COLUMN

第245回 トムの胸の中には 〜トム・ソーヤーの冒険 音楽集〜

 腹巻猫です。SOUNDTRACK PUBレーベル第31弾として、12月21日に「トム・ソーヤーの冒険 音楽集」を発売します。1980年に放送された「世界名作劇場」第6作『トム・ソーヤーの冒険』の歌と音楽を集大成した2枚組CDアルバムです。音楽は惜しくも2020年に他界した服部克久が担当。アニメ音楽の代表作と呼べる作品でした。ぜひ、お聴きください!
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BNDKPSVH


 当コラムでは5年前にも『トム・ソーヤーの冒険』を取り上げたことがある。そのときは放送当時発売された音楽アルバム(LPレコード)の曲に内容を絞って紹介した。そして最後に「未収録のBGMを含めた完全版サントラの発売が待望される」と書いた。それがようやく実現した。

 「トム・ソーヤーの冒険 音楽集」は過去に発売されたレコードやCDの内容に未収録の音源を加えた完全版。今回はこのアルバムを取り上げて、『トム・ソーヤーの冒険』の音楽の全貌と聴きどころを紹介したい。

詳しい収録内容は下記を参照。
https://www.soundtrack-lab.co.jp/products/cd/STLC050.html

こちらで試聴用動画も公開中。
https://youtu.be/OMBF72idXJE

 「トム・ソーヤーの冒険 音楽集」の第1の注目ポイントは、1980年にキャニオン・レコードから発売された音楽アルバム「トム・ソーヤーの冒険」の完全復刻である。同アルバムには主題歌・挿入歌6曲とインストゥルメンタル6曲が収録されているが、過去にCD化されたのは歌ものだけ。インストゥルメンタルは1度もCD化されていなかったのだ。
 復刻にあたって、オリジナルのままの構成を再現することにこだわり、曲間(曲と曲のあいだの無音部分)の長さもLPレコードと同じ秒数になるように調整してもらった。アルバムは頭からまるごと聴くことを想定して作られているので、曲間も曲の雰囲気や曲の終わり方(フェードアウトなど)に応じて、曲ごとに微調整しているものなのだ。パソコンや携帯音楽プレーヤーに取り込んで聴く方も多いと思うが、機会があればぜひCDプレーヤーで頭から再生して、オリジナル盤の雰囲気を味わってみてほしい。
 実は本アルバムに収録された6曲のインストゥルメンタルは劇中では1度も使われていない。本編で「アルバムの曲では?」と思う曲は、もとになったオリジナルBGMのほうなのだ。アルバムの曲は1曲が長く、編成も厚く、アレンジも凝っているため、劇中では使いづらかったのではないかと想像する。服部克久は、アルバムは純粋に音楽作品として楽しんでもらいたいと思っていたのかもしれない。
 「トム・ソーヤーの冒険 音楽集」の第2の注目ポイントは、劇中で使用されたオリジナルBGMを完全収録したこと。オリジナルBGMは1999年発売のCD「懐かしのミュージッククリップ トム・ソーヤーの冒険」(東芝EMI)で40曲あまりが商品化されているが、今回は未収録曲を60曲以上増補した完全版とした。
 本作のBGM録音は2回行われている。1回目は1979年12月10日、2回目は1980年3月17日。1回目と2回目のあいだにアルバム用の録音が行われた(詳しい日付は不明)。
 2回の録音で収録されたBGMは100曲以上。そのうちわけは、トムのテーマ(主題歌「誰よりも遠くへ」のアレンジ)、ハックのテーマ、ポリーおばさんのテーマ、物語の舞台である19世紀のアメリカ中西部をイメージさせるジャズ風の曲、ゆったりとした情景描写曲、トムのいたずらシーンに流れるコミカルな曲、インジャン・ジョーの登場場面などに流れるサスペンスタッチの曲などである。19世紀に活躍したアメリカの作曲家スティーブン・フォスターの楽曲も3曲用意された。
 なかでも印象深いのは、トムがいたずらをしかけたり、失敗したりする場面のコミカルな曲。ずばり「先生に叱られるトム」と名づけられた曲もある(この曲名はマスターテープに記載されていた)。タイトルどおり、トムが先生に叱られる場面によく流れた、とぼけたマーチ調の曲だ。
 また、本作では数秒から数十秒ほどの短い音楽(いわゆるブリッジ)が40曲ほど作られ、効果的に使われている。コミカルなシーンにブリッジを重ねることで笑いを誘う、古典的なギャグアニメ風の使い方である。過去の「世界名作劇場」ではこういう演出はあまり見られず、本作で「あ、なんか雰囲気変わったな」と思ったところのひとつだ。ブリッジ曲の大半は今回のアルバムが初収録である。
 BGMの構成は、基本的に物語に沿って使用曲を並べる形にした。といっても、本作は全体をつらぬく大きなストーリーがあるわけではないので、エピソード順と使用順にはそれほどこだわっていない。自由にストーリーや場面を思い浮かべながら聴いてもらいたい。
 BGMコレクションの頭には「物語の始まり」「ミシシッピー川のほとりで」「風わたる緑の丘」の3曲を収録した(ディスク1のトラック14〜16)。「物語の始まり」はオープニング主題歌のメロディをオーケストラで演奏した雄大な曲。曲名はマスターテープに記載されていたもので、服部克久は物語の序曲のイメージで書いたのだろう。この曲は実際は本編では使用されなかった。続く「ミシシッピー川のほとりで」「風わたる緑の丘」の2曲は初期のエピソードで使用された、しっとりとした曲調の情景描写曲。いずれも服部克久らしい、さわやかで品のよい曲である。物語が進むにつれて、こうした曲に合う場面が少なくなったためか、使われなくなったのがもったいない。
 次の「トムとハックのディキシー」(トラック17)からいよいよ『トム・ソーヤーの冒険』らしい雰囲気になる。この曲はハックのテーマとして書かれたメロディをディキシーランドジャズ風に演奏した曲。ハックだけでなくトムのシーンにもたびたび使用されている。「トム・ソーヤーらしい」と感じる曲のひとつだ。
 トムのいたずらシーンに流れる曲が続いたあと、フォスターの名曲「金髪のジェニー」(トラック22)で雰囲気は一転。トムとベッキーの出逢いを彩るロマンティックな曲を続けてみた。ストリングスとピアノによるオープニング主題歌の美しいアレンジ「トム、ロマンティック」(トラック23)は初収録である。
 ジャジーな「なまけものトム」(トラック27)からふたたびユーモラスなムードに。次の曲「猫のように忍び足」から「トムのお葬式」(トラック34)までは、トムたちが家出してミシシッピー川の小島で気ままな日々を送る第13話〜16話のイメージで構成した。このブロックに収録した「冒険者たち」(トラック31)は『トム・ソーヤーの冒険』の音楽の中でもちょっと変わったタイプの曲である。クロスオーバージャズ風のしゃれたサウンドが大野雄二の『ルパン三世』の音楽みたい。本編では2回しか使われていないが、印象に残る曲だ(初収録)。
 次回予告音楽とエンディング用の曲をまとめた「冒険はつづく」(トラック35)でディスク1は終わる。

 ディスク2は第2回録音の楽曲を中心に収録した。
 ハーモニカやギターが奏でる「毎日が夏休み」(トラック3)が抜群にいい。ブルージーなメロディを使った、のんびりムードの曲である。この曲をアップテンポにしたのがトラック23の「トムは人気者」(初収録)。第2回録音におけるトムのテーマとも呼べるメロディーだ。服部克久は洗練された品のよい曲を書く作家というイメージがあるが、こういうとぼけた曲やユーモラスな曲もうまいのだなあ、と認識をあらためた。
 トラック10「星降る夜の祈り」は第31話で1度だけ使われた曲(初収録)。ハックが亡き母のために祈りを捧げるラストシーンで流れている。ピアノとストリングスを主体にした美しい曲だ(服部克久の曲といえばこういうイメージですよ)。このエピソードはトムがポリーおばさんのスプーンの数をごまかすコミカルなシーンが見どころなのだが、最後は感動的に締めくくられる。
 トラック11「気球がやってきた」からトラック14「あこがれを胸に」までの4曲は、トムたちの村に気球がやってきて騒ぎになる第34〜37話のイメージで構成。ダイナミックな曲調の「気球がやってきた」はもともと蒸気船のイメージで書かれた曲。アルバム「トム・ソーヤーの冒険」では、この曲をアレンジした「はるかなる蒸気船」という曲がB面の1曲目に収録されている。本作の音楽の中でも、とびきり華やかで躍動感のある曲である。「空からの眺め」(トラック13)と「あこがれを胸に」(トラック14)の2曲もいい。トムたちが気球に乗って飛ぶ場面、そして村に帰ってくる場面に流れた。いかにも「空の旅」というイメージのさわやかで広がりのある曲調に胸が熱くなる(ともに初収録)。
 音楽集の終盤、トラック30「インジャン・ジョーのゆくえ」からトラック34「希望の光」までの5曲は、インジャン・ジョーの復讐を恐れていたトムが洞窟の中でインジャンに遭遇するエピソード、第46話〜48話のイメージで構成した。トラック32の「せまる危機」はトムのピンチをスリリングに描写する音楽。サスペンス映画のクライマックスみたいでドキドキする。アップテンポのアクション曲「勇気ある追跡」(トラック33)を経て、ストリングスがおだやかに奏でる「希望の光」(トラック34)がトムのほっとした気持ちを表現する。聴きながら絵が浮かぶような流れを意識した。
 BGMコレクションの最後のパートは、トムと仲間たちのテーマを集めた。オープニング主題歌のメロディをフルートがやさしく演奏する「トムの胸の中には」(トラック35)、ハックのテーマの変奏「はだしで走ろう」(トラック36)、軽快な行動曲「トムとハックと仲間たち」(トラック37)。
 「トムの胸の中には」は、Mナンバー「M-1」が振られたBGMである。マスターテープに記載されたタイトルは単に「トムのテーマF」となっていたが、「M-1」は多くの場合メインテーマなど重要な曲に振られる番号なので、収録する位置と曲名は少し悩んだ。考えたすえ、大事件を経験して、少し成長したトムをイメージして収録した。
 締めくくりの曲はオープニング主題歌のディキシーランドジャズ風アレンジ「調子のいいトム」。やはりトム・ソーヤーの物語のラストは明るくにぎやかでなくては。
 ディスク2の末尾にはボーナストラックとして主題歌2曲のオリジナル・カラオケを収録した。歌う前に、まずはじっくりとカラオケに耳を傾けたい。特に「ぼくのミシシッピー」は1番と2番とリフレインがすべて違うアレンジになっているのが感動的。「音楽の料理人」と呼ばれた服部克久のみごとなアレンジを味わってほしい。
 ようやく実現した『トム・ソーヤーの冒険』の完全版音楽集。追悼盤と呼ぶには遅くなってしまったが、メモリアルの思いを込めてリリースする。服部克久の代表作のひとつを収めたアルバムとして、愛聴していただければ幸いである。

 ところで「トムの胸の中には」何があるのだろう?
 勇気? 希望? 夢?
 もちろん、それもあるだろうけど、それだけじゃない。トムの胸の中には、いつもミシシッピー川が流れているのさ。

トム・ソーヤーの冒険 音楽集
Amazon