腹巻猫です。1975年に「秘密戦隊ゴレンジャー」の放映が始まってから今年で50年。NHKで「全スーパー戦隊大投票」が行われ、8月からは「全スーパー戦隊展」が開催されるなど、さまざまな記念企画が動いています。そんな年にぴったりのアニメが3月まで放映された『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』でした。戦隊ヒーローもののパロディではなく、その世界観をマルチバース的発想で取り入れた作品です。今回はその音楽を紹介します。
『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』は中吉虎吉によるマンガを原作に2025年1月から3月まで放映されたTVアニメ。監督・川口敬一郎、アニメーション制作・サテライトのスタッフで映像化された。
絆創戦隊キズナファイブのキズナレッド・浅垣灯悟は、悪の組織ゼツエンダーとの最終決戦で敵の首領と相打ちになり、異世界に転移してしまう。異世界では女性魔導士イドラが実力のある冒険者を探していた。イドラのテストに合格した灯悟は、イドラとともに冒険の旅に出発。キズナファイブの装備と経験を生かして、さまざまな危機を乗り越え、仲間を増やしていく。いつか元の世界に戻れる日を待ちながら。
戦隊ヒーローが異世界に行ったら? という発想の異世界転移もの。異世界で灯悟がキズナレッドに変身して活躍する様子が見どころになっている。面白いのは、異世界でも、われわれがTVで観ている戦隊ヒーロー番組のお約束が守られていること。たとえば灯悟が変身するとき後ろで爆発が起き、近くに人がいるとその爆発に巻き込まれてしまう。また、レッドの呼び声に応えてロボットや必殺武器が飛んできたり、レッドと一緒に戦う異世界の仲間たちが自分でもわからないうちにキメポーズをとってしまったりと、パロディ的な描写がしばしば見られる。そんな「お約束」を知らない異世界の住人が、それにいちいち突っ込むのがおかしい。本作は一種のメタフィクションでもあるのだ。
筆者は2003年から2014年まで東映スーパー戦隊シリーズのサントラの仕事をしていたこともあり、本作を興味深く観ていた。随所にスーパー戦隊シリーズへのオマージュが散りばめられていることに感心したし、灯悟以外のキズナファイブのメンバーの声を、かつてスーパー戦隊シリーズで戦隊メンバーを演じた俳優が担当していることに驚いた。観ているうちにわかってきたのは、本作はパロディではなく、戦隊ヒーローへの愛にあふれた作品であるということ。けしてギャグをねらった作品ではないのだ。
音楽にも本家戦隊ヒーローへのリスペクトが込められている。音楽を担当したのは、『未来戦隊タイムレンジャー』『特捜戦隊デカレンジャー』など、スーパー戦隊シリーズを何作も担当した作曲家の亀山耕一郎。スタッフクレジットを見て、「本物だ!」と思ってしまった。
監督の川口敬一郎はサウンドトラックのブックレットにこんなコメントを寄せている。
「やはり本家の特撮と言えば『ロボが出てくる時にはロボの歌!』『必殺技の時は必殺技の曲!』(中略)と、決まった所で決まった曲がかかるというのが魅力の一つだと思うんですよ。
そんな訳で『異世界レッド』でも、なるべくキャラクターに定番の音楽を乗せられるよう頑張ったつもりです。(中略)今回は我儘を言うために音響監督も務めさせていただきました」
おなじくサントラのブックレットで亀山はこう語る。
「変身時や必殺技や最終兵器やらの、王道で滅茶苦茶ベタですが迫力のある楽曲も、是非お楽しみくださいませ!」
2人の言葉どおり、本作の音楽の第一の聴きどころはスーパー戦隊シリーズの伝統を継承した楽曲である。変身からアクションにつながる曲「絆装チェンジ!」、必殺武器召喚時の「来い!ビクトリー・キズナバスター!」、アコースティックギターの音色が束の間の平和を描写する「キズナファイブの日常」などだ。
きわめつけは、キズナファイブのオープニング主題歌「さぁいこう!キズナファイブ」と合体ロボの歌「マキシマム・キズナカイザー爆現!!」。作詞はスーパー戦隊シリーズの歌を多く手がける藤林聖子と桑原永江がそれぞれ担当。作編曲は亀山耕一郎。「マキシマム・キズナカイザー爆現!!」を歌うのは串田アキラ。ここでも本物志向が貫かれている。音楽制作は「秘密戦隊ゴレンジャー」以来すべてのスーパー戦隊シリーズにかかわっている日本コロムビアだから抜かりはない。
『アニメージュ』2025年4月号にも亀山耕一郎のインタビューが掲載されている。亀山は、音楽の内容については全部まかされ、原作や川口監督の説明から曲を発想をしていったという。監督のリクエストを受けて、半分はオーケストラっぽい曲を書き、自分の好みでギターとベースの絡みを入れた。さらに、これまで戦隊シリーズの音楽を書いた経験から効果音的に使えるシンセ主体の曲を用意した。
ほかには、主要キャラクターのテーマと異世界を描写する音楽、魔法発動の曲やバトルの曲、日常描写曲などが制作されている。異世界側の曲はファンタジー風や民族音楽風など、戦隊側とは違った曲調でまとめられているのが特徴だ。ただし、バトル曲や日常曲の多くは戦隊ヒーローのシーンにも異世界のシーンにも共通して使われている。
本作のサウンドトラック・アルバムは2025年3月19日に「TVアニメ『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで日本コロムビアからCDと配信でリリースされた。
収録曲は以下のとおり。
- Cuz I(TV size)(歌:牧島 輝)
- さぁいこう!キズナファイブ(歌:隆成)
- 戦隊レッドと…
- 熱き友情の戦士・キズナレッド
- 大魔導士・イドラ
- マナメタル
- 王家の杖
- 戦闘開始!
- 絆装チェンジ!
- 来い!ビクトリー・キズナバスター!
- 平和な日々
- 仲間との日常
- 湧き上がる怒り
- 魔物の気配
- 強敵、現る
- イドラの魔法
- 王女・テルティナ
- 剣士・ロゥジー
- 迫りくる魔王軍
- 作戦会議
- 故郷
- はちゃめちゃな仲間たち
- 灯悟の想い
- 聖剣の勇者
- 結ばれる絆
- 温かな気持ち
- キズナファイブの日常
- 平和な時間
- 怪しい動き
- 太陽の森
- 神聖な力
- アメンの継承者・ラーニヤ
- 内気な本性
- 新たなる敵
- すれ違う心
- 脅威
- 清弘・バンソウキラー
- 孤独な旋律
- 最終決戦!
- 緊迫感
- マキシマム・キズナカイザー爆現!!(歌:串田アキラ)
- 決戦
- 掴んだ勝利
- Explosive Heart(TV size)(歌:内田彩)
劇中で流れた曲はほぼすべて収録されているようだ。1曲目にオープニング主題歌、ラストにエンディング主題歌を収録し、さらに2曲の挿入歌が収録されている。
曲順はストーリーの大まかな流れに沿った構成。
特徴的なのは、1曲目が番組のオープニング主題歌「Cuz I」で2曲目がキズナファイブの主題歌「さぁいこう!キズナファイブ」であること。「戦隊ヒーロー」を前面に出した構成で、気分が盛り上がる。
トラック3「戦隊レッドと…」はサブタイトル曲。本作のサブタイトルは第12話を除いてすべて「戦隊レッドと○○○○」で統一されているから、うまい曲名である。
トラック4「熱き友情の戦士・キズナレッド」とトラック5「大魔導士・イドラ」は本作の主人公レッド(灯悟)とイドラのテーマ。レッドのテーマはブラスとエレキギターを主体にした王道の戦隊ものらしい曲調で、イドラのテーマは弦のピチカートや木管を使ったファンタジックで軽快な曲調で書かれている。2人は異なる世界の出身だからサウンドも対照的である。
トラック23の「灯悟の想い」はレッドのテーマのバリエーションだ。フルートとサックスがメロディを奏でる哀愁ただよう曲調で、熱血だけではない灯悟の心情を表現していた。
トラック16の「イドラの魔法」はイドラのテーマのバリエーションである。イドラのテーマをアップテンポにアレンジした曲で、イドラが魔法を使って戦うシーンなどに選曲された。
トラック7「王家の杖」には、サブタイトル曲「戦隊レッドと…」と共通のモチーフが使用されている。「王家の杖」とは王族に仕える最高の魔導士の称号である。イドラの家は代々王家の杖であったが、父の代でその座を奪われてしまう。イドラは王家の杖の座を取り戻すことを目標にしているのだ。この曲は本作の世界観にかかわる重要なテーマのひとつ。
トラック8「戦闘開始!」からトラック10「来い!ビクトリー・キズナバスター!」へと続く流れは、戦隊ヒーローもののフォーマットを意識した構成だ。「戦闘開始!」は序盤戦や小競り合いの場面などに使えるシンセ主体の曲。回想で描かれるキズナファイブの戦闘シーンでよく使われた。「絆装チェンジ!」(トラック9)はレッドのテーマのヴァリエーションのひとつで、レッドのバトルを盛り上げる定番の曲。「来い!ビクトリー・キズナバスター!」(トラック10)はキズナファイブが5人そろって発射する必殺武器のテーマ。高らかに鳴るファンファーレが「勝利確定!」をイメージさせる。
トラック17「王女・テルティナ」とトラック18「剣士・ロゥジー」は、第3話で灯悟とイドラが出会う王女テルティナと彼女に仕える勇者ロゥジーのテーマ。亀山耕一郎のインタビューによれば、テルティナはイドラとの差別化のためバロック風の曲にし、ロゥジーはギャグっぽいキャラなので「ちょっと遊びました」とのこと。「剣士・ロゥジー」はフラメンコとマカロニウエスタンを合体したような曲になっている。
トラック24「聖剣の勇者」は「剣士・ロゥジー」のバリエーション。ブルージーなロック調のアレンジで、ロゥジーのカッコいい(もしくはカッコつけた)一面が表現されている。
日常曲も聴いてみよう。
トラック12「仲間との日常」は、はねたリズムの上でサックスやトランペットが軽快に歌うミディアムテンポのロック。『特捜戦隊デカレンジャー』などでも聴かれる、亀山耕一郎が得意とする(好みのタイプの)サウンドである。はずんだ曲調を生かしてコミカルなシーンにも使用された。
トラック22の「はちゃめちゃな仲間たち」もいい。オルガンやサックスがフィーチャーされたファンキーな楽曲で、コミカルなシーンやドタバタシーンにたびたび選曲されている。実写のヒーローものだと、ここまではじけた曲はなかなか使いどころがない。アニメならではの楽しい曲だ。
ストリングスがやさしく奏でるトラック26「温かな気持ち」は、灯悟が故郷の世界を回想するシーンや仲間との友情のシーンなどに使われている。落ち着いた曲調はアルバムの中でも貴重である。
灯悟たちは災いをもたらす魔力の種を探して、砂漠にあるエルフの聖域「太陽の森」を訪れる。トラック30「太陽の森」からトラック33「内気な本性」までは、第7話から描かれた太陽の森のエピソードで使われた曲である。
「太陽の森」は中東を思わせるエキゾチックな曲調で書かれている。「神聖な力」(トラック31)、「アメンの継承者・ラーニヤ」(トラック32)、「内気な本性」(トラック33)も同じ曲調で統一されている。亀山耕一郎は、2016年放映の「動物戦隊ジュウオウジャー」で素朴な旋律や民族楽器を用いたエスニックな音楽を提供しており、そのテイストがこうした楽曲に受け継がれているようだ。
アルバムの中でも異彩を放っているのがトラック37「清弘・バンソウキラー」とトラック38「孤独な旋律」の2曲。基本は同じ曲で、ピアノが奏でる「孤独な旋律」にフルートとストリングスを加えたものが「清弘・バンソウキラー」になる。灯悟の過去を描く第8話のために用意された曲だ。この回は特撮ヒーロー番組では定番の「親友が敵になって現れ……」というパターンのエピソード。灯悟の親友・清弘が弾くピアノのメロディが共通のモチーフになっている。亀山耕一郎によれば、自身が好きなラヴェルのピアノっぽさを出してみたとのこと。
トラック39「最終決戦!」から、いよいよクライマックスに突入する。
「最終決戦!」と次の「緊迫感」(トラック40)は、灯悟たちがピンチに陥るシーンによく使われた曲。「最終決戦!」は第1話アバンタイトルのキズナファイブ対ゼツエンダーの決戦シーンに早々と使われている。「最終決戦!」の中心となるモチーフがトラック19「迫りくる魔王軍」にも登場することから、戦隊ヒーロー側、異世界側を問わず、強大な敵を表現するモチーフであることがわかる。
トラック41は串田アキラが歌う「マキシマム・キズナカイザー爆現!!」。ここで挿入歌! ロボの歌である。なんという、よくわかった燃える構成。特撮ヒーローものの音楽集はこうでなくてはいけないのだ(アニメだけど)。
しかし、ストレートに勝利では終わらない。トラック42「決戦」は、第10話でアジールが魔力の種に心を飲み込まれるシーンや第11話で灯悟がキズナブラックに変身するシーンに使用された曲。悲壮な心情と悲劇的な展開をイメージさせる曲調で「これからどうなるのか?」と思わせる。
ラストはやはりハッピーエンド。トラック43「掴んだ勝利」は大団円を思わせる曲だ。スネアドラムにストリングス、ブラス、木管などが加わって雄大なメロディを奏でる。第5話でマキシマム・キズナカイザーが巨大な魔物を宇宙に運び去る場面や第11話で魔力の種に飲み込まれたアジールをラーニヤが助ける場面などに使用された。最終回には使われていないが、アルバムを締めくくる曲としてはぴったりだろう。
本作は戦隊ヒーロー+異世界ものというパロディ的な作品であるが、音楽はきわめて正統。戦隊ヒーロー側の曲は本家そのものだし、異世界の音楽はファンタジックな曲やエスニックな曲を中心に世界観に沿ってまとめられている。ふたつの世界を彩る曲がそれぞれに個性を放ち、両立している印象だ。
メインのメロディ(主旋律)に対して対になるメロディ(対旋律)を重ねる手法を対位法と呼ぶ。本作では戦隊ヒーローの音楽と異世界の音楽が主旋律と対旋律のように重なり、ひとつの音楽になっている。どちらが主旋律かというと、たぶん戦隊ヒーローのほうだろう。強烈な個性を持った戦隊ヒーローの音楽に異世界ファンタジーの音楽をぶつけることで、戦隊ヒーローの魅力が際立つ。変身すると爆発が起きたり、ポーズをとって名乗ったり、必殺技の名を叫んだり、異世界人の目から見てもおかしいかもしれないけれど、カッコいいじゃないか。そのカッコよさを照れずに正面きって描こうとしているところに戦隊ヒーロー愛を感じる。本作の音楽は、戦隊ヒーロー愛が奏でるふたつの世界の対位法の音楽である。
TVアニメ『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』オリジナル・サウンドトラック
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