腹巻猫です。前回に続いて、7月1日から配信開始された日本アニメーション作品の劇伴音楽を紹介します。今回は『ピコリーノの冒険』です。配信については下記を参照ください。
NICHI-ANI Classics公式サイト
https://sites.google.com/view/nichi-aniclassics
『ピコリーノの冒険』は、1976年4月から1977年5月まで放映された日本アニメーション制作のTVアニメ。イタリアの作家カルロ・コルローディによる児童文学「ピノキオの冒険」を原作に、遠藤政治と斉藤博が共同で監督を務めて映像化した作品だ。
ある日、ゼペットじいさんが作った木彫りのあやつり人形に心が宿り、動き出した。ゼペットは人形をピコリーノと名づけて愛情を注ぐが、生まれたばかりのピコリーノは何をやっても失敗ばかり。しかも、ずる賢いぼろ狐とどら猫の2人組が、ピコリーノをだまして金貨を奪ったり、泥棒の手伝いをさせたりする。森に住む仙女は、だまされて泣いているピコリーノを助け、善悪のわかるいい子になってもらおうとするのだが……。
はせさん治と永井一郎が演じるぼろ狐とどら猫のキャラクターが強烈。あの手この手でなんどもピコリーノをだまそうとし、ピコリーノもそのたびにだまされてしまう。それでもぼろ狐とどら猫が憎めないのは、声優2人のアドリブ満載の演技のおかげだった。隠れた人気キャラである。なにせ「どら猫とぼろ狐」というキャラクターソングまで作られたのだから。
また、占いをするカエル、夜の館に現れる大カタツムリ、子どもをロバにしてしまうおもちゃの国、ピコリーノを飲み込むクジラなど、ちょっと不気味なファンタジー要素が散りばめられているのも本作の魅力。毒気のないおとぎ話とはひと味違う作品なのである。
音楽は歌謡界のヒットメーカー・中村泰士が担当。ちあきなおみの「喝采」、細川たかしの「心がわり」など、昭和歌謡の名曲を生んだ作曲家である。アニメソングでは本作の主題歌や劇場版『銀河鉄道999』の挿入歌「やさしくしないで」などが代表作だ。
『ピコリーノの冒険』のオープニングでは「音楽・中村泰士」に続いて「編曲・京建輔」のクレジットがある。京建輔は本作の主題歌の編曲を担当した作・編曲家。特撮ファンには「快傑ズバット」「科学戦隊ダイナマン」の主題歌と音楽を手がけた作曲家として知られている。
おそらく『ピコリーノの冒険』の音楽は、中村泰士が書いたメロディを京建輔が編曲する共同作業で制作されたのだろう。同時期に放映されていたTV時代劇「必殺シリーズ」の音楽が平尾昌晃と竜崎孝路の共同で作られていたのと同様のケースと思われる。中村泰士と京建輔は、TVアニメ『野球狂の詩』の1エピソード「北の狼・南の虎」でも共同で音楽を担当している。
本作の音楽のいちばんの魅力は、中村泰士が作曲したメロディだ。歌謡曲的な哀愁があり、しかも耳に残るキャッチーな曲が多い。また、本作では中村泰士作曲による挿入歌が5曲作られていて、そのうち4曲が劇伴にアレンジされている。オープニング主題歌とエンディング主題歌をアレンジした曲もあるから、中村泰士節がたっぷり聴ける。そのメロディを生楽器中心のシンプルな編成で聴かせる京建輔のアレンジもよかった。
「ピコリーノの冒険音楽集」では、約145曲の劇伴の中から98曲を選び、全60トラックに編集・構成した。1曲1トラックになっていないのは、1トラックを長めにしたいという要望があったから。音楽集の概略と構成意図などは下記の配信作品紹介ページを参照していただきたい。
「ピコリーノの冒険音楽集」紹介ページ
https://sites.google.com/view/nichi-aniclassics/home/piccolino-no-boken
ここからは、筆者が気に入っている曲や注目の曲を紹介しよう。
1曲目の「口笛と人形」は口笛とチェレスタによるさわやかな曲。実は本編では使われていない。何らかのシーンを想定して作曲されたのだと思うが、音楽メニューが残っていないので、それを知ることができないのが残念だ。
トラック2「ぼくの名前はピコリーノ」はオープニング主題歌のアレンジ曲。中村泰士らしいペーソスのあるメロディをリコーダーとアコースティックギターが奏でて、牧歌的な雰囲気をかもしだしている。
トラック6の「よろこびのワルツ」は、第2話でゼペットに服を買ってもらったピコリーノがよろこぶシーンに使われていた。イタリア的な優雅な愛らしさがあって、1分足らずで終わってしまうのがもったいない。
トラック9「出ました!どら猫とぼろ狐」は挿入歌「どら猫とぼろ狐」のアレンジ曲。とぼけた曲調ながら、悪だくみのためには手間を惜しまない苦労者(?)の雰囲気も出ているのが、うまいなあと思う。はせさん治と永井一郎が歌う原曲も傑作なので、機会があれば、ぜひ聴いていただきたい。
本作のヒロインとも呼べる仙女の登場シーンに流れたのがトラック13の「ルリ色の髪の少女」。少女の姿をした仙女は声優デビュー間もない小山茉美が演じていて、とても印象的だった。この曲は仙女のテーマというわけではなく、美しい心情を描くシーンにたびたび使われている。
仙女のテーマとして書かれたと思われるのが、トラック18「仙女さまが見ている」のメロディである。同じメロディでもう1曲「仙女さまの想い」という曲をトラック57に収録した。筆者のお気に入りの曲のひとつだ。
トラック15の「心を持った人形」は、音楽テープでは演奏の前に「人間ピコリーノ」という指揮者(たぶん)の声が入っていた。音楽メニューに書かれていたタイトルではないかと思う。劇中ではピコリーノが夢を見る場面や花畑を見て感動する場面などに流れている。ギターと薄いストリングスをメインにしたシンプルな構成ながら、味わいのある曲である。
トラック28「きっといい子になるよ」は、ゼペットとピコリーノの親子愛にも似た心情を描写する曲として、第1話から使用されている。第7話や第9話でピコリーノが仙女に「いい子になるよ」と約束する場面に流れているが、それもピコリーノがゼペットの気持ちを知ったからだった。ストリングスに木琴のトレモロが重なり、後半はギターがメロディを引き継ぐ。しみじみとした、とてもいい曲だ。
次のトラック29「ふるさとは遠く」も、哀愁を帯びたリコーダーの旋律が胸にしみる曲。70年代歌謡曲の香りがただよう、昭和世代にはぐっとくる曲想である。
次回予告に使われた「マリオネットの夢」(トラック30)は、海外ドラマ「ヒッチコック劇場」のテーマとしても知られるグノー作曲の「マリオネットの葬送行進曲」をオマージュした曲……というか、ほぼそのまんま(笑)。マリオネットをテーマにした曲だから、スタッフのお遊びなのだろう。
トラック31「空の旅」は、第17話でピコリーノが大きな鳩に乗って空を飛ぶ場面に流れた爽快感あふれる曲。オープニング主題歌のメロディが織り込まれているのが、昔ながらの劇伴らしくていい感じだ。
トラック37「愛をさがす旅」はピコリーノの旅の描写によく使われていた曲。フルートとピアノ、チェンバロなどが奏でる素朴で古風な曲想が、イタリアの田園風景にマッチしていた。後半はさみしげな曲調に変わる。前半と後半は同じMナンバーのAタイプとBタイプなので、1曲に編集して収録した次第。
トラック38「月夜のふしぎ」からミステリアスな雰囲気になる。
「月夜のふしぎ」は第32話で、仙女の館の長いらせん階段を大カタツムリが降りてくる場面に流れていた幻想的な曲。その後、おもちゃの国のエピソードでも使われている。
トラック39「おもちゃの国」とトラック40「ロバになったピコリーノ」は、本作の中でも強烈な印象を残すエピソード、ピコリーノがおもちゃの国へ行く第38話〜第40話で使われていた曲である。フリージャズや現代音楽を思わせるサイケデリックな曲調は、本作の音楽の中でも異色。こういう曲がぴったりのシーンが登場するのが、『ピコリーノの冒険』のあなどれないところだ。おもちゃの国は、子どもが夢中で遊んでいるうちにロバに変身してしまう国で、変身したロバはサーカスに売られてしまう。原作にも出てくるダークなエピソードである。
トラック41「ジーナの宝物」は、アヒルのジーナがピコリーノがロバになったことを知って泣くシーンで一度だけ使われた。ジーナの切ない気持ちを伝えるメロディが胸を打つ。
トラック47「おじいさんの面影」は、挿入歌「ごめんねおじいさん」のアレンジ曲。トラック16に収録した「おじいさんごめんなさい」も同じ曲のアレンジである。このメロディはピコリーノのゼペットへの想いを表現する曲として、たびたび使われていた。
トラック51「さめない悪夢」は、クジラの腹の中にピコリーノがのみこまれるエピソード、第50話と第51話で流れた曲。「おもちゃの国」と同じ系統の曲で、後半のロック的なエレキギターが妙にカッコいい。その次のトラック52「クジラの腹の中で」は、ピコリーノとゼペットがクジラの腹の中で語らう場面に流れたリリカルな曲。「さめない悪夢」から一転して美しい曲調に変わる展開の妙をねらった構成である。
最終回、ゼペットと一緒に家に帰りついたピコリーノは、仙女の力で人間の少年になることができた。ピコリーノのよろこびのシーンに流れたのが、トラック58「願いがかなう日」。ギターのあたたかい響きにほっとする。これも昭和歌謡的な愛すべき曲だ。
トラック59にはエンディング主題歌をアレンジした「おやすみピコリーノ」を収録。最後のトラック60は、オープニング主題歌の希望的なアレンジ「新しい旅立ち」で締めくくった。
前回の『みつばちマーヤの冒険』と同様、筆者は『ピコリーノの冒険』の劇伴をあまり意識したことはなかった。大杉久美子が歌う主題歌や挿入歌は70年代から聴いていて大好きだったのだが、劇伴にまでは注目していなかったのだ。
今回、音楽集を構成するために本編を改めて全話観て、劇伴をじっくり聴いて、予想していた以上にいい曲が多いなあと感じた。そのまま歌にできるようなメロディの曲がたくさんある。
現在のアニメでは、これほど印象に残るメロディが豊富に使われた劇伴はなかなかない。いっぽうで、こういうメロディは古いと思われるかもしれない。いかにも70年代の音楽である。けれど、それがいい。『宇宙戦艦ヤマト』だってそうだが、歌謡曲のヒットメーカーが作る劇伴には、いわくいいがたい魅力がある。にじみ出る「歌心(うたごころ)」とでも言おうか。最近はメロディを抑えたサウンド志向の劇伴が増えてきたが、こういう「歌心」のある劇伴が復活してもいいなと思う。
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