COLUMN

第318回 アナログの愉しみ 〜赤毛のアン 音楽選集〜

 腹巻猫です。12月10日にSOUNDTRACK PUBレーベルよりCD「新幹線公安官/騎馬奉行 オリジナル・サウンドトラック」を発売します。70年代後半に放送されたTVドラマ「新幹線公安官」と「騎馬奉行」の音楽をカップリング収録した初のサウンドトラック・アルバムです。音楽は2作とも渡辺岳夫が担当。『機動戦士ガンダム』につながる円熟のサウンドをぜひお聴きください!
https://www.amazon.co.jp/dp/B0G1S93731

 12月13日にはサントラDJイベント・Soundtrack Pub【Mission#49】劇伴酒場忘年会2025を蒲田studio80で開催します。その中でも上記サントラ盤の紹介をする予定。お時間ありましたら、ぜひおいでください!
https://www.soundtrackpub.com/event/2025/12/20251213.html


 来たる12月6日は「レコードの日」。今年は11月1日と12月6日が「レコードの日」になっている。
 日本レコード協会は1957年に11月3日を「レコードの日」と定めた。しかし、ここでいう「レコードの日」は、2015年から毎年開催されているアナログレコード普及のためのイベントのことである。こちらの「レコードの日」は毎年柔軟に日付が設定されており、この日に合わせてレコードメーカーからスペシャル盤がリリースされたり、全国のレコード店でイベントが行われたりする。このスタイルは2008年にアメリカで始まったイベント「RECORD STORE DAY」(4月の第3土曜日)を参考にしたものだ。
 「レコードの日」には特別なアナログ盤がリリースされることが多く、それを楽しみにしている音楽ファンもいる。メーカーにとっては、趣向を凝らしたレコードをリリースして音楽ファンの注目を集め、メーカーとしての存在感を示す恰好の機会なのである。
 ここまでが前置き。今回は、レコードの日に合わせて12月6日に日本コロムビアからリリースされるアナログ盤「赤毛のアン 音楽選集 〜アヴォンリーの四季〜」を紹介したい。

 「赤毛のアン 音楽選集 〜アヴォンリーの四季〜」は1979年に放送されたTVアニメ『赤毛のアン』の音楽から30曲を選曲して構成したアルバムである。
 TVアニメ『赤毛のアン』についての詳しい説明は省略しよう。高畑勲が演出を手がけた名作アニメで、音楽は現代音楽の作曲家・三善晃(主題歌・挿入歌)と、その弟子である毛利蔵人(劇伴と挿入歌)が担当した。
 TVアニメ『赤毛のアン』のサントラ・アルバムとしては、すでに「赤毛のアン 想い出音楽館」という完全版CDがリリースされているし、1981年には「テレビオリジナルBGMコレクション 赤毛のアン」というレコードもリリースされていた(こちらもCD化済み)。「赤毛のアン 音楽選集」は過去のアルバムとなにが違うのだろう? 新たにレコードをリリースする意義はあるのだろうか? と疑問を感じるファンも多いと思う。今回は「赤毛のアン 音楽選集」の内容を紹介するとともに、アナログ盤でサントラを聴くことの意味も考えてみたい。
 『赤毛のアン』の音楽については、当コラムでも取り上げたことがある。そのとき紹介したのはCD「赤毛のアン 想い出音楽館」だった。このアルバムは現在、配信もされているし、近年開催された「赤毛のアン アニメコンサート」の選曲や曲名の参考にもされている。『赤毛のアン』の音楽アルバムとしては決定版と呼んでよいだろう。
 1981年にリリースされたLPアルバム「テレビオリジナルBGMコレクション 赤毛のアン」は、放送終了後まもなくにリリースされたもので、選曲・構成は「想い出音楽館」とは異なっている。組曲風に構成された、これもよくできたアルバムだ。「レコードの日」にあわせてアナログ盤をリリースするなら、このアルバムを復刻プレスする手もあったのではないか? しかし、「赤毛のアン 音楽選集 〜アヴォンリーの四季〜」は、「想い出音楽館」とも「テレビオリジナルBGMコレクション」とも内容が異なる、まったく新しい商品である。この意味について、まず考えたい。
 筆者は「赤毛のアン 音楽選集」に企画段階から関わらせていただき、選曲・構成・解説も担当した。当初からスタッフのあいだで話し合っていたのは、「せっかく出すなら、今までの商品とは異なるコンセプトのものを」ということだった。発売は「レコードの日」に合わせてあるが、このレコードは「日本アニメーション創立50周年記念」を謳った商品でもある。記念商品にふさわしい、音楽性(芸術性といってもよい)の高いアルバムにしたい、という思いがスタッフのあいだで一致した。
 重視したのは「音」である。ご存じの方も多いと思うが、記録される音の情報量は、CDよりもアナログ盤のほうがまさる。CDはノイズがほとんどないのでクリアに聴こえるが、再生される音の豊かさという点ではアナログ盤のほうがすぐれているのである。配信もCDと同じマスターなので、CD音質以上にはなっていない。「赤毛のアン 音楽選集」では、アナログ盤の音のよさを生かしたアルバム作りをしたいと考えた。
 過去の『赤毛のアン』のサントラアルバムは、できるだけ多くの曲を入れたいという思いが先に立ち、音質は二の次になっていた。直径30cmのLPレコード・アルバムによい音で録音できる時間は片面20分程度と言われている。ポリ塩化ビニール樹脂に物理的に溝を刻み、そこに針を落として再生するアナログ・レコードでは、溝の幅や、溝と溝のあいだの幅があまり狭くなると、よい音では再生できないのである。しかるに「テレビオリジナルBGMコレクション」では、片面25分〜27分が収録されている。サウンドトラックが発売されること自体が珍しかった当時は、音質よりも、1曲でも多く収録されているほうが歓迎されたのだ。しかし、今回は音のよさを優先して片面20分程度に収めることを目標にした。
 選曲は、「想い出音楽館」がCDと配信で聴けることから、「代表曲を網羅」「名場面を再現」といった考え方ではなく、「アナログ盤で聴くにふさわしい曲」という観点で考えることにした。言い換えると、音楽としての完成度や演奏・録音のクオリティを重視したわけである。  「赤毛のアン 音楽選集 〜アヴォンリーの四季〜」の収録曲は以下のとおり。

Side-1
01.オープニング タイトルバックB
02.きこえるかしら(歌:大和田りつこ)
03.プリンス・エドワード島へ A-1A(RETAKE)
04.よろこびの白い道 A-2B
05.よろこびの白い道 B-2B
06.湖と妖精のワルツ D-1
07.おごそかな誓い D-2
08.そばかすだらけの女の子 B-3A
09.あしたはどんな日(歌:大和田りつこ)
10.夏の光・海辺の夢 C-4
11.夢見る頃を過ぎても B-12
12.秋の訪れ C-8
13.雪降る聖夜 B-12-2
14.雪降る聖夜 B-2
15.クリスマスのコンサート B-11
16.神は天にいまし A-1
17.森のとびらをあけて(Instrumental)

Side-2
01.忘れないで(歌:大和田りつこ)
02.めぐる季節 〜光と風の中で〜 B-3C
03.十五歳の春 B-16
04.十五歳の春 B-9B
05.アイドルワイルドの木陰で B-7
06.クィーン学院への旅立ち B-5B
07.冬のセレナーデ 〜アヴォンリーの雪〜 B-18
08.冬のセレナーデ 〜アヴォンリーの雪〜 B-17C
09.おごそかな誓い B-9A
10.マシュウの愛 B-1A
11.フィナーレ B-9
12.神は天にいまし A-2E
13.さめない夢(歌:大和田りつこ)

 全30曲。旧アナログ盤「テレビオリジナルBGMコレクション」では、オープニング・エンディング主題歌を含め38曲が収録されていたから、それより8曲減ったことになる。実は初期の構成案では27曲にまで絞っていたのだが、検討を重ねて現在の曲数に落ち着いた。
 曲名は「想い出音楽館」のものを踏襲。曲順は過去のアルバムとは一新し、アルバム名の副題にある「四季」のうつろいを感じてもらうような流れを意識して構成した。

 ここからは収録曲について、簡単に語ってみたい。
 先に書いたように、選曲は「アナログ盤で聴くにふさわしい曲」という観点で検討した。作曲者の三善晃、毛利蔵人、演出の高畑勲らが生前に残した言葉や文章も参考にした。作曲家にとっても記念盤になるようなアルバムにしたいと思ったのだ。結果、劇中ではあまり使われなかった曲や一度も使われなかった音源が含まれる、いわゆる「ベスト盤」とは一線を画したものになったと思う。
 主題歌・挿入歌はTVサイズではなく、繊細なアレンジの妙が味わえるフルサイズで収録した。「あしたはどんな日」と「森のとびらをあけて」の2曲は、高畑勲が生前に印象深い曲として挙げていた挿入歌である。「忘れないで」は劇伴を担当した毛利蔵人が作・編曲した歌であり、劇伴にもそのモチーフが使われている。曲自体も文句なしにすばらしい。毛利蔵人の代表曲のひとつとして、入れることにした。
 劇伴の中で、筆者がどうしても入れたかった曲の筆頭が「湖と妖精のワルツ D-1」(Side-1のトラック6)。第2話でアンがきらめく湖を見て感動する場面に流れるワルツの曲だ。本編では6回しか使われていないが、「『赤毛のアン』の音楽といえばこの曲」と呼べる曲のひとつである。
 Disc-1のトラック14「雪降る聖夜 B-2」もワルツの曲。この曲も6回しか使われていない。けれど、ストリングスの軽やかな旋律が胸を躍らせる魅力的な曲だ。こういう明るい曲や「そばかすだらけの女の子 B-3A」(Disc-1のトラック8)のようなユーモラスな曲も、『赤毛のアン』の世界を作り上げる大事な要素としてアルバムに入れておきたいと思った。
 Side-2では、トラック2「めぐる季節 〜光と風の中で〜 B-3C」が筆者のお気に入り。アコースティックギターとリコーダーによるさわやかな曲で、アヴォンリーの風に吹かれているような気分になる。クラシック音楽的な曲ではないが、「アナログ盤で聴くと気持ちいいだろうなあ」と思った曲だ。
 トラック9「おごそかな誓い B-9A」も忘れがたい曲のひとつ。第9話のアンとダイアナの心の友の誓いの場面に流れたほか、重要なシーンにたびたび使用された、弦と木管のアンサンブルが美しい曲である。
 続くトラック10〜12「マシュウの愛 B-1A」「フィナーレ B-9」「神は天にいまし A-2E」の3曲は、「『赤毛のアン』の音楽を聴くなら、これだけははずせない」という名曲。「こういう曲をアナログ盤でゆったり聴きたいなあ」と思いながら選曲したことを覚えている。
 このアルバムで初めて商品化される音源を紹介しよう。
 初商品化音源は2曲ある。ひとつは、Side-1のトラック11「夢見る頃を過ぎても B-12」。この曲は「想い出音楽館」に収録されているし、配信もされている。しかし、実はこれまで商品になっていたのは不完全な音源だったのである。「想い出音楽館」を作るときに、筆者のミスで正しいサイズよりも短いサイズの音源で収録してしまったのだ。詳しくは「赤毛のアン 音楽選集」のライナーノーツの解説をお読みいただきたい。今回、完全版の音源を収録することができて、ようやく長年の悲願を果たすことができた。
 もうひとつは、Side-1のトラック17「森のとびらをあけて(Instrumental)」。挿入歌「森のとびらをあけて」のインストゥルメンタル版である。この音源はまったくの初商品化になる。先に紹介したように、この歌は高畑勲の思い出の曲のひとつ。歌入りで収録するべきか迷ったが、今回はあえてこちらを選曲した。この音源は劇中では一度も使用されていない。しかし、ギターがブルージーな演奏を聴かせるインスト版には、埋もれさせておくには惜しい魅力がある。この機会を逃すと2度と商品化の機会はないと思い、収録した次第。アナログ盤を購入してくれる『赤毛のアン』ファンへのプレゼントの気持ちも込めた選曲である。
 最後に「音」について。
 『赤毛のアン』が制作された1970年代は、音楽制作はすべてアナログだった。『赤毛のアン』のマスターテープも磁気テープで制作された。今回のアナログ盤の音源は、CD用マスターの流用ではなく、オリジナルの磁気テープからアーカイブされたマスターを使用している。そこから最新の技術でマスタリングを行った音をレコード盤に刻んだものが、「赤毛のアン 音楽選集」なのである。筆者はテストカッティング(レコード盤をプレスするための原盤になるディスクを試験的に制作する工程)にも立ち会ったが、できたばかりのレコードを再生して聴こえてくる音の鮮やかさに驚いた。『赤毛のアン』の主題歌・挿入歌は放映当時にレコードになっているが、それよりもずっといい音に聴こえる。劇伴の音も、過去のアナログ盤やCDの音より豊かで深みがあり、「こんな音だったんだ!」と感動した。過去のアルバムを聴き慣れた人の耳にも新鮮に響くはずだ。『赤毛のアン』のアイテムとして手元に置くだけでなく、ぜひ、プレーヤーに乗せて、スピーカーで聴いてもらいたい。

 CDや配信でリリースされているサントラをあえてアナログ盤で聴く意味はなんだろうか? ひとつはもちろん音の違いだ。CDでオミットされた周波数の音もアナログ盤の音には含まれている。デジタル化されていない音の柔かさもある。でも、それだけではないと思う。アナログ盤を聴くには手間がかかる。機材をそろえ、音を出す時間と空間を用意しなければいけない。ちょっとした非日常体験だ。ブルーレイや配信で観る劇場作品と劇場のスクリーンで観る劇場作品の印象が異なるように、CDや配信で聴く音楽とアナログ盤で聴く音楽とでは、体験の質が異なる。アナログ盤を買う人は、その体験を買っているのである。
(なんて言ってますが、気楽に聴いてもらえばよいと思います)

赤毛のアン 音楽選集 〜アヴォンリーの四季〜
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