腹巻猫です。1月20日に開催された「プリキュア15周年 Anniversaryライブ」の最終公演に足を運びました。主題歌声優全員と主要キャストが勢ぞろいしたステージは圧巻。どのシリーズにも思い出があり、歌と音楽を覚えています。『プリキュア』シリーズのアルバム制作に初めて関わったのは、2年目の『ふたりはプリキュア Max Heart』からでした。シリーズが15年も続き、こんな日が来るとは、まさに夢のよう。作り続けてくれたスタッフ、キャストのみなさん、応援してくれたファンと子どもたちみんなに感謝です。
30年続いた平成の時代が今年の4月で幕を下ろす。
平成最初のアニメ作品はなんだろうか?
平成の始まりは1989年1月8日。調べてみると、OVA『虚無戦史MIROKU』が1月10日に発売されている。TVアニメでは『おぼっちゃまくん』が1月14日にスタート。翌1月15日から「世界名作劇場」第15作『ピーターパンの冒険』が始まる。
「世界名作劇場」は年明け早々から始まるのが通例だ。『ペリーヌ物語』など、1月1日からスタートしている。この『ピーターパンの冒険』も、1月8日からスタートしていてもおかしくない。が、初回は1月15日、1時間枠で放送された(元号が変わったためにずれたわけではないそうだ)。
原作はディズニー劇場アニメにもなったジェームズ・M・バリのファンタジー。「世界名作劇場」の中でも異彩を放つ作品である。
「世界名作劇場」は、世界各国の児童文学の中から少年少女がさまざまな経験をして成長する作品を取り上げてきた。現実の土地や歴史を背景にした作品ばかりだった。ところが『ピーターパンの冒険』の物語は、大半が架空の世界ネバーランドで展開する。そして、主人公・ピーターパンは、大人にならない少年。『ピーターパンの冒険』は成長を拒んだ子どもの物語なのだ。
1989年の日本はバブル景気の真っ盛り。いつ終わるともしれない好景気に酔っていた。そんな時代の気分を反映したかのような原作のセレクトである。
キャラクターデザインは、なかむらたかし。それまでの「世界名作劇場」にはないタイプのキャラクターが新鮮だった。
ふり返ってみると、本作は「平成最初」というより、「80年代最後」と呼ぶ方がふさわしい気がする。
というのも、「世界名作劇場」の音楽は本作を区切りに大きな転換を遂げるからである。
「カルピスまんが劇場」から「世界名作劇場」へと続く日曜夜7時半の枠のTVアニメは、1973年の『山ねずみロッキーチャック』以来、1979年の『赤毛のアン』まで、日本コロムビアが主題歌や音楽アルバムをリリースしてきた。
ところが、1980年の『トム・ソーヤーの冒険』から音楽商品の発売元がキャニオンレコード(1987年よりポニーキャニオン)に変わる。キャニオンレコード=ポニーキャニオン時代は、『ピーターパンの冒険』まで10年続いた。この間に、「世界名作劇場」の音楽は少しずつ変化している。
特に主題歌の変化は顕著だ。
『ふしぎな島のフローネ』(1981)で声優(潘恵子)が歌う主題歌が初めて登場。1984年の『牧場の少女カトリ』の主題歌は歌謡界のヒットメーカー・三木たかしが作曲し、キャニオンレコードでデビューしたアイドル歌手・小林千絵が歌った。『ポリアンナ物語』(1986)は工藤夕貴、『愛の若草物語』(1987)はおニャン子クラブの新田恵利、『小公子セディ』(1988)は西田ひかる、とアイドルが主題歌を歌う時代が続き、『ピーターパンの冒険』もおニャン子クラブの元メンバーゆうゆ(岩井由紀子)が歌っている。曲調もぐっとアイドルポップ風になった。作詞は秋元康、作曲はのちにAKB48の「Everyday、カチューシャ」などを手がける井上ヨシマサだ。
アニメソングにアイドル歌手を起用するキャニオンレコード=ポニーキャニオンの戦略は、「キャッツ・アイ」のヒットに代表されるアニメソングのポップス化と連動して、アニメ音楽の多様性を大きく広げることになった。
また、音楽商品の展開もずいぶん変わった。
キャニオンレコード時代の初期は、コロムビア時代にならって、各作品ごとに「音楽編」と「ドラマ編」の2種類のアルバムが発売され、挿入歌も作られていた。
しかし、『南の虹のルーシー』(1982)を最後に「ドラマ編」はラインナップからはずれ、以降「音楽編」だけが発売されるようになる。『牧場の少女カトリ』(1984)の年には挿入歌も作られなかった。
『愛少女ポリアンナ物語』(1986)では、異例の事態が起こる。堀江美都子が主役ということで、日本コロムビアが堀江美都子が歌う挿入歌を「コロちゃんパック」というカセットテープのみの商品で発売したのだ。実は日本コロムビアは、レコードの発売元がキャニオンレコードになってからも、「コロちゃんパック」のシリーズで自社カバー主題歌を収録した「世界名作劇場」の音楽商品を発売し続けていたのである。
コロムビア独自の挿入歌路線は『愛の若草物語』(1987)でも継続。橋本潮が歌う挿入歌6曲が作られた。『小公子セディ』(1988)と『ピーターパンの冒険』(1989)ではコロムビア版挿入歌は作られていないが、1990年の『私のあしながおじさん』で、主題歌と音楽集の発売元が再び日本コロムビアに戻ってくる。この作品でコロムビアは、ソング集、音楽集、ミュージカル版と3タイトルのアルバムを発売している。80年代の「失われた10年」を取り戻そうとするかのように。メディアはレコードからCDに変わっていた。
メディアの話で言えば、キャニオンレコードの「世界名作劇場」の音楽アルバムは『愛の若草物語』までレコードとカセットテープで発売。『小公子セディ』のときにCDが加わり、『ピーターパンの冒険』ではレコードがなくなって、CDとカセットのみの発売になった(ただし、主題歌シングルは『ピーターパンの冒険』までレコードでも発売されている)。
つまり、『ピーターパンの冒険』は、「世界名作劇場」のキャニオン時代最後の作品であると同時に、音楽アルバムがCD(とカセットテープ)のみで発売されるようになった最初の作品でもあるのだ。
肝心のサウンドトラックの話をしよう。
『ピーターパンの冒険』の劇中音楽の担当は渡辺俊幸。TVアニメ『銀河漂流バイファム』(1983)を皮切りに、TVアニメ『昭和アホ草紙 あかぬけ一番!』(1985)、『ボスコアドベンチャー』(1986)、『機甲戦記ドラグナー』(1987)、TVドラマ「オレゴンから愛」(1984)、朝の連続テレビ小説「ノンちゃんの夢」(1988)などを手がけ、映像音楽作曲家として着実にキャリアを重ねていた時期の仕事である。
『ピーターパンの冒険』の音楽は、渡辺俊幸が得意とする、生楽器をふんだんに使ったオーケストラサウンドで作られている。
それまでの「世界名作劇場」の音楽と異なるのは、陽性で明るい雰囲気である。「世界名作劇場」では主人公が辛い境遇に置かれることが多い。キャラクターの悲しみや悩みを表現するために、シリアスな音楽が要求されがちだ。しかし、本作の音楽は、どこまでも明るい。サスペンスやアクションの音楽はあっても、重くなり過ぎないように書かれている。それが大きな特徴であり魅力だ。
想像であるが、渡辺俊幸はディズニーの劇場アニメ『ピーター・パン』(1953)を当然、意識していたと思う。『ピーター・パン』というより、ディズニー作品の音楽全体を意識したのではないか。「ディズニー作品の音楽に負けないような音楽を」。そんな気概が伝わってくる力の入ったスコアである。
サウンドトラック盤は「ピーターパンの冒険 音楽編」のタイトルでポニーキャニオンから1989年5月に発売された。収録トラックは以下のとおり。
- もう一度ピーターパン(歌:ゆうゆ)
- 希望
- 海賊たちのテーマ
- 喜びにあふれて
- 戦闘開始!
- 危機迫る!!
- タイガー・リリー
- 夕ぐれ
- 美しいネバーランド
- ロンドンの空
- ピーターパンのテーマ1
- 思いやり
- 愛情
- ピーターパンのテーマ2
- 楽しく遊ぼう!
- ウェンディのテーマ
- フック船長
- とけいワニのテーマ
- 夢みるウェンディ
- 心のふれあい
- ゆかいな仲間たち
- いじわる
- ティンカー・ベル
- いたずら
- 無邪気
- 悲しくて…
- 静けさ
- ドキドキ、ワクワク
- 友情
- 夢よ開けゴマ!(歌:ゆうゆ)
オープニング&エンディングテーマとBGM28曲を収録。
過去の「世界名作劇場」のサントラと比べると、キャラクターテーマが多く作られている。ピーターパン、ウェンディ、ティンカー・ベル、タイガー・リリー、フック船長、とけいワニ。多彩なキャラクターが画面狭しと動き回る『ピーターパンの冒険』にふさわしい音楽設計だ。
番組を観ていたファンなら印象に残っているのが「ピーターパンのテーマ」だろう。トランペットによるはつらつとしたメロディが、永遠の少年ピーターパンを描写する。本作のメインテーマとも呼べる曲である。
お腹の中に時計を呑みこんでいるユーモラスな「とけいワニのテーマ」も耳に残る。とけいワニを恐れるフック船長のテーマは、クラリネットが奏でるガーシュウィン風のジャジーな曲。おしゃまでちょっとわがままな妖精ティンカー・ベルのテーマは、軽妙なリズムですばやく飛び回る姿を、チェレスタの音色で可愛さを表現している。
本作のもう1人の主人公であるウェンディの曲「ウェンディのテーマ」は、フルートをメインにした涼やかな曲。夢見る少女だけれど、しっかりした現代っ子の一面もあるウェンディらしい、明るい日差しのような曲だ。「夢みるウェンディ」と名づけられた曲では、バイオリン・ソロがしっとりとメロディを歌い上げて、夢心地のウェンディの気持ちを表現している。このメロディの美しさは渡辺俊幸ならではだ。
美しいメロディという点では、情景描写音楽や心情描写音楽のよさも特筆しておきたい。
しみじみとした「夕ぐれ」、雄大でファンタジックな光景が広がる「美しいネバーランド」、第2話でウェンディたちがネバーランドに出発する場面にかかった「ロンドンの空」、優しく慈しみに満ちた「愛情」、繊細で切ない「悲しくて…」などなど。派手なサウンドではないけれども、大人にならない子どもたちの物語だからこその、ピュアな心情が胸にしみわたってくる。
そして、なんといっても『ピーターパンの冒険』らしいのは、ネバーランドの冒険を彩る、楽しく高揚感あふれる曲だ。
2曲目の「希望」から、明るいマーチ風の曲調に胸が踊る。細かく動く弦楽器のメロディが楽しい「喜びにあふれて」、威勢よくユーモラスな「戦闘開始!」、大ピンチでもどこか余裕の「危機迫る!」、子どもたちのウキウキ気分が伝わってくる「楽しく遊ぼう!」、ユーモラスなサスペンス「ドキドキ、ワクワク」。29曲目に置かれた「友情」も笛の音が軽やかに奏でる明るい曲で、ネバーランドでは明日もまた楽しい冒険が続くことを予感させる。聴き終って楽しい気分になるサントラ・アルバムである。
平成最初であると同時に、80年代最後の「世界名作劇場」となった『ピーターパンの冒険』。「世界名作劇場」の中では異色作だが、永遠の子どもたちの物語は、キャニオンレコード=ポニーキャニオン時代を締めくくるにふさわしい題材だったと思う。
音楽は奇をてらわず、「世界名作劇場」の伝統を継ぐ管弦楽を中心としたサウンドで作られているのがうれしい。ディズニー作品の音楽やハリウッド映画音楽へのあこがれとリスペクトが感じられる、センスのいい音楽である。
『ピーターパンの冒険』の物語は、後半からオリジナルの「ダークネス編」になり、音楽も新曲が追加されている。追加音楽は前半と比べてアクション系の楽曲が多い。残念ながら、この後半の追加曲は一度も商品化されていない。CD「ピーターパンの冒険 音楽編」も放映当時発売されて以来、復刻されていないので、未収録曲を含めた完全版が熱望されるところだ。
今年は放送30周年。ウェンディも、われわれも年を取ったけれど、ネバーランドのピーターパンは今も変わらない姿で冒険を続けているだろう。
ピーターパンの冒険 音楽編
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