COLUMN

第20回 スカッとしないカッコよさ 〜装甲騎兵ボトムズ〜

 腹巻猫です。9月18日にユニバーサルミュージックから「永遠のサントラ BEST&MORE 999」のシリーズタイトルで、サウンドトラック・アルバム一挙104タイトルが復刻発売されました。なんと1枚999円!(2枚組は1499円) 邦画、洋画、TVドラマ、海外ドラマまでバラエティに富んだセレクション。ながらく廃盤になっていた羽田健太郎の『さよならジュピター』が聴けるのがうれしい。ユニバーサルミュージックのサイト内に特設ページもできているので、「昔サントラ好きだった」という人や「これからサントラ聴いてみよう」という人はぜひチェックしてみてください。
http://www.universal-music.co.jp/ost999/


 パチンコに『装甲騎兵ボトムズ』の機種が登場したのだそうだ。筆者はパチンコをやらないが、もしやっても負けて次々と台を変えていくはめになりそうだ。
 『装甲騎兵ボトムズ』は1983年に放映されたサンライズ制作のロボットアニメである。高橋良輔が『太陽の牙ダグラム』(1981〜83)に続いて監督を務めたリアルロボット路線の作品だ。『太陽の牙ダグラム』では冬木透によるクラシカルで重厚な音楽がドラマを支えていたが、本作ではがらりと雰囲気が変わり、現代的なフュージョン・サウンドが全編を彩っている。
 音楽を担当したのは乾裕樹。70年代から作・編曲家、キーボーディストとして活躍し、EPOや大貫妙子ら数々のミュージシャンのレコーディングやステージをサポートした音楽家だ。1979年には自らのリーダー・アルバム「砂丘」(ワーナーパイオニア)をリリース。その後、フュージョンバンド《カリオカ》に参加し、1985年までメンバーとして活動した。こうした活動ゆえ、ポップス界にも乾裕樹のファンは多い。
 そのいっぽうで、乾裕樹は「学芸もの」と呼ばれる子どものための音楽もたくさん作っている。「おかあさんといっしょ」や『みんなのうた』といった番組に楽曲を提供し、レコード会社の企画でオリジナル曲も書いた。なかでも東芝レコードから「ダンス教材」シリーズの1枚としてリリースされた「スターシャツ」は子門真人が歌う異色の学芸ソングで、子門マニアのあいだでひそかに人気が高い曲だ。
 アニメの仕事では、劇場『がんばれ!! タブチくん!!』(1979〜1980:シリーズ3作とも)、『まいっちんぐマチコ先生』(1981〜1983)の音楽を担当。どちらも、『装甲騎兵ボトムズ』で乾裕樹を知ったファンからすると「え、こんな作品も?」と思うタイトルである。『装甲騎兵ボトムズ』への参加は、キングレコードのディレクターが学芸ものの仕事で乾とつきあいがあったのがきっかけだという。

 『装甲騎兵ボトムズ』の音楽は、とても大人な音楽である。「大人な」というのは正しい日本語ではないが、「大人っぽい」とはちょっと違う。「大人を感じる」音楽だと思う。
 『装甲騎兵ボトムズ』の物語は1クールごとに舞台が変わる。音楽もそれに合わせて3度録音された。酸性雨の降る無法の街が舞台となるウド編の音楽はスモーキィなジャズ・ファンク風(イメージは「ブレードランナー」!)。湿地帯が舞台のクメン編はエキゾチックな要素と戦争映画的な重厚な音が加わる(こちらのイメージは「地獄の黙示録」)。宇宙編とクエント編の音楽はシンセサイザーを多用してスペーシィな雰囲気に。それぞれに質感の異なる音楽が作られている。
 サントラ盤はキングレコードから3枚発売された。「At Uoodo ウドの街編」「In Kummen クメン編」「Outer Space 宇宙編/Quent クエント編」の3枚だ。
 サントラの構成は中島紳介氏。BGM数曲を1トラックにまとめてタイトルをつける方式で構成されている。1枚目と2枚目では曲タイトルが英語でつけられているのがしゃれていた。のちに筆者が氷川竜介氏と共同で『装甲騎兵ボトムズ TV版総音楽集』を作った際は、オリジナル盤の構成(曲順・曲タイトル)を生かした上で、BGM1曲ごとにトラックを打ち、分割して聴けるようにしてみた。しかし、これはそのまま(複数曲を1トラックに編集したまま)でもよかったかな、とこの原稿のために聴き直しながら思った。最初に世に出たときの形、長くファンに親しまれた構成というのはそれなりに意味があるのである。

 1枚目「At Uoodo」の収録曲はこんな感じである(総音楽集版)。

  1. THE DESTINY OF FLAME 炎のさだめ
  2. THE UNIVERSE END ジ・ユニヴァース・エンド
  3. BALLAD OF “AT” バラード・オブ・AT
  4. UOODO CITY BLUES ウド・シティ・ブルース
  5. THE CHASER ザ・チェイサー
  6. FINAL GAME ファイナル・ゲーム
  7. LOST IN SPACE ロスト・イン・スペース
  8. BRIDGE COLLECTION ブリッジ・コレクション
  9. SOMETIME AGO サムタイム・アゴー
  10. BRIDGE COLLECTION 2 ブリッジ・コレクション2
  11. SUNSET LOVE AFFAIR サンセット・ラブ・アフェア
  12. DEEPER THAN DARKNESS ディーパー・ザン・ダークネス
  13. DEATH TRAP デス・トラップ
  14. STARDUST SERENADE スター・ダスト・セレナーデ
  15. GALAXY NIGHT ギャラクシー・ナイト
  16. “CHIRICO” THE SUPER SOLDIER キリコ・ザ・スーパー・ソルジャー
  17. ALWAYS YOU いつもあなたが

※トラック9、10はオリジナル盤にはなく「総音楽集」で追加した曲。

 本作は、主題歌、挿入歌、劇中音楽(BGM)の作・編曲をすべて乾裕樹が担当している。主題歌「炎のさだめ」は曲が先に作られ、高橋良輔監督が詞をつけた。「やさぐれ感」満点の、本作のイメージにぴったりの名曲だ。エンディング「いつもあなたが」はヒロイン・フィアナの心情を歌ったバラード。ココナ役の川浪葉子が歌う挿入歌「たのまれグッバイ」は、劇中の酒場のシーンで流れている。3曲とも監督自らが作詞を手がけたことで物語に密着した歌になった。
 「炎のさだめ」と「いつもあなたが」を歌っているTETSUはシンガーソングライター・織田哲郎の変名——というのは、熱心なボトムズ・ファン、アニメソング・ファンには有名な話だ。当時、織田は別のレコード会社でデビューが決まっていたため、別名を使ったという(この事実は織田哲郎が自身のブログで明かして、以降オープンに語られるようになった)。
 劇中音楽は乾が得意とするフュージョン・サウンド。ハードボイルドタッチの作品に合わせて、情感を抑えたクールな雰囲気に作られている。1枚目「At Uoodo」に収録された「バラード・オブ・AT」「ウド・シティ・ブルース」「ロスト・イン・スペース」などに本作の音楽の雰囲気がよく表れている。ちょっと不穏で、不良っぽいけれど、カッコいい。「ファイナル・ゲーム」「デス・トラップ」「キリコ・ザ・スーパー・ソルジャー」などのアクション系の楽曲ではブラスを効かせたファンキーなサウンドが聴かれるが、けしてヒーローっぽくはない。その「スカッとしない感じ」が『ボトムズ』らしい。
 本作と同時期のアニメでフュージョンを取り入れた音楽というと、大野雄二の『ルパン三世』(1977〜)、羽田健太郎の『スペースコブラ』(1982)が思い浮かぶ。けれど、乾裕樹の音楽から感じる「大人な感じ」はそれらとはまた違う。『ルパン三世』や『スペースコブラ』の音楽にはアニメを題材に自分の音楽を楽しんでいる雰囲気があるが(それはそれですごくいい)、『装甲騎兵ボトムズ』の音楽はもっとストイックに、自分の得意分野で与えられた要求にしっかり応えてやるぞ的な職人気質を感じる。それが『装甲騎兵ボトムズ』で描かれる、プロフェッショナルな傭兵の姿と重なって、なんともカッコいい。「大人な音楽」というのは、大人が聴く音楽という意味ではなく、「大人の仕事をしている音楽」ということなのだ。
 乾裕樹は『装甲騎兵ボトムズ』から発展したOVA作品——『レッドショルダードキュメント 野望のルーツ』(1988)、『機甲猟兵メロウリンク』(1988)、『装甲騎兵ボトムズ 赫奕たる異端』(1994)——にも引き続き参加し、新作音楽を提供した。『ガンダム』シリーズや『マクロス』シリーズなど長く続くシリーズ作品では、イメージを一新するために作品ごとに音楽=作曲家を変える例が多い。しかし、『ボトムズ』では、作品は変わっても乾裕樹の音楽は必要とされ続けた。音楽が『装甲騎兵ボトムズ』という作品の根底に流れるテーマを表現していたからだろう。
 乾裕樹は『装甲騎兵ボトムズ』のあとに高橋良輔監督が手がけたTVアニメ『蒼き流星 SPTレイズナー』(1985)の音楽を担当。それ以降は『ボトムズ』シリーズ以外のアニメ作品に参加することはなく、惜しくも2003年1月に急逝した。

 TETSU=織田哲郎は2009年に劇場アニメ『装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ』のために「炎のさだめ」を新たに録音、2011年にはOVA『装甲騎兵ボトムズ 孤影再び』のために「いつもあなたが」を新録している。乾裕樹のオリジナル・アレンジを生かしながら、より現代的なサウンドに生まれ変わった新バージョンだ。歌手のクレジットが「織田哲郎」ではなく「TETSU」名義というのが泣ける。そして、円熟味を増したTETSUの歌唱は、新作に参加がかなわなかった乾裕樹へ捧げる歌のようにも聴こえて、これまた泣ける。

装甲騎兵ボトムズ 総音楽集

KICA-681/5600円/キングレコード
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いつもあなたが2011

LACM-4773/1200円/ランティス
※TETSU=織田哲郎による新録「いつもあなたが2011」と「炎のさだめ2009」を収録。
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DUSK

UPCY-6733/1980円/USMジャパン
※乾裕樹が参加したバンド《カリオカ》のアルバム。
「いつもあなたが」のインストゥルメンタル版を聴くことができる。
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