腹巻猫です。8月30日(金)19時より神保町・楽器カフェにてトーク&DJイベント「レッツゴーサントラさん4〜大暴れ!サントラさん大集合〜」を開催します。出演:貴日ワタリ、早川優、腹巻猫ほか。ゲスト:麻宮騎亜。サントラLOVEの出演者が集まり、お奨めのサントラや秘蔵の音盤を紹介します。お時間ありましたら、ぜひご来場ください。料金は1000円+ドリンク代500円。詳細・予約は下記ページを参照ください。
https://gakki-cafe.com/event/20190830/
『わんぱく王子の大蛇退治』『太陽の王子 ホルスの大冒険』のサウンドトラック盤をリリースしたCINEMA-KANレーベルが、今度は9月に『空飛ぶゆうれい船』のサウンドトラックを発売するという。10月には70年代のマイナー特撮劇場作品「恐竜・怪鳥の伝説」のサントラ盤まで出るらしい。CINEMA-KANレーベルの狂った、いや、すばらしいリリース攻勢はとどまるところを知らない。今回は応援の意味も込めて、『空飛ぶゆうれい船』の音楽を取り上げたい。
『空飛ぶゆうれい船』は1969年に公開された東映動画(現・東映アニメーション)制作の劇場アニメ。「東映まんがまつり」の1本として上映された。同時上映は「飛び出す冒険映画 赤影」『ひみつのアッコちゃん』『もーれつア太郎』など。1966年公開の『サイボーグ009』、1967年公開の『サイボーグ009 怪獣大戦争』に続く、石ノ森章太郎原作の劇場用漫画映画である。
この頃はTVアニメが大人気の時代。東映動画の劇場用漫画映画も、『白蛇伝』(1958)以来の名作・メルヘン路線からTVアニメ的なテンポの速い作品に移行しつつあった。『空飛ぶゆうれい船』も上映時間60分というコンパクトな作品で、巨大ロボットが登場する少年向けSF冒険ものである。
ちなみに朝ドラ「なつぞら」的ポイントは、作画監督が小田部羊一で、原画に奥山玲子が参加していること。
音楽は小野崎孝輔が担当した。
小野崎孝輔は東京芸術大学楽理科卒業後、ジャズピアニストとして、また、作・編曲家、指揮者として活躍した。ラジオ、テレビ、CM、劇場等の音楽を多数担当し、アニメでは、TVアニメ『おらぁグズラだど』(1967)、『ピンク・レディー物語 栄光の天使たち』(1978)、『大雪山の勇者 牙王』(1978)、『アニメーション紀行 マルコ・ポーロの冒険』(1979)、『ヒロシマに一番電車が走った』(1993)等の音楽を手がけている。特撮ファンには「キャプテン・スカーレット」「謎の円盤UFO」の日本語版主題歌の作曲も忘れられない仕事だ。ポップスの編曲も多く手がけ、小椋佳の楽曲のアレンジを数年にわたって続けた。『マルコ・ポーロの冒険』もその1本である。余談だが、渡辺岳夫が作曲し、小椋佳が歌った「大いなる旅路」(1972年の同名ドラマ主題歌)の編曲も小野崎孝輔が手がけていて、これが実に胸にしみる名アレンジ。数ある渡辺岳夫ソングの中でも筆者フェイバリットの1曲である。小野崎孝輔は残念ながら2017年に逝去している。
本作の音楽は、1996年に発売された10枚組CD-BOX「東映動画長編アニメ音楽大全集」の1枚に『海底3万マイル』の音楽とカップリングで収録されている。上映時間が60分しかないため、大半の曲がこのCDに収録された。今回は、本編とこのCDを参照しながら、本作の音楽の魅力を語ってみよう。
本作の音楽はすべて映像に合わせて作曲・録音されている。CM音楽を多く手がけた小野崎孝輔は、画にタイミングを合わせるのは慣れていたが、音楽が多いことと時間がないことに苦労したという。録音は、朝から晩まで続けて5日くらいかかったそうである。
本作は、霧に包まれた海のシーンから始まる。納谷悟朗の「近頃、このような深い霧の夜になると、決まって船の沈没事故が世界各地で起きている……」というナレーションに続き、女声ボーカリーズによる妖しい幽霊船のテーマが流れる。オープニングタイトルの曲(M-1)である。メインタイトルとクレジットが表示されるバックには不気味な幽霊船の姿。音楽はスリラー音楽風に妖しさを増し、観客の心をざわつかせる。実にキャッチーな導入だ。
一転して、主人公の少年・隼人とその家族がボートで海を進むシーンに変わり、音楽も明るい調子に(M-2)。このメリハリは心地よい。
自動車事故を目撃したことをきっかけに、隼人たちはさびれた洋館でドクロの顔をした幽霊船長と対面することになる。ハマープロのホラー映画を思わせる怪奇ムードたっぷりの展開。冒頭に流れた女声ボーカリーズの曲の変奏を含む、スリラー感満点の音楽が流れる(M-3〜M-6)。音楽が観客の情感をリードし、本編に没入させる。古典的だが効果のある音楽設計である。
次に、この作品の見どころのひとつとなるシーンが現れる。突如出現した巨大ロボット・ゴーレムが町を破壊する場面である。
音楽(M-8)は、重いティンパニのリズムと荒々しいブラスのフレーズでゴーレムの脅威を描写。歪んだエレキギターの音を重ねて、怪獣とは異なるロボットの質感を表現している。
隼人が傷ついた父の口から自らの出生の秘密を知る場面の曲(M-11)は、弦楽器と木管主体の悲哀曲。隼人の心情を伝え、観客の涙を誘う。現代ならもう少し抑えた曲調の音楽をつけるところだが、この時代らしいストレートな表現である。
ここまでで、サスペンス、明るい日常、スペクタクル、悲哀、とバラエティに富んだ音楽が流れたことになる。テンポのよい展開とシーンに密着した音楽で観客の心をつかむ。娯楽作品の王道をゆく演出だ。
『空飛ぶゆうれい船』でゴーレムとともに話題に上るのが、劇中に流れるボアジュースのコマーシャルである。
このシーンはやや唐突だ。隼人が見ているTVのニュースが中断し、ボアジュースのCMソング(M-14)が挿入される。このCMソングも本作のためのオリジナル。小野崎孝輔はCM音楽もたくさん手がけているので、こうした曲もお手のものだったろう。劇中では5秒くらいしか流れないが、公開当時、長尺版を収録したレコードが発売されていた(曲名表記は「ボワジュースのうた」)。長尺版は当時の名作CMソングのパロディを織り込んだ愉快な曲になっている。今回のサウンドトラック盤にも当然収録されるはずなので楽しみだ。
このあと、海上に浮上した幽霊船がゴーレムと死闘をくり広げる短いスペクタクルシーンがあり、戦争音楽風のダイナミックな曲(M-15)が付けられている。隼人はゴーレム騒動の黒幕を知り、対決を決意する。ここが全体の折り返し点である。
後半の音楽は、ボアが送り込んだマシン生物が暴れる場面の怪獣映画風サスペンス曲(M-24)、隼人が、幽霊船が実は超近代兵器であったことを知る場面のリズムとフルートを使った近未来的なミリタリー調の曲(M-26)など、ぐっとSF映画的になる。
本作のヒロインと呼べる少女・ルリ子の登場場面に流れるハープとストリングスによる曲(M-29)は、本作の数少ないリリカルな音楽。少ししか流れないのがもったいない。ルリ子の登場が本編の半分を過ぎてからというのも遅すぎるではないか。正統派の石ノ森ヒロインなのに……(個人の感想です)。
隼人が幽霊船長の正体を知る場面は、音楽的にもドラマの上でも、大きな転換点となる。ここで初めて、主題歌「隼人のテーマ」のメロディ(M-30)が流れるのである。これはタイトルどおり、隼人のテーマと呼べる曲だが、ここでは隼人の成長、旅立ちを予感させる役割を果たしている。このテーマは、ルリ子と隼人の語らいの場面でも変奏される(M-34)。
クライマックスは、幽霊船が、すべての元凶であるボアの本拠地を破壊する場面。SFスペクタクルにふさわしい、オーケストラを駆使した重厚な曲(M-38〜M-40)が最後の戦いを盛り上げる。ここはサントラ盤で聴いても熱くなるところだ。
ラストは、主題歌「隼人のテーマ」の歌入り(M-41)。スケールの大きい、颯爽とした印象の旅立ちの歌だ。作詞は本作の脚本家・辻真先。作曲はもちろん小野崎孝輔。どこかヒーローソングの趣もあるこの歌は、本当にカッコいい。歌っている泉谷広は、新田洋と名を変えて、本作の公開後にスタートしたTVアニメ『タイガーマスク』の主題歌を歌うことになる。カッコいいのも当然だ。主題歌は劇中バージョンとレコードバージョンでアレンジが異なるので、そこもサントラ盤を聴くときのお楽しみである。
60分という尺にドラマを詰め込んだ『空飛ぶゆうれい船』は、劇場作品としてはもの足りない印象もあるが、音楽は聴きどころ満載である。小野崎孝輔が音楽を担当した劇場アニメは本作1本のみ。躍動的なジャズのテイストと情感をあわせもった小野崎孝輔の劇音楽をもっと聴きたかった。サントラ盤としてリリースされた作品がわずかしかないのももったいない。そういう意味でも、今回の単独盤リリースはよろこばしい。
さて、ここまで来たら、CINEMA-KANには『海底3万マイル』の単独サントラ盤発売も期待したいところ。こちらの音楽は渡辺岳夫。しかも、渡辺岳夫が愛してやまなかった海をテーマにした作品である。いや、もちろん『どうぶつ宝島』でも『ちびっこレミと名犬カピ』でもいいですけれど。実現できるよう、みんな、買って応援しましょう。
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