアプローチも垣間見せる。そしてディスコミュージックでは滅多に見られない、ロック風のギターソロを入れてしまうセンスも独特だ。本作を象徴する楽曲であるとともに、岩崎琢の新機軸を代表する1曲となっている。
使用場面を振り返ってみると、第1話と第2話に跨がるバス型MESSとの戦いでフィーチャーされ、戦闘中はずっとこの曲が鳴りっぱなしだった。中村健治監督も、この楽曲とお洒落なビジュアルとの組み合わせこそが、『ガッチャマンクラウズ』の独自性だと感じて制作していたのではないだろうか。
第1話冒頭の橘清音の初登場シーンで使用されたのが3曲目「Milestone」だ。打ち込みによるソリッドなビートに、ストリングスがザクザクとスタッカートの刻みフレーズを入れるスリリングなナンバー。スパイ映画のような作風で、これから起こる事件を予見させるような音楽だ。続いて、一ノ瀬はじめが学校の屋上でJ・J・ロビンソンと出会うシーンに用いられたのが、2曲目「The core of Soul」だ。曲名はもちろん「精神の結晶」であるNOTEを象徴したもので、実際にNOTE関連シーンで多く用いられている。ミステリアスでアンビエントミュージック調の作風であり、随所に入る民族音楽風の女性ボイスが効果的だ。
各話のバトルシーンやアクションシーンで何度も使用されたのが、7曲目「Music goes on」だ。近年すっかりお馴染みとなった、AutoTuneを過剰にかけて歪ませたボイスがインパクト満点。それでいてメロディはドリア旋法を用いたエキゾチックなものであるのが面白い。中間部ではシンセの派手なアルペジオが効果的だし、エレキギターや重厚なストリングスまで入っている。1曲で多種多様な音楽的要素を楽しめ、賑やかかつゴージャスな岩崎琢らしい楽曲だ。アニメ本編中だとやや音量が控えめなので、ぜひサントラを買って大音量で聴いていただきたいナンバー。個人的には、どこかのクラブを貸し切って「岩崎琢ナイト」と題したイベントを開催し、この曲をかけたらさぞや面白いだろうと思っている。クラブ好きの若者にもアピールするサウンドではないだろうか。
9曲目「Un beau l?opard violet(麗しき紫の豹)」は、現代音楽風の難解な和声を奏でるピアノに、ベルカントの歌唱を乗せた挿入歌。東京芸術大学出身で、かつては日本現代音楽協会新人賞を受賞したという、岩崎琢のアカデミックな経歴の一端を感じさせるナンバーだ。主にGALAXの開発者、爾乃美家累が登場するシーンに使用された。
10曲目「Gatchadance」は、「Gotchaman〜In the name of Love」の別バージョンで、コーラスは同じものを流用している。こちらも過激でエグいシンセベースを楽しめる楽曲だ。曲名と曲調はプリンスが1989年の映画「バットマン」の主題歌に提供した「Batdance」を思い起こさせる。バットマンにはバットダンス、ガッチャマンにはガッチャダンスというわけだ。
以上、駆け足で何曲か取り上げてみたが、他の楽曲も個性たっぷり、魅力たっぷりの充実したサントラ。クラシック、ロック、テクノ、ヒップホップ、ディスコと何でもありのスタイルであり、じっくり聴いていると目眩がするほどに多彩で豊かな音楽世界が1枚のディスクに詰まっている。大半の楽曲は3分以上の尺があるので、サントラ特有のブツ切れ感を感じることなく、CDアルバムとして一気に楽しめる構成になっている点もポイントが高い。
さらに『ガッチャマンクラウズ』では「Gotchaman〜In the name of Love」に代表されるディスコ色の導入が顕著であり、これが番組の色合いを決定づけているように思う。これまでも得意としていたヒップホップ系統のサウンドと相まって、よりブラックミュージックに接近した1枚と言えるかも知れない。それでいて随所に見せるオーケストラの鳴らし方の巧さ・確かさは、アカデミックな音楽教育を受けた者特有の深みと知性を感じさせる。ファンキーで過激でありながら、伝統的で頭脳派。この二律背反しそうな両者が「Gotchaman〜In the name of Love」「Music goes on」ではうまく溶け合って互いに引き立て合う瞬間があり、そこに岩崎サウンドの妙味があると思うのだ。(和田穣)
ガッチャマン クラウズ オリジナル・サウンドトラック(音楽:岩崎琢)
VPCG-84945/2,500円/バップ
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