腹巻猫です。8月21日にパシフィコ横浜国立大ホールで開催された「『葬送のフリーレン』オーケストラコンサート」に足を運びました。TVアニメ『葬送のフリーレン』の音楽(劇伴)を合唱を含む80人以上のオーケストラで演奏するコンサート。よいコンサートでした。作曲者のEvan Call自身の編曲による30曲あまりが演奏され、あらためて音楽のよさに感じ入りました。今回は、満を持して(?)『葬送のフリーレン』の音楽を取り上げます。
『葬送のフリーレン』は2023年9月から2024年3月まで放送されたTVアニメ作品。山田鐘人とアベツカサによる原作マンガを監督・斎藤圭一郎、アニメーション制作・マッドハウスのスタッフで映像化した。
1000年以上生きるエルフの魔法使いフリーレンは、勇者ヒンメルと僧侶のハイター、戦士アイゼンの3人からなるパーティに加わり、10年にわたる冒険の末に魔王を討伐して、世界に平和をもたらした。それから50年。年老いたヒンメルと再会し、彼の葬儀に立ち会ったフリーレンは、あらためて人間の寿命の短さに思い至り、自分はもっと人間について知ろうとするべきだったと後悔する。ヒンメルの死からさらに20数年後、フリーレンはハイターの死を看取ったあと、彼の弟子だった少女フェルンを引き取って旅を続けていた。めざすは北方の地エンデ。そこには死者の魂と対話できる場所・オレオールがあるのだった。
物語が始まったとき、フリーレンたちの魔王討伐の旅はすでに終わっている。10年に及ぶ冒険がどんなものであったかは、フリーレンの新しい旅が始まってから、回想の形で断片的に語られる。この構成がうまい。フリーレンの旅は空間的な旅であると同時に時間の旅でもあるのだ。昔の出来事が、時を経てふり返ったときに違う意味を持って新鮮によみがえることが、現代のわれわれにもある。「あのとき、なぜ気づかなかったのか」。フリーレンの旅は、そんな人生の機微を感じさせてくれる。
異世界ファンタジーの醍醐味である雄大な自然や魔法が丁寧な作画で描かれている点も本作の魅力。風になびく髪や魔法が操る水、炎、煙などが、クラシカルなファンタジーアートを思わせる美しいフォルムと色調で描かれているのに目を奪われる。この作画の丁寧さと美しさゆえに、『葬送のフリーレン』はほかのファンタジーアニメと一線を画した作品になっていると思う。絵作りがエレガントなのだ。
エレガントな印象は音楽も同じ。音楽を担当したのは『ヴァイオレット・エヴァ—ガーデン』などで知られるEvan Call。『葬送のフリーレン』の音楽は、古典的なオーケストラに古楽器や民族楽器を加えた編成で作られている。曲調には古代ヨーロッパやケルトの伝統音楽の要素が盛りこまれていて、聴いているだけでファンタジーの世界にいる気分になる。また、管弦楽の演奏をハンガリーのオーケストラとスタジオで収録したことが、古典的で格式高い雰囲気を作り出すことにつながった。
最初に作られた曲はサウンドトラック・アルバムの1曲目に収録された「Journey of a Lifetime〜Frieren Main Theme」。本作のメインテーマである。哀愁を帯びたケルティックなモチーフが現れ、さまざまなアレンジで展開していく。この曲は本作のPV(番宣用映像)で使用されたが、本編では流れていない。しかし、メインテーマを最初に作ることは、音楽の方向性を決める上で大きな意味があった。劇中音楽の核となるモチーフが作られ、全体のサウンド感もこの曲で決まったのだ。
本編用の音楽は、フィルムスコアリング+溜め録りという、あまり例がない、ぜいたくな方法で作られている。
本作の初回(第1話〜第4話)は2時間スペシャルの形で放送された。この2時間スペシャルの音楽は全編フィルムスコアリングで制作されている。第5話以降は溜め録りで作った音楽と2時間スペシャルの音楽をシーンに合わせて選曲する方式がとられた。
「フィルムスコアリング+溜め録り」という方法は、シリーズものの音楽作りでは理想的なスタイルではないかと思う。最初に映像に合わせて音楽を作ることで、本編の空気感やテンポ感をつかむことができ、映像にインスパイアされたモチーフを作曲することもできる。それらは続いて制作される溜め録りの音楽に反映されるので、音楽メニューだけをたよりに作曲した音楽よりも、作品世界と映像に密着したものになるのだ。全編をフィルムスコアリングで制作するより、スケジュール的にも予算的にも効率がよい。先に「あまり例がない」と書いたが、過去には『巨人の星』『アルプスの少女ハイジ』などが、この方式を採用している。
バークリー音楽大学で映画音楽を学んだEvan Callは、本来フィルムスコアリングを得意とする作曲家である。が、溜め録りの音楽にも彼独自の工夫がある。溜め録りの曲は映像に合わせて編集されることが前提なので、転調しない、構成をシンプルにする、くり返しを設ける、といった作り方がされることが多い。だが、Evanが作る曲は、たとえばABCDEと5つくらいのパートに分かれていて、それぞれのパートが独立した楽曲としても使えるようになっている。そして、各パートのあいだにメロディやリズムが途切れる「間」がある。Evanは「編集点」と呼んでいるのだが、この「間」が音楽的な味わいになっている。短いパートをつないで音楽的なリズムを生み、全体としてひとつの楽曲としても成立させる。日本の俳句や和歌に通じる作り方ではないだろうか。
本編では、この「間」を生かした音楽演出がたびたび見られる。たとえば、第14話でけんかしたフェルンとシュタルクが仲直りする場面。フェルンが僧侶のザインからアドバイスされるシーンに「Privilege of the Young」という曲が流れ、いったん途切れる。しばしの間があり、フェルンとシュタルクが出会い、シュタルクが先にフェルンに謝ると、同じ曲の続きが流れ始める。中断なしに曲を流し続けることもできるが、それだと「間」が生み出す味わいや意味はなくなってしまうだろう。また、中断のあとにほかの曲を流してしまうと場面と場面のつながりが薄れてしまう。Evan Callの曲の特徴を生かしたみごとな演出である。しかし、多くの視聴者は、そんなふうに音楽が使われていることに気づかないかもしれない。こんなふうに、聴きこむほどに味わいが深まっていくところに本作の音楽の魅力がある。
本作のサウンドトラック・アルバムは、2023年12月22日に12曲入りミニアルバムが「TVアニメ『葬送のフリーレン』Original Soundtrack pre-release」のタイトルで先行配信された。その後、2024年4月17日に全70曲を収録したフルアルバムが「TVアニメ『葬送のフリーレン』Original Soundtrack」のタイトルで、東宝/TOHO Animation RecordsからCDと配信でリリースされた。
収録曲は、下記リンク先を参照。
https://frieren-anime.jp/music/music-st/
全体の構成を見てみよう。
アルバム中、第1話〜第4話のために作られた曲(ロング・バージョン含む)は、ディスク1のトラック02〜16、および18〜25、ディスク2のトラック06〜10、および13、16、23〜25、28の合計34曲。このうちコミカルな曲や明るい曲がディスク2に回されているようだ。おおむね、ディスク1は第1クール(第1話〜第16話)を、ディスク2は第2クール(第17話〜第28話)を意識した構成になっている。第1クールは旅の先々で出会う人々とのエピソードが描かれ、第2クールは一級魔法使い選抜試験の話になるので、物語のトーンはずいぶん異なる。そのトーンを反映したディスク1とディスク2の雰囲気の違いも聴きどころである。
気になる曲を紹介しよう。
まず、ディスク1から。トラック2「The End of One Journey」は第1話の冒頭、プロローグ場面に流れた曲。民族楽器と弦楽器、女声コーラスなどが共演する、本作の世界観を表現する楽曲である。本編を観る視聴者に「この作品はなにか違うな」と思わせてくれる導入の曲になっている。
トラック9「Time Flows Ever Onward」は第1話でフリーレンとフェルンが出会うシーンに流れた、民族楽器と弦楽器が奏でるフォルクローレ風の曲。ディスク2のトラック7「Time Flows Ever Onward(Short Ver.)」はそのショート・バージョンである。いずれも冒頭部分が「勇者ヒンメルの死後○○年」とテロップが出るカットにたびたび使われた。物語の句読点のような役割を果たしていて、聴けば「『フリーレン』の曲だ」とすぐに思い出す、耳に残る曲である。
トラック14「Grassy Turtles and Seed Rats」は民族楽器が奏でるエキゾティックな舞曲風の曲。第2話である村を訪れたフリーレンとフェルンが、ヒンメルが生前に好きだったという花を探す場面に流れている。このメロディは「Where Hidden Magic Sleeps」(トラック23)でも反復され、「探索のテーマ」として使用されているようだ。舞曲的な旋律は本作の音楽の特徴のひとつで、「More Than Mere Tales」(トラック26)や「New Friends and Old Faces」(ディスク2のトラック11)、「Stories Yet Untold」(同じくトラック30)などでもケルティックな舞曲風の旋律が使われている。こういう曲が『フリーレン』の世界の雰囲気作りに役立っているのだ。
トラック24「Great Mage Flamme」は、タイトルどおり、フリーレンの師匠である大魔法使いフランメのテーマ。フリーレンがフランメを回想するシーンで必ずと言ってよいほど流れていた。ケルトの笛と弦楽器、チェレスタ、女声コーラスなどが奏でる、神秘的で崇高なたたずまいを感じさせる音楽である。
トラック25「Goodbye for Now, Eisen」は、民族楽器と弦楽器がおだやかに奏でる別れの曲。第4話でフリーレンたちが戦士アイゼンと別れ、エンデへと旅立つ場面に流れた。その後のエピソードでも、フリーレンたちが立ち寄った村や町から旅立つ場面によく選曲されている。
強い意志を表現するトラック28「Fear Brought Me This Far」は使用回数は少ないながら忘れがたい曲。第6話で巨大な竜と対決することになったシュタルクが覚悟を決める場面に流れている。その場面に続く、シュタルク対竜の戦いの場面に流れたのが、次の「Dragon Smasher」。軽快なリズムの上で笛と弦楽器が速い旋律を奏でる、スピード感満点のバトル曲だ。第24話のダンジョン内の戦いのシーンでは、冒頭部のリズムのみを最初に流し、そのあとフルバージョンに移行するという絶妙な使い方がされている。
トラック30からは雰囲気が変わって、しみじみとした曲、雄大な曲が続く。トラック30「Lift My Head From Shadow」と次の「Life and Legacy」は女声コーラスをフィーチャーした曲で、回想シーンによく流れていた。第13話から第17話までフリーレンと一緒に旅をした僧侶ザインのエピソードでしばしば使われていたので、このあたりはザインを意識した構成とも受け取れる。
ディスク1のラストに置かれた「Beyond the Journey’s End」は英語の歌詞が入った曲。歌入りで使用されたのは第11話の本編冒頭だけだが、讃美歌を思わせるこの曲のおかげで、おごそかな場面になっていた。『葬送のフリーレン』オーケストラコンサートでは、この曲が第2部の最後に演奏され、コンサート本編を締めくくった。
ディスク2では、冒頭に置かれた2つのバトル曲がまず強烈だ。
トラック1「Zoltraak」はドイツのボーカリスト、Alina Lesnikのボーカルをフィーチャーした曲。アップテンポのリズムをバックに民族楽器とボーカルとオーケストラが野性味のある旋律を奏でていく。古代の戦闘の音楽とも思えるような高揚感みなぎる楽曲である。第9話でフェルンとシュタルクが魔族と死闘を繰り広げる場面に流れて、抜群の効果を上げている。
次の「Frieren the Slayer」はフリーレンの戦闘テーマ。第10話のラスト、フリーレンが魔族アウラに対して圧倒的な強さを見せる場面に使用され、忘れられない名場面になった。オーケストラコンサートでも上記の2曲が続けて演奏されて会場を沸かせていた。
バトル曲では、トラック20の「Demon’s Bane」も重要だ。第8話のシュタルクとフェルンがグラナト伯爵を救出する場面のためにフィルムスコアリングされた曲である。およそ4分間、映像の展開に合わせて曲調が次々と変化し、クライマックスに向けて盛り上がる。最後は魔族リュグナーが「葬送のフリーレン」と呼ばれた魔法使いのことを思い出すシーンで終わる。溜め録りの中にこういう曲を差し込んでくるのが、本作の音楽演出の奥深いところ。
さらにトラック32「The Magic Within」とトラック33「New and Dangerous Magic」。どちらも第2クールの一級魔法使い選抜試験編で初めて使用されたバトル曲だ。特に「New and Dangerous Magic」は第26話のフリーレンとフェルンがフリーレンの複製体と戦う場面に一度だけ使用され、「こんな曲がまだあったのか!」と驚かせてくれた曲。「Zoltraak」と同じくAlina Lesnikのボーカルをフィーチャーした、古代の戦闘音楽のような血がたぎる曲だ。
心情描写曲にもよい曲がある。金管楽器が温かく奏でる「Gone, but Not Forgotten」(トラック4)は、第1クール、第2クールを通して、フリーレンがかつての仲間を回想するシーンによく使われた曲。本作の重要なテーマである「過去の再発見」を象徴する楽曲と言える。
トラック26「Privilege of the Young」は、フリーレンに限らず、登場人物たちの心のふれあいのシーンにたびたび使われた曲。弦楽器、ピアノ、木管楽器などが奏でる、ぬくもりのある旋律に癒される。すでに紹介した第14話のフェルンとシュタルクが仲直りするシーンをはじめ、第17話でフリーレンがフェルンの看病をするシーン、第25話で作戦会議の最中にフリーレンが楽しそうな表情を見せるシーン、第27話でフリーレンがフェルンの魔法の杖を修理に出すシーンなど、数々の心に残るシーンを彩った。曲が始まって40秒を過ぎたあたりから現れるメインテーマの変奏が実にいい。名曲ぞろいの『フリーレン』の音楽だが、筆者がいちばん好きな曲はこの曲かもしれない。
トラック34「Waltz for Stark and Fern」と次の「Mirrored Lotus」は、それぞれ第14話と第17話のために書かれたフィルムスコアリングの音楽である。フリーレンがヒンメルからもらった指輪を探すシーンに流れた「Mirrored Lotus」は、フリーレンとヒンメルの絆を表現するようなメインテーマの美しい変奏が聴きどころ。
アルバムの最後を飾る「Song for the Beyond」はメインテーマのモチーフを含む、ノスタルジックでやさしい曲。第22話でフリーレンがヒンメルのことを回想するシーンに流れ、第28話では一級魔法使い試験に合格したヴィアベルが「おれをここまで連れて来たのは勇者ヒンメルの冒険譚だ」とフリーレンに語る場面に使われている。Evan Call自身も「お気に入りの楽曲」と語る、フリーレンの物語を総括するにふさわしい楽曲。オーケストラコンサートでは、アンコールの2曲目、公演の最後の曲として演奏された。
ほかにもコミカルな曲や雄大な曲、サスペンス曲など、語りたいことはあるが、きりがないのでこの辺で。
『葬送のフリーレン』の音楽は、これまでのファンタジーアニメの音楽とはちょっとレベルが(あるいは方向性が)違うな、と思える作品である。古代から現代まで続く西洋音楽の伝統の積み重ねとハリウッド映画音楽の技法が楽曲に反映されている。そして、精密に組み立てられた楽曲を巧みに使って、繊細な音楽演出が行われている。映像もそうだが、音楽にも「高みをめざす」想いを感じるのである。これからも視聴者の記憶の中に末永く残り、くり返し再発見される音楽になるはずだ。
TVアニメ『葬送のフリーレン』Original Soundtrack
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