腹巻猫です。4月14日に東京国際フォーラムで開催された「角川映画シネマコンサート」に足を運びました。『犬神家の一族』『人間の証明』『野生の証明』という濃い劇場作品3本のハイライトを上映しながらオーケストラの生演奏を聴くぜいたくなイベント。大野雄二サウンドを堪能しました。ただ、先にこちらを予約していたので、同日開催の「プリンセスチュチュ15周年記念コンサート」を聴けなかったのが残念無念。
『H2』『タッチ』と野球アニメが続いたので、次はサッカー……というわけでもないが、今回は『蒼き伝説 シュート!』を取り上げたい。サッカーに打ち込む高校生たちを描いたスポーツ青春アニメだ。
中学時代を共にサッカー部で過ごした田仲俊彦(トシ)、平松和広、白石健二の3人は掛川高校サッカー部に入部。全国大会出場をめざしてチームメイトとともに激しい試合に挑んでいく。そんな3人を見守るのがサッカー部マネージャーとなった幼なじみの遠藤一美だった。
原作は1990年から週刊少年マガジンに連載された大島司のマンガ「シュート!」。TVアニメ『蒼き伝説 シュート!』は1993年11月から1994年12月まで全58話が放送された。アニメーション制作は東映動画(現・東映アニメーション)。シリーズディレクターは『DRAGON BALL』や『ゲゲゲの鬼太郎[4期]』『金田一少年の事件簿』『ふたりはプリキュア』などを手がける西尾大介が担当した。キャラクターデザインは荒木伸吾と姫野美智の名コンビが手がけている。
特にサッカーファンではない筆者だが、本作は観ていた。フジテレビ日曜朝9時枠で放映されていた東映不思議コメディシリーズ最終作「有言実行三姉妹 シュシュトリアン」の後番組だったからだ。不思議コメディシリーズのファンだったのである。視聴習慣というのはあなどれない。
音楽は本間勇輔。本間は東映不思議コメディーシリーズの音楽を1987年の「おもいっきり探偵団 覇悪怒組」から8作連続で手がけていて、そのまま本作も続投することになった。
本間勇輔は1952年、福岡県八幡市(現・北九州市)生まれ。早稲田大学商学部出身。幼い頃、家にバイオリン、ギター、オルガンがあったことから自然に楽器を始め、弾けるようになったという。
本間勇輔の代表作といえば、TVドラマ「古畑任三郎」である。本間は1980年代後半から90年代にフジテレビのドラマやアニメの音楽を数多く手がけた。80〜90年代のフジテレビを象徴する作曲家のひとりと言えるだろう。
本間勇輔の音楽活動の原点はCD「古畑任三郎 サウンドトラック Vol.2」のライナーノーツに詳しい。高校時代はサッカーに熱中。早稲田大学に入学してからはバンド活動にどっぷりはまる。本間が参加したのが1946年創立の名門バンド、ザ・ナレオだった。創立当初はハワイアンを演奏していたというザ・ナレオだが、本間が入学した当時はホーンセクションを擁する大編成のビッグバンド。本間はボーカルを担当し、首都圏の大学バンド界では屈指のボーカリストと呼ばれていた。本間が参加したザ・ナレオは、1975年に開催された「大学対抗バンド合戦」のポピュラー部門で優勝する。
学生時代はほとんど譜面が読めなかったという本間だが、このバンド活動を原点にプロの音楽活動を始める。フジテレビの子ども向け番組「ひらけ! ポンキッキ」に楽曲を提供し、自ら歌も歌った。1984年放映の東映不思議コメディシリーズの1本「どきんちょ! ネムリン」(音楽・藤本敦夫)では主題歌と挿入歌を作曲(1曲、歌も歌っている)。その後番組「勝手に! カミタマン」(1985)の音楽を担当し、これが初の本格的な映像音楽作品になった。
90年代以降はフジテレビのTVドラマ音楽で活躍。「古畑任三郎」(1994)、「まだ恋は始まらない」(1995)、「コーチ」(1996)、「こんな恋のはなし」(1997)、「いいひと。」(1997)、「ソムリエ」(1998)、「ニュースの女」(1998)、「今夜、宇宙の片隅で」(1998)、「女子アナ」(2001)、「僕の生きる道」などを次々と手がけた。ドラマではほかにNHK朝の連続テレビ小説「私の青空」(2000)、TBS系「奥さまは魔女」(2004)などを担当しているが、9割近くがフジテレビ作品だ。実写劇場作品では「メッセンジャー」(1999)、「笑の大学」(2004)、「THE 有頂天ホテル」(2005)、「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」(2007)などがある。FNNスーパーニュース等の報道番組のテーマ曲も手がけた。
いっぽう、特撮・アニメファンとしては、脚本家・浦沢義雄が参加した数々の作品の音楽が忘れられない。「美少女仮面ポワトリン」(1990)を代表とする東映不思議コメディシリーズ、アニメでは『のらくろクン』(1987)、『おそ松くん』(1988)、『ひみつのアッコちゃん』(1988)、『平成天才バカボン』(1990)、『とっても! ラッキーマン』(1994)、『ふしぎ遊戯』(1995)、『はじめ人間ゴン』(1996)など。『おそ松くん』『アッコちゃん』『天才バカボン』と赤塚不二夫の代表作3作の音楽をすべて手がけた作曲家は本間勇輔だけだろう。アニメではほかに『幽★遊★白書』(1992)、『NINKU』(1995)、『GTO』(1999)などを担当。その大半がフジテレビ×スタジオぴえろ制作作品というのも面白い。
不思議コメディやアニメ作品の印象から、コメディやギャグ作品が得意なのかと思ってしまうが、ドラマでは、恋愛ものやミステリー、アクティブなワーキングウーマンが主人公のものなど、ジャンルを問わない。音楽的にも、ビッグバンドスタイルの「古畑任三郎」「奥さまは魔女」からチェコ・フィルハーモニーで録音した「いいひと。」「私の青空」まで幅広い。どの音楽もポジティブで、ユーモアがあり、ワクワク感にあふれている。往年のアメリカンポップスやハリウッド映画音楽への憧憬が感じられるサウンドだ。子どもの頃からポップミュージックのひとつとしてサントラに憧れたという言葉(「まだ恋は始まらない」ライナーノーツ)からも本間のポップス志向がうかがえる。筆者にとっては、佐橋俊彦、大島ミチルと並んで、聴いて元気になれる音楽を書く作曲家のひとりである。
そんな本間勇輔にとって、『蒼き伝説 シュート!』は格別な想いを持って取り組んだ作品ではないかと思う。ほかでもない。本作がサッカーを取り上げたアニメだからだ。
本間勇輔とサッカーの縁は深い。小学生時代にサッカーと出逢った本間は高校から本格的にサッカーを始め、さらにサッカーを続けたいと早稲田大学に進んだ。しかし、高校時代からの足のケガやアルバイトが必要になったことで結局は入部せず、音楽の道に進路を転じた。
作曲家としてデビューしたあともサッカーへの情熱は冷めず、80年代にサッカーの指導者ライセンスを取得。平日は作曲家として活動しながら、週末は少年たちにサッカーを指導していた。2008年にはさらに上級のJFA・B級指導者ライセンスを取得。SC大阪エルマーノのコーチを務めた後、2008年、セレッソ大阪のスタジアム演出を担当するスタジアムマスターに就任する。オリジナルアンセム作曲などにとどまらず、試合に足を運んで選手を激励するなど全力で取り組み、2012年に退任するまで熱心な活動を続けた。本間は自身のブログで「サッカーとは人生の道標であり、聖書のようなもの」と語っている。それほどまでに愛したサッカーを題材にしたアニメだ。力が入らないわけがない。
『蒼き伝説シュート!』のサウンドトラック・アルバムは1994年3月にフォーライフ・レコードから発売された。収録曲は以下のとおり。
- エール〜あなたの夢が叶うまで〜(歌:WENDY)
- キックオフ
- 代表への道
- 10番〜ハットトリック
- ライバル〜オフサイドトラップ
- E.K & PK
- MOCHISUGI
- V
- もう一つのゴール
- KOKURITSU
- 素直でいたい(歌:WENDY)
1曲目と11曲目はオープニング&エンディング主題歌。軽快で爽やかな曲調が青春スポーツアニメの主題歌にふさわしい。90年代アニメソングの中でも「絶対無敵ライジンオー」などと並ぶ女性ボーカルバンドスタイルの名曲だ。
主題歌の歌と演奏を担当したWENDYは広島出身の女性4人で結成されたバンド。高校を卒業したばかりの1993年4月にフォーライフ・レコードよりデビューした。作詞・作曲も自分たちで手がけている。エンディング主題歌「素直でいたい」は本作のために作られた歌ではなく、1993年5月に発売されたWENDYの2ndシングルのタイトル曲だった。しかし、本作のために書いた歌としか思えないほど作品にマッチしている。
サウンドトラックは9トラック。3分から5分の長尺の曲で構成されている。ストーリーを追う曲順ではなく、イメージアルバム的な構成だ。各トラックはひとつの楽曲として完結していて、聴きごたえがある。本間勇輔は、本アルバムをサッカーを題材にしたコンセプトアルバムのようなイメージで作り上げたのではないだろうか。
トラック2「キックオフ」は本作のメインテーマとも呼べる曲だ。試合の朝の目ざめを描写するようなシンセの導入に続いて、競技場の歓声のような音が遠くに聴こえてくる。オーボエ風の音色が静かにメロディを奏で始める。リズムが加わり、ふたたび力強く奏されるメロディ。試合開始の高揚感が盛り上がる。終盤は男声コーラスも加わって競技場を包む熱気が表現される。サッカー少年だった本間勇輔ならではの臨場感あふれる曲である。この曲は最終回のラストでたっぷり使用されていた。
トラック3「代表への道」はサッカー大会地区代表をめざす選手たちの闘志や練習風景がイメージされる曲。オケヒットのアタックに続いてシンセブラスのダイナミックなメロディが熱い思いを描写。後半では、軽快なリズムに乗って口笛にも似た音色のシンセのメロディが駆け巡る。
本間勇輔はドラマ音楽では生楽器を使用したアコースティックなサウンドを聴かせることが多いが、特撮ドラマやアニメではシンセの音色をふんだんに使っている。これは予算の都合というより、作品世界を印象づけるための意図的なサウンド設計だと思う。
トラック4「10番〜ハットトリック」は冒頭からアップテンポで勢いのあるアクティブな曲。ドラム、ベース、パーカッションのリズムの上でシンセのメロディがめまぐるしく展開し、試合のスピード感や緊迫感を感じさせる。後半はにぎやかな曲調になり、曲名通り「ハットトリック」の達成感とよろこびが表現される。「10番」はトシがあこがれた先輩選手・久保の背番号で、のちにトシはこの番号を受け継ぐことになる。
トラック5「ライバル〜オフサイドトラップ」は、シンセとサックスのアンサンブルで緊迫感たっぷりにライバルを描写する前半から、スリリングな試合描写の後半に転じる構成が印象的な曲。アドリブをまじえたサックスの演奏が耳に残るナンバーだ。
続く「E.K & PK」は、シンセが可愛くメロディを奏でるポップな曲。「PK(ペナルティキック)」はともかく、「E.K」は「こんなサッカー用語あったっけ?」と思ってしまうが、これはヒロインの遠藤一美のイニシャルだろう。一美とトシ、和広、健二たちの日常をイメージした明るい曲である。
一美役は日高のり子。一美をめぐる恋愛模様も本作の見どころのひとつだった。終盤、一美がアイドル歌手としてデビューする展開には驚いた(日高のり子が遠藤一美名義で歌うミニアルバムも発売された)。
トラック7「MOCHISUGI」もひねった曲名である。サッカーで選手がボールをパスしないでずっとドリブルしていると「持ちすぎ」と言われる。失敗や「やっちゃった」みたいな感じを思いきりユーモラスな曲調で表現した曲だ。『平成天才バカボン』などのコミカルなアニメ作品の音楽をほうふつさせる。ユーモラスな音楽作りも得意とする本間勇輔の持ち味が発揮されたナンバー。
トラック8の「V」は「ブイ」なのか「ファイブ」なのか迷うが、曲調からして「ビクトリー」のブイだろう。ダンサブルなリズムに乗ってふわふわしたシンセの音とサックスが気持ちの高ぶりを表現。混声コーラスが勝利のよろこびを歌い始める。まさしくアンセム(賛歌・応援歌)だ。本間勇輔はセレッソ大阪のアンセムのほか、サッカーU‐6オープニングテーマやJFAアカデミー入校式音楽なども作曲している。映像音楽でもこういう曲を書きたいと願っていたのではないだろうか。
トラック9「もう一つのゴール」は讃美歌風のメロディと透明感のあるサウンドで奏でられるリリカルな曲。曲名が意味深だが、これはやはり、トシと一美の恋のゆくえを暗示した曲なのだろう。イントロはオルガンと鐘(チューブラーベル)の音にまじって拍手の音が聴こえてくる。教会の情景が目に浮かぶサウンドである。
サウンドトラックの最後の曲「KOKURITSU」では、メインテーマがふたたび奏でられる。曲名はサッカー少年のあこがれ、全国高校サッカー選手権大会の開会式と決勝戦の会場となる国立競技場を意味しているのだろう。トシたちも「めざせ! 国立」を合言葉に汗を流していた。インパクトのある導入部からピアノが刻むリズムに乗ってエレキギターがメインテーマのメロディを奏でる。国立競技場をめざす少年たちの気持ちが伝わってくるようなエモーショナルな演奏が感動的だ。後半は曲調が変わり、混声合唱を伴った力強いマーチになる。選手入場の高揚感か、あるいは勝利の賛歌か。いずれにせよ、サッカーをするよろこびにあふれた熱気みなぎる盛り上がりで曲は幕を閉じる。この曲は最終回中盤のいい場面で流れていた。
本間勇輔のサッカー愛が音になったようなテンションの高いアルバムである。サントラアルバムとしては曲数が少なく、「あの曲が入ってない」と思われるかもしれないが、音楽アルバムとしては充実している。WENDYが歌う主題歌とメインテーマを聴くだけでも気持ちがぐいっと引っ張り上げられる、元気の出る1枚だ。
本間勇輔は2015年に故郷、長崎に帰郷。長崎市野母崎に移住し、地域の魅力を発信するため活動しているという。映像音楽の近作は移住前に手がけたTVドラマ「素敵な選TAXI」(2014)。TVアニメは『大江戸ロケット』(2007)が今のところもっとも新しい作品である。地元にいながらも作曲活動を続けているそうなので、いつかまた、映像音楽の世界に帰ってきてほしい。
蒼き伝説シュート! オリジナル・サウンドトラック
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KAZUMI/遠藤一美
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