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第39回 刻の涙 〜機動戦士Zガンダム(その2)〜

 腹巻猫です。5月に発売されたCD「忍者部隊月光 音楽作戦Vol.1」の続編「忍者部隊月光 音楽作戦Vol.2」が7月16日に発売されます。音楽は渡辺宙明! モダンジャズとサーフミュージックが炸裂する、宙明サウンドの中でも異色作にして意欲作です。ぜひ、お聴きください!
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 前回に続いて『機動戦士Zガンダム』の話。
 サウンドトラック・アルバム第2弾「機動戦士Zガンダム BGM集 VOL.2」から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. 美しき地球
  2. 潜入
  3. 追撃
  4. グリーン・ノア‐2
  5. 悲哀
  6. Z-GUNDAM
  7. モビル・スーツ
  8. 危機
  9. 憧れ
  10. 大会戦
  11. 廃虚
  12. 希望

 「BGM集 VOL.1」は舞台設定とキャラクターを紹介する「物語への導入」というイメージだったが、「VOL.2」は、物語が大きく動き出すダイナミックな構成になっている。
 冒頭の「美しい地球」は穏やかな情景描写、心情描写曲を集めたトラック(D-6、C-14、C-8)。このアルバムが発売された頃(1985年5月)、ちょうど本編でもカミーユたちが宇宙から地球へ降りてくる展開になっていた。番組とBGM集が連動する構成だったわけだ。
 「潜入」(B-2-2、B-2-1)、「追撃」(A-11-1、A-11-2)とリズム楽器が活躍する曲が続く。軽快なリズムは三枝成彰が手がけた『鉄腕アトム』の音楽をほうふつさせるが、複雑にうねるメロディは『Zガンダム』ならではのもの。ちなみに、『Zガンダム』の音楽録音には『鉄腕アトム』の録音メンバーも多く参加しており、キーボードは難波弘之が担当している。
 低音の弦やティンパニが暗く重い不安を描写する「グリーンノア‐2」(D-7、D-5)で物語に暗雲が立ち込める。
 続く「悲哀」は哀しみを描写する曲(C-10、C-6後半)。2曲目は第3話のカミーユの母の死の場面などに流れた哀切きわまりない曲。メニューにも「悲痛なもの(目前で愛する者(母)の命を奪われ痛いもの)」と指示されていて、本編の展開をイメージした楽曲だったことがわかる。このトラジックな響きこそが『Zガンダム』の音だ。
 「Z-GUNDAM」はタイトルどおり、Zガンダムをイメージしたトラック(H-1、H-2)。『Zガンダム』の曲の中でも随一のヒロイックな曲だが、本編の雰囲気に合わなかったのか、劇中ではほとんど使用されていない。
 そして、モビルスーツの戦闘シーンを盛り上げた「モビルスーツ」。『Zガンダム』音楽中でも屈指の人気曲・重要曲が収録されたトラックである。1曲目(A-8)は「苦戦」、2曲目(A-9)は「相手を探りながらの戦い」、3曲目(A-7-1)は「混戦」というメニューで書かれている。
 サントラファンには有名な話だが、3曲目は三枝成彰が1980年に手がけた映画『動乱』の音楽が引用されている。『動乱』は日本陸軍の青年将校らによるクーデター・226事件を扱った映画。単なる流用以上の意図を感じる引用だ。
 危機感や焦りを描写するトラック「危機」(F-4-1、B-3、B-4)で緊張が最大限に高まったあと、次の「憧れ」ですっと情感が忍び寄ってくる。この構成がうまい。
 「憧れ」はアルバムの中でもとりわけ美しいトラックだ。1曲目(C-5)はカミーユのテーマの変奏で、エマやレコアら年上の女性に対するカミーユの憧れの気持ちを表現した曲。第16話ではベルトーチカがアムロに口づけするシーンに流れている。2曲目(C-12)はエマやレコアのやさしい愛を表現した曲。物語の終盤で彼女たちを待ち受ける運命を思うと、聴くほどに切なくなる。
 アルバムのクライマックスとなる「大会戦」(A-5)は艦隊戦をイメージした4分を超える大曲。艦隊登場〜対峙〜開戦〜戦い、と次第に激しくなっていく艦隊戦を描写した聴き応え抜群の曲だ。この曲はのちに「交響組曲 Zガンダム」の第2楽章「戦争と平和」の前半部分として編曲されている。
 戦いのあとのむなしさを表現する「廃墟」(D-9、E-2)経て、アルバムを締めくくるのは「希望」と題されたトラック。
 ふわっとした悲哀感を表すブリッジ(F-5)から始まり、ピアノ、オーボエ、弦による哀しみのテーマ(C-11)が続く。哀しみの中から希望が生まれてくるような「祈り」を感じる曲だ。3曲目(F-2)はピアノ・ソロによるエンディング用の曲。メニューでは「思い悩むままに次のシーンへ」と指示されており、ややメランコリックなメロディが奏でられる。最後まで明るい「希望」では終らない。そこが『Zガンダム』らしい。

 さて、前回、『Zガンダム』の音楽の衝撃について書いたが、正直言うと、最初聴いたときはとっつきにくかった。
 いかにも「よろこびの曲」「悲しみの曲」「戦いの曲」といったわかりやすい表現の音楽になっていないからだ。たしかに美しいし、かっこいい。でも、どこか感情移入を拒むようなところがある。「この感じはなんだろう?」とずっと思っていたのだが、あるとき、「あ、これは歴史ドラマの音楽なのだ」と気がついた。
 抑制の効いた情感曲、高揚感よりも緊迫感と混乱を強調するような戦闘曲。その中に、過ぎ行く時を惜しむかのような切なさが香る。そんな印象も、「歴史ドラマの音楽」と思えば合点がいく。
 活劇もあるし、恋もある、人の死の哀しみもある。でも、それよりも、避けられない運命とそれに拮抗しようとする人間のあがき、それらを巻き込みながら大きく動いていく時代のうねり——『Zガンダム』の音楽って、実はそういうものを描こうとしているのではないか……と思うのだ。
 「君は、刻の涙を見る」というのは本作の次回予告ナレーションの締めくくりの言葉だが、「刻の涙」とは、歴史の中に消えていった人々の無念を流れの中に湛えてきた「時間」が流す涙——ではないだろうか。その涙を表現する音楽が『Zガンダム』には必要だった。
 そう思って聴くと、『Zガンダム』の音楽はすごく切なく愛おしい。
 三枝成彰は本作のあと、続いて放映された『機動戦士ガンダムZZ』(1986)の音楽を手がけ、1988年には劇場版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』の音楽を担当。さらに、2006年公開の映画『機動戦士Ζガンダム A New Translation』では、20年ぶりに『Zガンダム』のための新曲を書き下ろしている。「ガンダム」シリーズに関わった作曲家の中でも、これほど長きにわたって多くのタイトルを手がけた作曲家は他にいない。ガンダム・サーガの世界にもっとも合っていたのが、三枝成彰の音楽だったのかもしれない。

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