COLUMN

第226回 特別な瞬間 〜スーパーカブ〜

 腹巻猫です。去る2月に急逝されたアニメーター・大橋学さんの追悼上映会が3月5日と6日に三鷹で開催され、参加してきました。両日とも上映終了後にトークセッションがあり、大橋さんの仕事や人柄を偲ぶことができました。
 その中で上映された『ちびねこトムの大冒険 地球を救え!なかまたち』(大橋学さんがキャラクターデザインと作画監督を担当)が4月にMorc阿佐ヶ谷で上映されます。未見の方はこの機会にぜひどうぞ。
https://www.morc-asagaya.com


 今回紹介するのは昨年(2021年)4月から6月まで、全12話が放送されたTVアニメ『スーパーカブ』の音楽。
 昨年、筆者が観て気に入った作品のひとつである。サウンドトラックの特殊なリリース形態も気になった。そのことは、あとで触れたい。
 『スーパーカブ』は、トネ・コーケンのライトノベルを、監督・藤井俊郎、アニメーション制作・ スタジオKAIのスタッフでアニメ化した作品。
 親はいない、お金もない、趣味もない、友達と呼べる人も将来の目標もない、ないないづくしの女子高校生・小熊。坂道を自転車で通学するのに疲れたある日、中古のスーパーカブを破格の安さで手に入れる。カブに乗り始めた日から、小熊の日常は一変した。目に映る景色が色づき、同じくカブに乗る同級生・礼子と話をするようになった。小熊の世界は少しずつ広がっていく。
 小熊の日常を丁寧に描く、一見地味な作品だ。ふだんは人物も背景も彩度を落として描かれているので、ますます地味に見える。しかし、小熊が初めてカブに乗った場面ではぱっと色彩が鮮やかになり、小熊の感動が目に映る情景を通して伝わってくる。この「心が動いたときに世界が色づく」演出は全編を通して使われていて、本作の特徴のひとつになっている。
 丹念な日常描写と、小熊の個性的な言動が見どころで、目が離せない作品だった。スタジオKAIのサイトに掲載された根元歳三(シリーズ構成・脚本)のインタビューを読んだら、『赤毛のアン』のような作品をやりたいと思っていた……と書かれていて、なるほどそういう方向なんだと納得した。
 なにげない日常の中に、輝くような特別な瞬間がある。これはそういう瞬間をとらえた作品である。

 本作は音楽演出にも特徴がある。音楽が流れる場面が極端に少ないのだ。第1話ではわずか3曲しか流れない。第2話では5曲。以降も5曲から6曲というのが標準的な曲数で、意図的に音楽の使用を抑えていることがわかる。
 どこにどんな曲を入れるかは、藤井俊郎監督のプランによるものだそうだ。スタジオKAIのサイトのインタビューで、藤井監督は、場面を説明するようなわかりやすい音楽演出は避け、音楽と映像がどちらも印象に残るように、「ここは絶対必要だと感じるところに音楽を乗せたかった」と語っている。
 結果、音楽が流れるシーンが際立ち、音楽が聴こえることが特別な意味があると感じられる作品になった。音楽もまた、いつもと違う「特別な瞬間」の表現なのである。
 本編ではクラシック音楽が多用されている。これも本作の特徴のひとつ。選曲は藤井監督自身によるもので、脚本制作と並行して選曲が進められた。最終的に、ドビュッシー、ラベル、サティ、ショパンらのピアノ曲を中心に16曲が使用されている。使用された音源はすべて本作のために演奏されたものだ。原曲そのままではなく、使用するシーンに合わせて、テンポや長さを調整して演奏されている。
 印象的なものを挙げると、まず第1話の冒頭に流れるドビュッシーの「アラベスク 第1番」。山梨県の自然豊かな街の情景を瑞々しい音色で彩って、視聴者を作品世界へと導く。同じ第1話の終盤ではドビュッシーの「月の光」が流れて、カブを手に入れた小熊の心情を伝えている。
 第3話のラストで小熊が礼子から携帯電話の番号を書いた紙をもらう場面では、リストの「愛の夢」が流れて、小熊のときめきを表現する。ロマンティックな演出だ。
 第11話冒頭で、小熊が川に落ちた同級生・椎を救助に向かう場面。この場面だけはピアノ曲ではなく、ビバルディのバイオリン協奏曲「冬」が選曲されている。細かく刻まれる弦のフレーズが小熊の不安と焦燥を表現する。映画音楽的な使い方である。
 そして、第12話の冒頭では、エルガーの「朝の挨拶」がピアノソロで演奏されて、特別な1日の始まりを印象づける。
 よく考えられた、そして、とてもぜいたくな音楽演出である。
 こうしたクラシック曲を補完するのが、本作のために作られたオリジナル楽曲。作曲は石川智久とZAQの2人が担当した。
 石川智久は、TVアニメ『ウィッチクラフトワークス』(2014)、『魔法陣グルグル』(2017)等の音楽を手がけたテクノユニット「TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND」のメンバーで、単独でもTVアニメ『イノセント・ヴィーナス』(2006)、『黒神 The Animation』(2009)、『咎狗の血』(2010)等の音楽を担当している。ZAQはアニメやゲーム作品への楽曲提供などで活躍するシンガーソングライター。劇伴音楽を手がけるのは本作が初めてだった。
 音楽制作にあたっては、日常感を重視した作品なので、「劇伴もドラマチックにならないように」とリクエストされたという。クラシック曲の音源制作も石川智久が担当している。
 本作のために作られたオリジナル楽曲は全22曲。クラシック曲が別にあるとはいえ、1クールのアニメとしては驚くべき少なさだ。しかも、そのうち半分くらいは1回か2回しか使われていない。そのため、あたかもその場面のために書かれた曲のように感じられる。
 特定のシーンにしか使われない曲があるいっぽう、何度も使われた曲もある。フィルムスコアリングと溜め録りをミックスした作り方である。曲の分担は2人で相談して、ギターが入る曲はZAQ、ゆったりしたテンポの曲は石川、といった具合に得意分野を考慮して決めていったという。
 こうして作られたクラシック音楽とオリジナル音楽が、本作の「特別な瞬間」を彩ることになった。

 本作のサウンドトラック・アルバムは、2021年8月に発売されたBlu-ray BOXの特典の形でリリースされた。といってもパッケージに入っているのはCDではなくDLカード。カードに記載されたコードを指定されたサイトで入力すると音源がダウンロードできるしくみだ。ダウンロード期限は2024年8月31日まで。
 この仕様を知ったとき、「サントラもついにここまで来たか……」と思った。同梱CDであれば、発売時に買い漏らしても、あとから入手することが可能だ。が、こういうシステムだと、あとからBlu-ray BOXを入手しても、ダウンロード期限が過ぎれていればサントラは手に入らない。ダウンロード回数にも制限があるようなので、期限内であっても、すでに使用されていればダウンロードできない。買い逃し禁物の仕様なのである。
 筆者もBlu-ray BOXを買ってサウンドトラックをダウンロードした。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 時速20キロ
  2. 朝は来る
  3. お昼休み
  4. いつものように
  5. どこにでもいける
  6. スーパーカブ
  7. カブラグ
  8. スーパーカブ ボサノバ
  9. 春への伝言 晴
  10. スーパーカブに乗って
  11. エフエム
  12. 春への伝言 雨
  13. 夏の変わり
  14. 高校2年、夏
  15. 富士を制す
  16. もっと高く
  17. まほうのかぜ 雲
  18. 秋の準備
  19. まほうのかぜ 雪
  20. 遠い春
  21. バール
  22. メヌエット
  23. まほうのかぜ (TV size)
  24. 春への伝言 (TV size)

 オリジナル楽曲22曲をすべて収録している。クラシック曲と効果音的に使用されたピアノの単音ブリッジは未収録。ファンとしては、クラシック曲も入れてほしかった……と思うが、オリジナル曲だけでも聴けるのはうれしい。
 1曲目の「時速20キロ」は第1話で小熊が初めてカブに乗って走り出すシーンに流れた曲。カブの速度に合わせて、速すぎないくらいのテンポで作られている。ピアノのメロディが軽やかにはずむ3拍子の曲だ。この曲は小熊がカブに乗るシーンにたびたび(ぜんぶで6回)選曲されている。
 おなじくカブをテーマにした曲が、6曲目の「スーパーカブ」と10曲目の「スーパーカブに乗って」。「スーパーカブ」はピアノとギターなどが奏でる、スローテンポのやさしい雰囲気の曲。小熊のカブへの想いを表現しているようだ。第3話の冒頭で、小熊が「カブのある生活に慣れてきた」と思う場面などに流れている。
 「スーパーカブに乗って」はピアノとシンセ、ギター、オーボエなどのアンサンブルによる軽快な曲。風を受けて走る爽快感が感じられる。第8話で小熊と礼子が秋の道を走る場面に流れた。第3話では、この曲からピアノやオーボエの音を抜いたミックス違いが使用されている。
 2曲目からの3曲、「朝は来る」「お昼休み」「いつものように」は、もっぱら日常的なシーンで使われた。第2話冒頭の小熊の登校シーンに流れた「朝は来る」はピアノのメロディが美しい、さわやかな曲。第11話のラストで、小熊が「椎を追いかけていたのは自分だ」と思う場面も印象に残る。
 「お昼休み」は第2話で礼子が小熊に話しかけてくる場面に使用。小熊と礼子、椎たちのおだやかなひとときに流れる曲である。ピアノ(キーボード)とオーボエが会話しているような構成が楽しい。
 「いつものように」については、作曲した石川智久が「小熊の孤独な朝をイメージした暗めの曲」と語っている。ピアノとオーボエをメインに演奏される、ややメランコリックな曲。第2話の小熊の起床から登校シーンなど、小熊にとっての「いつもの日常」を描く曲である。
 5曲目の「どこにでもいける」は、ピアノのシンプルなフレーズとストリングスのメロディによる、高揚する心を描写する曲。第2話のラストで、下校中の小熊が自宅に向かう道をそれて寄り道をする場面に流れた。第6話で小熊が修学旅行のバスに追いつく場面にもこの曲が流れる。カブに乗ることで小熊が手に入れた「特別な瞬間」を象徴する曲なのである。
 14曲目からの3曲、「高校2年、夏」「富士を制す」「もっと高く」は、礼子が富士山への登る道をカブで走ろうとする第5話で使用された。ほかの曲とはテイスト異なるロック調の楽曲である。
 「まほうのかぜ 雲」と「まほうのかぜ 雪」はオープニング主題歌「まほうのかぜ」の、「春への伝言 晴」と「春への伝言 雨」はエンディング主題歌「春への伝言」の、それぞれアレンジ曲。「まほうのかぜ 雲」は椎の実家のカフェ「BEURRE(ブール)」のシーンで何度か流れている(店内BGMではない)。「まほうのかぜ 雪」は口笛を使ったアレンジが楽しい曲で、なんといっても第10話の雪原で遊ぶ小熊と礼子の場面が最高。
 「春への伝言 雨」はタイトルどおり、小熊がレインコートを着てカブで走る場面(第4話)に流れたが、「春への伝言 晴」は変わった使われ方をしている。小熊や礼子が訪れるホームセンター「コメリ」の店内BGMとして使われているのだ。
 店内BGMとして使われた曲はほかにもある。11曲目の「エフエム」は中古カー&バイク用品店「UP GARAGE」の、21曲目の「バール」は中古ショップ「GOOd-OFF」の店内BGMとして使用。22曲目の「メヌエット」は、文化祭で小熊のクラスが開いたバール(イタリア風カフェ)の店内BGMに使われた。
 ハンドクラップを取り入れた18曲目の「秋の準備」は、第7話でクラスのピンチを救うために小熊と礼子がカブで出かける準備をする場面や第10話の雪道を走る小熊と礼子の場面などに選曲。カブ仲間同士が過ごす楽しい気持ちが伝わってくる曲だ。
 20曲目「遠い春」は、第11話で川の中から救い出された椎が小熊の家でお風呂に入るシーンに1回だけ流れた。ピアノのゆったりしたメロディが椎のほっとした心情を表現している。
 1話あたりの使用曲数が少ない本作だが、例外的なエピソードがふたつある。ひとつは第6話。この回だけは音響監督の矢野さとしが選曲を担当している。インタビューで矢野が「つい曲を入れてしまうんです。音楽で表現してしまう」と語っているように、使用曲数は9曲と多め。ピアノの単音ブリッジも数カ所使われていて、説明的な印象だ。もっとも、アニメの音楽演出としてはこれくらいがふつうなのだろう。
 もうひとつは、最終回となる第12話。この回も9曲が使用されている。ただし、第12話は小熊と礼子と椎の3人がカブに乗って、山梨から鹿児島まで桜を見に行くエピソード。全編がいつもと違う、特別な時間なのである。だから音楽も、エルガーの「朝の挨拶」に始まり、「まほうのかぜ 雲」「時速20キロ」「スーパーカブ ボサノバ」「秋の準備」「お昼休み」「まほうのかぜ 雪」と、明るく軽やかな曲の連続で小熊たちの旅に寄り添う。
 旅の終わり、満開の桜を前にした小熊たちの場面に流れるのが「スーパーカブ」。本作にはメインテーマ的な曲は設定されてないが、それにもっとも近いのがこの曲だと思う、と石川智久がインタビューで語っている。その言葉を裏づけるような選曲である。
 そして、ラストシーン、椎が新しく買ったカブを小熊と礼子に見せる場面。13曲目の「夏の変わり」が流れる。「どこにでもいける」をよりポジティブにしたような曲で、カブに乗り始めて変わっていく小熊の日常や心情がイメージされる。第6話のラストで小熊が「いつまでも走り続けよう、このスーパーカブと一緒に」と思う場面にも、この曲が流れていた。本作の音楽の中でもとりわけ印象的な楽曲のひとつである。

 本作のために作られたオリジナル曲は、わずか22曲。曲数が少ないからこそ、1曲1曲が場面と結びつき、曲を聴けば映像やセリフや、番組を観ていた当時の思い出がよみがえる。それもまた、かけがえのない特別な瞬間だ。日常の中にも輝く瞬間があることを、スーパーカブの音楽は思い出させてくれる。

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