腹巻猫です。今回は、7月1日から配信開始された日本アニメーション作品の音楽集「NICHI-ANI Classics」を紹介するシリーズの第3弾。『トンデモネズミ大活躍』を取り上げます。筆者の大好きな作品です。
配信については下記を参照ください。
NICHI-ANI Classics公式サイト
https://sites.google.com/view/nichi-aniclassics
『トンデモネズミ大活躍』は1979年6月にフジテレビ系「日生ファミリースペシャル」の1本として放映された日本アニメーション制作のアニメスペシャル(単発TVアニメ)である。
陶芸職人のマイヤーじいさんは酔っぱらった勢いで1体のネズミの人形を作り出す。それは、耳が長く、尻尾が短く、体が青い、できそこないのネズミだった。目覚めて「トンデモないネズミを作ってしまった」とがっかりするマイヤーじいさん。しかし、そのネズミの人形に命が宿って動き出し、「トンデモネズミ」と名乗って家を飛び出した。冒険の旅を続けるトンデモネズミは、ある日、自分がトンデモネコに食べられる運命にあることを知ってしまう。
70年代末から80年代に数多く作られたアニメスペシャルの中でも、筆者が最高傑作ではないかと思っている作品。原作はポール・ギャリコがモナコ公妃となったグレース・ケリーのために書いた愛らしい児童文学。アニメ版スタッフは、演出/斎藤博、脚本/雪室俊一・斎藤博、キャラクターデザイン/森やすじ・百瀬義行、作画監督/百瀬義行という、そうそうたるメンバー。声の出演がまた豪華で、トンデモネズミ役の野沢雅子を筆頭に、槐柳二、永井一郎、杉山佳寿子、井上和彦、雨森雅司、大木民夫、熊倉一雄、石坂浩二(ナレーター)と聴いているだけで楽しくなる。お話もよくまとまっているし、劇場で上映してもいいくらいの快作だ。
音楽は中川昌が担当。アニメファンにはあまりなじみのない名前だが、トランペット奏者から作曲家に転身し、宝塚歌劇団、OSK日本歌劇団等の音楽監督を務め、CM音楽やポップスのアレンジ等でも活躍した音楽家である。
本作の音楽は古典的なミュージカルを思わせるシンフォニック・ジャズ・スタイルの編成で書かれている。ストリングスが奏でる流麗な曲もいいし、楽しいビッグバンド風の曲や思い切りはじけたジャズファンク風の曲もいい。全編フィルムスコアリングで作曲され、アニメーションのテンポやリズム感と一体となった、すばらしい「漫画映画音楽」になっている。
配信中の「トンデモネズミ大活躍音楽集」には、本作の劇伴音楽が完全収録されている。収録曲は以下のとおり。
- プロローグ〜マイヤーじいさんの陶芸工房
- マイヤーじいさん、ネズミの人形を作る
- とんでもないネズミを作ったぞ
- トンデモネズミ旅に出る
- オバケのドロロン
- トンデモネズミとオバケたち
- トンデモネズミ、タカに襲われる
- タカの背に乗って
- 空から落ちたトンデモネズミ
- ウェンディとの出会い
- 友だちの約束
- 悲しい別れ
- トラに気をつけろ
- 犬の包囲網
- 夜のサーカス
- トラの帰還大作戦
- 涙の再会
- トンデモネコの恐怖
- トンデモネズミがさらわれた!
- トンデモネズミを救え!
- トンデモネズミ、また旅に出る
- トンデモネコとの対面
- 対決!トンデモネコ対トンデモネズミ
- 勇気の勝利〜エピローグ
構成は筆者が担当した。NICHI-ANI Classics公式サイトに構成意図と聴きどころを掲載しているので、概要はそちらを参照いただきたい。
https://sites.google.com/view/nichi-aniclassics/home/tondemonezumi-daikatsuyaku
ここからは筆者のお気に入りの曲を紹介しよう。
トラック1「プロローグ〜マイヤーじいさんの陶芸工房」は、石坂浩二の語りとともに始まる物語のプロローグとマイヤーじいさんの紹介パートに流れる音楽。ロマンティックな曲調は、まるでミュージカルの序曲のよう。中間部からはマイヤーじいさんのキャラクターを描写する、ユーモラスな、でも品のよい音楽になる。1曲の中で次々と表情が変わって、これからの展開を期待させ、視聴者をわくわくさせる音楽である。
トラック4「トンデモネズミ旅に出る」は、トンデモネズミの旅立ちのテーマ。愛らしい導入部はトンデモネズミが夜中に動き出すシーン。リズミカルな曲調に転じて、トンデモネズミのお茶目なキャラクターが印象づけられる。旅立ちの場面になると、紙ふうせんが歌う主題歌「僕は生まれて」のメロディがストリングスで奏でられる。フィルムスコアリングならではの動きと展開のある曲調が楽しめる1曲だ。
トラック5「オバケのドロロン」はビッグバンドジャズ風に書かれた、オバケのドロロンのテーマ。永井一郎の快演と音楽が組み合わさって、インパクト抜群のキャラクターになった。次のトラック6「トンデモネズミとオバケたち」は、ドロロンの仲間が現れてトンデモネズミを怖がらせようと奮闘するシーン流れた、ドロロンのテーマのバリエーション。本作の音楽は、スタジオにミュージシャンを集めてセッション形式で一斉に録音したのだろう。現場のノリが伝わってくる演奏だ。
トラック7「トンデモネズミ、タカに襲われる」は、カエルの夫婦と話していたトンデモネズミが、突然飛来したタカ(キャプテン・ホーク)に捕らえられ、空へ運ばれていくシーンの曲。緊迫した曲調でトンデモネズミの驚きととまどいを描写している。始まりは危機感のある曲調だが、途中から主題歌の変奏が入ってきて、楽しい曲調に変化していく。タカはトンデモネズミを傷つけるつもりはなく、トンデモネズミは束の間、タカの背に乗って旅を続けることになるのだ。続くトラック8「タカの背に乗って」とトラック9「空から落ちたトンデモネズミ」では、空の旅の爽快感やスリルが、ストリングスと軽快なリズムによる音楽で表現されている。
トラック10「ウェンディとの出会い」とトラック11「友だちの約束」は、人間の少女ウェンディとトンデモネズミが出会うエピソードのために書かれた曲。紙ふうせんが歌う挿入歌「ウェンディ・ラブソング」のメロディが使用されている。うっとりするようないいメロディで、ウェンディ役の杉山佳寿子の芝居とともに、心に残るシーンになった。
公式サイトの解説にも書いたが、「友だちの約束」は実は未使用曲。本編では「ウェンディ・ラブソング」の歌入りが流れた。「友だちの約束」は音楽集だけで聴けるスペシャルトラックである。
トンデモネズミとウェンディとのシーンは音楽も含めて素敵なのだけれど、せっかく挿入歌まで作ったのに、すぐにウェンディとのお別れが来てしまうのが残念だった。
トンデモネズミはサーカスから逃げ出してきた気の弱いトラと出会う。トラはサーカスに帰ろうとするが、トラを捕らえようと犬の警官たちが包囲網を敷いていた。
トラック15「夜のサーカス」は、トラをサーカスに帰そうとするトンデモネズミが、夜中にサーカスのようすをうかがう場面に流れた2分あまりの曲。フランス犯罪映画やアメリカのフィルムノワールを思わせるミステリアスな雰囲気のジャズである。中間部はフルートが入って、劇場作品「ピンクの豹(ピンクパンサー)」みたいな小粋な演奏になる。大人っぽくてカッコいい曲だ。
トラック19「トンデモネズミがさらわれた!」とトラック20「トンデモネズミを救え!」の2曲は、本作の音楽の中でもきわめつけのスピード感のある曲。トンデモネズミを商売に利用しようとするペッテン氏にトンデモネズミが誘拐され、トラのブーラカーンがそれを追跡するシーンに流れた。ブラスサウンドを効かせたジャズファンク、あるいはフュージョン風の曲調が『ルパン三世』みたいで最高だ。可愛らしい印象の『トンデモネズミ大活躍』にこんな音楽が流れるのか? と意外に思った人も多いのではないだろうか。
ついにトンデモネコと出会い、対決するトンデモネズミ。トラック23「対決!トンデモネコ対トンデモネズミ」は、2人の対決を描写する緊張感のある曲。ヨーロッパ史劇映画のような重厚な雰囲気が感じられる。中川昌はミュージカルや舞台劇で歴史ものの音楽を書いた経験があるのかもしれない。そんなことを考えさせられる曲である。
トラック24「勇気の勝利〜エピローグ」は大団円とエピローグの曲。主題歌「僕は生まれた」のメロディをアレンジした躍動感たっぷりの華やかな曲である。しみじみと「いいお話だったなあ」と思わせてくれる音楽だ。公式サイトの解説にも書いたが、後半のエピローグの曲は本編未使用。本編では代わりに主題歌「僕は生まれた」が流れた。映像が観られる方は、本編のラストにエピローグの曲を重ねて、幻のバージョンを再現してみても面白いと思う。
『トンデモネズミ大活躍』は、難しい理屈や解説は不要な、無心に楽しめる作品である。音楽もしかり。映像とともに音楽を楽しみ、音楽を聴いて本編をイメージするのが最良の聴き方だろう。これぞ漫画映画音楽の本流だ。中川昌は舞台やポップスのジャンルを中心に活躍した人で、映像音楽はあまり手がけていないようだが、もっとたくさんアニメの音楽を担当していたら、きっと楽しい音楽を残してくれていただろうと思う。
残念ながら『トンデモネズミ大活躍』は、過去にビデオカセットやLDでリリースされたことはあるものの、現在は配信や映像ソフトで観ることができない。それでも、もしチャンスがあれば、ぜひご覧になっていただきたい名作だ。せめて音楽だけでも楽しんでもらいたいと考えて、筆者はこの音楽集を提案し、構成した。これを機会に『トンデモネズミ大活躍』に興味を持つ人が増えてくれたら、こんなうれしいことはない。
トンデモネズミ大活躍音楽集
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