腹巻猫です。1月28日(日)に浅草・ニュー酒場フレンズで開催されるサントラDJイベント・サントラサーカス!2にDJとして参加します。ぜひおいでください! 詳細は下記を参照。
https://www.gekiban.soundtrackpub.com/news/2024/01/20240122.html
プリキュアシリーズ放映開始20周年を記念して、昨年からさまざまなイベントが開催されている。「全プリキュア展」「全プリキュア 20th Anniversary LIVE!」などなど。今回は20周年記念の施策のひとつとして放映された『キボウノチカラ オトナプリキュア’23』を取り上げよう。
『キボウノチカラ オトナプリキュア’23』は2023年10月から12月までNHK Eテレで放映されたTVアニメ。2007年と2008年に放映された『Yes!プリキュア5』『Yes!プリキュア5GoGo!』の主人公・夢原のぞみたちの成長した姿を描く作品である。
『プリキュア5GoGo!』の戦いからおよそ10年後(明確な年代は語られていない)。成長したのぞみたちは、それぞれの夢を実現したいっぽうで、現実の厳しさに悩む日々を送っていた。そんなある日、のぞみたちの街に謎のモンスター「シャドウ」が出現し、人々を襲い始める。今はプリキュアに変身する力を失ったのぞみたちは、シャドウに対抗することができない。しかし、大切な未来を守りたいと願うのぞみの前に光る蝶が現れ、のぞみはふたたびプリキュアに変身する力を手にする。オトナになったプリキュア5の新たな戦いが始まった。
まず、『Yes!プリキュア5GoGo!』では中学生だったのぞみたちの成長した姿が見られるのが本作の見どころ。声優も全員オリジナルのメンバーが再登板して、「あののぞみたちがこうなるのか」という驚きと感慨があった。そして、成長したのぞみたちがふたたびプリキュアに変身するのがもうひとつの見どころ。そのとき、のぞみたちが中学生の姿に戻るのが2番目の驚きだった。このアイデアはスティーブン・キングのホラー小説『IT』からヒントを得たのだという。
物語の前半ではオトナになったのぞみたちの日常が描かれ、思い通りにいかない現実に悩む姿が見られる。SNSの反応を見ていると、子どもの頃に『プリキュア5』を観ていた世代の女性は、のぞみたちを現在の自分と重ねて、共感するところが多かったようである。なお、公式では一貫して「大人」ではなく「オトナ」と表記しているので本稿もそれに倣うことにする。
プリキュア5のメンバーがひとりずつプリキュアに変身する力を取り戻し、さらに『ふたりはプリキュア Splash☆Star』のキャラクターも参戦して、物語は佳境を迎える。第9話でSplash☆Starのふたりが変身する場面は、そうなるだろうとわかっていても心にぐっとくるものがあった。
さて、音楽はプリキュアシリーズ第1作『ふたりはプリキュア』(2004)から『Yes!プリキュア5GoGo!』(2008)まで5作品の音楽を手がけた佐藤直紀が担当。TVシリーズとしては15年ぶり、『映画プリキュアオールスターズDX3』(2011)から数えても12年ぶりのプリキュアシリーズ復帰である。個人的には、これが本作一番のトピックスだった。
佐藤直紀は本作で、オトナになったのぞみたちの日常・心情を描く音楽や新たな敵シャドウを描写する音楽など30曲余りを書き下ろしている。旧作のBGMをリアレンジした曲もいくつかあるが、約30曲が新曲だ。
さらに、本編では『ふたりはプリキュア』から『Yes!プリキュア5GoGo!』までのオリジナルBGMも使用されている。プリキュアの変身シーンやアクションシーンはもっぱら旧作BGMが使用されるので、いやがうえにも盛り上がった。プリキュアシリーズ開始当初から選曲を手がけている水野さやかが、本作でも選曲を担当。プリキュア音楽を熟知した水野氏ならではの、旧作へのリスペクトあふれる音楽演出に唸らされた。
佐藤直紀は本作の音楽を担当するにあたり、旧作の音楽を聴きなおした上で作曲に臨んだという。旧作の音楽はストレートで勢いのある曲調だったが、本作はその路線を踏襲するのではなく、「オトナプリキュア」の世界観をしっかり打ち出そうと考えた、とインタビューで語っている。
その方向性がよく表れているのが、のぞみたちの心情を描く曲である。中学生時代ののぞみたちの気持ちは「よろこび」「悲しみ」「怒り」など、色分けのはっきりした、わかりやすい音楽で表現できた。しかし、オトナになったのぞみたちの心情は、ひとつのトーンでは表現しきれない。楽しい中にも不安や迷いが、悲しみの中にも希望が宿る。ひとつの色に染めきれない想いが複雑で繊細な響きで奏でられる。
また、この10年で佐藤直紀の音楽も変化(進化)している。
実写劇場作品『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005)に代表されるように、佐藤直紀の書く音楽の魅力のひとつが、心に響くメロディだった。しかし、近年の佐藤直紀はメロディを抑え、複雑な和声(ハーモニー)を用いたサウンド志向の曲を書く傾向にある。2023年に公開された『レジェンド&バタフライ』『ゴジラ-1.0』の佐藤直紀の音楽と『キボウノチカラ オトナプリキュア’23』の音楽には共通する要素が多い。これが現在の佐藤直紀サウンドなのである。
本作のサウンドトラック・アルバムは「キボウノチカラ オトナプリキュア’23 オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで、1月10日にマーベラスからCDと配信でリリースされた。CDは2枚組。収録内容は以下のとおり。
ディスク1
- 未来の鼓動
- 夢をかなえた先に
- Cafe & Bar TIME
- サブタイトル
- ベル
- ほろ苦い現実
- 輝いていたあの頃
- 仲間を迎えて(2023version)
- 不穏な予兆
- シャドウ
- 心に刺さるトゲ
- 進めない一歩
- 心の迷宮
- ベルの怒り
- ふたたびつかむ光
- 未来への約束
- ほほえみのエピローグ
- 夢でいっぱい(歌:春日野うらら[CV:伊瀬茉莉也])
ディスク2
- サブタイトル(Btype)
- はじける時間
- 迷う心(2023version)
- のぞみとココ
- 夢でいっぱい 〜Acoustic ver.〜(歌:春日野うらら[CV:伊瀬茉莉也])
- タイムフラワー
- ベルの記憶
- 絶望の未来
- 暴走するシャドウ
- 爆発する怒り
- 信じる仲間とともに(2023version)
- シャドウの猛威
- プリキュア登場(2023version)
- 戦うチームプリキュア
- バタフライエフェクト〜希望の力
- 素直な気持ちで
- 未来の選択
- 雫のプリキュア(歌:キュア・カルテット)
本作のために新たに録音されたBGM33曲とエンディング主題歌(「雫のプリキュア」)、挿入歌(「夢でいっぱい」)を収録。
構成は筆者が担当した。ディスク1はのぞみたちの日常描写からシャドウが出現し、プリキュアが復活するまでのイメージで、ディスク2は最終決戦に向けての展開をイメージして構成した。BGMは全曲収録を前提に進めていたが、諸事情により未収録が数曲ある。
1曲目「未来の鼓動」は本作のメインテーマとして書かれた曲。第1話の冒頭、のぞみのモノローグのバックに使用された。佐藤直紀は、この曲で「オトナになったキャラクターの物語であることをしっかり演出したいと思った」と語っている。ピアノとストリングスの静かな導入から、女声ボーカリーズが加わり、最後は心臓の鼓動の音で終わる。女声ボーカルはオトナの雰囲気を、鼓動は未来への希望と不安を象徴しているようだ。
ただ、ブックレット所収のインタビューでも語られているように、本編では女声ボーカルはオミットされ、鼓動の部分も流れなかった。また、最終話のラストシーンもこの曲で終わる構想があったのだが、実際には使用されていない。そのため、メインテーマとしての性質があいまいになってしまったのが残念なところ。代わりに本アルバムでじっくりと聴いていただきたい。
続く「夢をかなえた先に」(トラック2)と「Cafe & Bar TIME」(トラック3)は、のぞみたちの日常シーンに流れた曲。いずれも第1話から使われている。
トラック5「ベル」は物語のカギとなるキャラクター・ベルのテーマ。プリキュアと敵対するキャラだが、音楽は悲しみをたたえた重厚な響きで書かれている。物語が進むにつれ、その悲しみの理由が明らかになる。本曲のバリエーションである「ベルの怒り」(ディスク1:トラック14)、「ベルの記憶」(ディスク2:トラック7)、「爆発する怒り」(同:トラック10)は、ベルの心境の変化に合わせたアレンジである。
シャドウのテーマである「シャドウ」(ディスク1:トラック10)はサスペンスや脅威をストレートに表現するのではなく、シンプルな音型をくり返すミニマルミュージック的な曲想で書かれている。『ゴジラ-1.0』の音楽との共通点を見出すことも可能だ。「暴走するシャドウ」(ディスク2:トラック9)、「シャドウの猛威」(同:トラック12)は同じテーマのバリエーション。注目すべきは、ベルの曲が3拍子で書かれていて、シャドウの曲も8分の6拍子もしくは3拍子のリズムを基調に書かれていること。ベルとシャドウのあいだにつながりがあることが音楽的に表現されているのだ。
「ほろ苦い現実」(ディスク1:トラック6)は、本作の中でも重要な、オトナになったのぞみたちの心情を表現する曲。第1話で夏木りんが仕事のことで悩む場面や第2話でのぞみが転校した生徒・るみを心配する場面などに使用された。ニュートラルな(特定の感情を想起させない)淡々としたピアノのフレーズから始まり、ストリングスが重なって徐々に情感がふくらんでいく。不安とも悲しみともつかない複雑な響きから、終盤は希望的なトーンに転じて終わる。この重層的な響きは、過去のプリキュア音楽にない、「オトナプリキュア」ならではのものだ。「心に刺さるトゲ」(ディスク1:トラック11)、「進めない一歩」(同:トラック12)も同じタイプの楽曲である。
本編で筆者が特に印象に残ったのは「ふたたびつかむ光」(ディスク1:トラック15)という曲。成長したのぞみたちが、ふたたびプリキュアに変身する力を手に入れる場面に必ずと言ってよいほど流れていた。
細かく刻むストリングスのフレーズと低音の管弦楽器の唸りが、徐々に高まる緊張感と決意を表現。終盤に登場するホルンのメロディがプリキュアの力の復活を歌うが、少し陰りが感じられる。そこがいい。
「未来への約束」(ディスク1:トラック16)と「未来の選択」(ディスク2:トラック17)は、メインテーマの流れをくむ曲である。どちらも、のぞみたちが未来へ一歩踏み出そうとする場面などに使われている。不確かで、希望あふれる未来ではないかもしれないけれど、のぞみたちは手探りで歩き出そうとする。そんなシーンを彩った曲。最終話では戦い終わったあとのエピローグ(Bパート)に、「未来の選択」と「未来への約束」が続けて流れた。本作を代表する楽曲と言えるだろう。
あと大事な曲としては、最終話の決戦シーンを盛り上げた「戦うチームプリキュア」(ディスク2:トラック14)と「バタフライエフェクト〜希望の力」(同:トラック15)がある。「戦うチームプリキュア」は本作の音楽の中では珍しいストレートなバトル曲。「バタフライエフェクト〜希望の力」はプリキュアが最後の技を放つ場面で使用された。未来を変えていこうとする人々の想いが集まり、大きな力となる。本作のタイトルである「キボウノチカラ(希望の力)」を感じさせる壮大な曲だ。どちらも、シナリオから使用場面をイメージして書かれた曲である。次の「素直な気持ちで」(同:トラック16)も同様に、最終話のココのプロポーズの場面を想定して書かれた曲だ。
旧作BGMのリアレンジの中では、「信じる仲間とともに(2023version)」(ディスク2:トラック14)に耳を傾けてほしい。原曲はプリキュアが力を合わせて敵に立ち向かう場面をイメージした熱い曲なのだが、本作ではしだいに劣勢になっていくイメージにアレンジされている。
旧作BGMの使用では、『プリキュア5』『プリキュア5GoGo!』からの選曲が多いのは当然として、『ふたりはプリキュアSplash☆Star』と『ふたりはプリキュア』『ふたりはプリキュアMax Heart』の曲もけっこう使われている。第1話でのぞみがるみと話をする場面に『ふたりはプリキュア』の「未来を信じて」という曲が流れるなど、随所に「これは!」と思う選曲がされている。とりわけ、最終話の決戦シーンで『ふたりはプリキュアMax Heart』の「三人の絆」が流れたのは感動した。旧作のサウンドトラック・アルバムは現在、配信で聴くことができるので、劇中で流れた曲を探してみるのも楽しいだろう。
ただ、物語が進むにつれて、成長したのぞみたちの心情を描く曲の出番が少なくなり、旧作BGMが使用される場面が増えてきたのは、本作の独自性が薄まったようで少し惜しいなと思った。歴代プリキュアが共闘する「プリキュアオールスターズ」とあまり変わらなくなってしまうからだ。キャラクターの成長を描くこととプリキュアを描くことのバランスを取るのは難しい。答えは見つからないけれど。
オール新曲で構成された本アルバムは、いわば純度100%の「オトナプリキュア」の世界。佐藤直紀が構想した、オトナになったのぞみたちの音楽を味わってほしい。
キボウノチカラ オトナプリキュア’23 オリジナル・サウンドトラック
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