考証の話は土地に関するものばかりをもっぱら書いてきたが、キャラクターの整理をしていると、衣装のことでもいろいろと押さえておかなければならないことが出てくる。
海軍の制服関係で資料のひとつとして使っている本の著者が、実は元は東宝の衣装部さんだった方なのだが、ことほどそんな感じで、かつての実写映画方面ではかなりの蓄積があったように思えて隔絶を感じてしまうその一方、アニメーションであったり、最近の実写映画もそうなのかもしれないが、あったとしてもせいぜい「ちょっとしたマニア的知識」くらいで切り抜けようとしてしまいがちなのはどんなものなのかあ、と思ってしまう。なので、服制改正だとかについても、できるだけ当時の根拠文書と写真を照らし合わせるようにはしてるのだが、そもそも生半可な道ではない。
その海軍の制服の本の著者の方が比較的最近手がけた海軍ものの長時間TVドラマがあるので、松原さんと眺めてみたりもしている。自分は海軍さんの敬礼の動作のキビキビ具合を気にして観てしまったりしていたのだが、松原さんは軍服の布地にかなり注目していたみたいだった。たしかに、布の材質次第でしわのでき方とかが違ってくる。もっとも、観てるのは明治時代のドラマだ。明治と昭和では、同じように見えても海軍の軍服もだいぶ違っている。
よく考えたら、松原さんは当時の本物の衣服をまだ見てないはずなので、目にできる機会を作った方がいいのかもしれない。
前にも書いたかもしれないが、海軍の制服や何かは公式なレギュレーションが定められているので、服制の原文やなにかにきちんと当たり続けていけば、まだしも基本はなぞりやすい。
レギュレーションの文書なんか存在しない船頭のほっかむりと首に巻いた手ぬぐいの関係だとか、赤ん坊を背負う帯の取り回しだとか、帯の結び方だとか、帯の幅だとか、袖の長さだとか、庶民的なことのほうがもっと大事なのだ。
そういう部分は、浦谷さんが自ら担当を買って出てくれている。今日も子供の背負い方を実際にやってみせるために、兵児帯とクマのぬいぐるみを家から持ってきた。日本手ぬぐいも持ってきたので船頭にもなれる。帯も持ってきて貝の口の結び方とかを実践してみせていた。そのうち、スタジオに衣装ダンスが必要になってくるかもしれない。『マイマイ新子と千年の魔法』のときは、浦谷さんが平安時代の衣装関係をもっぱら背負ってくれたのだが、今回もかなりの部分を任せてしまうことになりそうだ。
その浦谷さんにしても、日本髪の結い方はちょっとまだ足らないところがあるとこぼしている。
けれど、こうの史代さんの原作『この世界の片隅に』に目を向け直すと、あっさり描いているようにみえて、そんないろいろなところをすでに解決した上で絵にされたものだということがみえてくる。
浦谷さんは、物語の中でそれなりの位置を占める海苔の漉き方も東京大森の江戸前のものを学びに行って、そのとき海苔漉きに使う簾は葦で作るのだと習って、自分で実際に葦で簾を作って持って帰ってきた。
その勢いで、広島の草津や江波の海苔作りの家の場面のレイアウトでは、庭に材料の葦を干している様を描き込んでいたのだが、このあいだ広島に行ってきたら、広島では海苔漉きの簾はやっぱり竹で作るものらしい。「やっぱり」というのは、大森で「葦で作る」説を仕入れるまでは、われわれもそのアタマでやっていたからだった。海苔漉きのことでは、江戸前と広島ではかなりいろいろと違うので、区別してかからなくちゃならない。
スタジオの本棚から常民生活文化関係の冊子を取り出してみる。奥付には昭和31年と記されている。これには草津の海苔作りで使う竹の種類や、それをどの季節に入手して、どういう下処理をして、ということが書いてある。
それから、アラン・レネ監督の映画『二十四時間の情事』の撮影で昭和30年代前半の広島を訪れたフランスの女優エマニュエル・リバが撮影した江波の写真などもあるので引っ張り出してみる。江波港の海神宮のあたりで少年たちを写した写真に、大量の女竹や孟宗竹がものすごい山になっているのが写り込んでいる。これらは簾用というより海苔ヒビのためのものなのだが、このあたりで使われていた竹の種類の参考にはなる。ちなみに孟宗竹は戦後に使われだしたらしい。
そんな感じで相変わらず一進一退を続けているのだが、一山乗り越えるごとに、われわれの中での「世界」がたしかなものになってゆくような気がする。それが「気分」以上のものであるならいいのだが。
そうこうするあいだに、制作部が少しずつ現場の体制を整え始めている。
6月1日(日)「第85回アニメスタイルイベント 1300日の記録特別編 ここまで調べた『この世界の片隅に』3」を新宿ロフトプラスワンで行います。
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/23553 で前売り券発売中です。
今回は、すずさんが住んでいた「呉」にテーマを絞って、すずさんたちの目の前の軍港で、頭の上の空で何が起こっていたのかを喋ってみたいと思っています。大和、日向、利根、青葉以外の軍艦の話も出てくるかもしれません。
なお、会場へはできるだけ原作をご持参いただけるとよいかと思います。トークでは原作の具体的な内容に触れますので、未読の方は原作を読んでから参加ください。
われわれも忙しくなってきますので、今後あと何回このつづきのイベントを開けるかわかりません。ひょっとしたらこれが最終回になってしまうかもしれません。よろしくお願いいたします。
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