腹巻猫です。8月27日にTVアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』のサウンドトラック・アルバムがリリースされました。先行配信で一部の楽曲が公開されていたものの、音楽の全貌が明らかになったのは初めて。ちょっと驚いたのは、音楽の多くが特定のシーンに合わせたフィルムスコアリング的な手法で作られていたこと。そして、劇中に流れる歌ものの多くを、劇伴を担当した照井順政が作詞・作曲していたことです。さまざまな意味で、現代的だなあと思います。今回は『GQuuuuuuX』の音楽について語ってみます。
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』は、2025年4月から6月まで放映されたTVアニメ。監督・鶴巻和哉、アニメーション制作・スタジオカラー、サンライズのスタッフで制作された。「エヴァンゲリオン」シリーズのスタジオカラーが「ガンダム」シリーズの制作に参加したことで話題になった作品だ。
宇宙世紀0085年。スペースコロニーで暮らす女子高生アマテは、運び屋の少女ニャアンと出会ったことから非合法なジャンク屋に関わってしまい、人生が一変する。最新鋭のモビルスーツ・GQuuuuuuXに搭乗し、モビルスーツ同士の対戦競技クランバトルに、「マチュ」を名乗って参加することになったのだ。マチュと一緒にクランバトルを戦うパートナーは、赤いガンダムに乗る少年・シュウジ。マチュとニャアンとシュウジの3人は、正体を隠してクランバトルを戦ううちに、謎の遺物「シャロンの薔薇」をめぐる計略とジオン軍の内紛に巻き込まれていく。
物語の舞台設定は、TVアニメに先行して劇場公開された『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』で明かされている。本作は、『機動戦士ガンダム』第1作で描かれた「1年戦争」でジオン軍が勝利し、地球連邦軍が敗れたパラレルワールド(今風に言えばマルチバース)を舞台にした作品なのである。古くからのガンダムファンにとっては、シャアやキシリア、シャリア・ブルといったおなじみのキャラクターが、正史(従来の「宇宙世紀」の世界)とは異なる世界線で活躍するのが大きな見どころになっている。
いっぽう、主人公のマチュやニャアンやシュウジたちは、現代の若者らしいキャラクターとして描写されている。特に初期のエピソードでは、3人の揺れ動く心情や関係性の変化が軽快なテンポで描かれ、青春ものの雰囲気が濃い。これも新鮮で魅力的だった。
音楽は照井順政と蓮尾理之が共同で担当。以下、サウンドトラックCDの解説書に掲載された、鶴巻監督・照井順政・蓮尾理之の鼎談を参考に、本作の音楽の成り立ちをふり返ってみよう。
鶴巻監督は「若い世代の青春を表現する、現代的な感覚の楽曲が欲しい」と考え、アニメ『呪術廻戦』の音楽などに参加していた照井に音楽を依頼したという。照井は、スケジュールや楽曲のボリュームなどを考えると、1人で音楽を担当するのは厳しいと思い、旧知の音楽家・蓮尾理之に声をかけた。ふたりはロックバンド・siraphのメンバーであり、一緒に活動してきた仲なのである。照井はギタリスト、蓮尾はキーボード奏者。演奏する楽器の違いは音楽性の違いにつながり、2人の音楽が補完しあう、絶妙な共作になった。
「ガンダム」シリーズの音楽といえば、壮大な世界観を表現するオーケストラサウンドという印象が強い。しかし、『GQuuuuuuX』の音楽は、シンセサイザーの電子的なサウンドを基調にしている。照井はキャラクターデザインやコンセプトアートを見た印象から、オーケストラよりも電子音を中心とした音楽がフィットすると考えたという。サウンドトラックの1曲目に収録された「薄暮のハイフロンティア」に、本作の音楽の特徴がよく表れている。筆者は劇場版『Beginning』でこの曲を初めて聴いたとき、「これまでにないガンダムの音楽だ!」と強い印象を受けた。もちろん、これまでのガンダムシリーズにもシンセサイザーの曲はある。『ガンダム』第1作には「スペースコロニー」という曲があり、宇宙の情景やスペースコロニーの生活を電子音で彩る演出は、そこから後続の作品に受け継がれているといってもいい。ただ、音楽全体を電子音中心に作った作品はこれまでなかったと思う。
『GQuuuuuuX』の音楽のもうひとつの特徴は、コーラスや歌が入った曲が多いことである。解説書の鼎談とは別の、Webサイト・OTOTOYに掲載されたインタビュー(下記URL)によれば、もともと照井順政への依頼は「挿入歌を作ってほしい」というものだったそうだ。
https://ototoy.jp/feature/2025082703
照井も蓮尾もロックバンド出身であり、アニメ作品やアーティストへ楽曲提供を行うなど、ボーカル入りの曲作りは得意分野と言える。本作では電子音を基調にしたサウンドと生の女声ボーカルを組み合わせることで、宇宙を舞台にした青春群像という本作独自の世界観を表現することに成功している。先に紹介した「薄暮のハイフロンティア」も、その手法で作られた楽曲である。
物語が進むにつれて、本作の内容はクランバトルをメインにしたものから、本格的な宇宙戦を描くものに変化していった。それに合わせて、音楽も従来の「ガンダム」シリーズのような弦楽器やブラスを使ったスケールの大きなものが増えていった。シリーズを通しての音楽のテイストの変化も聴きどころである。
また、劇中の1年戦争を描くパートでは、『ガンダム』第1作(TV版、劇場版)の音楽が使用されている。この演出は劇場版『Beginning』でも大きな話題を呼んだ。過去パートと現代パートとで、音楽の印象が大きく異なる点も本作の特徴である。それが、「旧作とは異なる世界線への分岐」という本作の設定に合っていた。当コラムでは字数の都合もあり、旧作音楽には詳しく触れないが、『Beginning』で使われた旧作の楽曲は公式プレイリストにまとめられているので、関心のある方は音楽配信サイト等でチェックしていただきたい。
本作のサウンドトラック・アルバムは、「『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで、2025年8月27日にバンダイナムコミュージックライブからリリースされた。CDは通常盤が2枚組、初回限定盤が本編未使用曲を含む3枚組。配信版はCD通常盤と同じ内容である。
収録曲は下記を参照。
https://www.sunrise-music.co.jp/list/detail.php?id=1324
初回限定盤・通常盤共通のディスク1、ディスク2から、印象的な楽曲を紹介しよう。
全体はストーリーに沿った構成で、全48曲を収録。次回予告のフルサイズや、挿入歌のフルサイズ、カラオケなど、本編では流れなかったバージョン違いの音源も収録されている。
解説書の鼎談によれば、本作の音楽の大半は、絵コンテを撮影した映像に音楽をつけていくフィルムスコアリング的な手法で制作されたという。そのため、楽曲と使用されたシーンとが密接に結びついている。アルバムには、ほぼ劇中使用順に楽曲が収録されているので、曲を聴きながら本編を追体験することができる。また、本編では楽曲の一部しか使われていないケースも多いため、アルバムではフルサイズの楽曲を純粋に音楽として楽しむことができる。1枚で2度おいしいアルバムなのである。
シーンに合わせて書かれた楽曲の中には、一度きりの使用に終わらず、ほかのシーンで使われる曲もあった。つまり、フィルムスコアリング的でありながら、溜め録り的な演出も行われているのだ。これは、なかなかうまい手法だ。TVシリーズの場合、同じ曲を流すことで、キャラクターやシチュエーションを印象づけることができるからである。
ディスク1の1曲目「薄暮のハイフロンティア」は、第1話の冒頭でマチュとニャアンが出会うシーンに流れた曲。すでに紹介したとおり、本作の音楽イメージを象徴する曲であり、初出から強烈な印象を残す、出色の楽曲になっている
トラック4の「クランバトル」はリズムとシンセサウンドを主体にしたバトル曲。大義も名分もないゲーム的なモビルスーツ戦のシーンに、明快なメロディを持たない無機質な曲がフィットしていた。この曲は第1話で使用されて以降、クランバトルのシーンにたびたび使われたほか、後半のエピソードではクランバトルではない本物の(軍事的な)戦闘シーンにも何度か使われている。
トラック5「目覚めたい魂たち」は、第1話でマチュが初めてGQuuuuuuXに乗り、軍警察のモビルスーツを倒す場面に流れた曲。ストリングスのメロディで盛り上がる曲調は従来のガンダムシリーズの楽曲を思わせる。しかし、バックトラックには電子音がきらめき、『GQuuuuuuX』らしいサウンドになっている。第5話ではニャアンがGQuuuuuuXに乗って出撃し、パイロットとして覚醒する(オメガサイコミュを起動する)場面に、この曲が流れていた。曲名が「目覚める魂たち」ではなく「目覚めたい魂たち」とつけられているのが、青春ものっぽくて、すごくいいと思う(構成・曲名づけは鶴巻監督)。
トラック6「コロニーの彼女」は、キラキラしたシンセサウンドの中に「ラララ」と歌う女声コーラスが入ったテクノポップ風の曲。「薄暮のハイフロンティア」と並ぶ『GQuuuuuuX』らしい曲だ。使用されたのは第3話でニャアンがデバイスの売人と接触するシーン。本作の音楽には、現代の若者っぽさを感じる曲が多いのだが、この曲もそのひとつである。
トラック8〜トラック13は第4話「魔女の戦争」で使われた曲。1年戦争で活躍した女性パイロット、シイコ・スガイが登場するエピソードである。シイコとマチュのふれあいを描写するギターとシンセの曲「運河脇の帰り道」(トラック9)、シイコの想いを表現するチェロとピアノとシンセの曲「残り香」(トラック11)など、曲調がぐっと情感豊かになって、「これまでと何か違うぞ」と感じさせる。クランバトルのシーンに流れる曲「魔女の戦争」(トラック12)は、緊迫した弦のフレーズに始まり、ブラスやパーカッション、シンセなどが加わって、スケールの大きな音楽に発展していく。作曲は、本作の音楽に参加している3人目の作曲家・徳澤青弦。徳澤はチェリストでもあり、いくつかの楽曲の編曲も手がけている。シュウジの赤いガンダムと戦うシイコが「キラキラ」を見る場面に流れる「欲しいものすべて」(トラック13)は、「ラララ」と歌う女声コーラスの入ったきれいな曲。曲調が美しいぶん、シイコの心情の切なさや戦闘の無情さが際立つ。本作の中でも特に記憶に残る曲のひとつである。
ディスク1の後半には「夏の現在地」(トラック15)と「水槽の街から」(トラック18)という、2曲の歌もの(歌詞のあるボーカル曲)が収録されている。「夏の現在地」は第5話でマチュがヘッドフォンで聴いている曲。「水槽の街から」は同じく第5話で、自分がいないのにクランバトルが開始されたことを知ったマチュが、急いで駆けだす場面に流れている。どちらも挿入歌と言えるのだが、むしろ筆者は、近年増えてきた「歌入りの劇伴」の一種ではないかと考えている。解説書の鼎談で鶴巻監督は「シーンに当てすぎていない」ボーカル曲が好きだと発言している。歌詞に意味がないわけではないが、シーンと密接に関係している(シーンを説明している)わけでもない。つまり、歌詞を聴かせることを重視していないボーカル曲である。
「挿入歌」というと「歌」に重点があり、歌が流れているあいだドラマは止まっていることが多い。しかし、歌入りの劇伴は、曲が流れているあいだもドラマが進行し、セリフも入る。そのため、視聴者(観客)は歌詞を聴いていない。あとでサントラ盤などで歌詞を知って、こういう曲だったのかと気づく。アニメ『進撃の巨人』などの音楽を手がける澤野弘之がこうしたタイプの楽曲を積極的に書いているし、ほかにも同じような試みをする作曲家が増えてきた。
鶴巻監督はこう語る。
「そういう曲(注:ボーカル曲)が流れると、自然とシーンに幅と奥行きが出る。(中略)歌詞と重なると、セリフに集中できないという人もいるけれど、歌詞をあとで読めば画面に映るものと二重でストーリーが進み、奥行きに繋がると考えています。(中略)手法としては、ストーリーのあるミュージックビデオに近い感覚かもしれません」
『GQuuuuuuX』は、マチュやニャアンの心情描写に、歌入りの劇伴を効果的に使っている。注目したいのは、照井順政がこれらの楽曲の作詞・作曲を担当していることである。劇伴の担当作家が歌ものも書くことで、ドラマと乖離しない曲が生まれるのだ。
余談になるが、こうした歌入りの劇伴が増えてきた背景には、キャラクターの心情をセリフや音楽で直接的に表現することが、わざとらしい、演出過剰だ、と思われるようになってきたことがあるのではないか。その代わりに、歌入りの劇伴を背景に流し、雰囲気で心情を感じ取ってもらう。あとで歌詞を読んだときに、そういう意味もあったのかと気づいてもらえるようにする。そんな思惑があるのではないだろうか。
話を戻そう。ディスク1の終盤は、戦闘ものらしい重厚な音楽が多くなってくる。「正面突破」(トラック22)、「イオマグヌッソ」(トラック25)、「オーバーピーク」(トラック26)など、いずれも物語が大きく動き出す第6話、第7話で使用された曲である。
解説書の鼎談の中で、「裏取り」(トラック24)と題された曲が、実は第7話のサイコ・ガンダム出現シーンのために書かれた曲だったことが明かされている。実際の第7話のそのシーンには、『機動戦士Zガンダム』の曲(「モビル・スーツ」中間部)が流用された。新しい音楽も悪いわけではないが、『Zガンダム』の音楽には鬼気迫るような迫力がある。旧作の音楽のパワーをあらためて考えさせられる話である。
続いて、ディスク2の収録曲から。
1曲目に収録された「フォールアウト」は、第7話でGQuuuuuuXがスペースコロニー内を飛ぶ場面に流れたアップテンポの曲。シンセサウンドとリズムを重ねたスピード感のある曲調が高揚感を生む。『GQuuuuuuX』ならではのカッコいい曲とは、こういう方向性なのだろう。
ディスク2で印象深い曲といえば、第9話でマチュが水底に沈んだシャロンの薔薇を見つける場面に流れた「水底の星」(トラック9)、そのシャロンの薔薇が引き上げられる場面に流れた「シャロンの薔薇」(トラック10)がある。どちらもシンセ主体の幻想的な曲で、「向こう側の世界」から来たというシャロンの薔薇の神秘性が表現されている。シンセの音色が生かされた曲だ。
ディスク2のトラック11以降は、第10話から第12話で使われた楽曲である。緊迫した戦闘をダイナミックに描写する「Damage Per Second」(トラック11)、女声コーラスと管弦楽器による前衛音楽のような「ゼクノヴァ」(トラック12)、上下動する弦が焦燥感をあおる「宇宙世紀のクロニクル」(トラック14)、最終話の巨大な白いガンダムとの戦闘シーンに流れた弦楽器主体の「マチュとジークアクス」(トラック15)など、大詰めを飾るにふさわしいスケールの大きい楽曲が並んでいる。ただ、聴きごたえがある反面、初期の「薄暮のハイフロンティア」のような曲の出番がなくなったのは、もったいなかった気がする。
とはいえ、最後のバトルシーンに歌入りの「Far Beyond the Stars -GQuuuuuuX ver.-」(トラック16)が流れたのは『GQuuuuuuX』らしくてよかった。この曲の歌詞は英語なので、劇中で流れているときは、歌詞の意味はほとんど意識されない(少なくとも筆者はそう)。サントラにはフルサイズが収録され、歌詞も掲載されている。さわやかなポップスとしても聴けるこの曲がクラマックスに流れたことで、『GQuuuuuuX』は青春ものの香りを残したまま完結したと思う。
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』は、「ガンガム」シリーズの音楽史をたどるような作品だった。劇中では第1作の音楽や『Zガンダム』の音楽が流れ、同時に現代的なシンセサウンドの曲やボーカル入りの曲も流れる。サウンドトラック・アルバムには新曲しか収録されていないが、本編で使用された旧作の曲は各話のエンディングクレジットにすべて表記されている。それを参考に自分で音源を集めてプレイリストを組むことが可能だ。新しい世代のファンには、ぜひ、エンディングクレジットや公式プレイリストを手がかりに、旧作の音楽にも触れてもらいたい。映像を演出する音楽の原点、原型のようなものが、そこにあると思うのである。
そして、古くからのガンダムファンには、旧作の音楽だけでなく、『GQuuuuuuX』のサウンドトラックに収録された新曲もぜひ聴いていただきたい。新しい『ガンダム』の音楽には、映像音楽の新しいスタイルが反映されている。『ガンダム』の世界を現代の手法で表現しようとした作曲家のこだわりは、きっと心に響くと思うのだ。すぐには伝わらなくても、いつかきっと……。マチュのセリフにあるように「私たちは毎日進化する」のだから。
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