腹巻猫です。前回のコラムでもお知らせしましたが、2月6日に著書『劇伴音楽入門』(インターナショナル新書)を上梓します。
https://www.amazon.co.jp/dp/4797681705
出版記念を兼ねたイベントを2月11日に神保町・ブックカフェ二十世紀で開催しますので、お時間ありましたら、ぜひご来場ください。出演は、貴日ワタリ、早川優、腹巻猫。懇親会も予定しています!
https://www.soundtrackpub.com/event/2026/02/20260211.html
日本アニメーション制作の「世界名作劇場」の2作品、『トラップ一家物語』と『大草原の小さな天使 ブッシュベイビー』の音楽配信が1月20日から始まった。当コラムでも紹介した日本アニメーションの劇伴音楽配信レーベル「NICHI-ANI Classics」からのリリースだ(WEBサイトは下記)。
https://sites.google.com/view/nichi-aniclassics
今回と次回の当コラムでは、この2作の音楽集を紹介したい。
といっても、以前紹介した『みつばちマーヤの冒険』などと同様に、「NICHI-ANI Classics」のWEBサイトにけっこう詳しい音楽解説が掲載されている。そこで当コラムでは、WEBサイトで触れられていないことや筆者の個人的な考えを語っていきたいと思う。
今回紹介するのは『トラップ一家物語』の音楽。1991年1月から12月にかけて全40話が放映されたTVアニメである。特定の原作はクレジットされていないが、実在したトラップ一家合唱団の物語(マリア・フォン・トラップの自叙伝など)を脚色してアニメ化した作品だ。
舞台は1930年代のオーストリア。18歳のマリアは修道女にあこがれて、ザルツブルグ市のノンベルク修道院で修行を始める。しかし、堅苦しい規律が性に合わないマリアは失敗続き。見かねた修道院長がマリアに与えた任務が、妻を亡くしたトラップ男爵の屋敷で7人の子どもたちの家庭教師を務めることだった。
トラップ家を訪れたマリアは、多感でいたずら盛りの子どもたちに悩まされる。が、子どもたちに真摯に向き合い、一緒に歌を歌ううちに、子どもたちの心をつかんでいった。やがてマリアはトラップ男爵に求婚され、子どもたちの新しい母親になる。歌を愛するトラップ一家は「トラップ一家合唱団」を結成して、各地で公演を開くまでになった。しかし1938年、ナチスドイツがオーストリア併合を強行したことで、トラップ一家は大きな転機を迎える。
1965年公開の劇場版「サウンド・オブ・ミュージック」(およびその原作となった同題のミュージカル)は、本作と同じ実話をもとにした作品である。しかし、全話の脚本を手がけた、しろやあよは最初から劇場作品とは違う物語を作ろうと考えたという(DVDのリーフレット所収のインタビューより)。監督の楠葉宏三も「当時の時代とか生きていた人の考えとかを大事に正確に伝えられたらと思って作りました」と証言している(同じくリーフレットより)。これは本作を語る上で重要なポイントだ。
『トラップ一家物語』の劇中には、劇場版で有名な「ドレミの歌」や「私のお気に入り(マイ・フェイバリット・シングス)」「エーデルワイス」などの歌は(そのアレンジBGMも含め)流れない。これらはみな「サウンド・オブ・ミュージック」のために作られた歌だからだ。
本作でも、マリアと子どもたちが歌うシーンがふんだんに描かれる。そこで歌われるのは、オーストリアに伝わる民謡やシューベルトの歌曲など、当時実在した歌ばかり。セリフの代わりに心情を歌うようなミュージカル的なシーンはない。世界名作劇場の前作『私のあしながおじさん』がミュージカル的な演出を取り入れていたので、本作はあえて違う路線を選んだのかもしれない。いずれにせよ、そのおかげで本作は地に足のついた、ドラマ重視の、見ごたえのある作品になったと思う。人間ドラマの面白さという点では世界名作劇場屈指の作品のひとつである。
音楽は風戸慎介が担当した。TVアニメでは『じゃりン子チエ』『キン肉マン』『うる星やつら』(安西史孝らと共作)などの音楽を手がけている作曲家である。
風戸慎介には大編成オーケストラを使った「ウルトラマンG(グレート)」という作品もあるので、本作にハリウッド作品のようなゴージャスな音楽をつけることも可能だったはずだ。
ところが、本作の音楽はギターやアコーディオンなどの素朴な音色を中心にしたサウンドで作られている。小編成の管弦楽器は使われているが、シンフォニック(交響曲的)な音楽ではない。舞台となった土地の空気感やマリアと子どもたちのキャラクターを考慮したものだろう。
だから、サウンドトラックだけを聴くと少し地味というか、華やかさを抑えた、控えめな感じがする。だが、その控えめな感じがすごくいい。本作に合っている。そして控えめなぶん、メロディの魅力が際立っている。
あまり語られていないが、風戸慎介は耳に残る、魅力的なメロディを書く作曲家である。『じゃりン子チエ』でも、しみじみしたシーンに流れる哀愁のあるハーモニカの曲がとてもよかった。『トラップ一家物語』のエンディング主題歌「両手を広げて」も風戸の作・編曲によるものだ。本作の音楽では、風戸の魅惑的なメロディをたっぷり聴くことができる。
ここからは、今回リリースされた配信音楽集の内容に沿って語ろう。
配信音楽集のタイトルは「トラップ一家物語 音楽集」。BGM79曲を63トラックに構成し、劇中で使用された曲はほぼ網羅されている。選曲と構成は筆者が担当した。
収録曲は「NICHI-ANI Classics」WEBサイトの下記ページを参照。
https://sites.google.com/view/nichi-aniclassics/index/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%97%E4%B8%80%E5%AE%B6%E7%89%A9%E8%AA%9E
配信音楽集のポイントはふたつある。
ひとつは、これまで商品化されていなかった曲を多数収録していることだ。
本作は放送当時に日本コロムビアから音楽集CDが発売されている。タイトルは「トラップ一家物語 音楽集」。配信版の音楽集とタイトルが同じなので、以下「音楽集CD」と呼ぶことにする。
音楽集CDは発売時期(1991年7月)の都合から、物語序盤のエピソードで使用された曲を中心に構成されていた。物語的には、マリアとトラップ家の子どもたちが出会い、しだいに打ち解けていくまでの展開をイメージした内容である。
いっぽう今回の配信音楽集は、物語中盤のマリアと伯爵令嬢イヴォンヌのトラップ男爵をめぐる三角関係や、物語終盤のナチスドイツの脅威を逃れてトラップ一家が海外へ脱出するまでの展開も反映した構成でまとめた。
イヴォンヌがトラップ男爵のもとを去る場面の「イヴォンヌ、恋の終わり」(トラック40)やマリアが修道院長に勇気づけられトラップ男爵との結婚を決意する場面の「神様の思し召し」(トラック44)などは、番組を観ていたファンには印象深い曲だろう。こうした曲を収録できたことで、音楽集CDに物足りなさを感じていたファンにも満足していただける内容になったと思う。
ポイントのふたつめは、マリアと子どもたちが劇中で歌う曲の音源を可能な限り収録したこと。権利上の都合で声優が歌っている音源は収録できなかったが、歌が入っていない伴奏だけの音源やインストゥルメンタルを収録することができた。「のんきな日曜日」(トラック12)、「野ばら」(トラック50)、「山のごちそう」(トラック51)などである。歌声がないのは少しさびしいが、どの曲も本作にとって重要な要素。これらのトラックで本編の雰囲気を味わっていただきたい。
ほかに筆者が気に入っている曲を挙げてみよう。
まず、マリアや子どもたちの心情を描写する曲。マリアとトラップ家の次女マリアとが心を通わせる場面の「マリアとマリア」(トラック9)(トラック21「生きとし生けるもの」も同モチーフ)、トラップ男爵に求婚されたマリアの迷いを表現する「迷う気持ち」(トラック43)、マリアとトラップ一家の幸せを象徴する「新しい家族」(トラック47)(トラック62「新天地」も同モチーフ)など。いずれも風戸慎介の持ち味である魅力的なメロディが聴ける曲である。
マリアや子どもたちをユーモラスに描写する曲もいい。「修道女志願」(トラック4)、「トラップ一家の子どもたち」(トラック6)、「どろんこ遊びは最高」(トラック15)などは、本作の陽気な一面を代表する楽しいナンバーだ。
また、ナチスドイツ侵攻場面に流れたサスペンスタッチの曲も忘れがたい。「ナチス侵攻」(トラック56)や「危機を逃れて」(トラック61)は、軍事侵攻の脅威を連想させる重厚な曲。まるで別の番組の音楽のようだ。本作のシリアスな一面を代表する楽曲である。
音楽集CDの解説書で風戸慎介はこうコメントしている。
「この話(※注:トラップ一家の物語)が、じつはミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の原作であることを聞いた時、作曲家として非常なプレッシャーを感じました。何故なら今や世界中で歌われている『ドレミのうた』も『エーデルワイス』もみんなこの物語から生まれた歌だからです」
名作「サウンド・オブ・ミュージック」からのプレッシャー。風戸は明言していないが、その先には作曲家として「名作に負けない音楽を書こう」という気持ちがあったはずだ。上に引用したコメントに続いて、風戸はこう記している。
「舞台はヨーロッパ、今から少し前の話。音楽の古都オーストリア、そこに息づく昔から歌い継がれているフォークミュージックと人々の生活、素晴らしいアルプスの景色からスタートする物語。作曲家としてはまさに腕の見せどころ、はりきりましたネー!」
『サウンド・オブ・ミュージック』への風戸なりのアンサーが、小編成の素朴なサウンドで、親しみやすく心に響くメロディを奏でることだったのだろう。結果、全編に思わず口ずさんでしまうようなメロディがちりばめられた、音楽性の高い作品になった。
ミュージカルではないのに、いや、ミュージカルではないからこそ、音楽が物語に溶け込み、キャラクターに寄り添っている。ぬくもりのある素朴な音色が奏でる音楽に浸ってほしい作品だ。
トラップ一家物語 音楽集
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