腹巻猫です。「ゴジラvsコング」を観ました。楽しみましたが、「え、これでいいの?」と思うところもいろいろあり。日米怪獣(映画)観の違いを考えさせられました。
くり返しリメイクされるアニメ作品がある。『ゲゲゲの鬼太郎』が代表的なものだし、ほかにも『鉄腕アトム』『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』『キューティーハニー』などが挙げられる。その中には「こうきたか!」と驚くようなアレンジの作品がある。近年では『おそ松さん』がそうだった。
『妖怪人間ベム』をリメイクした『BEM』を観たときも驚いた。オリジナルは1968年放映の怪奇アニメ。筆者はリアルタイム世代だが、独特の絵柄が心底怖かった。1982年に『妖怪人間ベム パートII』が企画されるもパイロット版のみに終わって実現していない。2006年に『妖怪人間ベム -HUMANOID MONSTER BEM-』のタイトルでリメイク版が放送された。これはオリジナル版のテイストを残したストレートなリメイク作品だった。
2011年には実写ドラマ版「妖怪人間ベム」が放映される。なかなかよくできていて、筆者も楽しんで観ていた。杏が演じるベラがはまっていたし、サキタハヂメの音楽もよかった。
で、『BEM』である。監督・小高義規、アニメーション制作・ランドック・スタジオのスタッフで制作され、2019年に放映されたTVアニメ作品だ。驚いたのはベラが美少女になっていること。「その手があったか!」とひざを打つと同時に現代的なアレンジだと納得がいった。設定やストーリーも工夫されている。リメイクする意味があったと思える作品だった。そう思う理由のひとつに音楽も挙げられる。
今回は『BEM』の音楽を聴いてみよう。
『BEM』の舞台は湾港都市リブラシティ。街は政治・経済・文化の中心である「アッパーサイド」と、汚職や犯罪にあふれた「アウトサイド」のふたつのエリアに分かれている。アッパーサイドからアウトサイドに転任してきた女刑事ソニアは、人間のしわざとは思えない奇怪な事件に遭遇する。その怪事件の現場に現れ、人間を守る3つの影があった。妖怪人間ベム、ベラ、ベロである。
アッパーサイドとアウトサイドのあいだには運河が流れており、ふたつのエリアは橋によって結ばれている。運河は分断の象徴であり、本作の物語も、富める者と貧しき者、正義と悪、人間と妖怪人間、さまざまな対立をテーマに展開する。ベムたちがしばしば橋のアーチの上にいて街を観察したり、語らったりしているのも象徴的である。
音楽を担当したのはSOIL&”PIMP”SESSIONSと未知瑠。SOIL&”PIMP”SESSIONSはライブやオリジナル・アルバムで活躍するインスト・ジャズバンド。未知瑠はアニメ『終末のイゼッタ』(2016)、『ギヴン』(2019)、ドラマ「賭ケグルイ」(2018)などの音楽を手がける作曲家である。リブラシティがアッパーサイドとアウトサイドに分かれているように、音楽も個性の異なる2組のクリエイターによって作られている。
本作の舞台は80年代後半のニューヨークのブルックリン区をイメージして描かれている。SOIL&”PIMP”SESSIONSの起用は、そのブルックリンの雰囲気をねらってのことだったそうだ。
といっても、SOIL&”PIMP”SESSIONS(以下、SOIL)がめざしたのは80年代のサウンドではなく、ヒップホップや最新の音楽のトレンドを取り入れた現代的なサウンドだった。スタイリッシュで、映像音楽の枠にはまらないエッジの効いた音楽。映像を観ていても、SOILの音楽が流れてくるとハッとして耳をすましてしまうほどの存在感がある。
いっぽう、未知瑠が担当した楽曲は、サスペンスや心情、日常、アクションなどを描写する、ストーリーを語る上で必要不可欠な音楽だ。しかし、未知瑠もデビューはオリジナル・アルバムであり、映像音楽だけでなく、ジャンルを超えた現代音楽シーンで活躍する作曲家である。クラシックからロック、ジャズ、民族音楽まで取り入れたサウンドで、こちらも映像音楽の枠に収まりきらない個性的な音楽を生み出した。とりわけ、女声スキャットをフィーチャーした曲は印象に残る。
音楽発注は、最初からSOIL用と未知瑠用の音楽メニューが用意されていたという。SOILの楽曲も「自由に曲を作ってもらって映像にはめていく」という作りではなく、使用場面を想定したメニューに沿って制作されている。ただ、一般的なサウンドトラックのような短い曲ではなく、起承転結のあるひとつの楽曲として完結させてほしいとのオーダーがあったそうだ。
こうして作られた楽曲であるが、実際の作品を観ると(聴くと)、SOILの曲と未知瑠の曲を明確に使い分けてはいないようである。たとえば、街の描写にSOILの曲が、サスペンスシーンや心情描写に未知瑠の曲が使われるというわけではない。個々のシーンをどう見せたいか、というねらいを優先して選曲している印象を受けた。そういう意味では、SOILの曲と未知瑠の曲のあいだに分断(区別)はなく、音楽演出上はフラットなのである。
その上で、SOILの楽曲は映像にある種の異化効果を生んでいると感じた。サウンドトラック的でないSOILの曲が流れると、観ているほうは気分が高揚し、「なんだか尋常でない場面に立ち会っている」と感じる。端的に言えば、ドキドキするのである。それは、物語に香りや刺激を加えるスパイスのようだ。
本作のサウンドトラック・アルバムは、SOIL&”PIMP”SESSIONSの楽曲が「TVアニメ『BEM』オリジナルサウンドトラック OUTSIDE」のタイトルで、未知瑠の楽曲が「TVアニメ『BEM』オリジナルサウンドトラック UPPERSIDE」のタイトルで、いずれもフライングドッグから発売された。
ひとつの作品の音楽を複数の作曲家が担当することは近年では珍しくない。本作のように、2組のどちらがメインということではなく、共作で担当するケースもある。が、サウンドトラック・アルバムを作家ごとに分けて発売するのは珍しい。一般的には、両者の音楽を混ぜて収録したり、分けるとしても2枚組にしてひとつのアルバムとして発売することが多いからだ。本作の場合は「それぞれを独立したアルバムとして聴いてもらいたい」という意図があったのだろう。
今回は「OUTSIDE」に収録されたSOIL&”PIMP”SESSIONSの音楽を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。
- Phantom of Franklin Avenue
- Blue Eyed Monster
- Tracking
- The Light and The Shadowland
- Shapeshifter
- Before The Dawn
- Wanna Be A Man
- Out of Control
- Thinking of you
- In The Gloom of The Forest
- Inside
- A Sence of…
全12曲。1曲が2分から4分と長い。まさにジャズのオリジナル・アルバムのような聴きごたえのある1枚である。
1曲目の「Phantom of Franklin Avenue」は作品全体をイメージして書かれたメインテーマ的な曲。曲名にはブルックリンの実在の地名(駅名)が使われている。第1話の冒頭、夜の街にベムたちが現れるシーンに流れていたのが印象的だ。テナーサックスがくり返すリフにトランペットのけだるいフレーズがからむ。最近のトレンドであるトラップミュージックのビートが使われている。中盤のピアノの浮遊感のあるプレイもいい。退廃した街の雰囲気を描写すると同時に、何か起こりそうな不穏な空気もかもしだす。『BEM』の開幕にふさわしい曲だ。
トラック2「Blue Eyed Monster」はベムのテーマとして書かれた曲。第1話で車にはねられそうになったソニアをベムが助けるシーンに使用された。曲タイトルはBEMの由来である「Bug-eyed Monster(虫の眼の怪物)」をもじったものだ。SOILのインタビューによれば、「ドラムが主役になるような、崩したブロークンビーツを生音でやる」アプローチで骨格を作ったとのこと。そのビートの上で吹き鳴らされるホーン(トランペット、サックス)がベムのイメージを描いていく。この曲も中盤のピアノのアドリブがいい。後半はシンセストリングスが重なり、重厚感を表現する。闇の中に立つベムの姿が似合う曲だ。
トラック3「Tracking」は逃走のテーマとして書かれた曲。第2話でベラが夜の墓場を訪れる場面など、サスペンスシーンによく使われた。打ち込みのビートとピアノが刻むリフが続いたあとに、トランペットとベース、ピアノ、ドラムなどによる生っぽいセッションに展開。さらにスピード感のある演奏に変化していく。映像音楽として使い勝手がよかったのか、悪の匂いを感じるベム、ベムと怪人との闘い、ベムたちの危機など、さまざまな場面に使用されている。
トラック4「The Light and The Shadowland」は、これも近年のトレンドであるLAビーツ風の曲。もともとはプロコル・ハルムの「青い影」みたいな曲というオーダーだったそうだが、まったく違う曲に仕上がった。輪郭の丸いふわっとしたサウンドが日常と幻想が入り混じったような雰囲気を演出する。第1話で着任したばかりのソニアがアウトサイドの街を案内してもらう場面や第4話でベラが学園の同級生と語らう場面などに使われた。
トラック5の「Shapeshifter」はバトルシーンを想定した曲。現代的なビートの上でトランペットやサックスのアドリブが炸裂する。普通にジャズのセッション曲として聴けるノリのよい演奏だ。第4話で電撃をあやつる怪人・感電男が酒場で男を感電させる場面に流れていた。
トランペットの音色が胸にしみるトラック6「Before The Dawn」は、「大人っぽいバーでかかる曲」のイメージで書かれた。実際に第9話のバーの場面でくり返し流れている。オールドスタイルのジャズという感じで、レコードから選曲したと言われても納得してしまいそうだ。
次の「Wanna Be A Man」は「Blue Eyed Monster」のメロディをスローテンポにアレンジした曲。ピアノとトランペットの演奏が憂いや迷いを表現し、思いにふけるベムの姿が目に浮かぶ。しかし、バックではずっとリズムが刻まれ、悩みながらも前に進む意志が示される。最終話となる第12話で、ベムが「人間が好きだ」と語る重要なシーンに選曲されている。
ベムたちのアクション曲としてたびたび使われた「Out of Control」をはさんで、トラック9「Thinking of you」はピアノソロによるしっとりとした曲。後半にサックスがそっと音を重ねてくるところが、誰かが寄りそってくるようでぞくぞくする。第6話でベラが重力男と少女ハラジーを逃がそうとする場面や第7話でベロが檻の中の動物たちを解き放つ場面など、妖怪人間の人間以上に人間らしい心情を表現する曲としてしばしば使用された。
ラストナンバーとなる「A Sence of…」もまたベムたちの心情にフォーカスした曲である。人間を守って戦っても人間には受け入れてもらえない。そのむなしさと悲哀をトランペットとサックスのゆったりとしたメロディが表現する。しかし、この曲もバックではリズムが力強く刻まれ、希望を感じさせる。もの思うベムたちのシーンにたびたび選曲され、最終話では、姿を消したベムたちのことを彼らを知る人々が心配するラストシーンに流れていた。幕切れの余韻を感じさせる曲である。
ふだんは映像音楽とは異なるフィールドで活躍するSOIL&”PIMP”SESSIONSの楽曲は、いわば、橋の向こう側から越境してきた音楽。スタイリッシュなサウンドで『BEM』の映像に刺激を加える役割を果たしていた。この音楽が気に入ったら、こんどは橋を逆に渡って、SOILのオリジナル作品を聴いてみるとよいだろう。
今回紹介できなかった未知瑠の音楽も『BEM』にはなくてはならないものだ。特に女声スキャットが妖しく歌う「アウトサイドの蠢き」とメロウな「あの橋の向こう側」は本作を代表する曲と言ってよい。アルバム「UPPERSIDE」もぜひ合わせて聴いてもらいたい。
TVアニメ「BEM」オリジナルサウンドトラック OUTSIDE
Amazon
TVアニメ「BEM」オリジナルサウンドトラック UPPERSIDE
Amazon