COLUMN

第311回 おはなしがハッピーを生む 〜タコピーの原罪〜

 腹巻猫です。今回は、6月から配信されたアニメ『タコピーの原罪』の音楽を取り上げたいと思います。タコ型宇宙人タコピーと地球人の少女との交流を描く、ほのぼのした日常SF……かと思っていたら、どんどんシビアな展開になっていく衝撃作でした。音楽もユニークな工夫を凝らした意欲作です。


 『タコピーの原罪』は2025年6月から8月にかけて全6話が配信されたアニメ。タイザン5によるマンガを原作に、監督&シリーズ構成・飯野慎也、アニメーション制作・ENISHIYAのスタッフでアニメ化された。
 ハッピーを広めるためにハッピー星から地球にやってきたタコピーは、小学4年生の女の子・久世しずかと出会う。しずかをハッピーにしようとさまざまな「ハッピー道具」を駆使するタコピーだが、しずかは同じクラスの雲母坂まりなからひどいいじめを受けていて、どうしても笑顔になってくれない。タコピーがしずかに会って7日目、しずかは愛犬チャッピーを失った絶望から、タコピーのハッピー道具を使って自殺してしまう。ショックを受けたタコピーは時間を7日前に巻き戻し、やり直そうとするのだが……。
 憎しみや悪意といった地球人のネガティブな感情を知らないタコピーは、楽天的な言動をくり返し、それが逆にしずかたちの日常の残酷さを浮かび上がらせる。筆者は原作を読んでいなかったので、毎回「ここでこうなるの?」と驚きながら全6話を観終わった。最終話で解決はないが救いはある終幕になってほっとした。気楽に「観て」とは言いにくいが、観れば心を大きくゆさぶられる作品だ。

 本作の音楽は大きく分けると、底抜けにハッピーなタコピーと過酷な日常を生きるしずかたち、という対照的なふたつの視点で作られている。タコピーの視点の曲は、ほのぼのしたメルヘンチックな曲調で書かれ、ネガティブな感情を感じさせない。しずかたちの視点の曲は人間的な喜怒哀楽を表現していて、その中でも特に不安感や恐怖感を描写する曲が「ホラー映画か?」と思うほどの振り切った曲調になっているのが印象的だ。
 音楽を担当したのは『ラブライブ!』『宇宙よりも遠い場所』『アポカリプスホテル』などの音楽を手がけた藤澤慶昌。どちらかといえば、ほのぼのした作品やキラキラした作品が多い印象の藤澤慶昌が、本作では容赦なく胸をえぐるような心情表現に挑戦している。本作の聴きどころのひとつである。
 本作の音楽の大きな特徴は、女声ボーカルを取り入れた曲が多いこと。サウンドトラック・アルバムには37曲が収録されているが、そのうち12曲が女声ボーカル入り。ボーカルはTVアニメ『薬屋のひとりごと』などの音楽にも参加している歌手、きしかな子が担当している。タコピー視点の曲にもしずか視点の曲にもボーカルが入っており、違うテイストで歌い分けられている。ボーカルが入ることで、タコピーやしずかたちの心情が、直接声を聞くように生々しく伝わってくる。ボーカルはタコピーやしずかの「心の声」なのだろう。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2025年8月13日に「アニメ『タコピーの原罪』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルでAnchor Recordsよりリリースされた。配信のみで、音盤(CD・レコード)の発売はない。
 収録曲は以下のとおり。

  1. どうせ何も変わらないし(Vo:きしかな子)
  2. チャッピーがいれば大丈夫
  3. 学校というところ
  4. 僕はハッピー星人!(Vo:きしかな子)
  5. おはなしがハッピーを生むんだっピ!(Vo:きしかな子)
  6. ものすごい笑顔にしてみせるっピ!
  7. 今日もがんばるっピ!(Vo:きしかな子)
  8. きみたちがきっと大人になれるように(Vo:きしかな子)
  9. ハッピー道具
  10. ハッピー星の掟(Vo:きしかな子)
  11. 歪んだ日々
  12. 劣った存在
  13. まじめでバカ
  14. 今度こそ
  15. お前さえいなければ
  16. 家族を返せ(Vo:きしかな子)
  17. ママ
  18. ねえ、私のせいだっていうの
  19. きみにしてあげられること
  20. きみに笑ってもらえるように
  21. 最近はちょっと悪くないんだ
  22. ごめんね
  23. 懺悔
  24. 家族
  25. 喪失
  26. 後悔
  27. 憎悪
  28. 魅惑の瞳(Vo:きしかな子)
  29. ああ、無理だ(Vo:きしかな子)
  30. 疑心暗鬼
  31. これで大丈夫だっピ!(Vo:きしかな子)
  32. 変えられない未来
  33. 魔法
  34. Lucky Days(Vo:きしかな子)
  35. 役立たず
  36. 行こう、東京へ
  37. 捜しもの(Vo:きしかな子)

 劇中で流れる曲はほとんど収録されている。未収録は、おそらくタコピーがハッピー道具を出すときに流れるファンファーレぐらいだろう。未使用に終わった曲もいくつか含まれているようだ。
 曲順は劇中使用順にこだわらず、大きな流れで『タコピーの原罪』の世界観を再現する構成。
 トラック1の「どうせ何も変わらないし」は、あきらめに彩られたしずかの日々をけだるいムードで表現する曲。第1話で、しずかがまりなに呼び出される場面に流れていた。さっそくこの曲から女声ボーカルが入っている。何かを歌っているようだが歌詞はわからない。楽曲のクレジットには作詞者が表記されていないので、おそらくは造語のような、意味のない言葉で歌われているのだろう。しずかの辛さは言葉にできない、という比喩的な曲ととらえることもできる。
 トラック2「チャッピーがいれば大丈夫」は、愛犬チャッピーと一緒にいるときのしずかの安心感を表現する曲。しずか視点の曲の中では数少ない、やさしくほのぼのした曲である。トラック3「学校というところ」は第1話でしずかとタコピーが学校に行く場面で流れた。明るい曲調だが、中盤や終盤では緊張感のある曲調に変化する。一見おだやかに見える学校生活に暗い影が落ちていることを音楽で表現しているのだ。
 トラック4〜10にはタコピー視点の曲(タコピーの曲)がまとめられている。「おはなしがハッピーを生むんだっピ!」(トラック5)、「ものすごい笑顔にしてみせるっピ!」(トラック6)、「今日もがんばるっピ!」(トラック7)など、曲名だけでもすごいハッピー圧力が感じられる。
 タコピーの曲には女声ボーカルが「ラララ」「ランランラン」といった楽しげなスキャットで歌うものが多い。タコピーが見ている、憎しみも悪意もない善意に満ちた世界が、メルヘンチックな曲調で表現されていて、まぶしいくらいだ。トラック31の「これで大丈夫だっピ!」も同じ仲間に入る曲である。
 トラック11からは雰囲気が変わり、どんどん不穏になっていく。トラック13「まじめでバカ」は勉強が得意な同級生、東直樹のテーマ的に使われたピアノ主体の曲。トラック14「今度こそ」は、第4話でしずかから頼りにされた東が「今度こそうまくやってみせる」と決意する場面に流れていた。シンセ、ピアノ、弦などによるメランコリックな曲調で、東の抱える劣等感と無力感を表現している。トラック35の「役立たず」も同様に東の屈折した心情を表現した曲である。
 トラック15〜18は、しずかをいじめるまりなにフォーカスした曲。「お前さえいなければ」(トラック15)は第2話でまりながしずかを追及する場面に流れたサスペンス的な悲哀曲。まりなは自分の家庭の不和の原因はしずかの母親にあると考えて、しずかに怒りをぶつけているのである。「家族を返せ」(トラック16)と「ママ」(トラック17)は、まりなが母親といる場面に流れたホラー音楽風の心情曲。不協和音を響かせる弦合奏と「はあ〜」とささやくような女声ボーカルによる「家族を返せ」が強烈。こういう曲を聴くと、まりなに同情する気持ちになってくる。
 トラック19からまた雰囲気が変わり、少し希望が見えてくる。
 トラック19「きみにしてあげられること」とトラック20「きみに笑ってもらえるように」は、しずかたちをハッピーにしようとするタコピーの気持ちをしみじみとした曲調で表現する曲。どちらも最終話の重要な場面で流れている。ここでは「ラララ」などの女声ボーカルは使われず、ピアノや弦、木管などのアンサンブルで、重層的な旋律が奏でられる。明るいだけでない複雑な心情を描く曲だからだろう。
 トラック21の「最近はちょっと悪くないんだ」は、キラキラした音色のフレーズのくり返しと弦楽器の旋律で、おだやかな日常を表現する曲。第1話のラスト近くでしずかがタコピーに「(タコピーのおかげで)最近はちょっと悪くないんだ」と話すシーンに流れていた。前の2曲を受けて、しずかがタコピーに感謝している雰囲気である。
 しかし、いい雰囲気になったのも束の間、次の曲からは、またどんどん暗くなっていく。
 トラック22「ごめんね」は、第1話でしずかが死んだことに気づいたタコピーが「ごめんね」と話しかける場面に流れた、衝撃と動揺を表現する曲。トラック23〜27の「懺悔」「家族」「喪失」「後悔」「憎悪」は、しずか、まりな、東たちがしだいに追い詰められていく過程で使われた心情・状況描写曲。続けて聴くのはなかなか辛いものがある。
 トラック28「魅惑の瞳」は、弦の駆け上がりからアップテンポのリズムと女声ボーカル、弦などの合奏に発展していく、高揚感のある曲。事態の好転を連想させるが、劇中ではしずかが意外な一面を見せる、背筋がぞくっとするようなシーンに選曲されている。
 次のトラック29「ああ、無理だ」も忘れがたい印象を残す曲。第1話でしずかに変身してまりなに会ったタコピーが、まりなから何度もけられて動けなくなる場面に流れていた。ノイズ的な背景音に、ため息のようなボーカルが重なり、悪夢の中をさまよう気分にさせられる。
 トラック32「変えられない未来」は、ピアノと弦による現代音楽風の曲。第2話で、タコピーが何度時間を巻き戻してもしずかの運命を変えられない絶望感を表現していた。
 トラック33「魔法」は第2話のラストで流れた弦合奏の曲。ビバルディの「春」の演奏が挿入されている。その部分だけを聴くと明るいのだが、この曲が流れるのは、「魅惑の瞳」と同様に背筋がぞくっとするような怖いシーン。傷つき歪んだ心情を音楽と映像のギャップで表現する演出である。
 トラック34の「Lucky Days」は藤澤慶昌の作詞による挿入歌。楽しい気分を表現するポップで軽快な曲で、第3話でしずかたちが東京へ行く計画を立てる場面に流れていた。
 トラック36「行こう、東京へ」は、弦やピアノの軽快な演奏が期待感、高揚感を表現するさわやかな曲。第4話のラストと第5話冒頭の、しずかが東京にいる父のもとへ向かうシーンで使われている。
 こうした明るい曲をアルバムの終盤に持ってきたのは、アルバム全体の印象を暗くさせない意図があるのだろう。
 最後の曲「捜しもの」は、第6話で使われた挿入歌。地球に来た本来の目的を思い出したタコピーが、しずかに寄り添い、一緒にすごす場面に流れていた。この曲にはしっかりと日本語歌詞がつけられている。作詞は『薬屋のひとりごと』の挿入歌などを手がけた内田ましろが担当。1曲目の「どうせ何も変わらないし」にはなかった日本語詞の採用は、タコピーとしずかのあいだに「おはなし」が成立したことを反映しているのではないか。深読みしすぎかもしれないけれど、そう思うとよけい泣けてくる。「心の声を捜している」と歌う、このシーンと本作のテーマに沿った歌詞が感動的だ。

 『タコピーの原罪』の音楽では、ハッピーと絶望の両極端が、めいっぱい振り切った曲調で表現されている。その振り幅が広いほど、タコピーがめざすハッピーと、しずかたちの絶望的な境遇の落差が強調される。しかし、希望がないわけではない。アルバムのラストに収録された挿入歌「捜しもの」が希望の象徴である。なぜなら「おはなしがハッピーを生む」のだから。

アニメ『タコピーの原罪』オリジナル・サウンドトラック
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