COLUMN

第295回 歴史の中の普遍の想い 〜T・Pぼん〜

 腹巻猫です。昨年から今年にかけて、藤子・F・不二雄生誕90周年を記念したさまざまな企画が実施される中、映像関係で注目を集めたのが、今年配信された新作アニメ『T・Pぼん』でした。かつて単発TVスペシャルとしてアニメ化されたことがありますが、シリーズものの形で映像化されるのは初めて。原作に沿いつつも現代的なアレンジを施した仕上がりで楽しめました。音楽は大島ミチルが担当。スケールの大きな音楽が作品内容にぴったり。今年の締めくくりに、この作品を紹介します。


 『T・Pぼん(タイムパトロールぼん)』は2024年5月からNetflixで配信されたアニメシリーズ。藤子・F・不二雄の原作マンガを、監督・安藤真裕、アニメ—ション制作・ボンズのスタッフでアニメ化した。シーズン1、シーズン2の2部構成で、各12話、全24話が配信されている。
 平凡な中学生・並平凡(なみひら・ぼん)は、ある事件をきっかけにタイムパトロールの見習い隊員に任命される。先輩女性隊員リームと超空間生物ブヨヨンとともにぼんが挑む任務は、歴史の中で不幸な死を遂げた人物を救うこと(ただし歴史に影響を及ぼさない人物に限る)。タイムパトロールとして経験を重ねたぼんは、準隊員を経て正隊員に昇格し、さらなる任務に挑んでいく。
 SFの分野でタイムパトロールものといえば、歴史を改変しようとする時間犯罪者と、それを阻止しようとするタイムパトロールの対決を描くものが主流。しかし、本作は過去の世界で死ぬ運命にある人を救助するという、SFとしては「掟破り」とも言える設定になっている。が、それが時間犯罪ものとは異なるサスペンスを生み、人間ドラマとしても見ごたえのあるエピソードが続出した。
 アニメ版は原作の持ち味を生かし、現代的な歴史考証や科学考証を盛り込んで、幅広い世代に楽しめる作品に仕上がっている。世界各地が舞台になっている点でも海外配信に恰好のタイトルだ。

 音楽は『鋼の錬金術師』『四畳半神話体系』などの大島ミチルが担当。世界中を飛び回って演奏や録音を行っている大島ミチルは、本作の音楽にまさにうってつけの作曲家である。
 『T・Pぼん』の音楽は、大編成のオーケストラを使ったスケールの大きなサウンドで作られている。大島ミチルはXのアカウントで本作の音楽についてのコメントを何度か投稿しているのだが、その中で「この作品にオーケストラサウンドはどうかなぁ?と思ったのですが、ヘビーなシーンも多いので…」と語っている。歴史的な戦争や大災害が描かれる作品だから、物語を彩る音楽にはオーケストラの雄大なサウンドが必要だったのだろう。
 演奏はハンガリーのブタペスト交響楽団とアメリカのナッシュビル・ミュージック・スコアリング・オーケストラが担当。日本からギターの古川昌義、尺八奏者の藤原道山らも参加している。作品にふさわしく、演奏も国際的だ。
 大島ミチルのコメントによれば、本作の音楽は全4回にわたって110曲以上を録音したそうである。レギュラーで使用される録り溜めの曲もあるが、映像に合わせて書いた曲も多い。オーケストラによるサウンドもあいまって、映画音楽のようなリッチな印象の音楽になった。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「T・Pぼん(Soundtrack from the Netflix Series)」のタイトルで2024年8月30日にNetflix Musicから配信開始された。今のところCDでの発売はない。収録曲は下記リンクを参照。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DFD4VHDM

 サウンドトラックに収録されたのは、110曲以上から厳選された55曲。配信サイトによってはトラック番号を01〜55と表記しているケースもあるが、Amazon Prime Musicなどでは、DISC1:01〜35、DISC2:01〜20と、2枚のディスクに分けて表記している。曲目を見ると、DISC1はシーズン1、DISC2はシーズン2を想定した内容であることがわかる。本稿でも、ディスクごとに分けて紹介することにしたい。

 ディスク1は、大島ミチル作詞・作曲によるオープニングテーマ「BON BON BON」からスタート。主人公の名「ぼん」をリズミカルに歌いこんだ、ロック調の軽快な曲である。実はNetflixで言語をスペイン語にするとスペイン語バージョンを聴くことができる。スペイン語版だけNetflixの希望で追加したのだそうだ。
 トラック2からはBGM集。構成は劇中使用順に即したもので、各エピソードから1曲〜数曲をセレクトしている。この構成がなかなかすばらしい。
 1話完結の作品なので、使用順にはこだわらず、イメージアルバム風に構成することもできたと思う。が、しっかり本編の流れを反映した曲順になっている。だから聴きながら本編をエピソード順にふり返ることができる。自然に『T・Pぼん』の世界に入っていける、いい構成だ。
 ここからは、各曲がどのエピソードから選曲されたかを明らかにしながら、聴きどころを紹介していこう。
 トラック2「Very Ordinary」〜トラック7「I Won’t Be Erased!」は第1話からの選曲。弦がのんびりと奏でる「Very Ordinary」は、平々凡々たるぼんのキャラクターを描写する曲で、ぼんの場面にたびたび選曲されている。トラック6「Time Patrol」はタイムパトロールのテーマ。登場ファンファーレから始まる高揚感たっぷりの曲だ。
 トラック8「There’s Two of Me?」〜トラック15「Parent and Child Reunion」は、ぼんの初任務を描く第2話からの選曲。リームとブヨヨンの登場場面に流れる「Ream and Buyoyon Appear」がユーモラスな味わいを出している。ぼん初出動の場面の曲「The First Dispatch」(トラック11)が、不安から決意へと変化していくぼんの心情を表現する。ぼんが洪水から老婦人を助ける場面に流れるトラック14「I Want to Help!」がいい。緊迫感と使命感がミックスされた、人命救助をテーマにした本作を象徴する楽曲だ。この曲はシーズン1よりもシーズン2でよく使われていた。
 ここまでで15曲。タイムパトロールぼんの誕生を描く第1話と第2話の曲を手厚く収録しているのがディスク1の特徴である。
 トラック16「The Royal City」は第3話で古代エジプトの場面に流れた民族音楽風の曲。本作では、こうした異国をイメージした曲がたくさん作られていて、アルバムの中で音楽の印象を変化させるスパイスのような役割を果たしている。
 トラック17「I Became a Time Patrol Agent!」〜トラック20「The Weight of People’s Mistakes」は、第4話からの選曲。古代人が丸木舟で太平洋を渡る場面に流れるトラック18「Sailing Across the Ocean」は、上下する弦の動きが果てしない大海原を思わせる、悲壮感あふれる楽曲である。
 トラック21「Witch Hunt」とトラック22「Where Love Leads」は中世ヨーロッパの魔女狩りをテーマにした第5話から。エキゾチックで哀感ただよう「Witch Hunt」と恋人たちの語らいの場面に流れる美しい「Where Love Leads」の対比がみごと。
 次のトラック23「Thoughts on India」は第6話で天山山脈を越えようとする玄奘法師とぼんたちが語らう場面に流れた東洋風の曲だ。
 トラック24「The Tradition of Sacrifice」〜トラック26「The Terror of the Minotaur」は第7話から。クレタ島のいけにえと魔獣ミノタウロスのエピソードを彩る不安な曲や異国風の曲が並ぶ。
 トラック27「Mainland Showdown」とトラック28「Ensign Sakuragi」は、第二次大戦末期の沖縄を舞台にした第8話からの選曲。空襲で壊滅した都市の惨状を描写する「Mainland Showdown」、生き残った特攻隊員・桜木少尉の悲哀を表現する「Ensign Sakuragi」。どちらも悲痛な想いが伝わってくる。吉永小百合による「原爆詩」の朗読の音楽も手がけている大島ミチルらしい楽曲である。
 第9話で流れたトラック29「Agents Riding Dinosaurs」は、ジュラ紀にバカンスに出かけたぼんとリームが恐竜の背に乗る場面の曲。のんびりした雰囲気から始まり、しだいに盛り上がって雄大な曲調で終わるのが気持ちいい。
 続くトラック30「Gun Man」とトラック31「Tactics」は、西部開拓時代のアメリカを舞台にした第10話で流れた曲。古川昌義のギターをフィーチャーした西部劇風の曲だ。
 トラック32「The Athenian and Persian Army Time-trippers」は、古代ギリシャを舞台にした第11話より。アテナイ軍とペルシャ軍が対峙する場面に流れた、ハリウッドの史劇映画を思わせる壮大な音楽である。
 トラック33「Time-trippers」とトラック34「Ruin & Parting」はシーズン1の最終回である第12話からの選曲。ぼんとリームの別れの場面に流れる「Ruin & Parting」が切ない。突然の別れに動揺するぼんの心情を、ストリングスと木管の旋律が表現する。その雰囲気のまま、エンディングテーマのTVサイズ「Tears in the Sky (TV Version)」でディスク1を締めくくる構成もうまい。
 続いてディスク2から。
 トラック1「A Growing Sense of Responsibility」とトラック2「A Cute New Recruit」はシーズン2の第1回となる第13話からの選曲。「A Growing Sense of Responsibility」は、ついに正隊員となったぼんの決意を表現する曲。弦のおだやかなメロディにリズムが加わり、しだいに力強く変化する曲調から、ぼんの成長が感じられる。「A Cute New Recruit」は新たにタイムパトロールの見習い隊員となった、ぼんと同じ中学の同学年の少女・安川ユミ子のテーマ。シーズン1のヒロイン・リームとは異なるタイプの魅力を表現するキュートな曲調だ。この曲は第20話でユミ子が正隊員に昇格した場面にも選曲されている。
 トラック3「New Team, New Uniforms」〜トラック6「Chaac Descends」は古代マヤを舞台にした第14話から。ぼんとユミ子がタイムパトロールの新ユニフォームを身につける場面の「New Team, New Uniforms」には、ディスク1に収録されたタイムパトロールのテーマ「Time Patrol」のモチーフが引用されている。
 トラック7「The Gempei War」と次の「The Sound of Kamomaru’s Flute」は、平安時代の壇ノ浦の合戦を描く第15話で使用された。「The Sound of Kamomaru’s Flute」は平家の血を引く少年・加茂丸が吹く笛の音。藤原道山による演奏である。
 トラック9「The Beginning of Writing」は第16話で、トラック10「Tracing Roots」とトラック11「Dire Wolves」は第17話で使用。「The Beginning of Writing」も「Tracing Roots」も、ぼんが人類の長い歴史に思いをはせる場面に流れた、しみじみとした曲だ。歴史の中の平凡な人間の営みに光を当てる、『T・Pぼん』らしい曲である。
 次の曲は第18話から……となりそうなところだが、実は第18話と19話からは選曲されていない。トラック12「The Fate of the City of Troy」はトロイ戦争を描く第20話で使用された曲。重苦しい曲調が戦争の無情さを表現する。
 トラック13「Strategy」は第21話、トラック14「Those Who Know No Fear」とトラック15「The Great Eruption」は第22話からの選曲。不穏な曲や緊迫した曲が続いて、アルバムもクライマックスに向けて盛り上がってくる。「The Great Eruption」は火山の大噴火によって滅びた都市ボンペイの悲劇を描写する音楽。これも史劇映画風の重厚な曲だ。
 民族音楽風のトラック16「The Bazaar of Mohenjo-daro」は第23話のモヘンジョ・ダロの場面に流れた曲。本編ではループして長く使用している。続くトラック17「Following Clues」も第23話から。ぼんが行方不明になったリームの手がかりを探す場面に流れた緊迫感に富んだ曲で、このシーンが最終回への布石になっている。
 トラック18「Chase After the Dimension Ball!」とトラック19「Tears in the Sky (Time Patrol Version)」はシーズン2の最終回、第24話からの選曲。「Chase After the Dimension Ball!」はフィルムスコアリングで書かれた3分近い曲。映像に合わせて変化するスリリングな曲調が実に映画的。「Tears in the Sky (Time Patrol Version)」はエンディングテーマをオーケストラ編成にアレンジ・演奏した曲で、ラスト前のぼんのモノローグに重なって流れた。エンディングテーマのアレンジが流れるのはこのシーンだけ。それだけに印象深いシーンになった。うまいなあ。
 アルバムの最後に収録された「Tears in the Sky」は、エンディングテーマのフルサイズである。大島ミチルのコメントによれば、『T・Pぼん』は命を救う話なので「亡くなった大切な人への思い」をテーマにして書いたそうだ。大島自身、この曲を書いている最中に身近な人を亡くし、そのときの気持ちを曲に込めたという。歴史の中に消えていく人々への想いと、それを忘れずに前に進もうとする想いが胸を打つ。ポップス的な曲調に普遍の想いを乗せた名曲だ。

 最後に、このアルバム全体の感想をまとめておこう。
 オーケストラサウンドが悠久の歴史と世界の広大さを感じさせる、スケールの大きなサウンドトラックである。生オケならではの温かみのある音は、人の命を救う本作のテーマに沿っている。さまざまな時代や土地を描写する音楽はバラエティに富んでいて、聴きながら、ぼんと一緒に時間旅行を体験しているような気分になる。本編使用順に沿った曲順で名場面を思い出しながら聴ける、理想的なアルバムだ。
 あえて不満を言うなら、収録時間の制約がない配信アルバムなのだから、もっと収録曲を増やしてほしかったなあ。日常場面で流れるユーモラスな曲や、第8話のラストで桜木少尉と恋人・明子の想いがつながる場面の曲など、「サントラで聴きたかった」と思う曲がまだまだある。バランスを考えての選曲だと思うが、あと10曲くらい入れてほしかった。
 いや、『T・Pぼん』の原作はまだ10話以上残っているから、アニメ版シーズン3の制作も夢ではない。もし、シーズン3が実現したら、新曲と未収録BGMを収録したサントラ第2弾をリリースすればよいではないか。ぜひそうなってほしい。

T・Pぼん (Soundtrack from the Netflix Series)
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