腹巻猫です。今週から新しい連続テレビ小説(朝ドラ)「舞いあがれ!」が始まりました。主演がクッキングアイドルまいんちゃんであり、キュアカスタードである福原遥さん。音楽が富貴晴美さんということで大いに楽しみ。主人公が空にあこがれる女性である点も、劇場アニメ『ブルーサーマル』や76年放映の朝ドラ「雲のじゅうたん」(音楽は坂田晃一)を思い出させてわくわくします。大きく舞いあがってほしい。
8月に公開された『劇場版ツルネ —はじまりの一射—』をようやく観に行った。
なんとなく腰が重かったのは、これがTVアニメ『ツルネ —風舞高校弓道部—』の総集編的な作品であり、音楽も含めて音響が一新されていると聞いたからだ。
特に音楽は、作曲家がTVアニメ版の富貴晴美から横山克に交替している。TVアニメ版の音楽がとてもよく、音楽ともども印象に残るシーンも多かっただけに、劇場版がよくても悪くても、なんとなくもやっとするような気がしていた。
しかし、観てよかった。TVアニメ版とは印象の異なる1本の作品に仕上がっている。音楽も想像をはるかに超えてよかった。TVアニメ版とはまったく異なる方向の音楽になっていて、比べる意味がない。TVアニメ版も劇場版も、どちらもよいのだ。
劇場版のベースになったTVアニメ『ツルネ —風舞高校弓道部—』は2018年10月から2019年1月まで放映された作品。綾野ことこの原作小説を京都アニメーションが映像化した。弓道に打ち込む高校生たちの青春を描く物語だ。
『劇場版ツルネ —はじまりの一射—』はTVアニメの放映から3年余りを経て公開された劇場版である。TVアニメ版の映像が使用され、大まかなストーリーは変わらないが、新作カットも追加されている。
劇場版の大きな特徴は、セリフの再アフレコが行われ、効果音と音楽も作り直されていること。劇場によっては7.1chによる上映が行われている。音響を一新した効果は抜群で、本作を象徴する音である弦音(ツルネ)=弓の弦の鳴る音や矢が飛ぶ音、矢が的を射る音などが、全身に響くほど臨場感たっぷりに聴こえる。
物語のまとめ方も感心した。
TVアニメ版は弓道部員とその周辺のキャラクターが織りなす群像劇の趣がある。個性の異なる少年たちが互いに競い合いながら成長し、友情を育んでいく姿が「青春ドラマ」という感じで清々しい。
いっぽう劇場版のほうは、主人公の鳴宮湊にぐっとフォーカスを絞った物語になっている。余計なエピソードをばっさりカットし、TVアニメの終盤の展開をクライマックスに据えて、そこに向けてすべてが収斂していくように再構築されている。劇場版としてすっきりした姿にまとまっているのだ。総集編ベースの作品であることを忘れるくらいである。
そして音楽。
TVアニメ版の富貴晴美の音楽はすごくよかった。弓道の凛としたイメージ、青春もののさわやかさ、躍動感、切なさなどが、ピアノ、ギター、ストリングスなどの生楽器を中心にした音楽で表現されている。
劇場版の音楽は横山克。当コラムで取り上げた『四月は君の嘘』をはじめ、アニメ、ドラマ、劇場作品の音楽を数多く手がけ、その実力は誰もが認めるところ。10月から始まる『うる星やつら』も楽しみだ。だから不満があるわけではないが、最初に書いたように、TV版がよかっただけに、ちょっともやっとしたのである。
ふりかえれば、TV版と劇場版とで作曲家が代わるのは珍しいことではない。TV『新竹取物語 1000年女王』(音楽・宇崎竜童、朝川朋之)と劇場『1000年女王』(音楽・喜多郎)、TV『北斗の拳』(音楽・青木望)と劇場『北斗の拳』(音楽・服部克久)など、「劇場作品は劇場作品」と割り切って音楽をがらっと変える例は昔からあった。
しかし、TV版の映像を使った総集編的作品で音楽担当が代わるのは珍しいと思う。『科学忍者隊ガッチャマン』はボブ佐久間(TV版)からすぎやまこういち(劇場版)に交替しているが、これは特殊な例だろう。TVシリーズを熱心に観ていたファンは、音楽込みで場面を記憶し、音楽が感動に結びついている。TVシリーズのファンを呼び込みたい劇場作品で音楽を変更することは冒険である。
作曲家にとっても、同じ映像に別の音楽をつける仕事はプレッシャーを感じるのではないだろうか。
が、本作の横山克の音楽は、観る側の不安や想像をはねとばす、みごとなものだった。観る前からあれこれ考えて「大きなお世話だったなあ」と思ったくらい。まったくブレのない、直球勝負の音楽である。
劇場版のドラマが鳴宮湊にフォーカスを絞っているのと同じように、映画音楽も鳴宮湊の内面にぐっとフォーカスを絞っている。筆者は劇場版を観ながら、「これは湊のための作品であり、音楽だな」と感じていた。後日サントラ盤を入手してライナーノーツを読んだら、横山克が「本作は、湊のために、音楽の全てを向けて書きました」とコメントしていたので、筆者は「うんうん」と大きくうなずいたのだった。
本作のサウンドトラック・アルバムは8月21日に「『劇場版ツルネ —はじまりの一射—』オリジナルサウンドトラック」のタイトルでバンダイナムコミュージックライブから発売された。収録曲は以下のとおり。
- Tsurune the Movie – The Sound of Origin
- A Winding Road
- Body of Kyudo
- Mind of Kyudo
- Okonomeeting
- That Sound
- First and Last
- Do You Like Kyudo?
- Lost Target
- For Yourself
- One Target
- I Will Wait for You
- Question the Past
- Saionji Knows
- Masaki’s Confession
- Go Masaki!
- Fly Against the Wind
- Masaki in Accident
- Eyes on the Target
- His Words
- Like a Flower
- Tailwind
- When the Rain Is Gone
- Tsurune the Movie – The First Shot
- Where the Rivers Meet
- Hand(歌:ラックライフ)
- Next Season
劇中曲を使用順に並べ、主題歌も収録した理想的な構成のアルバムである。
音楽はメロディを抑えたストイックな曲調で書かれている。特に作品の前半は、登場人物のゆらぎ、震える感情をシンプルなサウンドで描写する曲がほとんどだ。心のサウンドスケープを描く音楽とでも言おうか。シーンを盛り上げすぎない寡黙な感じの音楽が、弓道のイメージや作品全体のトーンと合っている。
特に印象的なのはメインテーマである(と思われる)1曲目の「Tsurune the Movie – The Sound of Origin」。ピアノと薄い弦と控えめなリズムが奏でる曲だ。最初のピアノの音が弓から矢が放たれる音のように聴こえる。後半に現れるピアノとリズムによる緊張感のあるパートは射手が矢を射る場面にかかる「一射のテーマ」とも呼ぶべきモティーフ。PVにも使われ、本作を象徴するサウンドになっている。
作品が進むにつれて、音楽が少しずつ色づいてくる。弓をうまく射れなくなっていた湊が自信を取り戻し、弓道部の結束も増していくにつれ、音楽の音色や響きが豊かになっていく。この音楽設計は劇場作品ならではだ。
トラック21「Like a Flower」ではメインテーマの緊張感のあるパート(「一射のテーマ」)が反復され、タイトルどおり「花が開くような」湊の復活を音楽で表現する。
それに続く、トラック22「Tailwind」、トラック23「When the Rain Is Gone」が、抑えめながらも解放感のある曲調で書かれているのもいい。
トラック24「Tsurune the Movie – The First Shot」はメインテーマの変奏。木管楽器が加わり、弦の音も大きくなり、情感豊かな演奏になっている。湊や弓道部員たちの成長が音楽にも反映されているのだ。
本作の音楽は録音にもこだわりがある。管弦楽とコーラスはブルガリアで録音。チェロのソロやギター、ドラムスなどを日本で録音している。海外録音だからよいというわけではないが、ヨーロッパのミュージシャンのストリングスや管楽器は「よく鳴る」というのは音楽スタッフからしばしば聞く話である。音が重要な作品なだけに、音楽も「鳴り方」にこだわったのではないか、と筆者は考えている。
『劇場版ツルネ —はじまりの一射—』の音楽は、音楽としても、サウンドとしても、みごとに鳴っている。TVアニメ版の総集編だから、音楽が違うから、と敬遠していてはもったいない。音響設備の整った劇場で、ぜひ体験してもらいたい作品である。
2023年1月からは、『ツルネ』のTVアニメ第2期がスタートするという。音楽はどうなるのか。ドキドキしながら、待っている。
『劇場版ツルネ —はじまりの一射—』オリジナルサウンドトラック
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