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第290回 心が奏でている 〜ガールズバンドクライ〜

 腹巻猫です。TVアニメ『ガールズバンドクライ』の劇伴を収録したサウンドトラック・アルバムが9月11日にリリースされました。放送終了から3ヶ月近く経ってからのリリース。「もう出ないのかな」と思っていたのでよかった! 本作を観た人の多くはライブシーンで演奏される曲に関心を持つと思いますが、劇伴もあなどれません。今回は前回に続いてバンドアニメの音楽を取り上げます。


 『ガールズバンドクライ』は2024年4月から6月まで放送されたTVアニメ。シリーズディレクター・酒井和男、シリーズ構成&脚本・花田十輝、アニメーション制作・東映アニメーションによるオリジナル作品である。
 親や学校とそりがあわず、高校を中退して上京した井芹仁菜は、あこがれていたバンドのギタリスト兼ボーカル・河原木桃香と出会う。仁菜は桃香に誘われてバンドを組むことになり、ドラム担当の安和すばると3人で活動を開始した。そこに2人組で活動していた海老塚智(キーボード)とルパ(ベース)が加わり、5人組バンド「トゲナシトゲアリ」が結成された。それぞれに心の傷や複雑な事情を抱えた5人は、音楽活動を通して関係を深め、自身の抱える問題に向き合っていく。そんな仁菜たちに、桃香がかつて参加していた人気ガールズバンド・ダイヤモンドダストが、あるライブへの出演を持ちかけてきた。
 ロボットアニメに王道があるように、ロックバンドアニメに王道があるとしたら、これこそ(筆者が考える)王道。それぞれに屈折した想いを抱えた若者が音楽を軸に集まり、言葉にできない気持ちを曲にして、世間にぶつけていく。家族や仲間との確執、挫折、暴走、後悔、反骨、野心……。青春ドラマ的なエピソードが、深刻になりすぎず、さらっと軽快に語られるのがいい。
 本作では、いくつか斬新な試みがされている。バンドメンバーを演じるのが声優ではなく、先行して結成されたバンドのメンバーであること。全編がイラストルックのCGアニメで制作されていること。が、それらについては本稿では触れない。ここで語りたいのは音楽、それも劇伴のほうである。

 バンドアニメらしく、本編の見せ場となるのはライブシーンだ。劇中でトゲナシトゲアリが演奏する曲はどれも勢いのあるロックナンバーで、本編のドラマとリンクして胸に刺さる。トゲナシトゲアリの曲について語りたい人は多いだろう。
 いっぽう劇中に流れる音楽(劇伴)を気にしている人は少ないのではないか。流れているけれども意識されない。それが劇伴の宿命である。けれど、じっくりと耳を傾けてみると、本作の劇伴はライブシーンで流れる曲と同じくらい心に残る。
 本作の音楽プロデューサーは玉井健二。劇伴音楽のプロデュースは田中ユウスケが担当。実際の劇伴制作には、田中ユウスケをはじめ、玉井健二が代表を務めるagehasprings所属の複数の音楽家が参加している。下記のページに楽曲ごとのクレジットが掲載されているので、参考にしていただきたい。
https://news.agehasprings.com/news/4599/

 本作のように音楽をテーマにした映像作品の場合、劇中で演奏される現実音としての音楽と、背景音楽(劇伴)をどう差別化するかが課題になる。たとえばピアニストが主人公の作品であれば、劇伴にピアノを使うと、それが劇中で現実に流れている音なのか、そうではない背景音楽なのかを視聴者が区別できず、混乱を招くことがある。だから、できるだけピアノを使わずに劇伴を作曲するという方法もあるし、逆にあえてピアノを使って劇中の現実音楽とリンクさせるという方法もある。
 『ガールズバンドクライ』の場合は後者である。劇伴の大半がギター、エレキベース、キーボード、ドラムをメインにしたバンドサウンドで作られている。ギターのみ、キーボード(ピアノ)のみ、ギターとドラムのみ、といったシンプルなサウンドの曲も多い。「なんとなく楽器を触っているうちにできちゃった」みたいな曲もある。しっかり作りこんだ音楽ではなく、スタジオでセッションしながら作り上げたような音楽だ(あくまでそういう印象を受けるということで、実際にそうだったかどうかはわからない)。
 おそらく、バンドサウンドの劇伴で日常を彩る、というのが本作のねらいなのだろう。その作りこまれてない感じ、仁菜たちのバンド活動と地続きの音楽が日常に流れている感じが、本作の世界観になっている。いつも音楽とともにある。いつもロックとともにある。仁菜たちのそんな日常を彩る音楽は、バンドサウンドでなければいけないのだ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2024年9月11日に「TVアニメ『ガールズバンドクライ』オリジナルサウンドトラック」のタイトルで、ユニバーサルミュージックから発売された。CD2枚組。収録曲は下記ページを参照。
https://girls-band-cry.com/goods/post-43.html

 なんと全73曲。1クールのアニメにしては多いのではないか、というのが筆者の第一印象だった。劇伴だけでなく劇中で流れた挿入歌(ライブバージョン)も入っているのだが、それにしても多い。
 聴いてみて、曲数が多い理由はわかった。劇伴として使用された曲だけでなく、現実音楽として流れた曲や未使用曲まで入っているのだ。
 全体の構成は、ディスク1の全45曲とディスク2のトラック1〜21が主題歌を含む本編使用曲。ディスク2のトラック22〜28が未使用曲である。
 曲順は、ほぼ劇中で流れた順。ライブシーンの演奏曲などを挟んで、全13話のストーリーをふり返る構成になっている。よく考えられた、いい構成だ。
 本作の音楽全体はフィルムスコアリングではないが、特定の場面を想定して作られたと思われる曲もたくさんある。1回しか使われていない曲も多い。フィルムスコアリングのような映像と音楽の一体感をねらったというより、ある種のライブ感をねらった演出ではないだろうか。そのとき、その場の雰囲気に合わせ、即興で生まれた音楽のような印象を受けるのだ。劇伴にバンドサウンドを使った効果のひとつである。
 印象的な曲をいくつか紹介しよう。
 まずディスク1から。1曲目「十七歳三月」は第1話の冒頭(2曲目に)流れる曲。ピアノの演奏が仁菜の屈折した心情を表現する。第2話では桃香とすばるが仁菜をバンドに誘う場面に流れ、第13話では仁菜がバンドの演奏前に自分語りを始める場面に流れていた。劇伴における本作のメインテーマ、あるいは「仁菜のテーマ」ともいえる曲である。
 トラック6「おしんこ」は使用頻度の高い日常曲。仁菜たちのちょっとユーモラスなシーンによく使われている。
 トラック8「雨と疾走とマニフェスト」は第1話で仁菜が桃香を追いかけて雨の街を走る場面に使用。ギターやドラムが生み出す疾走感が仁菜の心情とリンクする。第10話で実家に帰っていた仁菜がふたたび旅立つ場面、第13話で仁菜たちがダイヤモンドダストからの共演の申し出を断ることを決める場面にも流れていた。「決意のテーマ」とでも名づけたい曲である。
 トラック10「袋小路 -fukurokoji-」は代表的なコミカル曲。エレキギターの音色だけで笑わせる。コミカルな曲では、とぼけたギターサウンドによる「ごきげんよう(ニセモノ)」(トラック21)やファンキーな「嘘とconfuse」(トラック29)、ブルージーなハーモニカの曲「二枚舌(Nimaijita)」(トラック36)、ライバル登場! みたいなロック「SHAZAI(謝)」(トラック39)なども耳に残る。
 トラック22「みんなでひとつのものを」はタイトルどおり、仁菜たちの友情、絆を表現する曲。その絆が永遠に続く保証はないが、それだけに尊い。ピアノの演奏に、逆再生したピアノの演奏を重ねて、時間がたゆたうようなユニークなサウンドを生み出している。
 トラック42「たぶん気分(ねぎぬき)」はギターとピアノをメインにした心情曲。第6話でルパが牛丼屋で仁菜とすばるに名刺を渡す場面、第8話で仁菜が父からの援助を断ろうと決心する場面、第10話でルパが仁菜に熊本行きの切符を渡す場面、第12話で仁菜がダイヤモンドダストと勝負したいと主張する場面など、印象的な場面で使われた。しだいに軽快になっていく曲調が動き始めた感情を描写している。
 次の「アンダー・ザ・オニオンズ」(トラック43)は、第6話で仁菜たちが夜中に武道館を見に行く場面に流れた、ギターとピアノによるリリカルな曲。「オニオンズ」は武道館のことをさしているのだろう(気になる方は「武道館 玉ねぎ」で検索してください)。
 ディスク1の最後に置かれた「桃香と桃香」(トラック45)は、桃香と仁菜の場面にたびたび使われたギターによる心情曲。第1話で仁菜と桃香が歩道橋の上で話す場面、第4話で仁菜が桃香からダイヤモンドダストとの確執を聞く場面などに流れている。タイトルが「桃香と仁菜」ではなく「桃香と桃香」となっていることから、桃香の葛藤にフォーカスした曲であることがうかがえる。仁菜がもうひとりの桃香であるという含みもありそうだ。

 続いてディスク2から。
 トラック1「決意表明(長野の諏訪)」は第7話で一度だけ使われた曲。ディスク1に収録された「雨と疾走とマニフェスト」と並んで、疾走感と躍動感が心地よいナンバーだ。ライブに参加を決めた仁菜たちの意気込みが伝わってくる。
 次のトラック2「過去と過去と過去」とトラック7「見えざる手」はピアノが奏でるメランコリックな心情曲。仁菜たちの過去や葛藤を描写する曲である。第7話以降はメンバーの過去に焦点をあてたエピソードが多く、こうした曲の出番が多くなった。
 トラック8「まもるべきもの」はオープニング主題歌「雑踏、僕らの街」のピアノによるアレンジ曲。ディスク1に収録された「雑踏、僕らの街(彷徨う)」も同曲のギターによるアレンジだったが、使用頻度は「まもるべきもの」のほうが高い。第7話以降、仁菜や桃香の想いを表現する曲として毎回のように使用された。
 エフェクターを効かせたギターが奏でるトラック9「宣戦布告」は、第8話で仁菜と桃香がダイヤモンドダストに宣戦布告する場面での使用が印象的。ほかにも、仁菜たちが対抗心を燃やす場面や一歩踏みだそうとする場面などに使われている。本作らしいロックチューンだ。
 次の「家族の肖像」(トラック10)は、第10話の仁菜が実家に戻るエピソードで1回だけ使用。その次の「ただいま、おかえり。」(トラック11)は戻って来た仁菜を桃香たちが迎える場面に流れた、ぐっとくるバンドサウンドの曲である。
 もやもやする気持ちやいらだちを表現する「美人投票」(トラック18)を経て、BGMパートの実質的な最後の曲となるのが「野菜の甘味。」(トラック19)。ギターとキーボード、ベース、ドラム、ハンドクラップ、それに、ぬくもりのあるトランペット(?)のアンサンブルで演奏される、ほのぼのとした情感をかもしだす曲だ。特にドラマティックではないけれど、仁菜たちがふと本心をもらす場面、胸に秘めた気持ちがあらわになる場面などに使われた。第2話で仁菜と桃香が河原で別れる場面、第11話ですばるが祖母に本当の気持ちを伝えたと仁菜に話す場面、第13話で仁菜が牛丼屋の前で仲間たちに「誓いを立てませんか」と言い出す場面などが思い出される。
 いわゆる「劇伴」だけでなく、現実音楽として流れた曲も紹介しておこう。
 いずれもディスク1から。トラック4「丸福珈琲店(焙煎)」は第1話で仁菜が入る喫茶店のBGM。トラック14「バンドをやって(た)ともだち」とトラック15「フェスで人気でそうなバンドの曲」は、第2話で仁菜たちが入る飲食店「鍋ぞう」のBGM。トラック40「フカフカソファーの喫茶店」も第4話で使われた喫茶店のBGMである。
 第3話では現実音楽が多く使用されている。トラック18「鳩のアレ」は仁菜がスマホアプリで奏でるリズムと鳩の声。仁菜が自習しながらイヤフォンで聴いている曲がトラック20「Coco dos Sonhos」。カラオケルームで仁菜が発声練習する「あーあーあーあーあー」(トラック25)やライブステージに仁菜を呼び込みながら桃香がギターで奏でる「endless 9th」(トラック26)など、バンド経験者だったら「あるある」と思う音も収録されている。こうした、ふつうのサントラならオミットされるような曲も収録されているのが本アルバムのうれしいところだ。

 本アルバムには収録されていないが、仁菜が河原や部屋で弾く、曲になっていないようなギターの演奏も現実音楽の一種である。「いや、それは効果音の範疇だろう」とふつうのアニメだったら思うところだが、本作では違う。本作ではキャラクターが日常的に演奏している楽器の音も、心情や雰囲気を描写する劇伴として機能しているからだ。
 そう考えると、本作の劇伴がバンドスタイルで作られている理由が、さらに明確になる。仁菜たちは息をするように仲間たちと楽器を奏で、心の中にはいつもバンドサウンドが流れている。本作の劇伴は仁菜たちの心が奏でている音楽なのである。

TVアニメ『ガールズバンドクライ』オリジナルサウンドトラック
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