腹巻猫です。ドルビーシネマ版『銀河鉄道999』と『さよなら 銀河鉄道999 —アンドロメダ終着駅—』を観て、軽く衝撃を受けました。
きりっと締まった黒の再現がすばらしく、全体の色味も引き締まって見える。画面のすみずみまで鮮明に映し出され、全編が見どころと言っていいくらい。「これまで観ていたのはなんだったのか……」と思ってしまいました。音響も、音楽がステレオで再ダビングされ、セリフ、効果音、音楽の分離が明瞭になり、臨場感が格段に増しています。
『銀河鉄道999』は初見当時の感動がよみがえり、さらに新たな魅力を触れたような幸せな気分に。
『さよなら 銀河鉄道999』はもっと衝撃的でした。セリフが聞き取りやすくなったこともあり、「あ、そういうことか」と、長年、疑問に思っていたことが自分の中で解決して、作品の印象が変わってしまいましたよ。
ドルビーシネマ版すごい(これまでちゃんと観てなかっただけかもしれません)。
ということで、今回はサウンドトラック盤として発売された「交響詩 さよなら銀河鉄道999 —アンドロメダ終着駅—」を聴いてみよう。
本作の音楽は、当コラムで一度、シンセサイザーファンタジー版を取り上げたことがある。今回はオリジナルのオーケストラ版のほうである。
『さよなら 銀河鉄道999 —アンドロメダ終着駅—』は1981年8月に公開された劇場アニメ。劇場版『銀河鉄道999』の2年後を描く続編である。
音楽は1作目の青木望に代わって東海林修が担当した。もともと本作の音楽は全編シンセサイザーで制作するプランがあったが、生命の賛歌を謳う作品のテーマとの相性を考え、生オーケストラを選択した、と東海林修が証言している。
1作目の『銀河鉄道999』の音楽は60人以上の大編成オーケストラで演奏された。今回はそれを上回る、76人編成のオーケストラ(それにコーラスが加わる)である。また、1作目はポップスのリズムセクションを加えたポップス・オーケストラのスタイルだったが、今回はリズムセクションなしの古典的なクラシック編成のスタイルで演奏されている。
これだけの編成になると、演奏会用のホールにオーケストラを入れて録音する、いわゆる「ホール録音」を行うことが多いのだが、本作ではスタジオ録音が行われた。
スタジオ録音といっても、今ではあたりまえになった、楽器セクションごとに分けて録るスタイルではない。すべての楽器がいっせいに音を出す同時録音である。76人ものオーケストラが入るスタジオがないので、演奏者を複数のスタジオに分けて配置し、カメラでモニターしながら、同時録音を行ったという。結果、同時録音のライブ感がありながら、楽器の音の分離がよい最高の録音に仕上がった。LPレコードのジャケットには、当時のスタジオのレイアウトとマイクロフォンの配置図が掲載されている。
このとき使用されたのが、かつて赤坂にあった日本コロムビアの録音スタジオ。1960年代に創建された当時は「東洋一のスタジオ」と呼ばれ、本作録音時には改修が終わったばかり。オーケストラの規模といい、スタジオをフルに使った録音方法といい、コロムビアの総力を挙げての音楽制作だったことがうかがえる。
ポップスのリズムセクションが入ってないこともあって、音楽の印象は1作目よりも重厚でシリアスなものになった。これは作品の雰囲気にも合っている。そのいっぽうで、メーテル登場場面の音楽などに、ポップスの名アレンジャーとして活躍した東海林修らしいセンスが発揮されているのが魅力だ。
サントラファンとしては、ジョン・ウィリアムズっぽいフレーズが聴こえたり、東海林修が1982年に手がけた劇場アニメ『SPACE ADVENTURE コブラ』とのモティーフの類似が気になるところだが、今となってはそれも愛おしい。
本作のサウンドトラック・アルバムは1981年7月に「交響詩 さよなら銀河鉄道999 —アンドロメダ終着駅—」のタイトルで日本コロムビアから発売された。
特筆すべきは、このアルバムがLP2枚組のボリュームでリリースされたこと。アニメ音楽で「交響詩」や「交響組曲」と名づけられたアルバムは多いが、2枚組というのはほかに知らない。コロムビアとしても、そうとう力を入れた商品だったのだろう。
ただ、そのボリュームゆえに、CD化は数奇な道をたどった。初CD化は1986年。その際はCD1枚に収まるように再編され、オリジナル盤から4曲が割愛された。2000年発売の10枚組CDセット「松本零士音楽大全」には、その割愛された4曲だけが収録されている。
2001年には、映画音楽全曲を収録した完全版「GALAXY EXPRESS 999 ETERNAL EDITION File No.3&4 さよなら銀河鉄道999 —アンドロメダ終着駅—」が発売された。これは劇中に使用された全曲を使用順に収録したサウンドトラック・アルバムで、「交響詩」版とは一部の音源が異なっている。
2003年には廉価版の〈ANIMEX1200シリーズ〉で「交響詩」版が復刻されたが、内容は初CD化時の1枚に再編されたエディションだった。
初回リリースと同じ2枚組の「交響詩」形式でのCD化は、2008年発売の9枚組CDセット「放送30周年記念 ETERNAL EDITION PREMIUM 銀河鉄道999 GALAXY CD-BOX」で実現した。紙ジャケット仕様で初リリース時のLPアルバムを再現したアイテムである。高額商品なのでなかなか手が出なかった人も多いと思うが、2010年にバラ売りの単品CDが発売された。今、入手するなら、この単品CDがお奨めだ。
「交響詩」版の内容を紹介しよう。収録曲は以下の通り。
ディスク1
- 序曲 〜パルチザンの戦士たち〜
- 若者に未来を託して
- メインテーマ 〜新しい旅へ〜
- 謎の幽霊列車
- 車中にて 〜LOVE LIGHT〜
- メーテルの故郷、ラーメタル
- 再会 〜LOVE THEME〜
- 黒騎士ファウスト
- 過去の時間への旅
ディスク2
- 青春の幻影
- 大宇宙の涯へ 〜光と影のオブジェ〜
- 惑星大アンドロメダ
- 生命の火
- 崩壊する大寺院
- サイレンの魔女
- 黒騎士との対決
- 戦士の血
- 終曲 〜戦いの歌〜
- さよなら銀河鉄道999 〜SAYONARA〜
レコードではディスク1、2とも、5曲目までがA面、6曲目以降がB面に収録されていた。
物語は1作目のラストから2年後、地球で機械化人と闘うパルチザンの戦士たちの描写から始まる。メーテルと別れた星野鉄郎もパルチザンに参加して戦っていた。
そんな導入部の音楽「序曲 〜パルチザンの戦士たち〜」から1作目とは対照的だ。1作目では神秘的な導入からロマンティックな曲想に展開する序曲が開幕を飾ったが、本作では緊迫感に富んだ戦いの描写と悲壮感ただようパルチザンのテーマから始まる。パルチザンの主題は劇中でパルチザンが歌う歌としても登場するし、フィナーレに流れる「終曲 〜戦いの歌〜」でも反復されている。本作の第2のメインテーマとも呼べるメロディだ。
曲の後半に登場するハーモニカのメロディは劇中でパルチザンの戦士がハーモニカを吹く場面に使用。劇中ではハーモニカソロが使われたが、「交響詩」版ではオーケストラとともに録音されたバージョンが収録されている。
本作を代表する楽曲が、鉄郎を乗せた999号が宇宙へ飛翔する場面に流れる「メインテーマ 〜新しい旅へ〜」である。『さよなら銀河鉄道999』といえば、主題歌「SAYONARA」かこの曲を思い浮かべる方が多いのではないか。勇壮で力強い、マーチ調の曲だ。1作目の鉄郎の旅立ちの曲がゴダイゴの軽快な「テイキング・オフ!」だったのに比べると、ここも対照的な音楽演出になっている。
ほかにも、不気味さと緊迫感をあわせ持つ「謎の幽霊列車」、暗い運命を感じさせる「黒騎士ファウスト」、ミステリアスな導入から圧迫感のあるプロメシュームの主題に展開する「惑星大アンドロメダ」など、重厚な楽曲が次々登場する。
1作目のクライマックス、惑星メーテル崩壊場面では哀しさと美しさをあわせ持つ曲「惑星メーテル」が流れて名場面を盛り上げていたが、本作の同様の場面では、オーケストラが複雑にからみあう大スペクタクル曲「崩壊する大寺院」が流れる。重量感とスケール感のある迫力満点の音楽である。
ただ、こうした重厚さが本作の音楽の魅力ではあるのだが、聴き続けていると力が入りすぎて、ちょっと疲れてしまうのもたしか。筆者にとっては、それが不満のひとつでありました。
しかし、今回ドルビーシネマ版を観て、あらためて本作の音楽の聴きどころだと感じたシーンがいくつかある。
ひとつは、これは公開当時から話題にはなっていたけど、999号が大アンドロメダへ到着するシーンの曲「大宇宙の涯へ 〜光と影のオブジェ〜」。この曲だけはシンセサイザーで演奏されている。本作の音楽が全編シンセサイザーで制作されるプランになっていたなごりである。
東海林修の証言によれば、1曲だけシンセサイザーを効果的に使おうと考え、「東映動画からのイメージの説明とそこに併記されたラップタイムをもとに作曲した」とのこと。このシーンは曲先行で作られ、映像は音楽に合わせて描かれた。ドルビーシネマ版で観ると、カラフルな光が舞う前衛的なアートアニメみたいで、まさに映像と音楽の共演。めくるめく光と立体音響に包まれて、トリップするような体験ができた。「こういうことがしたかったのか」と思ったシーンのひとつである。
そういう音楽なので、この曲だけはほかの曲とまったく異質のサウンドになっている。それがアルバムの流れの中でインターミッション的役割を果たしていて、なかなかいい。こういう遊びも、音楽アルバムには必要なのだ。
もうひとつは、鉄郎がメーテルと再会するシーンに流れる曲「再会 〜LOVE THEME〜」。
発進を待つ999号のホームに人影が見え、それがメーテルとわかる。「メーテル」と呼んで駆け寄る鉄郎と、憂いをたたえた表情で鉄郎を迎えるメーテル。ピアノとストリングスを主体にした、本作随一のロマンティックな曲が流れる。1作目の青木望の音楽イメージに通じる、フランス映画音楽のような流麗な曲である。東海林修自身、この曲を「アルバム中でも屈指の佳曲になった」とコメントしている。
ドルビーシネマ版で観たこの場面、これまで観たときには感じたことのない、ぞくぞくするような感動を味わった。この曲は、本編ラストの鉄郎とメーテルの別れのシーンでも反復される。
さらにもうひとつ、ディスク2の冒頭に置かれた「青春の幻影」もすばらしい。劇中では、惑星ラーメタルの古城で鉄郎がメーテルそっくりの(若きプロメシュームの)肖像画を発見する場面と、惑星モザイクへの到着を前にメーテルが鉄郎に「いっしょにモザイクで降りてもいい」と話しかける場面に流れている。「再会 〜LOVE THEME〜」とともにメーテルのイメージの曲である。ハープによる12/8拍子の伴奏に木管楽器とピアノ、ストリングスが重なり、切なくも美しい旋律を奏でる。聴いていると、自分の青春の思い出がよみがえるような、甘酸っぱい気分になる。『銀河鉄道999』の音楽はやはりこうでなくては。
「再会 〜LOVE THEME〜」と「青春の幻影」は、ポップスの世界で活躍してきた東海林修の本来の持ち味が発揮された名曲だと思う。そして、この2曲は本作のテーマに密接にかかわる重要な曲でもある。というのも、この映画は鉄郎の物語であると同時にメーテルの物語でもあるからだ。エンドクレジットに流れる主題歌「SAYONARA」はメーテルの視点で歌われる別れの歌だし、クレジットの横に映し出されるのは鉄郎との旅の記憶を胸に去っていくメーテルの映像。最後はラーメタルの古城に帰るメーテルのイメージで締めくくられる。メーテルを主題にした曲は、本作をメーテルの映画として観たときのメインテーマと呼んでもいい。
メーテルは鉄郎にとっての青春の幻影。しかし、メーテルにも青春の幻影があったはず。東海林修が本作に遺した甘美な楽曲を聴くと、そんなことを思ってしまうのである。
交響詩 さよなら銀河鉄道999 —アンドロメダ終着駅—
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