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第195回 アニマが宿る音楽 〜ソング・オブ・ザ・シー 海のうた〜

 腹巻猫です。10月末から公開されている劇場アニメーション『ウルフウォーカー』を観ました。今年観た劇場作品の中でもとりわけ心に残る1本になりました。絵本がそのままアニメーションになったような映像は、美しく、力強く、まさにアニマ(魂)が宿っているかのよう。ドラマもシンプルでいて深く胸を打つ。そして、ブリュノ・クレとKiLAが手がけた音楽がすばらしい。サウンドトラック・アルバムがiTunesでダウンロード販売中です。
https://music.apple.com/us/album/wolfwalkers-original-motion-picture-soundtrack/1539748859


 『ウルフウォーカー』はアイルランドのアニメーションスタジオ、カートゥーン・サルーン制作の劇場アニメーション。『ブレンダンとケルズの秘密』(2009)、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014)に続く「3部作の最終作」として製作された作品だ。この3作は、いずれもケルト伝説から着想を得たファンタジー。手描きアニメーションによる映像も見ごたえがあるが、3作すべてに参加しているブリュノ・クレとKiLAによる音楽も大きな魅力だ。
 今回は『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』の音楽を取り上げよう。

 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は、セルキーの伝説から着想された物語だ。セルキーとは、ふだんはあざらしの姿をしているが、「あざらしの皮」を脱ぐことで人間になることができる海の妖精である。岩波文庫『イギリス民話集』(河野一郎編訳)には「ウェイストネス島の男」と題されたセルキーの民話が収録されている。島の男が人間の姿になって泳いでいたセルキーの娘のあざらしの皮を隠してしまう。娘は男と結婚し、子どもをもうけるが、やがてあざらしの皮を取り戻し、海へ帰っていく。日本に伝わる「羽衣伝説」と同じ構造の話だ。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』はこの伝説をもとにしている。
 島の灯台の家で父のコナーと妹のシアーシャと3人で暮らす少年ベン。母親のブロナーはシアーシャが生まれた日に姿を消してしまった。そのことが心にひっかかり、ベンはシアーシャにやさしく接することができない。ある日、シアーシャは父親が隠していたセルキーのコートを見つけ、それを着て海に入っていく。母のブロナーは実はセルキーで、シアーシャはその血を受け継いでいたのだ。ショックを受けたコナーはセルキーのコートを海に沈め、ベンとシアーシャを海を隔てた町に住む祖母のもとへ送り出す。しかし、町には妖精を石に変えるフクロウの魔女・マカが待っていた。
 音楽が重要な役割を果たす作品だ。セルキーの歌をはじめ、劇中ではボーカル曲(歌と歌詞のないボーカリーズ)がふんだんに使われている。
 音楽を担当したのはフランスの作曲家ブリュノ・クレ(Bruno Coulais/ブリュノ・クーレと表記されることもある)。バイオリンとピアノを学び、現代音楽の作曲家をめざしていたが、やがて映像音楽に興味を持ち、映画音楽やテレビ音楽の仕事を始めた。1996年公開のドキュメンタリー「ミクロコスモス」でセザール賞の最優秀音楽賞を受賞。音楽を担当した劇場作品には、「キャラバン」(1999)、「WATARIDORI」(2001)、「ホワイト・プラネット」(2006)、「シーズンズ 2万年の地球旅行」(2016)など、ドキュメンタリーやセミ・ドキュメンタリー作品が多い。劇映画では「クリムゾン・リバー」(2000)、「ルーヴルの怪人」(2001)、「コーラス」(2004)、「小間使いの日記」(2015)などの作品がある。
 中でも日本のアニメファンに知られているのは、カートゥーン・サルーン作品と『コララインとボタンの魔女』(2009)だろう。『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』はケルト風味たっぷりの音楽がすばらしかったし、『コララインとボタンの魔女』ではダニー・エルフマンを思わせるダークなファンタジー音楽にぞくぞくした。
 ブリュノ・クレの音楽には、シンフォニック・サウンドを中心としたハリウッド王道スタイルの映画音楽とはひと味違う特色がある。
 ひとつはボーカルの多用。「ミクロコスモス」ではミステリアスな女声ボーカルで驚異に満ちた昆虫の世界を描き、「キャラバン」では男声コーラスでネパール高原の旅を民族色豊かに彩る。「WATARIDORI」ではシンガーソングライターのニック・ケイブやロック・ボーカリストのロバート・ワイアットの歌声をフィーチャーして、渡り鳥の飛翔の高揚感や孤独感を伝えるなど、ボーカル(ボーカリーズ)曲が音楽演出の中核を担っているのだ。『コララインとボタンの魔女』にも歌やコーラスが入った曲がふんだんに使用されて、妖しくも魅惑的な世界を作り出している。
 もうひとつは、楽器の個性的な音色を生かした印象的なメロディである。もともとフランスにはミシェル・ルグラン、フランシス・レイ、ジョルジュ・ドルリューらに代表される、魅力的な旋律とサウンドで映像を引き立てる映画音楽の伝統がある。ハリウッド映画の映像に寄り添った音楽とは対照的に、音楽が作品に生き生きとした香りや彩りを与える役割を果たしている。ブリュノ・クレの音楽も状況説明ではなく(そういう要素もあるが)、世界観や空気感をまるごと表現する独立性の高い音楽になっている。
 加えて、民族楽器やパーカッション、ギター、ハープなどを使ったナチュラルなサウンド。それがドキュメンタリー映画ではとりわけ効果を発揮しているし、『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』のようなファンタジー作品でも、自然や妖精を表現する音楽に生かされている。
 ブリュノ・クレと並んで音楽担当にクレジットされているKiLA(キーラ)は1987年に結成されたアイルランドのバンド。ケルト音楽をベースに、アフロ、カリブ、ジプシー、プログレ、ファンクなど、さまざまな音楽ジャンルを融合したサウンドを聴かせる民族音楽グループである。カートゥーン・サルーンのケルト伝説3部作を彩るケルティックなサウンドはKiLAによるところが大きい。
 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』の音楽の中心になるのは、主題歌「Song of the Sea」だ。この曲は劇中でシルキーが歌う歌として登場し、シアーシャが貝殻で吹くメロディとなって何度も反復される。シアーシャがこの曲を歌う場面が物語のクライマックスだ。
 海の場面に流れる幻想的な曲や妖精が登場する場面のボーカリーズを使った曲も印象に残る。映像と音楽が共鳴しあって、一幕の映像詩を作り上げているようだ。

 本作のサウンドトラック・アルバムは2014年9月にデジタル・アルバムとCDでリリースされた(CD版は現在入手困難)。2016年8月には日本公開に合わせた日本版アルバムがユニバーサルミュージックよりデジタル限定で発売されている。デジタル・アルバムはストリーム配信やダウンロード販売で聴くことが可能だ。
 収録曲は以下のとおり。

  1. Song of the Sea
  2. The Mother’s Portrait
  3. The Sea Scene
  4. The Song
  5. The Key in the Sea
  6. The Derry Tune
  7. In the Streets
  8. Dance with the Fish
  9. The Seals
  10. Something Is Wrong
  11. Run
  12. Head Credits
  13. Get Away
  14. Help
  15. Sadness
  16. Molly
  17. I Hate You
  18. Who Are You
  19. The Storm
  20. Katy’s Tune
  21. In the Bus
  22. The Thread
  23. Amhran Na Farraige
  24. Song of the Sea(Lullaby)
  25. La chanson de la mer(berceuse)
  26. ソング・オブ・ザ・シー 海のうた

 1曲目が主題歌。トラック23「Amhran Na Farraige」はそのアイルランド語版。トラック24「Song of the Sea(Lullaby)」はエンディング・クレジットに流れる子守唄で、次の「La chanson de la mer(berceuse)」はそのフランス語版だ。トラック26は、日本版アルバムのみに追加された主題歌の日本語版。吹替版でブロナーの声も担当した中納良恵(EGO-WRAPPIN’)が歌っている。
 トラック2からトラック22が劇中音楽である。
 曲順は独特だ。劇中使用順に並んでいるわけではない。収録曲を劇中使用順に並べると以下のようになる(カッコ内は使用場面)。

  1. Head Credits(オープニング・クレジット)
  2. The Seals(あざらしに呼ばれるように海に入るシアーシャ)
  3. Katy’s Tune(シアーシャの誕生日を祝うおばあちゃん)
  4. The Mother’s Portrait(シルキーのコートを手に入れ、海へ向かうシアーシャ)
  5. Dance with the Fish(海に入り、白いアザラシとなって泳ぐシアーシャ)
  6. The Key in the Sea(シルキーのコートを入れた衣装箱と鍵を海に投げ込むコナー)
  7. Sadness(島から町へ向かう船の上で悲しむベン)
  8. In the Streets(町でシアーシャを誘拐する妖精ディーナシー〜あとを追うベン)
  9. Molly(ディーナシーの歌の伴奏)
  10. Get Away(フクロウの襲撃を受け、石にされるディーナシー)
  11. In the Bus(シアーシャとバスに乗って逃げるベン)
  12. The Derry Tune(魔法の光に導かれて森に入っていくベンとシアーシャ)
  13. The Storm(後半)(森の中で道に迷うベンとシアーシャ)
  14. The Storm(前半)(元気がなくなったシアーシャを犬のクーの背に乗せて進むベン)
  15. Who Are You(地下で妖精シャナキーに出会うベン)
  16. Something Is Wrong(シアーシャの危機を知り、助けに行く決心をするベン)
  17. The Thread(シャナキーの魔法の力のでベンが見る過去の情景)
  18. I Hate You(魔女・マカの屋敷にたどりつくベン)
  19. Help(ベンを誘惑するマカ)
  20. Run(ベンとシアーシャを乗せて島へ走るクー)
  21. The Sea Scene(海に沈んだ衣装箱からシルキーのコートを取り戻すベン)
  22. The Song(シルキーのコートを着て歌い始めるシアーシャ)
  23. Katy’s Tune(エピローグ)
  24. Song of the Sea(エンディング・クレジット1)
  25. Song of the Sea (Lullaby)(エンディング・クレジット2)

 ストーリーに沿って聴きたい方は、プレイリストを作って並べ替えてみるのもよいだろう。
 以下、劇中使用順に紹介しよう。
 トラック12「Head Credits」は主題歌のメロディを含んだオープニング曲。幼いベンと母親の想い出の情景とともに流れ始め、スクリーンにはタイトルとメインスタッフのクレジットが映し出されていく。作品全体の序曲となる音楽である。
 トラック2「The Mother’s Portrait」は、シアーシャが魔法の光に導かれてシルキーのコートを手に入れ、それをまとって海へ向かう場面に流れる。ピアノとストリングスをメインに奏でられる夢幻的な曲だ。神秘的なイメージと母親の想いが重ねられている。
 トラック8「Dance with the Fish」は序盤の見どころ、アザラシに変身したシアーシャが魚やアザラシと一緒に海の中を泳ぐ場面の曲。ピアノ、ギター、ストリングスなどのアンサンブルが美しく幻想的な海の情景を彩り、忘れがたいシーンになった。
 町でベンが出会った妖精ディーナシーがシアーシャのために歌う場面で軽快なバンド音楽風のトラック16「Molly」が流れる。これは、ギタリストのSlim Pezinが作曲し、KiLAとPezinが演奏した曲。スタジオで即興演奏しながら作ったような雰囲気だ。
 こうしたバンド音楽的な曲は、ほかにトラック6「The Derry Tune」とトラック20「Katy’s Tune」がある。この2曲は本作のために書かれた曲ではなく、KiLAが2010年に発表したアルバム「Soisin」に収録されている既成曲である。
 トラック13「Get Away」は、ディーナシーがフクロウの襲撃からシアーシャを守ろうとする場面から、ディーナシーがフクロウの魔法で石にされてしまう場面まで流れるサスペンス曲。フィドルやパーカッションやケルトの笛が使われ、クラシック的なサスペンス音楽とは一線を画するサウンドになっている。
 トラック19「The Storm」も同じくケルティックなサウンドによる暗くさびしい雰囲気の曲。ケルトの笛の音から始まり、ストリングスとパーカッションなどによる不安な曲想に展開する。ベンの胸中に心細さが広がり、空の向こうからは黒い雲が近づいてくる。
 ベンはシアーシャとはぐれてしまい、地下で出会った妖精シャナキーからシアーシャの危機を知らされる。その場面に流れるトラック10「Something Is Wrong」は、パーカッション、ピアノ、ボイス、ストリングスなどが絡み合う、幻想的で哀愁ただよう曲だ。ケルト音楽とオーケストラ音楽が融合した本作らしい曲のひとつ。
 トラック22「The Thread」は、シアーシャを助けに向かったベンが地下のトンネルで過去の情景を見るシーンに流れる曲。母親の正体と彼女が家族のもとを去ったいきさつを知ったことで、ベンの心にあったわだかまりが消えていく。ドラマのターニングポイントとなる重要な場面である。女声ボーカルとストリングスを主体に奏でられる音楽が母親の愛情と切ない心情を描き出している。主題歌と並んで心に残る曲と言えるだろう。
 トラック3「The Sea Scene」とトラック4「The Song」は、アルバムでは頭のほうに収録されているが、劇中で流れるのは物語の大詰めである。
 「The Sea Scene」は、コナーがベンとシアーシャをボートに乗せる場面から、ベンが嵐の海に飛び込み、セルキーのコートを取り戻す場面にかけて流れる曲。前半はリズム主体のエスニックな曲調。後半からベンが海に潜るシーンになり、ギターやパーカッションによる浮遊感のあるサウンドが加わる。同じ海中シーンの曲「Dance with the Fish」と聴き比べると、サウンドは共通性がありながらも、雰囲気は大きく異なっている。
 そして、「The Song」はシアーシャが歌うシルキーの歌。劇中でシアーシャが口ずさむ歌に伴奏が加わり、さらにブロナーの歌声が加わって、スケールの大きな「海のうた」になっていく。演奏時間5分を超える、本編中でもいちばんの聴きどころの曲である。
 物語は短いエピローグで締めくくられ、エンディング・クレジットには主題歌と子守唄が続けて流れる。最後まで歌に彩られた、本作らしいエンディングだ。子守唄はここでしか流れないのだが、ブロナーがシアーシャのために歌っているのだと想像すると胸に迫るものがある。

 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は独特の個性を放つ作品である。アニメーションや音楽が持つ根源的なパワーがみなぎっていて、心が揺さぶられる。『ブレンダンとケルズの秘密』や『ウルフウォーカー』も同様だ。旧作は動画配信サービスなどで観ることができるので、チャンスがあればぜひ観てもらいたい。そして、映像と音楽に宿る力に触れていただきたい。

ソング・オブ・ザ・シー 海のうた オリジナル・サウンドトラック
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