第50話「此の子等へも愛を」についてもう少しだけ書いておく。
細部について触れることにしよう。直人が夫婦の家に辿り着くまでが興味深い。直人が原爆ドームの模型について知ったのは、同じホテルに泊まってるアントニオ猪木が土産物屋で購入して、他のレスラーに見せたことがきっかけだった。直人は猪木が模型を買った産物屋に行く。猪木が買った模型が最後のひとつであり、土産物屋には模型の在庫が無かったので、直人は土産物屋の主人に模型の製造元を教えてほしいと言うのだが、模型は問屋を通してくるので製造元は知らないと主人は答える。問屋の場所を教えてもらった直人はそこに赴き、模型の製造元を訊くが、問屋の男は教えることを渋る。なんとか教えてもらった直人は、ようやく夫婦が暮らす長屋に辿り着く。すんなりと夫婦のところに行かず、土産物屋から問屋、問屋から長屋という段取りを踏んでいるわけだ。『タイガーマスク』の他のエピソードなら、土産物屋の場面で事情をよく知っている人物が偶々現れて、夫婦が住んでいる場所を教えてくれるといったかたちで、物語をショートカットするはずだ。
また、エピソード後半で、三郎達が宿題をする場所がないことが問題になった時に、直人は地元の民生委員の家を訪ねる。そこで詳しい事情を聞いて一肌脱ぐことになるのだが、民生委員の家を訪ねるという展開が『タイガーマスク』の世界では異様に感じるくらいにリアルだ。いや、『タイガーマスク』以外の他のアニメでも、主人公が民生委員を訪ねるなんて展開は滅多にないはずだ。
夫婦の許に辿り着くまでの段取りをしっかりと踏んでいるのも、民生委員を登場させたのも、物語をより現実味のあるものにするためだろう。作品に現実感を与えて、視聴者に劇中で起きていることを、自分の身近で起きていることのように感じてもらいたかったのだろう。
以下はまた別の話だ。プロデュースサイドや演出サイドでは第50話「此の子等へも愛を」をもっと分かりやすく、被爆者家族の悲劇を描いた話にしたかったのではないか。
『タイガーマスク』DVD BOX第2巻の解説書(僕が構成・編集を担当している)に収録された斉藤侑プロデューサーのインタビューによれば『タイガーマスク』では各話のプロット(斉藤プロデューサーはそれを「設定書」と呼んでいた)を渡して、脚本家はそれを元にして脚本を書いていたのだそうだ。各話のプロットは短いもので、1話につき200文字詰め原稿用紙一枚程度のボリュームだった。
斉藤プロデューサーが、直人が原爆ドームの模型を作る被爆者家族と出会うプロットを書いた。その段階では被爆者家族の悲劇を描いたエピソードがイメージされていたのではないか。この回の脚本は柴田夏余。柴田夏余は『タイガーマスク』で濃密な仕事を多数残している。柴田が脚本を執筆するにあたってプロットを捻り、さらに捻り、前回紹介したような話に仕上げたのではないか。
第50話本編を観た後に、第49話についた予告を観てもらいたい。本編の映像を使ったものでありながら、予告では第50話が子供達の悲劇的な境遇を描いたものになっている。本編とはかけ離れたものとなっているのだ。プロデュースサイドが望んだのは、予告で示されたような内容だったのではないか。
僕は第50話を「他人の不幸を娯楽として消費すること」を皮肉を込めて描いたものだと受け止めているが、メタ的には作り手が不幸な境遇にいる人達をモチーフにして悲劇的なエピソードを作ろうとすることや、視聴者がフィクションを通じて他人の不幸を消費しようとする行為に対する皮肉にもなっているのではないか。
●『タイガーマスク』を語る 第6回 第54話「新しい仲間」 に続く
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