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前回の当コラムで予告したとおり、今回は『大草原の小さな天使 ブッシュベイビー』の音楽を紹介しよう。日本アニメーションの音楽配信レーベル「NICHI-ANI Classics」から1月20日に配信音楽集がリリースされている。
『大草原の小さな天使 ブッシュベイビー』は1992年1月から12月まで全40話が放送されたTVアニメ。日本アニメーション制作の「世界名作劇場」第18作である。ウィリアム・スティーブンソンによる原作小説を、監督・鈴木孝義、脚本・宮崎晃のスタッフでアニメ化した。
舞台は1960年代初頭のケニア。家族とともにケニアの街で暮らすイギリス人の少女ジャッキーは、親をなくしたブッシュベイビーの赤ん坊を「マーフィ」と名づけて育て始めた。好奇心旺盛なマーフィのいたずらに悩まされながらも、ジャッキーはマーフィと仲よくなっていく。しかし、野生動物保護官であった父の任期が終わり、ジャッキー一家がイギリスへ帰る日がやってきた。
ところが、ジャッキーは思わぬトラブルで帰国の船に乗り遅れ、マーフィとともにアフリカに取り残されてしまう。父の助手をしていたケニア人の青年・テンボに助けられたジャッキーは、両親と再会するため、そしてマーフィを野生の仲間のもとに返すために、アフリカの原野を旅することになった。
実は筆者は、本放送当時、本作をあまり観ていなかった(理由は覚えていない)。今回、音楽集の構成を手がけることになり、DVDを入手して一気に観たが、期待した以上に面白かった。
全40話の前半は、ジャッキーと家族、友人たちとの日常を中心にした内容。象やサイ、ライオンなど、野生動物がふんだんに登場するのが本作ならではの魅力だ。野生動物をねらう密猟団が現れ、ジャッキーが密猟者の行動を調べるうちに危機に陥るエピソードが、前半のクライマックスになっている。
後半はがらっと雰囲気が変わり、アフリカの広大な原野を旅する冒険ものになる。密猟者に襲われたり、警官に追われたり、大火事に巻き込まれたりと、波乱に富んだ物語が展開する。「世界名作劇場」の中でもアクションやサスペンスの要素が多い、(本作以前に『ピーターパンの冒険』があるとはいえ)異彩を放つ作品である。
音楽は宮川彬良が担当。リメイク版『宇宙戦艦ヤマト』シリーズをはじめ、さまざまなアニメ・ドラマ・舞台の音楽を手がける作曲家だが、本作当時は、まだ映像音楽の仕事の経験が浅かった。本作は、宮川彬良が音楽を単独で担当した初のTVアニメ作品である。
ただ、彬良は本作より前に、ミュージカルなどの舞台音楽やテーマパークのアトラクション用音楽などを多く手がけている。彬良が作曲家として活躍を始めたのは80年代。右上がりに景気がよくなっていく時代で、大編成のオーケストラを使った音楽を大量に書くことができた(書かされた)。その経験が、本作の音楽に生かされている。
『大草原の小さな天使 ブッシュベイビー』の音楽は、生楽器をぜいたくに使ったシンフォニックサウンドを基調に作られている。大編成オーケストラとともに土俗的なリズムを刻む民族打楽器が使われているのが特徴だ。野趣に富んだ民族打楽器の音色はアフリカの大地や野生動物をイメージさせ、視聴者を物語の世界へ誘い込む。歴代「世界名作劇場」の音楽の中でも、とび抜けて壮大なスケールを感じさせる音楽である。
筆者の想像だが、宮川彬良は本作の音楽を書くとき、同じくアフリカを舞台にしたTVアニメ『ジャングル大帝』の音楽を意識したのではないだろうか。彬良は1961年生まれ。1965年から(続編の『ジャングル大帝 進めレオ!』まで含めると)1967年まで放送された『ジャングル大帝』を観ていた可能性は高い。観ていなくても、冨田勲が作曲した音楽は知っていただろう。
なぜそう思うのかというと、宮川彬良の音楽が非常に力が入っているからだ。今回リリースされた音楽集の2曲目「アフリカの大地」を聴くだけでも、本作の音楽の雄大さがわかる。「『ジャングル大帝』のような大きな音楽が書けるぞ!」とはりきってスコアに向かう宮川彬良の姿が目に浮かぶようだ。本作の音楽が『ジャングル大帝』の音楽に似ているわけではない。『ジャングル大帝』に挑もう、という気概を感じるのである(あくまで個人の感想です)。
いっぽうで、本作の音楽の中心になっているのは「ジャッキーのテーマ」と題された主人公ジャッキーのモチーフである。宮川彬良は本作の音楽作りを、このメロディから始めたという。劇中にジャッキーのテーマをアレンジした曲が流れることで、視聴者はなじみの薄いアフリカの情景にもジャッキーの心情を感じ、共感することができる。ストーリーが冒険ものに転じても、本作を「世界名作劇場」らしい作品にしているのが、「ジャッキーのテーマ」の存在である。
本作の音楽は、1992年5月に日本コロムビアから発売されたCD「大草原の小さな天使 ブッシュベイビー 音楽集」で、一度商品化されている(配信版音楽集とタイトルが同じなので、以下、CD版を「音楽集CD」と呼ぶ)。ただし、発売時期の都合で、音楽集CDに収録された楽曲は前半で使用されたもののみ。後半の冒険ものになってから使われ始めた楽曲は収録されていなかった。
今回リリースされた配信アルバム「大草原の小さな天使 ブッシュベイビー 音楽集」は、後半の展開のために追加された楽曲も含め、劇中使用曲をほぼ網羅した決定版である。構成は筆者が担当した。ファンなら「この曲が聴きたかった!」と思う曲がきっと入っているはずだ。
収録曲は「NICHI-ANI Classics」Webサイトの下記ページを参照。
https://x.gd/lqVDl
前回紹介した「トラップ一家物語 音楽集」と同様に、本アルバムも「NICHI-ANI Classics」のサイトに楽曲解説が掲載されている。詳しい解説はそちらにゆずり、ここからは筆者のお気に入りの楽曲を選んで紹介していこう。
まず取り上げるのはトラック10「サバンナの追跡」。アフリカ的なリズムに始まり、ブラス、ドラムス、弦合奏などが加わって、軽快なビッグバンドジャズ風に展開する。トランペットのアドリブが最高! 本作の音楽の中でも、とびきりグルーヴ感のある、気分のアガる曲である。前半エピソードではよく使われており、「『ブッシュベイビー』の音楽といえばこの曲」と印象に残っている人も多いのではないだろうか。音楽集CDでは「咆哮」という曲の後半部分に収録され、アルバムのクライマックスを飾っていた。演奏時間が1分30秒しかないのが惜しい。
民族打楽器を使った雄大な曲「アフリカの大地」(トラック2)はすでに紹介したが、同様の曲想の楽曲はほかにもある。
トラック11「大渓谷」は、瑞々しい渓谷や大河の流れを連想させる曲。ホルンの大らかな響きと木管の透明感のある音色の組み合わせが水煙の立つ渓谷を描写しているようだ。
トラック25〜27の3曲——「サバンナの夜明け」「はるかなるキリマンジャロ」「夕暮れの地平線」も、色彩感豊かな情景描写曲。この3曲は「アフリカの雄大な自然をたっぷり感じてほしい」という意図で並べてみた。
続いて、トラック3「ジャッキー登場」に代表される「ジャッキーのテーマ」のバリエーションを紹介しよう。
トラック4「こんにちはマーフィ」はフルートやファゴットによるユーモラスなアレンジ曲。マーフィやジャッキーのコミカルな場面によく使われた。
トラック12「アフリカはわが故郷」は、ストリングスを主体にしたメロディックなアレンジ。宮川彬良が生み出した旋律の美しさが、ストリングスの流麗な演奏で引き立てられている。
トラック24「ジャッキーはりきる」は、ミュートしたトランペットの音色が楽しい変奏曲。ユーモラスなシーンにも、やや緊張したシーンにも合う、使い勝手のよいアレンジである。
トラック42「ジャッキーの想い」とトラック59「さびしいジャッキー」は、同じモチーフを使った、しっとりとした心情描写曲。「ジャッキーのテーマ」が軽快なアレンジにも抒情的なアレンジにも似合う旋律であることがわかる。
アルバムのラストに収録した「ジャッキーのテーマ」(トラック63)は、この曲の基本形となる演奏。音楽集CDにも「ジャッキーのテーマ(リフレイン)」のタイトルで収録されていた。本作のメインテーマである。
こうして並べて聴くと、宮川彬良のアレンジの巧みさにあらためて感心する。父の宮川泰も名アレンジャーだった。血は争えない。
次に紹介したいのは、後半のエピソードのために追加された楽曲群。
なんといってもトラック34「冒険者たち」とトラック35「明日への前進」の2曲である。「冒険者たち」は、躍動的なリズムに、ストリングス、ブラス、木管などのオーケストラが重なり、力強く勇壮な曲想へと発展する曲。「明日への前進」は、同じモチーフを軽快なジャズコンボ風にアレンジにした変奏曲。2曲ともジャッキーたちの冒険の旅を彩る曲として使用されている。
この2曲と同じのモチーフの曲が、ほかに2曲ある。トラック46「危険な道」とトラック54「原野を越えて」である。「危険な道」はピアノのリズムをバックにメロディが重々しく奏でられるサスペンス調アレンジ。「原野を越えて」はシンプルな構成の中に目的地に向かうジャッキーたちの決意が感じられる情感豊かなアレンジ。2曲とも、ジャッキーたちの旅の苦難を描写する曲として、たびたび使用された。
以上の4曲は、後半用の追加録音を代表する印象深い楽曲である。筆者はこの4曲に共通するモチーフを、勝手に「冒険のテーマ」と呼んでいる。
冒険映画っぽい曲としては、トラック56「大災害」も忘れてはいけない。宮川彬良は大編成オーケストラが生み出す重厚なサウンドを生かし、ディザスター映画音楽のような緊迫感と危機感のある曲を書き上げている。聴いていると「これ『宇宙戦艦ヤマト』の曲?」と言いたくなるような迫力である。
最終回ラストに使用された「大自然の呼び声」(トラック61)と「元気でねマーフィ」(トラック62)の2曲も初収録。2曲とも最終回を想定して書かれたような曲で、雄大な物語を締めくくるのにふさわしい凝った構成とアレンジになっている。この2曲も「フルで聴きたかった」と言ってくれるファンが多いだろう。
かけ足で『大草原の小さな天使 ブッシュベイビー』の音楽の聴きどころを紹介した。これ以外にも、リリカルなメロディの心に沁みる曲や躍動感のあるアクション曲などが作られている。バラエティに富んでいて、演奏のクオリティも高い。聴いていて気持ちのいい音楽だ。初めて単独でTVアニメ音楽に挑んだ宮川彬良の意欲と情熱がびしびしと伝わってくる。ぜひ、お聴きいただきたい。
さっき思わず『宇宙戦艦ヤマト』の名を出してしまったが、本作の音楽には宮川泰から宮川彬良に受け継がれ、『宇宙戦艦ヤマト2199』以降のリメイク版シリーズに継承されていく、ヤマトサウンドの香りもただよっている。「ルーツはここにあったのか!」という思いだ。『宇宙戦艦ヤマト』と『ジャングル大帝』の合わせ技。これは無敵というほかない。
大草原の小さな天使 ブッシュベイビー 音楽集
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