腹巻猫です。5月2日に都内で開催された「伊福部昭 生誕九十九年 白寿記念コンサート」で白熱のピアノ&パーカッション演奏を聴いてテンション上がりました。6月1日には川崎で伊福部昭の舞踊音楽のコンサート。今年から来年にかけて楽しみは続きそうです。
前回に続いて、日本初の本格的カラーTVアニメ『ジャングル大帝』(1965)の話。
1966年7月20日、『ジャングル大帝』の主題歌・挿入歌を集めたアルバム「ジャングル大帝 ヒット・パレード」が日本コロムビアより発売された。仕様は25センチ(10インチ)LP。一般的な30センチ(12インチ)LPよりもひとまわり小さいサイズのアルバムだった(1978年に30センチLPで再発されている)。オープニング、エンディング主題歌を含む全15曲を収録。その中の1曲「砂漠の風」は歌のないインストゥルメンタル曲である。
本アルバムの収録曲は次のとおり(()=歌手/[]=オリジナル歌手(後述))。
- ジャングル大帝(三浦弘)[平野忠彦]
- 砂漠の風
- フンワカワーマーチ(中山千夏)
- ジャングル工事(弘田三枝子)[フランク赤木]
- 星になったママ(真理ヨシコ)[梓みちよ]
- ふくろうの子守歌(ボーカル・ショップ)[デューク・エイセス]
- ブラックフォア(4ひきの黒ひょう)(ボーカル・ショップ)[デューク・エイセス]
- アイウエオマンボ(弘田三枝子)[MGAコーラスグループ]
- ライヤのうた(真理ヨシコ)
- サル忍者(熊倉一雄)[MGAコーラスグループ]
- 3びきの死神(世良明芳)
- たまごの赤ちゃん(弘田三枝子)
- ディックとボゥ(川久保潔、熊倉一雄)
- ぼくに力をおとうさん(弘田三枝子/台詞:太田淑子)[太田淑子]
- レオのうた(弘田三枝子)
収録曲は『ジャングル大帝』本編に使用された歌から選ばれている。たとえば、「星になったママ」は第1話のラストでアフリカに向かって泳ぐレオを勇気づけた歌だし、「ディックとボゥ」は第2話ほかで登場するハイエナのディックとボゥの登場場面で、「アイウエオマンボ」は第3話の動物たちの学校の場面で、「ブラックフォア」は第34話&35話「黒豹トットの逆襲(前・後編)」の中で、それぞれ歌われたものだ。作曲・編曲は全曲、冨田勲。作詞は「ジャングル大帝」と「ライヤのうた」を石郷岡豪、レオのうたを辻真先、「サル忍者」を永嶋慎二、そのほかを山本暎一が手がけている。いずれも、『ジャングル大帝』本編にかかわった演出家、脚本家たちである。
前回書いたように、『ジャングル大帝』は毎回映像に合わせて音楽が作られており、キャラクターたちが歌うミュージカル・シーンもふんだんに盛り込まれていた。現在のキャラソンの原型がすでに誕生していたのだ。「ジャングル大帝 ヒット・パレード」は、そうした劇中曲をレコードで鑑賞できる夢のソング・アルバムだった。記念すべき日本のアニメソング・アルバム第1号である。
にもかかわらず、このアルバムは熱心なアニメソング・ファンや『ジャングル大帝』ファンの間では、あまり高く評価されてこなかったように思う。なぜか? 収録曲が映像に使われたオリジナル音源ではなく、レコード用に新たに録音されたカバー・バージョンだったからである。
前掲の収録曲で[]を付した曲はいずれもオリジナル版とは異なる歌手が歌っている。オープニング主題歌の「ジャングル大帝」からして、歌手はTV版の平野忠彦とは違う三浦弘。後年になって三浦弘は平野忠彦の変名であり、コロムビア版は別名義のセルフカバーであることがわかるのだが、長いこと、ファンの間ではコロムビア版は声のよく似た歌手によるカバーだと思われていた。「レオのうた」はTV版と同じ弘田三枝子の歌唱だが、歌詞がTV版とは異なっている。第1話のクライマックスを飾る「星になったママ」も、TV版は梓みちよが歌っているが、コロムビア版は真理ヨシコによる歌唱で、微妙なニュアンスが異なっている。オケもすべて新規に録音された別アレンジ版である。
なぜこのようなことになったのか。
理由のひとつは、当時のアニメソングの大半が朝日ソノラマの独占発売だったこと。『ジャングル大帝』のオープニング主題歌もオリジナル版は朝日ソノラマのソノシートで発売されている(ただし、歌は別テイクなので厳密にはTVオリジナルではない)。他社が発売するには、自社で新録音するしかなかった。
理由のもうひとつは、映像用のサントラ音源とは別にレコード用の音源を発売することが当時はごくふつうだったこと。60〜70年代に人気のあった洋画サントラ・アルバムも、その多くがオリジナル・サウンドトラックではなく(そう謳っていても)レコード用に録音された観賞用のテイクを収録していた。「さまざまな制約がある映像用の音楽と観賞を前提としたレコード用の音楽は別もの」というのがあたりまえの考え方だったのだ。
「ジャングル大帝 ヒット・パレード」がオリジナル音源にこだわらなかったのは格別ふしぎなことではないのである。
むしろ、このアルバムは、日本コロムビアがレコード会社のプライドと勝負を賭けて制作した1枚だったといってよい。
当時、アニメソングのほとんどを独占発売していた朝日ソノラマは、『鉄腕アトム』『鉄人28号』『エイトマン』などで大ヒットを連発していた。日本のアニメソングの基礎を築いたのは朝日ソノラマである。レコード会社各社はなんとかその独占を崩し、アニメソング・ビジネスに参入しようと知恵をしぼっていた。ソノシートとレコード。強烈なライバル関係がアニメソングの作り方と売り方を変えていく時代だった。
朝日ソノラマの売りものはオリジナル音源と読み物としても楽しめる小冊子。ただし、当時のソノシートはモノラルで、音もレコードより劣っていた。コロムビアが対抗するためにこだわったのは「音楽としてのクオリティ」だった。
主題歌の「ジャングル大帝」を聴き比べてみよう。オリジナル版は金管の凛とした響きや重厚な打楽器の音がすばらしく、華麗なオープニング映像がありありと目に浮かんでくる。唯一、残念なのがモノラル録音であることだ。いっぽうのコロムビア版はステレオ録音。ややテンポはゆったりしているものの、女声コーラスをふんだんに使ったオーケストラ・サウンドが大きく広がり、雄大なアフリカの大地を旅するようなトリップ感を味わえる。
エンディング主題歌「レオのうた」のオリジナル版は、軽快な伴奏にパンチの効いた弘田三枝子の歌唱が高揚感を生む名曲。レコード版では高揚感はそのままに、伴奏は厚みを増し、ヴォーカルがくっきりと前に出て、歌手・弘田三枝子の表現力をじっくり楽しむことができる(なお、歌詞は辻真先がいったん仕上げたあと書き直したため、2バージョンあるそうだ)。
TVとレコードで歌唱者が異なる「ジャングル工事」などは、アレンジをレコード用に大きくふくらませ、グルーブ感満点の曲に作り直している。毎週の納品に追われるTV版音楽では満足できなかったことを、冨田勲はレコード版でリトライしようとしたのではないか。オリジナル音源でなくとも、レコード版にはレコード版の魅力、聴きどころが満載なのだ。
だから、「ジャングル大帝 ヒット・パレード」を「オリジナルでない」という理由で低く評価してしまうのはもったいない。これは冨田勲と実力派歌手たちが作り上げた、「もうひとつの『ジャングル大帝』歌の世界」なのだ。その楽しみ方のヒントは、このアルバムのタイトルに示されている。
「ジャングル大帝 ヒット・パレード」。60年代TV事情に詳しい方なら、このタイトルから、フジテレビで放送されていた人気歌謡番組「ザ・ヒットパレード」を連想することだろう。1959年から1970年まで放送された「ザ・ヒットパレード」は毎週人気歌手が登場してヒット曲を披露する、当時としては画期的な歌謡番組だった。ハイセンスな番組を作り上げたのはフジテレビのディレクター・椙山浩一。のちの作曲家・すぎやまこういちである。
『ジャングル大帝』の歌のアルバムを作ろうと考えたとき、この人気歌謡番組のことがスタッフの頭をよぎったのではないだろうか。「そうだ、『ザ・ヒットパレード』のような歌のアルバムを作ろう」と。
「ジャングル大帝 ヒット・パレード」は少し変わった構成のアルバムである。主題歌の次の2曲目が「砂漠の風」というインスト曲になっている。実に冨田勲らしい、スケール感たっぷりのいい曲だが、歌のアルバムとしては変則的だ。
だが、このアルバム全体を一幕のステージと考えると、オープニング曲である「ジャングル大帝」に続いて、オーケストラが演奏する「砂漠の嵐」がじっくりとアフリカの世界へ観客をいざなう絶妙の構成が浮かび上がってくる。3曲目は、中山千夏が歌うはじけたナンバー「フンワカワーマーチ」。弘田三枝子と子どもたちの掛け合いが抜群の4曲目「ジャングル工事」が続いて盛り上がったあとは、スローバラード「星になったママ」でしんみり。次の「ふくろうの子守歌」はTVよりもジャジーにアレンジされた、ちょっと「ウエスト・サイド物語」を思わせる1曲。という具合に、曲順も本編での登場順にしばられず、ステージの演出を思わせる構成になっている。
TVではレオ役の太田淑子が歌った「ぼくに力をおとうさん」は、アルバムでは弘田三枝子の歌唱に太田淑子の台詞が加わる趣向。オリジナル版の味わいはほかには代えがたいが、ステージで弘田三枝子と太田淑子が共演する姿を想像すれば、弘田三枝子のみごとな歌唱力と太田淑子の繊細な演技力が楽しめるこのアルバム・バージョンも実にぜいたくな1曲として聴くことができる。「ジャングル大帝 ヒット・パレード」はゴージャスなオーケストラと歌手の共演を楽しむ「夢の歌謡ショー」なのである。
『ジャングル大帝』は、アニメソング黎明期に新たなアニメソングのあり方を模索した作品だった。アニメの歌を独立した音楽として作って売る時代が始まったのだ。60年代末ごろからアニメソングは朝日ソノラマの独占を離れ、レコード会社各社が競いあう戦国時代に突入する。その話は、またいずれ。
ジャングル大帝ヒット・パレード
COCX-33161/1365円/日本コロムビア
※《ANIMEX1300 Song Collection シリーズ》の1枚。ブックレットは簡素化されている。
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懐かしのミュージッククリップ ジャングル大帝
TOCT-10235/2039円/EMIミュージック・ジャパン
※挿入歌をオリジナル音源で初収録したアルバム。音質はいまひとつ。
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