腹巻猫です。9月25日、辰巳出版より「スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全」という本を上梓します。作曲家・渡辺宙明の作品を本人の証言と資料で紹介した本です。便宜上、著者は腹巻猫になっていますが、渡辺宙明の言葉が大半を占める構成。作曲家がどのようなことを考えて音楽を作ったか、音楽ができあがるまでにどのような苦心があったか、そこにフォーカスしました。歌だけでなく、劇音楽(BGM)にもページを割いています。9月22日には出版記念イベント「渡辺宙明トークライブ Part13」を阿佐ヶ谷ロフトAで開催します。本の先行販売もする予定ですので、ぜひ、ご来場ください。
スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4777823644/
渡辺宙明トークライブ Part13
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/126944
本コラムでは、5年前に渡辺宙明作品を取り上げたことがある。そのとき、渡辺宙明は89歳。現在は94歳である。この5年間、渡辺宙明は毎年のように新曲を書き、それがCDで発売されている。驚くほかないパワフルさだ。
今回は本の予告も兼ねて、渡辺宙明のアニメ・特撮音楽の歴史を簡単に振り返ってみたい。参考音源としては、渡辺宙明90歳の年に発売された格好の作品集がある。「渡辺宙明 卒寿記念 CHUMEI 90 SONGS」(日本コロムビア発売)である。「人造人間キカイダー」(1972)以降の渡辺宙明のアニメ・特撮作品の主題歌を90曲集めた4枚組CD-BOXだ。
渡辺宙明のプロの作曲家としての活動は1953年のラジオドラマ「アトムボーイ」(中部日本放送)から始まる。映画音楽作曲家としては1956年の新東宝作品「人形佐七捕物帖 妖艶六死美人」がデビュー作になった。1960年代は劇場作品、TVドラマを中心に活動するが、この時代の作品は鑑賞の機会が少ないこともあり、あまり話題に上ることはない。
渡辺宙明といえば、やはり、アニメ・特撮音楽なのである。
「スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全」の本文は「人造人間キカイダー」(1972)から始めた。多くの読者が興味があるのは、ここからだろうと考えたからだ。CD-BOX「CHUMEI 90 SONGS」もまた、この作品から始まる構成になっている。
「人造人間キカイダー」は「仮面ライダー」(1971)のヒットを受けて、同じ石ノ森章太郎原作で東映が制作した特撮TVドラマ。それまでの子ども向け番組では聴いたことのない、ジャズのハーモニーとブラスロックを取り入れたサウンドが鮮烈だった。これが評判を呼び、渡辺宙明は同じ年の12月から始まるTVアニメ『マジンガーZ』の音楽を担当する。
『マジンガーZ』の音楽は『キカイダー』よりもパワフルで、カッコよさを追求した印象だ。特撮ものとアニメ、等身大ヒーローと巨大ロボットという違いもあったかもしれない。2作目にして、キャッチーで高揚感あふれる宙明サウンドが完成している。
この2作のあと、渡辺宙明は、特撮TVドラマ「キカイダー01」(1973)、「イナズマン」(1973)、TVアニメ『グレートマジンガー』(1974)を手がけ、このジャンルの仕事が増えていく。「スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全」では、1972年から1974年までの作品に1章を割いてじっくり紹介した。
1975年、音楽的な転機となる作品が現れる。「秘密戦隊ゴレンジャー」である。続いて手がけたのがTVアニメ『鋼鉄ジーグ』。「ゴレンジャー」と『ジーグ』の音楽には共通性があり、「バンバラバンバンバン」「ダンダダダダン」といった擬音風スキャット路線がここで開花するのだ。『グレートマジンガー』までは剛球勝負! という感じだったのが、このあたりから、主題歌にも軽快で明るい曲調が入ってくる。ポップな名曲として人気が高い再放送版『サザエさん』の主題歌「サザエさんのうた」「あかるいサザエさん」も1975年の作品である。
「CHUMEI 90 SONGS」では、ここまでがCD1枚目に収録されている。収録曲を順に聴くと、宙明サウンドの変化の過程が感じとれて、なかなか興味深い。
「CHUMEI 90 SONGS」のCD2枚目は1976年から1978年までの作品が収録されている。ヒーローもの以外に作品の幅が広がり、音楽もより多彩になっていく時代だ。アニメでは、『マグネロボ ガ・キーン』(1976)、『合身戦隊メカンダーロボ』(1977)、『おれは鉄兵』(1977)、『野球狂の詩』(1977)といった作品が、この時期に登場した。ヒーローソングであっても聴いて楽しく、歌って楽しい作品が多い。そして、サウンドも初期の野性味のあるゴツゴツした感じから急速に洗練されていく。『野球狂の詩』のテーマ曲を聴くと、「『マジンガーZ』から5年間でこの進化!」と驚いてしまう。
「スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全」では、1975年から1970年代後半を「宙明サウンド快進撃」の時代として紹介した。
劇場版『宇宙戦艦ヤマト』(1977)の大ヒットを契機にアニメブームが巻き起こった1970年代終盤から1980年代前半、レコードメーカーは中高生のアニメファンを意識した音楽作りを進めた。この時期の作品が収録された「CHUMEI 90 SONGS」のCD3枚目を聴くと、渡辺宙明の楽曲が子ども向けの枠から脱し、より音楽的に楽しめるものに進化していることがわかる。
当時流行のディスコサウンドが取り入れられ、シンセドラムや打ち込みによるシンセサウンドが導入されて、新時代の音になっていく。アニメでは、『とんでも戦士ムテキング』(1980)、『最強ロボ ダイオージャ』(1981)といった作品に、その成果を聴くことができる。女声スキャットの入ったカラフルなサウンドが現れるのもこのころからだ。渡辺宙明は音楽の流行だけでなく、最新の機材や録音方式にも敏感だった。
『スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全』では、この時期を「進化する宙明サウンド」の時代として紹介している。
80年代前半の渡辺宙明の仕事の中心は、東映の特撮ヒーロー作品だった。「電子戦隊デンジマン」等のスーパー戦隊シリーズ、「宇宙刑事ギャバン」に始まる宇宙刑事シリーズなどに力が入れられた。同時期のTVアニメ『光速電神アルベガス』(1983)、『ビデオ戦士レザリオン』(1984)は少し影が薄い。
しかし、1985年、渡辺宙明は大きな転機となる作品と出逢う。OVA『戦え!!イクサー1』である。
『戦え!!イクサー1』は女性が主人公のSFアクションもの。ヒーロー番組の女性版ととらえてもよい。これが渡辺宙明の創作意欲を刺激した。男性主人公のヒーローものだと、どうしても、悲壮感や力強さが求められる。『戦え!!イクサー1』にはその縛りがなく、主題歌も女性ボーカルで作られた。結果、軽やかでポップな、でもカッコいい、新しいタイプのアクションソングが誕生した。ここで重要な役割を果たすのが新興のアニメ音楽レーベル・ユーメックスである。
ユーメックスでは、渡辺宙明のほとんどの歌曲を曲先(曲を先に作り、あとから詩をはめる作り方)で発注している。それまでのアニメ・特撮作品は、詩先(先に作った詩に曲を付ける作り方)が主流だった。そして、ユーメックスはメロディにもサウンドにも、注文や制約をつけなかった。この自由な作り方が渡辺宙明の新しい音楽を引き出した。『戦え!!イクサー1』に続き、OVA『レイナ剣狼伝説』でも、魅力的な女性ボーカルの曲が多数作られている。
OVA作品ということで、アニメファンの間でも、これらの作品はあまり知られていないかもしれない。けれど、宙明サウンドの進化の先に登場したのが、こうした女性ボーカルによるアクション曲であったことは、とても面白い。この路線が、2000年代の『ふたりはプリキュア』(2004)の挿入歌「キュア・アクション」「プリティー・エクササイズ」にもつながっていくのである。多くの人に聴いてもらいたいし、再評価してもらいたい音楽だ。
残念ながら、これらのOVA作品の曲は「CHUMEI 90 SONGS」には収録されていない。しかし、『戦え!!イクサー1』『レイナ剣狼伝説』の楽曲は「卒寿記念CD-BOX 渡辺宙明 ユーメックス・イヤーズ」(ユニバーサルミュージック発売)に収録されているので、渡辺宙明ファンはぜひ押さえておきたい。
筆者が偏愛する渡辺宙明作品は、90年代の『流星機ガクセイバー』(1991)である。これはコミックス、ラジオドラマ、OVA等でメディアミックス展開された作品で、渡辺宙明はラジオドラマの音楽とOVA版主題歌を手がけている。女性ボーカル路線の頂点とも呼べるカッコよさと爽快感をあわせ持つ主題歌「流星機ガクセイバー」、ちょっと懐かしい曲調のポップな挿入歌群。再生するたびに音楽を聴くよろこびにふるえてしまう。こちらの音源は、渡辺宙明の卒寿を記念して発売されたCD「渡辺宙明コレクション CHUMEI RARE TREASURES 1957-2015」(サウンドトラックラボラトリー)にまとめて収録されている。
「スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全」では、渡辺宙明が女性ボーカル路線に新境地を開いた時期に1章を割き、「新天地を求めて」として紹介した。
90年代以降の渡辺宙明は、ゲーム「スーパーロボット大戦」関連の一連の楽曲や特撮作品の挿入歌等を中心に活躍。女性ボーカル路線から離れ、むしろ、男性ボーカルのアクション路線に回帰していく(というより、ファンや制作者からそちらの路線を求められるようになる)。その先にあるのが、TVアニメ『神魂合体ゴーダンナー!!』(2003)である。「CHUMEI 90 SONGS」では、CD4枚目を締めくくる作品だ。
21世紀、音楽は打ち込みサウンドが主流になり、メロディアスなものから、踊って盛り上がれるEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)に人気が集まるようになる。新しい音楽に敏感に反応してきた渡辺宙明だが、そちらの方面には食指が動かなかったようだ。生のブラスやギターを入れた、メロディ主体のハートにぐっとくる音楽というスタイルを貫き、現在も作曲活動を続けている。
2010年代以降も、東日本大震災被災地の復興を支援するローカルヒーローソング「東北合神ミライガー」(2012)、ライトノベル原作のアニメ『俺、ツインテールになります。』(2014)の挿入歌「テイルオン!ツインテイルズ」、NHK-FMのラジオ番組のテーマソング「アニソンアカデミー校歌」(2017)、2019年の最新作「SFX巨人伝説ライン」30周年記念ソングなど、新しい楽曲が途切れることなく生み出されている。「スーパーアニソン作曲家 渡辺宙明大全」では、そうした最新作まで、余すところなく紹介した。巻頭にはフルカラーのジャケットギャラリー、巻末には作品リスト、音盤リストを掲載したのでお楽しみに。
90歳を超えて商業音楽の世界で現役で活躍する作曲家・渡辺宙明。生み出す曲は時代を越えて歌われ続けている。スーパーなアニソンを生み出すスーパーな作曲家。『渡辺宙明大全』のタイトルにつけた「スーパーアニソン作曲家」には、そんな意味を込めている。
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