腹巻猫です。CD「カレイドスター 究極の すごい サントラ」発売記念イベント「窪田ミナ×佐藤順一トークライブ 〜作曲家とアニメ監督の すごい ステージ〜」(阿佐ヶ谷ロフトA)の開催が来週末3月22日に迫ってまいりました。チケットはイープラスで発売中。お早目にどうぞ。なお、会場でCD先行販売と関連グッズの販売を予定しています。お楽しみに!
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/31534
TVアニメ『カレイドスター』(2003)の音楽を担当した作曲家・窪田ミナは18歳で単身イギリスに留学し、英国王立音楽院で音楽を学んだ経歴を持つ。幼い頃からピアノを習い、海外での演奏経験もあったとはいえ、その行動力と勇気にはただただ敬服。佐藤順一監督が「リアルそらだ」と言うのもうなずけます。あ、「そら」というのは16歳でアメリカに渡った『カレイドスター』の主人公の少女の名です。念のため。
窪田ミナは英国王立音楽院卒業後、同学院の大学院に進学、大学院修了後は英国で音楽活動を展開していた。2001年に拠点を日本に移して作曲家・編曲家・ピアニスト・音楽プロデューサーとして活動を開始。日本で初めて手がけた映像音楽作品がTVドラマ「マイリトルシェフ」(2002)、続いて手がけたのが『カレイドスター』だった。
『カレイドスター』の繊細かつドラマティックな音楽でアニメファンに鮮烈な印象を残したあと、窪田ミナはTVアニメ『ARIA』シリーズ(2005-2008)の主題歌やOVA『星の海のアムリ』(2008)、TVドラマ「隠蔽指令」(2009)等の音楽を担当。2010年に手がけた朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の音楽でお茶の間にも名が浸透した。アニメ作品としてはTVアニメ『神無月の巫女』(2004)、『京四郎と永遠の空』(2007)、『フォトカノ』(2013)などがあるほか、佐藤順一監督の『ケロロ軍曹』(2004)、『たまゆら』(2010)、『絶滅危惧少女 Amazing Twins』(2014)等にも楽曲を提供している。佐藤監督にとっても、窪田ミナの音楽の印象は鮮烈だったそうだ。
英国で学んだ窪田ミナの音楽は、ヨーロッパの古い建築を思わせるような異国風の香りと品格がある。精緻なオーケストレーションで描かれた美しい絵画のような音楽である。テラフォーミングされた火星を舞台にした『ARIA』にも、その香りがすごく似合っていた。
今回はその窪田ミナが2012年に手がけたアニメ映画『ももへの手紙』を取り上げよう。
『ももへの手紙』は劇場アニメ『人狼』(2000)の監督・沖浦啓之が原案・脚本・キャラクターデザイン・監督を務めたオリジナル作品。2012年4月に公開された。瀬戸内の小さな島を舞台に、父を亡くした少女ももと、ももにしか見えない妖怪、そして島の子どもたちとの交流を描くファンタジー作品である。
本作への窪田ミナの起用は沖浦監督の希望だったという。「ゲゲゲの女房」を観ていた監督が窪田ミナの音楽に着目したのだ。「ゲゲゲの女房」にも妖怪が現れる場面があり、民族楽器を用いたエスニックな音楽が絶妙の効果を上げていた。
オリジナル・サウンドトラックには映画のために作られた楽曲25曲を収録している。
- 潮待ちの島へ
- フシギな出逢い
- 宛名だけの手紙
- 気がつけば、ともだち
- 黄表紙の秘密
- 見守り組の三人
- 海美とマメ
- ひとりぼっちのもも
- 激突! モノラック!!
- 夕映えのしまなみ
- どうして…
- 悩めるポストマン
- 蜜柑色のたそがれ
- 舞踏と呪文〜ケドトヘラソンラクオレ
- 潮騒のひびき
- 汐島の風に吹かれて
- どうして…(Piano Trio Ver.)
- ソラからの気配
- マメたちの集会
- 嵐の夜の決意
- 妖怪招集〜仲間がいるよ
- ゆけ! 島々を越えて
- 祭のよるに
- ももへの手紙(Solo Piano Ver.)
- ももへの手紙
曲順は劇中での使用順にほぼ沿っているが、一部前後している。また、よく聴くと本編中で使用された楽曲よりも尺が長かったり、編成が変わっていたりする楽曲もある。映像のための音楽であっても「音楽」として聴いてもらたいという想いを感じるアルバムになっている。
やさしい木管が瀬戸内の情景を描写する1曲目「潮待ちの島へ」は冒頭に流れるメインタイトル曲。やさしいメロディとともに繊細かつ精巧なオーケストレーションが味わえる窪田ミナらしい楽曲だ。
2曲目の「フシギな出逢い」は主人公ももと妖怪との出会いをユーモアを交えて描く曲。驚きととまどいと恐れと滑稽さ、さまざまな感情を多彩な楽器の音色とメロディで表現する精妙な曲だ。『カレイドスター』や「ゲゲゲの女房」にもこうした曲が登場するが、こういう複雑な情感を表現する曲が窪田ミナはすごくうまい。この2曲目から、すっかり窪田ミナのサウンドワールドにはまりこんでしまう。
3曲目はももの心情を描写する「宛名だけの手紙」。ももが父の死後に父からの手紙を発見する回想シーンに流れている。情緒に溺れない抑制の効いた曲想がかえって胸にしみる。
4曲目「気づけば、友だち」は、妖怪たちとももとがしだいに奇妙な関係を築いていくシークエンスに流れる曲。『カレイドスター』のステージの精・フールの登場シーンをほうふつさせる楽曲だ。12曲目「悩めるポストマン」も同趣向の曲想を持つ楽曲。
6曲目「見守り組の三人」は妖怪3人組のテーマ。情景描写曲や心情描写曲の端正な美しさと対照的に、妖怪を描く音楽は民族楽器を取り入れて不思議な曲調に作られている。エスニック……とひと言でいうのは簡単だが、西欧風とも中東風ともアジア風ともつかないユニークなサウンド。この国境を軽々と超える感じも窪田ミナが作り出す音楽の魅力のひとつである。この不思議なサウンドは19曲目「マメたちの集会」でも聴くことができる。
ももと妖怪たちが猪に追われるドタバタ場面を彩る9曲目「激突! モノラック!!」もユーモラスで精巧な楽曲。単にシーンを盛り上げるだけでなく、音楽としても魅力のある楽曲として作られている。
それに続く10曲目「夕映えのしまなみ」はももが山の上から見た美しい瀬戸内の風景に息をのむシーンの曲。島になじめなかったももの心情が変化する重要な場面に流れる曲だ。本編中ではフルサイズは流れていないが、アルバムではたっぷり4分以上楽しむことができる。本アルバム聴きどころのひとつである。
本作のもうひとつの聴きどころが14曲目「舞踏と呪文〜ケドトヘラソンラクオレ」だ。妖怪たちが奇妙な踊りを踊るシーンに合わせて3日間かけて作曲したという窪田ミナ渾身の楽曲。民族楽器のアンサンブルによる不可思議なサウンドを聴いていると、いつの間にか異界との境界を越えてしまったような気分になり、「いったい自分はどこにいるんだろう……」と奇妙な感覚を覚える。この「異邦人なったような気持ちになる」サウンドが窪田ミナの真骨頂だと思う。
20曲目「嵐の夜の決意」からアルバムのラストまでは、クライマックスで使用された楽曲を使用順に収録している。
ももが母親の気持ちに気づく場面の「嵐の夜の決意」、集結した妖怪の一団とともにももが橋を渡る場面の「ゆけ! 島々を越えて」、ももの父親への思いが伝わる「祭のよるに」、そして彼方から父の気持ちが届く「ももへの手紙(Solo Piano Ver.)」。名場面とともに感動がよみがえってくる曲ばかりだ。映像を離れて音楽だけを聴いても聴きごたえがある。
アルバムを締めくくる25曲目「ももへの手紙」は、1曲前の「ももへの手紙(Solo Piano Ver.)」をふくらませたオーケストラ曲。本編では使用されていなかったようだが、タイトルや曲想から考えて、本作の主題を音楽で表現したメインテーマと呼んでもよいだろう。フィナーレを飾るにふさわしい情感をたたえた美しい曲である。
なお、エンディングで流れた原由子が歌う主題歌「ウルワシマホロバ 〜美しき場所〜」は、CD発売はなく、配信でしか販売されなかった。本アルバムにも未収録である。
『カレイドスター』『ARIA』「ゲゲゲの女房」、そして本作など、窪田ミナには日常と非日常、あるいは、現実と異世界が出会う作品が似合う。SFやファンタジーの世界を表現するのがうまい作曲家はいるが、窪田ミナの音楽は少し違う。非日常や異世界に触れた人の気持ち、あるいは非日常や異世界に憧れる人の気持ちを音楽で表現するのがすごくうまいと思うのだ。「私は異邦人」と音楽がささやいているようだ。それは窪田ミナが18歳からの数年間を英国で過ごしたことと無縁ではない気がする。
窪田ミナの視線は見知らぬ世界に触れてドキドキしたり、震えたりする人の心に向いている。その視線がつむぎだす音楽はやさしく美しくて、聴く者の心を震えさせる。
窪田ミナの多彩な音楽性を味わいたいという方は、オリジナル・アルバム「モーメント」と「Crystal Tales」もぜひ聴いていただきたい。アニメやドラマの背景音楽にとどまらない、奥深いサウンドが楽しめるアルバムである。
ももへの手紙 オリジナル・サウンドトラック
VTCL-60309 /2900円/FlyingDog
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モーメント
VICL-62756/2900円/Victor ENTERTAINMENT
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Crystal Tales
GOTH-1301/2380円/aten music
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カレイドスター 究極の すごい サントラ
STLC-017〜018/3500円/サウンドトラックラボラトリー
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