腹巻猫です。9月13日に蒲田studio80にてサントラDJイベント「Soundtrack Pub【Mission#48】」を開催します。特集は「生誕100周年・渡辺宙明スペシャル」。2022年に亡くなった渡辺宙明先生の生誕100周年を記念し、音楽の魅力と後世に残した影響(あるいは残すべき音楽性)をあらためてふりかえる企画です。ぜひ、ご来場ください! 詳細は下記URLから。
https://www.soundtrackpub.com/event/2025/09/20250913.html
今回は、前回紹介した『タコピーの原罪』の作曲家・藤澤慶昌が音楽を手がけたアニメ、『アポカリプスホテル』を取り上げたい。『タコピーの原罪』とは違ったタイプの音楽の魅力が味わえる作品である。
『アポカリプスホテル』は2025年4月から6月まで放送されたテレビアニメ。監督・春藤佳奈、シリーズ構成&脚本・村越繁、アニメーション制作・CygamesPicturesのスタッフで制作されたオリジナル作品だ。
人類にだけ効果を及ぼす致死性のウイルスが地球に蔓延した。生き延びるために人類は宇宙へ旅立ち、それから長い年月が経った。日本の銀座にあるホテル「銀河楼」では、残されたロボットたちが、いつ人類が帰ってきてもいいように毎日ホテルを管理し、客が訪れるのを待っていた。支配人代理の代理を務めるアンドロイド、ヤチヨもそのひとり。100年ぶりに銀河楼を訪れた客は、人類ではなく、地球外生命体(宇宙人)だった。ヤチヨたちは宇宙人も大切な客としてもてなそうとする。
キャラクター原案を漫画家の竹本泉が手がけている。ちょっと懐かしい絵柄のキャラクターが、ユーモラスでほのぼのした味わいを出していて、実にいい。
すでに誰かが言っていることだと思うが、「人類がいなくなったあとにロボットだけが客を待ち続けるホテル」という設定は、50〜60年代の古典的なSFを思わせる。クリフォード・D・シマックあたりが書きそうな話である。シマックは遠い未来や田園を舞台にした味わいのあるSF小説を書いた。『アポカリプスホテル』にも同じような雰囲気がただよっている。何が言いたいかというと、本作にはオールドSFファンがよろこびそうなSFマインドが感じられる、ということである。
音楽は藤澤慶昌が担当。SFとはいえ、日常的なシーンが多く、ホテルの華やかな雰囲気も盛り込んだ本作に、藤澤慶昌の音楽はぴったりだった。
銀座の一等地にある正統派ホテル・銀河楼を描写するのは、女声スキャットが入ったミュージカル音楽みたいな華やかな曲。そこにロボットたちをコミカルに描くテクノポップ風の曲や、ミステリー・サスペンス・バトルなどを表現する映画音楽風の曲、ロボットの人間的なふるまいに情感を添えるリリカルな曲などが加わり、バラエティに富んだ、魅力的な音楽世界を作り出している。
『タコピーの原罪』とは対照的に、本作には明るく軽快な曲が多い。『ラブライブ!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などを手がけた藤澤慶昌の持ち味が発揮された作品である。
本作で特に印象深いのは、銀河楼を華やかに彩る女声スキャットの曲だろう。ヤチヨたちがホテルで客を迎える準備をしている場面などに流れて、往時のにぎわいを想像させる。音楽だけでホテルの格式やファッショナブルなイメージまで表現しているのがうまい。
次に印象的なのが、しみじみしたシーンに流れるピアノや弦楽器による抒情的な音楽。ヤチヨたちはロボットだから感情はないはずなのだが、言動は人間以上に人間的だったりする。抒情的な音楽が流れることで、視聴者はロボットに感情移入し、ロボットに人間性を感じるようになる。
それからもうひとつ、筆者が特に記憶に残った音楽がある。長い時の流れや宇宙空間の広がりを感じさせる、効果音的な音楽である。これについては、あとで詳しく語りたい。
本作のサウンドトラック・アルバムは、「アポカリプスホテル ORIGINAL SOUNDTRACK」のタイトルで2025年6月25日にサイバーエージェントから配信開始された。配信のみでCDでの発売はない。ただし、ブルーレイ特装限定盤の第2巻と第3巻にはサウンドトラックCDが同梱されている。
少し長くなるが、曲目を以下に書いておこう。
- アイキャッチ
- ようこそ、ホテル『銀河楼』へ
- 愛すべきお客様に、ハートフルな今日と最高の笑顔を
- なかなかうまくいきませんね
- 悠久の時
- メンテナンス
- 人類はいつか帰ってきます
- 自然に還った街
- 女子会
- 美味しいものが食べたい!
- 男ってバカよね…
- これはどういう事でしょう?
- 私たちは人間です!(タヌキです
- ア゛ーーーーーーーー!!!
- ピポポピポピポピポポピピ
- シャンプーハットがない!?
- 宇宙人のブルース
- シャンプーハット大作戦
- シー…気づかれないように…
- 大切なこと
- 触れ合う心
- ロケットを飛ばすんだ!
- 夢
- 別れ
- 宇宙に想いを馳せて
- なんでわかってくれないの…
- いったいどうすれば…
- 諦めてはいけません
- 約束
- おかしいですね…
- 謎が謎を呼ぶ
- 暗躍
- ヌデル来襲!
- ヌデル補完計画
- ついに来たかこの時が…
- まずいZE!
- 電子戦
- 拳でカタをつけましょう
- 生きて帰るんだ!
- 今日こそ貴様を倒す!
- 結婚行進曲
- そうだ、銀座へいこう
- 大人への階段
- プロジェクト・ウィスキー
- 静寂
- 結婚披露宴
- 木曜サスペンス劇場
- 休暇
- 余暇
- 生命
- 贈りもの
- アポカリプス(歌:朴ロ美)※「ロ」は王偏に「路」
- ぽんぽこうた(歌:ムジナ/CV:榊原良子)
トラック52と53は、それぞれ第6話と第9話で流れた挿入歌。
トラック1〜51が劇伴である。おそらくこれで全曲だろう。
基本的に1話完結のエピソードで構成された作品なので、曲順は使用順にはあまりこだわっていないようだ。
トラック1のアイキャッチに始まり、トラック2「ようこそ、ホテル『銀河楼』へ」とトラック3「愛すべきお客様に、ハートフルな今日と最高の笑顔を」で、舞台となるホテルを紹介する。この2曲は女声スキャットの入った華やかなビッグバンド風の曲である。ミュージカルの序曲のような雰囲気で「銀河楼」がにぎやかだった時代をイメージさせる。本作の劇伴の代表曲といえば、この2曲あたりになるだろう。
トラック4〜8は、人類が地球を去ってからの時の流れをイメージした構成のようだ。
トラック5「悠久の時」は毎回のように使われたピアノソロの曲。サティのピアノ曲のような落ち着いたトーンで、廃墟となった街の情景やヤチヨたちの日常を描写している。感情を感じさせない、淡々とした曲調が、人類が消えた世界の静かな雰囲気をよく伝えている。
トラック6「メンテナンス」はシンセサイザーのリズムと無機的なメロディーに女声ヴォーカルが重なるテクノポップ風の曲。働くヤチヨの場面によく流れている。アンドロイドとしてのヤチヨの個性を表現した曲とも受け取れる。
トラック8「自然に還った街」は、ヤチヨが湖で釣りをする場面などに流れた、ギターとパーカッション、笛などによる素朴な曲。使用回数は多くないが、本作の世界観を表現する重要な曲だ。
トラック9からは、ユーモラスな曲やしゃれた曲が続く。地球外生命体の客が訪れ始めてからの銀河楼の日常を描写する音楽である。
女声スキャットが入った「女子会」(トラック9)は、第3話でタヌキ星人の一家がヤチヨと対面する場面に流れた曲。以降は、タヌキ星人の少女ポン子のテーマ的に使われている。4ビートのジャズ「男ってバカよね…」(トラック11)はホテルのバーカウンターの雰囲気。続いて収録された「これはどういう事でしょう?」(トラック12)、「私たちは人間です!(タヌキです」(トラック13)、「ア゛ーーーーーーーー!!!」(トラック14)、「ピポポピポピポピポポピピ」(トラック15)、「シャンプーハットがない!?」(トラック16)などは、人類とは異なる宇宙人の習性に困惑し、動作不良を起こす(人間風に言えば、うろたえる)ヤチヨを描写するコミカルな音楽だ。
演歌風の「宇宙人のブルース」(トラック17)はタヌキ星人の老婦人(ポン子の祖母)ムジナの場面に使われていた。
戦争映画音楽風の行進曲「シャンプーハット大作戦」(トラック18)とピンクパンサー風の「シー…気づかれないように…」(トラック19)の2曲は、難題に対処するヤチヨたちをユーモラスに描写する、おなじみの曲である。
トラック20からは雰囲気が変わり、ピアノや弦楽器によるリリカルな曲が紹介される。
ピアノとチェロによる「大切なこと」(トラック20)は第9話でムジナのビデオメッセージが流れる場面などに流れた感動的な曲。弦合奏とオーボエがしみじみと奏でる「触れ合う心」(トラック21)は、第8話のラストでグレていたヤチヨが職場復帰する場面や第12話で人類の帰還を素直によろこべないヤチヨをポン子が励ます場面などに使われた。
ほかにも、第11話でヤチヨがペガサスに乗って飛ぶ場面の「夢」(トラック23)、第9話でポン子が祖母ムジナとの思い出を回想する場面の「別れ」(トラック24)、第8話でヤチヨがポン子に虚しさを訴える場面の「宇宙に想いを馳せて」(トラック25)、第1話でヤチヨが「すぐに帰ってくる」というオーナーの言葉を思い出す場面の「約束」(トラック29)など、心に残る曲は多い。
これらのトラックは、藤澤慶昌が得意なタイプの、繊細な心情を描く曲である。本作ではロボットや宇宙人の感情を直接的に表現するというよりは、視聴者が自身の心情を重ねて感情移入することを助ける曲として機能している。
トラック30〜32の「おかしいですね…」「謎が謎を呼ぶ」「暗躍」の3曲は、ホテルの密室殺人事件(?)を扱った第10話で印象的に使われたミステリー・サスペンス曲。
トラック33〜40はアップテンポのアクション曲や危機描写曲が集められている。第4話の巨大生物ヌデルとポン子の戦いや、第8話でのポン子対ヤチヨの対決場面に流れた曲である。曲名からパロディになっている「ヌデル補完計画」(トラック34)をはじめ、あえてシリアスになりすぎない(笑える余地を残した)曲調で作られているのが本作らしいところ。
トラック41「結婚行進曲」は第9話のポン子の結婚披露宴で流れた曲。メンデルスゾーン作曲の「結婚行進曲」である。たぶんヤチヨの選曲なのだろう。この場面はポン子の結婚披露宴とポン子の祖母ムジナの葬儀を同時に行っているので、結婚行進曲に男声ヴォーカルが歌うタヌキ星人のお経が重なり、変な曲になっている。曲だけを聴くとコミカルなパロディ曲と思われるかもしれないが、実は地球人の文化と異星人の文化がまじりあって生まれた、SF的なポリフォニー(複数の旋律が同時進行する)曲だ。こんなところにも本作のSFマインドが感じられる。
続くトラック42〜47は、バラエティに富んだ楽曲が続く。ビッグバンド風の「そうだ、銀座へいこう」(トラック42)、ピアノとウッドベースによるジャズ「大人への階段」(トラック43)、第5話のウイスキー造りのシーンに流れたマーチ「プロジェクト・ウィスキー」(トラック44)、シンセとピアノによる「静寂」(トラック45)、優雅な弦合奏による「結婚披露宴」(トラック46)。ポン子の成長や披露宴のにぎわいを表現した構成のようでもあるし、銀河楼の歴史をフラッシュバックしているようでもある。本作の音楽の多彩をあらためて実感する流れだ。
この中に、ちょっと異質な曲がある。トラック45の「静寂」だ。明確なメロディーはなく、シンセの響きとピアノのタッチだけによる、環境音楽ともヒーリングミュージックとも聞こえる曲である。この曲が、このコラムの始めのほうで書いた「長い時の流れや宇宙空間の広がりを感じさせる、効果音的な音楽」のひとつだ。
「静寂」のような曲は、ほかにふたつある。トラック7の「人類はいつか帰ってきます」とトラック50の「生命」である。
「人類はいつか帰ってきます」はシンセの長いフレーズが積み重なっていく空間系の曲。第2話で環境チェックロボットがヤチヨに「人類はもう帰って来ないだろう」と伝える場面や、第12話で地球に帰還した人間の女性トマリが「人類は今も恒星間宇宙船で宇宙を旅している」とヤチヨに話す場面に流れていた。
「静寂」は第3話で1度だけ使用された。タヌキ星人が地球人と接触したことがあるとヤチヨに話す場面である。回想シーンで描かれる地球の宇宙船の中には宇宙服を着た人間が浮かんでいるが、彼らは遠い昔に死んでいた。宇宙と時間の非情さが描かれた場面だ。
「生命」は、第11話で休暇をもらったヤチヨが馬(?)と一緒に廃墟の街を歩く場面に使用。人類がいなくなっても、地球は植物や動物などの生命にあふれていることが、映像と音楽だけで表現される。
これらの楽曲は、音楽だけを聴いて面白いタイプの曲ではない。しかし、映像とともに流れたとき、あるいは『アポカリプスホテル』という作品をふりかえるとき、本作の世界観に密着した、なくてはならない曲であると思う。SFでしか描けない、悠久の時間と空間、その中の人間という存在の儚さが、こうした効果音的な、空間系の音楽で表現されていると思うからだ。
アルバムの終盤は、第11話と第12話で使用された楽曲で構成されている。
トラック48「休暇」は、第11話でヤチヨが銀座の街を歩く長いシーンに使われていたピアノの曲。第11話は筆者が本作の中で、もっとも印象に残った、お気に入りのエピソードである。大きな事件が起きるわけではないが、ヤチヨと一緒に銀座や東京の街を歩くことで、見慣れた風景が相対化され、文明や生命について考えさせられる。この回だけで、短編SFとして完成している。世界が水没したあとの世界を猫が旅する『Flow』という海外アニメ映画があったが、それと同じ空気感がこのエピソードにはある。曲の話に戻ると、「休暇」は約4分50秒あり、曲の展開が映像とぴったり合っている。おそらくはこのシーン用に絵に合わせて作られたのだろう。
トラック49の「余暇」は「休暇」の別ヴァージョン。ほとんど同じ曲だがピアノのタッチとコーダが異なっている。第12話で、待ち望んでいた人類の客を迎えたヤチヨが理由のわからない違和感を抱く場面に使われていた。
トラック50の「生命」はすでに紹介した。これも5分以上の長い曲で、やはり曲の展開が絵にぴったり合っている。本作の音楽は基本的に溜め録りなのだが、一部は絵に合わせて作られているようだ。
トラック51の「贈りもの」は、第12話でヤチヨとポン子がホテルで人類の客(トマリ)を迎える場面に流れたピアノソロの曲。第12話のラストは、ヤチヨが宇宙に飛び立っていくトマリを見送る場面で終わる。しかし、サントラの締めくくりにこの曲が置かれたことで、トマリが約束した通り、人類が地球に帰って来たような印象が残る。うまい構成である。
『アポカリプスホテル』は、ロボットが運営する未来のホテルを舞台にした、コミカルで、ときどきほっこりするアニメ作品である。そして、実はなかなか深いテーマを秘めた、良質なSF作品だと思う。SFの本質である価値観の相対化や認識の拡大をうながす場面が、さりげなく、しばしば登場するからだ。そういう観念的な要素は、なかなか音楽には反映されづらい。しかし、本作では華やかな曲や軽快な曲、リリカルな曲の中に、感触の異なる効果音的な曲を混ぜることで、SFのエッセンスを印象付けている。そういう意図はないのかもしれないが、結果的に、そういう効果をあげている。本作の音楽は、華やかでユーモラスで、リリカルで、同時にSFマインドを感じさせる音楽になっている。SF少年だった筆者のような視聴者にとって、この音楽は最高のおもてなしである。
アポカリプスホテル ORIGINAL SOUNDTRACK
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