腹巻猫です。4月12日(金)19時より神保町・楽器カフェにてサントラ・トークイベント・サントラさんの帰還を開催します。出演・貴日ワタリ、早川優、腹巻猫、ゲスト・不破了三。お気に入りのサントラや作曲家について、音楽を流しながらゆるく熱く語るイベントです。お時間ありましたら、ぜひご来場ください。詳細・予約は下記よりどうぞ。
https://gakki-cafe.com/event/20190412/
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声優の白石冬美さんが亡くなった。シリアスな役や元気な少年少女役もうまかったが、筆者が印象深いのは初代怪物くん(『怪物くん』[1968])をはじめとする人間離れしたキャラクター。動物や宇宙人やロボットや赤ん坊などを愛らしくパワフルに演じて命を吹きこんだ、他に代えがたい声の持ち主だった。あの声がもう聴けないと思うと本当に悲しい。
今回は哀悼の意を込めて、代表作のひとつ『パタリロ!』を取り上げたい。
『パタリロ!』は魔夜峰央の同名マンガを原作にしたTVアニメ。東映動画(現・東映アニメーション)の制作で、1982年4月から1983年5月まで全49話が放映された(第21話から『ぼくパタリロ!』に改題)。放映終了後の1983年7月に劇場版『パタリロ! スターダスト計画』が公開されている。
主な舞台は常春の国・マリネラ王国。10歳の若さでマリネラ国王となったパタリロ・ド・マリネール8世を主人公に、妖しいキャラクターが次々と登場して騒動を巻き起こすギャグアニメだ。ギャグ仕立てとはいえ、少年愛(同性愛)が堂々と取り上げられており、当時としてはかなり思い切った企画だったはずだ。スタッフは原作の絵柄やテンポ感をうまく再現し、独特の世界をみごとにアニメ化している。
声の出演も、パタリロ役の白石冬美をはじめ、美少年キラーの異名を持つボディガード・バンコラン役の曽我部和行(和恭)、美少年の暗殺者マライヒ役の藤田淑子ら、芸達者ぞろいでいずれもはまり役。サブキャラクターや各回のゲスト声優も豪華だった。音だけ聴いても充分楽しめる。主役3人の声優がみな鬼籍に入ってしまったのが残念でならない。
と書いているが、実は放映当時はこの作品の面白さがよくわからなかった。ギャグで薄まってはいるけれど、ちょっと耽美で背徳の香りがする。今観ても、マニアックで視聴者を選ぶタイプの作品だと思う。しかし、設定や雰囲気になじむと、この世界が心地よくなり、はまってしまう。中毒性のある作品だ。
音楽は『銀河鉄道999』の青木望。これがまたすばらしかった。
青木望といえばストリングスを使った抒情的な音楽が持ち味。いっぽうで、歌謡曲やフォークソング、ニューミュージックの分野ではリズムセクションを生かしたモダンでカッコいいアレンジをたくさん手がけている。クラシックをルーツにしながら学生時代はバンドを組んでいたという青木望の音楽性は幅広く、『銀河鉄道999』でも第3回録音分の楽曲はジャズコンボ・スタイルのジャズっぽい曲やロック調の曲が多いのである。
『パタリロ!』の音楽は『銀河鉄道999』とは異なるスタイルで書かれている。本作にクラシック風の華麗な音楽をつける選択もあったと思うが、青木望はそうはしなかった。ストリングスをほとんど使わず、バンド+小編成のオケでクロスオーバー・サウンドを思わせるセンスのよい音楽を提供している。
特徴的なのは、ギャグアニメなのにギャグっぽい音楽がないこと。コミカルな曲やドタバタした曲はほとんどなく、映画音楽やクラシック曲のパロディっぽい曲があるくらい。耳に残るのは、美少年がらみのシーンに流れる官能的な美しい音楽である。
また、本作はミステリー仕立てのエピソードが多く、ほどよい緊張感を生むサスペンス曲やパタリロが推理をめぐらす場面の「ピンクパンサー」風のミステリー曲も記憶に残る。
全体にエレピやフルート、サックスなどがリードするしゃれた曲が多く、60〜70年代のヨーロッパ映画音楽のような味わいがある。この音楽もまた、『パタリロ!』の魅力の重要な要素だ。
本作の音楽アルバムは、放映当時、キャニオンレコードから3枚発売されている。主題歌・挿入歌と新録ミニドラマで構成された「パタリロ! PATALLIRO TV SHOW」(1982年7月発売)、主題歌とBGMで構成された「ぼくパタリロ! PATALLIRO TV SHOW 2」(1982年11月発売)、以上2枚のアルバムからの抜粋+未収録BGMで構成された「ぼくパタリロ! 音楽総集編 PATALLIRO MUSIC TV SHOW」(1983年4月発売)である。アニメ『パタリロ!』のアルバムとしては、他に劇場版サントラ「パタリロ! スターダスト計画 完全収録オリジナル・サウンドトラック」(1983年発売)があった。
キャニオンレコードは当時アニメ音楽に本格参入したばかり。『1000年女王』『うる星やつら』「世界名作劇場」などの音楽アルバムを発売していたが、アルバムによってできばえに差があり、まだまだ試行錯誤という時期だった。
しかし、『パタリロ!』のアルバムは秀逸である。構成や曲タイトルに作品への愛情が感じられるのだ。特に3枚目の「MUSIC TV SHOW」はよく練られた構成で、1枚のアルバムとして完成度が高い。のちに東芝EMIから「懐かしのミュージッククリップ(34) パタリロ!」というCDアルバムが発売されるが、オリジナル・アルバムには及ばない内容だった。そのことはあとで触れるとして、今回は「ぼくパタリロ! 音楽総集編 PATALLIRO MUSIC TV SHOW」を紹介しよう。
収録曲は以下のとおり。
A面
- 「パタリロ!」(歌:藤本房子)
- スーパーキャット参上
- マリネラ国歌
- パタリロライフ1
- パタリロライフ2
- フンニャの大テーマ
- マリネラ・サンセット2
- サスペンスA
- しのびよる影
- パタリロ危うし!
- バンコラン登場
- 「薔薇の戦士」(歌:曾我部和行)
- ショック1
- 英国情報部MI6
- 愛は永遠に
- マライヒ幻想
- 哀愁のマライヒI
- 哀愁のマライヒII
- 「Smoky Violet〜マライヒの愛〜」(歌:藤田淑子)
- アイ・キャッチャー
B面
- ドリーム・オン・ドリーム
- 忠誠の木
- 古代の響き
- 蝶の舞い
- タイムトリップC
- タマネギ飛行
- 「輝け!タマネギ部隊」(歌:スラップスティック)
- サスペンスB
- 空を駆けるプラズマX
- 翔べ!プラズマX
- プラズマララバイ
- プララへの愛
- 悲しみこらえて
- 「美しさは罪」(歌:竹田えり)
- 出逢いの喜び
- ジ・エンド
- 「クックロビン音頭」(歌:スラップスティック、白石冬美)
- パタリロより愛をこめて
- アイ・キャッチャー
主題歌・挿入歌6曲とBGM32曲を収録したボリュームたっぷりの内容。2枚目のアルバムは主題歌2曲とBGM14曲の全16曲入りだったので、曲数は倍以上になっている。
オープニング主題歌「パタリロ!」と前期エンディング主題歌「美しさは罪」は、伊藤薫の作詞・作曲。1枚目のアルバムのインナーに掲載された籏野義文プロデューサーのコメントによれば、エンディングはすんなり決まったものの、オープニングは難航したという。今となっては2曲とも『パタリロ!』にはこの曲しかないと感じられるほどなじんでいる。
BGMパートは短いファンファーレ「スーパーキャット参上」から始まる。パタリロの親友猫・スーパーキャットの登場シーンに流れた曲である。この曲と次の「マリネラ国歌」がパタリロ・ワールドへの導入の役割を果たしている。
「パタリロライフ1」「パタリロライフ2」はいずれもパタリロのテーマ。曲だけ聴いたらパタリロの曲とは思えないような、AOR風のしゃれた曲である。本編ではパタリロの気ままな日常やエピローグに流れることが多かった。
「マリネラ・サンセット2」は抒情的な情景描写曲。「2」とあるのは、2枚目のアルバムに「マリネラ・サンセット」という曲があるから。
「サスペンスA」「しのびよる影」「パタリロ危うし!」とサスペンス系の曲が続いたあと、いよいよバンコラン登場となる。
バンコランのテーマの短いアレンジ「バンコラン登場」に続くのは、曽我部和行が歌う「薔薇の戦士」。森雪之丞作詞・作曲によるバンコランのキャラクターソングである。
曽我部和行はキャニオンレコードからデビューした声優バンド・スラップスティックのメンバーだった(担当はリードギター)。一部の曲のヴォーカルも担当していたので歌はお手のもの。『パタリロ!』の歌には他にもスラップスティックが参加したものがある。
「英国情報部MI6」はバンコランが所属する情報機関のテーマ。MI6は英国に実在する情報機関で、007/ジェームズ・ボンドが所属する組織としても有名。本曲も「ジェームズ・ボンドのテーマ」を彷彿させる曲調になっている。
アコースティック・ギターとエレピをバックにフルートとサックスがロマンティックな旋律を奏でる「愛は永遠に」を挟み、本作の3人目の主役ともいうべきマライヒが登場する。
「マライヒ幻想」はストリングスとエレキギターが交代でメロディを奏でるマライヒのテーマ。往年のハリウッド映画音楽を思わせる美しく上品な曲である。
「哀愁のマライヒI」では同じメロディのマイナーアレンジが女声スキャットとストリングスで演奏される。まるでフランシス・レイかミシェル・ルグランかと言いたくなる、妖しくも官能的な曲だ。「哀愁のマライヒII」は同じ旋律のストリングス主体の変奏曲。ゴージャスなストリングス・アレンジが聴ける青木望らしい曲である。
マライヒのテーマ曲は、マライヒのみならず、広く美少年のテーマとして、ほぼ毎回のように本編で使われていた。
そして、マライヒ役の藤田淑子が歌うキャラクターソング「Smoky Violet〜マライヒの愛〜」(作詞・冬杜花代子、作曲・青木望)。
CBS・ソニーから歌手デビューもしていた藤田淑子の歌のうまさはいまさら言うまでもない。アニメソングでは少年の声で歌う曲が多かったが、ここでは大人の女性(役は美少年だが)の声で、シティポップ風の曲を甘く歌い上げている。もう、「藤田淑子サマ素敵!」と言うほかない。第23話「殺しのライセンス」ではレコード・バージョンとは異なるピアノ弾き語りバージョンが流れる。かなうなら、いつの日か商品化してほしい音源である。
「クックロビン音頭」をアレンジしたアイキャッチ曲「アイ・キャッチャー」でA面は終了。A面はパタリロ、バンコラン、マライヒに焦点を絞った、『パタリロ!』の濃厚な世界にひたれる内容だった。
B面はバラエティに富んだ、動きのある曲が多い構成である。
フルートが優雅に歌う「ドリーム・オン・ドリーム」を導入に、第28話「忠誠の木ものがたり」や第37話「ベルサイユのヒマワリ」で使われたバロック風の「忠誠の木」、エキゾティックな「古代の響き」、和風の「蝶の舞い」、SF的な「タイムトリップC」と時空を超越したパタリロ・ワールドを彩る楽曲が並ぶ。
トラック6「タマネギ飛行」はパタリロに仕えるタマネギ部隊の活躍をイメージした曲。ワーグナーの「ワルキューレの騎行」を思わせるヒーロー音楽風の曲である。
タマネギ部隊はみな同じ顔をしていて、タマネギみたいなヘアスタイルとメガネ、ひし形に開いた口が特徴。だが、実はそのビジュアルは変装で、素顔はみな美青年・美少年であることが第18話「輝けタマネギ!」で明かされる。その第18話のラストシーンに流れたのがスラップスティックが歌う「輝け!タマネギ部隊」。森雪之丞が作詞、森田公一が作曲を担当している。明るいマーチ風の曲調が楽しい1曲だ。
メカニカルなサスペンス曲「サスペンスB」を挟み、パタリロが作ったスーパーロボット・プラズマXがらみの曲を集めたコーナーに入る。
ティンパニロールとファンファーレから始まる「空を駆けるプラズマX」は軽快な曲調のプラズマXのテーマ。第21話「超(スーパー)ロボット・プラズマX」でプラズマX活躍シーンに流れていた。
次の「翔べ!プラズマX」はプラズマXのキャラクターソング。サタンタ(子門真人)が歌うボーカル曲として作られたが、ここでは第21話に使用されたインスト版(メロオケ)が収録されている。歌入りはアルバム1枚目に収録されているので重複を避ける意図もあったのだろう。ファンにはうれしい配慮だ。
フルートが軽やかにメロディを歌う「プラズマララバイ」、ピアノとフルートがしっとりと奏でる「プララへの愛」、エレキギターとサックスによる哀愁の曲「悲しみこらえて」と続き、一連のプラズマXのエピソードをなぞる構成。この流れはドラマティックで、ストーリーに沿った映画音楽アルバムを聴くようだ。
前期エンディング主題歌「美しさは罪」を配したあと、美しいストリングスの曲「出逢いの喜び」が流れる。パタリロの母エトランジュの登場場面や最終話終盤のバンコランとマライヒの場面などに流れたロマンティックな愛の曲である。短いエンディング曲「ジ・エンド」でひとまずBGMパートは終わる。
トラック17は後期エンディング主題歌「クックロビン音頭」。劇中ではパタリロ(白石冬美)が歌っているが、レコード・バージョンではスラップスティックがメインで歌い、白石冬美が合いの手のセリフを担当している。
これで終わるかと思いきや、最後にBGM「パタリロより愛をこめて」が流れる。フィナーレのあとのアンコールの1曲といった趣である。サックスが主旋律を担当するパタリロのテーマのジャジーなアレンジ曲。ギャグで終わらせない構成がうまい。
籏野義文は本作の青木望の音楽を「大胆で、繊細」とコメントしている。それに「(ちょっぴり)官能的」を加えてもいいだろう。これは、とても色っぽいアルバムなのだ。
青木望の『銀河鉄道999』とは異なる一面が発揮された代表作のひとつであり、キャニオンレコード80年代初期アニメアルバムの名盤である。
先に触れたが、本作の音楽は1990年代に東芝EMIから発売されたCDアルバム「懐かしのミュージッククリップ(34) パタリロ!」でCD化されている。内容は、主題歌・挿入歌全8曲に2枚目と3枚目のアルバムから抜粋したBGMとTVサイズ主題歌を加えたもの。
歌はよいとして、BGMの選曲には不満がある。収録されたBGMはわずか11曲。しかも、CDなのに収録時間は46分ほど。CDのキャパシティをもってすれば、あと約30分は収録できる。それだけあれば未収録のBGMがほぼすべて入るはずだし、劇場版『パタリロ! スターダスト計画』の主題歌2曲も収録できたはずだ。
それなのに、BGMをわずか11曲ですましてしまうとは。せっかくのCD化の機会がもったいない。しかも、ブックレットには歌曲の編曲者のクレジットがまったくないというずさんさ(「美しさは罪」のみ中村暢之編曲で他はすべて青木望編曲)。筆者がパタリロなら担当者を逆さ吊りのムチ打ち刑にするところである。
まあ、そんな恨みごとを言ってもしようがない。その「ミュージッククリップ」も現在は入手困難。中古市場では、『パタリロ!』のアルバムはCDよりもアナログ盤の方が手に入れやすい。再生環境がある方は、ぜひレコード盤で、優雅に、『パタリロ!』の耽美な世界を堪能していただきたい。
常春の国・マリネラ王国に今も生きる白石冬美、藤田淑子、曽我部和行に愛と感謝をこめて。
懐かしのミュージッククリップ(34) パタリロ!
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