COLUMN

第304回 青空の下で 〜空色ユーティリティ〜

 腹巻猫です。初夏のさわやかな気候になってきました。こんな時期に聴くのがぴったりのサントラを紹介します。TVアニメ『空色ユーティリティ』の音楽です。


 『空色ユーティリティ』は2025年1月から3月まで放送されたTVアニメ。監督・キャラクターデザイン・斉藤健吾、シリーズ構成・脚本・佐藤裕、アニメーション制作・Yostar Picturesのスタッフで制作されたオリジナル作品である。
 青羽美波は、これといって得意なものがない平凡な高校1年生。自分が主人公になれる「スペシャルな特別」を探して街に出た美波は、ゴルフ練習場でアルバイトをする高校3年生・茜遥と出会う。美波は、遥に奨められて初めてゴルフクラブを握り、ボールを打つ爽快感を知る。ゴルフの面白さに目覚めた美波は、遥やゴルフ好きの大学生・星美彩花らと一緒に、自分だけの「スペシャルな特別」を探し始めた。
 面白いのは、本作が複数のプレーヤーがスコアを競う「競技ゴルフ」を描く作品ではないところ。昨年放映されていた『オーイ!とんぼ』もそうだが、ゴルフを題材にした作品は競技ゴルフでライバルと闘う展開になりがちだ。そのほうがドラマチックになるのだから当然だが、本作はそういう方向には進まない。コースに出てスコアを競うエピソードもあるのだが、勝ち負けは重視されていない。純粋にゴルフを楽しむ姿を描くことに重点が置かれている。ドキドキハラハラはないが、ストレスがなく、気持ちよく観られる。観ていて「ゴルフって楽しそうだな」「やってみたいな」と思わせる作品である。
 だから、音楽もとても気持ちがいい。TVアニメの溜め録りの音楽には、よろこび、悲しみ、怒り、不安、サスペンス、アクションといったお決まりのパターンがある。しかし、本作の音楽はパターンどおりに作られていない。たとえば、悲しみの曲やサスペンスの曲がないし、怒りや不安はコミカルな表現に置き換えられている。ネガティブな要素がなく、音楽を聴いていてストレスを感じない。
 かといって、サウンドトラック・アルバムを聴いたときに単調に感じるわけではない。むしろ、くり返し聴きたくなるほど心地よいのだ。

 音楽を担当したのは、本作の音響監督も担当しているdaisuke horita。音楽担当者が音響監督を兼任するのは珍しい。
 ポニーキャニオンが運営するサイト「PONY CANYON NEWS」にdaisuke horitaが本作の音楽についてミュージシャンと対談する記事「TVアニメ『空色ユーティリティ』音楽対談」が連載されていた。それを参考に本作の音楽作りについて紹介しよう。
 本作には2021年に発表された短編版が存在する。短編版の監督と音楽はTVシリーズと同じで、世界観や音楽の方向性は継承されている。ただ、短編版は約15分で美波たちのゴルフ場での一日を描くものだった。登場人物やエピソードが増えたTVシリーズの音楽では、使用する楽器や音楽ジャンルも少し違ってきたという。
 本作の音楽についてhorita daisukeが考えた方針は「リッチなものを生音で構成したい」ということ。TVシリーズではジャズやロックやフュージョンのスタイルの曲も必要になる。それらをリッチな演奏で収録するため、腕利きのミュージシャンに参加してもらった。horita daisukeが用意したデモがあったが、録音ではミュージシャンたちに即興でアイデアを出してもらいながら、演奏で音楽をふくらませてもらった。本作の音楽がシンプルな構成ながら、とても豊かに心地よく聞こえるのは、ミュージシャンたちの演奏が生き生きしているためだろう。
 また、本作の音楽の特徴として、大半の楽曲でひとつの曲に対してフルバージョンと別バージョンのふたつの音源が作られていることがある。楽器の数を減らした別MIXだけでなく、ソロ楽器のメロディが異なるバージョンも多く作られている。ほかのアニメではあまり見ない作り方である。
 daisuke horitaの証言によれば、このアイデアは最初からあったのだという。同じ曲でもMIXやソロ楽器のメロディを変えれば雰囲気が変わり、場面の性格によって使い分けたり、まったく違う場面に使ったりすることができる。おそらく最初から別バージョンを作ることを想定してアレンジも行っているのだろう。daisuke horitaが音楽演出を担う音響監督も兼ねているからこその作り方である。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「『空色ユーティリティ』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで2025年3月26日にポニーキャニオンからリリースされた。CDは2枚組。全62曲が収録されている。
 ディスク1の収録曲は以下のとおり。

  1. はじまりの風
  2. ぽこぽこ
  3. どったん
  4. ばったん
  5. いつもの景色
  6. いつもの景色(light ver.)
  7. エバーグリーン
  8. キープグリーン
  9. おじいちゃんず
  10. おじょうちゃんず
  11. 教えてください!
  12. 教えてください!(light ver.)
  13. また明日
  14. また明日(light ver.)
  15. 毎日がスペシャル
  16. 毎日がスペシャル(light ver.)
  17. アカリのテーマ
  18. エブリデイゴルフ
  19. エブリデイゴルフ(light ver.)
  20. ただいま
  21. ただいま(light ver.)
  22. はじまりの色
  23. フェアウェイ
  24. フェアウェイ(light ver.)
  25. スーピリア!
  26. スーピリア!(light ver.)
  27. みんなのうた
  28. みんなのうた(light ver.)
  29. 放課後
  30. 放課後(light ver.)
  31. Fly Connection(light ver.)

 面白い構成だ。
 本作の大半の楽曲でひとつの曲に対してふたつの音源が作られていることをすでに紹介した。サウンドトラック・アルバムでは、フルバージョンと別バージョンが並べて収録されている。別バージョンは多くの場合「light ver.」と表記されているが、そうでない場合もある。たとえば「ばったん」は「どったん」の、「キープグリーン」は「エバ—グリーン」の、「おじょうちゃんず」は「おじいちゃんず」の別バージョンである。
 サントラを構成するとき、フルバージョンと別バージョンを続けて収録するのは勇気がいる。聴く側に「また同じモチーフの曲か」と思われそうだからだ。フルバージョンを完成版と考えれば、別バージョンをすべて収録する必要はない。フルバージョンだけにすればCD1枚で入るかもしれない。そんなことも考えてしまう。
 しかし、本アルバムはフルバージョンと別バージョンをセットで並べる構成をとった。これはすごくよかったと思う。
 本作の音楽は生楽器の響きを大切にしたアコースティックサウンドで作られている。シンセで代用されることが多いドラムやベースも生。編成を薄くしても音に味わいがあり、聴きあきない。別バージョンも単独の楽曲として成立していて、オミットするには惜しい。
 バージョン違いがセットで並ぶことがアルバムのリズムにもなっている。ゴルフは通常、同じホールを複数人で回る。スタートの位置は同じで、ゴールの位置(ホール)も同じ。しかし、アプローチの仕方は人それぞれに異なる。バージョン違いを聴くことは、同じホールでアプローチの異なるショットを見るのに似ている。急がず、ゆっくりと、ひとつひとつのショットを楽しむ。そんなゴルフの楽しみ方を音楽で再現しているように感じるのだ。

 ディスク1の収録曲を紹介しよう。実はディスク1の大半は、第1話で使用された曲を使用順に並べる構成になっている。
 第1話は美波が遥と出会い、ゴルフの魅力を知るエピソードである。
 アバンタイトルで、はまっていたオンラインゲームの終了を知って美波が愕然とする場面に流れるのは、とぼけた曲調の「ぽこぽこ」(トラック2)。パーカッションとウッドベース、トロンボーンなどが奏でる、コミカルな場面によく使われた曲だ。
 オープニング主題歌をはさんで、美波が学校でいろいろな部活を試すシークエンスには「どったん」(トラック3)。ギターとドラムス、ベース、トランペット、トロンボーン、ピアノなどがセッションする、タイトル通りの「どたばた」した曲。これと別バージョンの「ばったん」(トラック4)もコミカルな場面の定番曲。
 美波が街に出て「スペシャルな特別」を探す場面には「いつもの景色(light ver.)」(トラック6)。ギターとピアノ、パーカッションなどによる軽快でさわやかな曲である。トラック5の「いつもの景色」からベース、フルート、バイオリンなどを抜いた別バージョンだ。
 美波が街でうずくまっているおじいさん(マサ)に出会う場面に短く流れるのが「エバーグリーン」(トラック7)。フルートとギターなどによる牧歌的な曲で、ここではマサが美波を天使と勘違いするユーモラスな描写に使用されている。
 マサにつきそって美波がおとずれたのがゴルフ練習場。美波はマサのゴルフ仲間のチョウとテツと対面する。そこに流れる「おじいちゃんず」(トラック9)はマサ、チョウ、テツの3人組のテーマである。ピアノとドラムスをバックにサックスとエレキギターがにぎやかにメロディを奏でる曲だ。この曲のリズムトラックを抜き出した別バージョンが美波、遥、彩花のヒロイン3人のテーマ「おじょうちゃんず」(トラック10)。まったく違うテイストの曲になっているのが面白い。
 美波はゴルフ練習場にいた遥に声をかけられ、奨められてゴルフクラブを握る。美波が遥からボールの打ち方を教えてもらう場面に流れるのが、ずばり「教えてください!」(トラック11)という曲。ピアノ、フルート、弦楽器などがリズミカルなかけあいをする曲で、未知のことに出会ったときのとまどいや好奇心がうまく表現されている。
 遥が美波にゴルフの魅力を話す場面にはしっとりとした曲調の「また明日」(トラック16)。ピアノとギター、ストリングス、パーカッションなどのアンサンブルが気持ちいい。
 帰宅した美波がスマホでゴルフの動画を観る場面にピアノとギター、ベースによる「毎日がスペシャル(light ver.)」(トラック16)が流れ、高揚した気分を表現する。
 ここまでがAパート。CM前後のアイキャッチは曲も絵も毎回変わるのが楽しい(アルバムには未収録)。
 翌日、美波が学校で友人の泉美に「あれから街中を冒険していた」と話す場面に「アカリのテーマ」(トラック17)が短く流れる。この曲はほかのBGMと雰囲気が大きく異なり、壮大なオーケストラサウンド風になっている。美波がイメージするファンタジー世界を描写する音楽で、これも「エバーグリーン」と同様のユーモラスな使い方。なお、「アカリ」は第7話で美波が泉美から借りて読むライトノベル『異世界に転送された中学生プロゴルファー、魔王との18番勝負でホールインワン』のヒロインの名前である。「アカリのテーマ」は第7話でもっと長く聴くことができる。
 放課後、美波がゴルフ練習場に駆けつける場面には「教えてください!」が再び流れる。練習場でゴルフ談義をしているマサたちの場面をファンキーな「エブリデイゴルフ」(トラック18)が愉快に演出する。
 続いて、美波が遥のアドバイスを受けてボールを打ち、ゴルフの面白さを感じる大事な場面。「Fly Connection(light ver.)」(トラック31)が流れて、美波の心にわきあがる感動を表現する。この曲はディスク2に収録された歌「Fly Connection」のバックトラックの別バージョン。「Fly Connection」は本作のヒロイン3人が歌うテーマソング的楽曲である。だから別バージョンはディスク1のラストに収録しているのだろう。「Fly Connection(light ver.)」は第12話の終盤で美波がパーショットを決める場面にも選曲されている。
 美波から「(自分が主人公になれる)特別を探している」と聞いた遥は、美波にゴルフを奨め、「一緒に特別を探そう」と言う。アコースティックギターのみによる「ただいま(light ver.)」(トラック21)が2人の心のふれあいを表現し、温かい気分になる。シンプルなサウンドが生かされた名場面だ。
 遥は美波をショートコースに連れ出し、ゴルフ場でボールを打つ醍醐味を知ってもらおうとする。澄みきった青空の下、緑の芝生の上に立つ美波の場面を彩るのが「はじまりの色」(トラック22)。ギターとピアノ、パーカッション、フルートなどによる軽快なサウンドが「特別に出会うワクワク感」を伝えているようだ。ディスク1の1曲目に収録された「はじまりの風」はこの曲のフルバージョンである。
 美波がゴルフ場で初めてボールを打つ場面に爽快感あふれる「フェアウェイ(light ver.)」(トラック24)が流れて第1話は終わる。
 こうして聴いてみても、フルバージョンと別バージョンはどちらが正でどちらが副ということはなく、場面に応じて柔軟に使い分けられていることがわかる。
 第2話では、ディスク1の残りの曲のうち「スーピリア!(light ver.)」(トラック26)、「みんなのうた(light ver.)」(トラック28)、「放課後(light ver.)」(トラック30)が使用されている。ディスク1は第1話と第2話で使用された曲を中心にした構成と考えてよいだろう。

 ディスク2の収録曲も少し紹介しよう。
 「空色の気持ち」(トラック1)と「空色の想い出」(トラック2)は回想シーンやしみじみとしたシーンに流れた曲で、透明感のあるピアノと弦楽器の音色が印象的。「空色の想い出」は第9話で彩花の想いを表現する曲として使われている。
 第3話の彩花の登場シーンに流れたのが「キラキラな時間」(トラック5)。別バージョンの「キラキラな時間(light ver.)」(トラック6)も彩花と遥たちのシーンに選曲された。2曲とも軽やかなピアノソロがおしゃれな、タイトルどおりキラキラした曲である。
 第4話で美波が3万円のゴルフクラブ(ユーティリティ)を買うことに迷う場面に流れたのが「ぐるぐるぐる」(トラック10)。別バージョンの「アリアリアリ」(トラック9)ともどもユーモラスな演出に使用されたジャズタッチの曲だ。
 同じく第4話で美波たちがユーティリティの値引きを賭けてゴルフショップの店員と勝負をする場面に流れたのが、「バトルクライ」(トラック11)、「マッスルプライド」(トラック12)、「エンプレスプライド」(トラック13)、「子猫ちゃんお先にどうぞ」(トラック14)。このあたりはロック的な楽曲が続いて盛り上がる。
 第10話では天才中学生ゴルファー・夜嵐日向(ひな)が登場。「ボルケーノガール」(トラック15)と「ボルケーノソウル」(トラック16)は日向のテーマ的に使用されたワイルドなロック調の曲だ。
 第10話と第11話では、本作では珍しくゴルフコースでのスコア対決が描かれる。そこで流れたのが軽快なストリングスの曲「アルバトロス(light ver.)」(トラック22)とエレキギターとサックスが燃え上がる闘志を表現する「ファイトコール」(トラック27)。「アルバトロス」のフルバージョン(トラック21)は第7話のスクランブルゴルフのエピソードでくり返し使われていた。
 使用回数は少なかったが、ストリングスとピアノが繊細に奏でる「私たちのゴルフ」(トラック23)もいい曲だ。第4話で美波がユーティリティを抱いて眠るシーンや第8話で遥がキャディのめぐみから「これからも全力で笑え」と勇気づけられるシーンなどに流れた心に沁みる曲である。第10話で日向が遥の想い出を回想するシーンにも流れていた。
 余談になるが、美波が初めて遥と彩花と3人でコースに出てゴルフをする第6話では、使用された曲の半分くらいが短編アニメ版の音楽から選曲されている。このエピソード自体が短編アニメ版のリメイク的なお話なので、わかっている人にはぐっとくる選曲だ。ランチを食べるシーンに同じ曲が流れるなど、使用された場面も重なっている。それだけに、短編アニメ版の曲もサントラに収録してほしかったなぁと思う。配信限定でもいいのでリリースしてほしいものだ。
 ディスク2では3曲収録されているボーカル曲も聴きどころである。
 「Zubatto☆ショット 首ったけ!!!」(トラック18)は第7話の挿入歌。「魔訶不思議アドベンチャー!」の高橋洋樹が歌う、熱血アニメ主題歌風の曲だ。
 「Fly Connection」(トラック30)はヒロイン3人を演じた声優がHAM(遥、彩花、美波のイニシャル)名義で歌うイメージソング。劇中では歌入りで流れたことはないが、名場面に使われた曲「Fly Connection(light ver.)」が実は歌ものだった! という驚きがある。
 最終回のエンディングテーマとなった「群青 Love theory」(トラック31)は、もともと短編版の主題歌として1コーラスだけ作られた曲。監督やプロデューサーからTVシリーズでも使いたいという提案があり、2番以降の歌詞を追加してリメイクしたのがアルバムに収録された楽曲だ。こちらも歌唱はHAMが担当。作詞を手がけたぷるぽよのコメントによれば、1番の歌詞が青空のイメージだったのに対し、2番は夕焼けのイメージで書いて、3人の成長を暗示してみたとのこと。daisuke horitaのアレンジも短編版のときより音数が増えている。これはTVシリーズの美波がいろいろな人と出会って何かを発見していくストーリーを反映しているのだそうだ。

 筆者はゴルフをしないが、このアルバムを聴くと、自然に囲まれたコースでプレイするゴルフって楽しいんだろうなと思ってしまう。散歩しながら聴くにはうってつけの音楽だろう。できれば青空の下で、木立の中や川のそばなど、自然を感じる道を歩きながら聴きたい。どこまでも歩いて行けそうな、気持ちいい音楽だ。

『空色ユーティリティ』オリジナル・サウンドトラック
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